ちょっと可愛すぎる女子高生

 師匠を連れて社務所に戻ると、玄関口で千代さんと阿斬あざんさんと吽斬うんざんさんが土下座していた。


 俺がさっぱり何のことやらと首を捻ると、


「恐縮ながらどちらの大御神おおみかみか存じませぬが、このようなひなやしろに御身遣わされたこと、誠に恐悦至極でございます」


 千代さんが伏せたまま口上の様なものを述べる。


「ゴメンね、これそんな大層なものじゃなくて…… 俺の師匠の生霊の、地縛霊バージョンなんだ」


 説明がややこしくなりそうだからそう言ったら、後ろから師匠の蹴りが飛んできたが、


「御屋形様の御師匠様ですか?」

 千代さんが顔を上げて師匠を見ると、眩しそうに目を細め、また慌ててひれ伏すように頭を下げた。


「この者たちは何をしておるのじゃ」

 師匠が翻訳魔法を使って日本語で問いかけてくる。


「師匠を神様と間違えたようです」

「まあ我の魔力なら、どれほど制御してもその国の創造神クラスと勘違いされても仕方が無かろう」


 ちょっと嬉しそうに胸を張るところが微妙にムカついたが、ドレスを持ち上げる胸元も大きくなっていたから、仕方なく許してやる。


「じゃあもうちょっとその力を抑えてくれませんか? これじゃあ話が進まない」

「これでも随分抑えとるんじゃがのう」


 師匠はぶつぶつ言いながら、その力を更に縮小してくれた。


「千代さん、どうか面を上げてください。ちょっと複雑な事情があって、実はお願いに来たんです」


 今俺が住んでいる加奈子ちゃんの家に連れて行くわけにはいかない。

 記憶を消去した加奈子ちゃんに対して説明ができないし、師匠は規格外過ぎてあの瞳に変な影響が出かねない。


 ここなら結界も確かだから、師匠を匿うには丁度いいと思ったのだが、


「はい、何なりと」

 どうも千代さんは師匠を怖がっているような気がする。


「異世界でとても良くしてくれた俺の恩人だし、こう見えても悪い人じゃないんだ」


 何とか理解してもらおうとすると、また師匠が俺の脚を蹴った。

 照れ隠しなのかクレームなのか分からないけど……



 師匠、普通ならその蹴りで数百規模の魔族軍を余裕で蹴散らせる威力なのですから、自重していただけると嬉しいのですが。



   × × × × ×



 師匠は魔力を随分落としたが、


「そうですか、そのような事情が……」


 千代さんはサングラスをしながら俺と師匠にお茶を持ってきた。

 師匠は座布団に上手く座れないようで、隣で俺を見ながら四苦八苦してる。


「しばらくの間、境内に自縛させちゃって良いですか」

「そのような…… では本殿に御師匠様の部屋を作りましょう、椅子や机もご用意いたします」


 今の状態でも千代さんたち妖狐には、師匠が眩しくて直視できないようだ。


「助かります、でも今のままだと迷惑が掛かりますよね」


 部屋の隅に立つ阿斬あざんさんと吽斬うんざんさんも分厚いサングラスをしているが、冷や汗を流しているし…… 子狐たちは師匠が俺に放った魔力波を感知したら、皆森に逃げ帰ってしまったらしい。


