それぞれの価値観
代わりに屋上から連絡が入る。
「ダーリンこっちは制圧完了だよ」
「そうか、大丈夫だったか」
「もちろん、ちゃんと誓いを守って誰一人殺してないから安心してね。今頃みんな良い夢を見てるんじゃないかなぁ」
「ありがとう、親玉はクイーンの足元みたいだ。挟み撃ちに便利そうだから、しばらく寝た子の守を頼む」
おれは通信を切ると、状況の再確認をする。
一階は魔族軍と思われる人物が二名、使役されている魔物が八体、そしてそれを監視している男がひとり。
怪我人の搬送が終わった右門左門と麻也ちゃんと春香が、応戦していたマフィアさんたちに撤退指示を出しながら防戦に参加する。
「それで、どう打って出る」
唯空が俺の横に立った。
「あの奥で観戦してる男は知り合いか?」
魔族軍の後ろにいた奴は唯空と同じ僧衣を着ている。
「顔は知ってるが話したことはねえな。人見知りがちなのか、俺が近付くと逃げていきやがる。それで、正面の化け物はあんたの知り合いかい? あんな奴らは初めて見るが」
「良く知ってはいるが、あいつらも人見知りがちでね。俺が近付くと逃げて行くんだ」
「じゃあまずは、お互いのお相手と親睦を深めに行くか?」
唯空の言う通りまずは敵の手の内を知っている相手を叩くのが得策だ。
それに違う術式の癖を実践で知るチャンスでもある。
唯空も同じ考えなのか、
「自己紹介は出来るだけ派手にやってくれ」
身体全体に炎をまとい始める。
麻也ちゃんと春香に、
「撤退が終了したら安全な場所までさがって待機してて」
そう伝えてから、俺が収納魔法からニョイと
「我が名は
派手な炎をまとった唯空が、魔物たちの中央めがけて突進した。
× × × × ×
唯空の後を追いながら、大剣を振りかざしてきた身の丈三メートルのオーガ兵をニョイで突くと、手ごたえはあったが白煙と共に霧散した。
続いて攻撃を仕掛けてきた豚面のオーク兵も同じだ。
「なるほど、戦況が荒れているのに魔物の死体がないのはそのせいか」
逃げようとした二人の魔族軍を
「拘束しろ」
「まて!」
俺が慌てて声を上げると同時に男たちはトリガーを引き、魔物と同じように霧散する。
唯空を見ると、隠れていた敵の僧と戦闘を繰り広げていたが……
「あれじゃあ圧勝過ぎて参考にならないな」
敵の僧が何かを仕掛ける前に唯空が投げ飛ばし、柔道の締め技のようなものをかけた。
「こっちは親睦を深められそうだ」
俺に振り返った唯空が嬉しそうに笑う。
急いで駆け寄ると、その僧は俺を睨んで、
「忌まわしき異世界からの侵略者よ、『災禍の瞳』と共に滅びるがよい」
奥歯で何かを噛み締めようとしたが、
「そうはいかねえ」
唯空が腰に下げていた手ぬぐいを口に突っ込んだ。
「一月ほど洗濯してねえが、勘弁してくれ」
そして僧の手足を袂から出した縄で縛る。
「こいつには俺の金剛力を編み込んである。ちょっとやそっとの術じゃあ破れねえから、諦めるんだな」
戦闘が終わると、麻也ちゃんと春香も走り寄ってきた。
「ご主人様、怪我人の搬送は完了しました。残ったマフィアさんたちは稲荷で待機してもらって、ロン毛のイケメン兄弟が転移ゲートを守ってくれてます」
春香の報告に俺が頷くと、
「こいつの尋問はあたしがやろっか」
麻也ちゃんが縛られた僧に近付く。
この状態では瞳で情報を読み取れる麻也ちゃんの能力は便利だが……
俺も出来ない訳じゃない。
しかし、何かが引っ掛かる。
さっき麻也ちゃんはサクリファイスを質問した春香との会話に強引に入ってきて、『献身』と少し無理のある翻訳をした。
今も俺も瞳が読めることを知っていて、それを拒むように前に出てきた。
「頼むよ、麻也ちゃん」
俺は麻也ちゃんの後ろに下がり、僧と麻也ちゃんの思念を読む術式を展開する。
唯空は俺の魔法に気付いたようで、同じように俺の後ろについた。
「あなた
麻也ちゃんの質問に亜乱と呼ばれた男が視線をそらそうとしたら、唯空が小さく念仏を唱える。
「嬢ちゃん、これで心置きなく質問できるぜ。確かにそいつは亜乱って名前だ」
「見てたら圧勝だったけど、ホントにこいつが佳死津の退魔士部隊長なの?」
「どうも最近の奴らは根性が足りねえ」
唯空がゆっくりと首を横に振ると、麻也ちゃんはため息をついてから亜乱の瞳を覗き込んだ。
尋問で分かったのは……
1、佳死津の親睦派と下神の戦力は屋上に集結され、下神の最新の科学魔道兵器と共に俺の転移を狙っていたこと。
2、二階には下神の『
3、そして三階に『
その三点で、作戦の詳細までは知らされていないようだった。
「下神はママの目をどうして狙ってるの」
麻也ちゃんの質問に亜乱が顔をしかめたが、唯空の魔術がそれを許さない。
「ごめん、それも詳細を知らないって」
麻也ちゃんが首を振ると、唯空が俺の肩をポンと叩いてウインクする。
どうやら唯空も麻也ちゃんの嘘に気付いたようだ。
でもまあ、男からのウインクって微妙だなあと感じながら、
「ありがとう麻也ちゃん、色々と良く分かったよ」
俺がそう言うと、
「じゃあご主人様! このお坊さんはイケメンロン毛のお兄さんたちに任せて、二階を叩きましょう。
春香が俺を見上げ、
「何人かあたしやレイナと同じ
強い眼差しを向けてきた。
「嬢ちゃんたちの事情もなんとなく分かったから、ここは四人で仲良く出かけねえか? それにメイド服ってのが、何とも素晴らしい」
唯空が楽しそうに俺の背中をバンバンと叩く。
いや、メイド服は本人たちの希望なんだが……
俺が反論しようとしたら、
「萌えを理解しているところも、なかなか
唯空が顔を寄せて、ポツリと呟く。
――どうもまだ俺は、現代日本の価値観が理解できていないようだ。
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