「ふむ、我も迷惑は掛けたくない。しかしお主たちが感じておるのは魔力だけの問題じゃなさそうじゃな」


 師匠は正座をあきらめると脚をそろえて斜め座りして、大きくため息をついた。


「はい、汚れなき御霊のありようとその美しさが原因かと」


 千代さんがサングラス越しに師匠を眺め、改めて師匠の美しさを目の当たりにして小さく息を飲む。


 どうも俺は慣れ親しんだせいで師匠を見ても『美しい』と感じるだけだが、そう言えば師匠と初対面の人間は妙なリアクションをとるやつが多い。


 よくよく考えてみると、それは魔力量やオーラだけの問題じゃなかったのだろう。


「じゃあ師匠、俺がその美しさを制御してこの世界に馴染める装備を施しましょうか」

「そうじゃな、多少不安はあるが…… ここは弟子に任せてみるか」


 了解が取れたので色々悩んだ末、師匠に立ってもらい、俺は『衣』の魔法を唱えた。


「何じゃこれは?」

 姿が変わった師匠は小首を傾げたが、俺はその素晴らしさに思わずひれ伏してしまった。


 千代さんはポカンと口を開けたが、阿斬あざんさんと吽斬うんざんさんは俺と同じよう部屋の隅で二人そろってひれ伏した。


「三つ編みビン底眼鏡セーラー服委員長、実は眼鏡をとったら超美少女バージョンです」


 師匠の輝きを抑えることには成功したが、違う方向性の魅力があふれ出てしまって危険すぎる。

 阿斬あざんさんなんか、感涙にむせびながら顔を畳に擦り付けてしまった。


「この世界の常識をまだ知らんが、弟子よ。お前たちの態度を見ると何かが間違っているようじゃな」


「師匠、大変申し訳ありませんでした。俺の能力では、まだまだ師匠の美しさを隠すのは難しいようです。もう一度挑戦させてください」


 師匠は何故か頬を赤らめ、

「そ、そうか。お前から見ても我は美しいか」

 そんなことを言いながら短いスカートを握りしめてモジモジする。


 すると感極まったような阿斬あざんさんの嗚咽が聞こえてきた。

 どうも師匠の態度がツボだったようだ。


 男としてそれはとても共感できる。


「ではもう一度」

 俺が再度熟考の末、呪文を唱えると、


「何じゃこれは、先ほどとあまり変わらんような気がするが」

 姿が変わった師匠は小首を傾げたが、俺はその素晴らしさにまた思わずひれ伏してしまった。


「くっ、師匠の美しさを抑えることは不可能なのか!」


 千代さんはポカンと口を開けたままで、阿斬あざんさんと吽斬うんざんさんも俺と同じように再度部屋の隅で二人そろってひれ伏した。


「ビン底眼鏡セーラー服無口系図書委員、実は眼鏡をとったら超美少女バージョンです」


 師匠の輝きを抑えることには成功したが、また違う方向性の魅力があふれ出てしまった。

 やや長めの前髪が眼鏡に少しかかるのも、ひとつにまとめた後ろ髪もジミ系女子高生を演出していて素晴らしい。


 しかも師匠のスラリとした太ももがミニのセーラー服のスカートからこぼれる様は、背徳感満点だ。


 今度は吽斬うんざんさんが涙を流しながら、オールバックの髪を畳に擦り付けてしまう。


 かなりツボだったようだ。


 普段無口な吽斬うんざんさんだが、どうやら方向性はそっちらしい。

 師匠の隠しきれない魅力に驚きながら、俺が新たな発見に感心していたら、


「あの、御屋形様…… さすがに今時ルーズソックスは、いかがかと。方向性は理解できましたので、後は千代が承ります」


 正気に戻った千代さんがサングラスをとって、俺をジト目で睨む。


 首を捻っていた師匠も、その言葉に何かを気付いてしまったようだ。

 もう二~三バージョン試してみたかったが……



 どうやらここでも、俺の青春は帰ってこないらしい。



   × × × × ×



 最終的には今時のひざ下スカートのブレザーに、普通の眼鏡姿で決着した。

 防御力は落ちた気がするが、木の葉を隠すなら森の中なのだろう。


 これならちょっと可愛すぎる女子高生だと思えば問題無いかもしれない。

 ……多分。


「お前の話を総合すると、この世界に悪夢ナイトメアが転移しておるようじゃな。そう考えると色々とつじつまが合う」


 本殿奥の内拝殿に家具を持ち込み、とりあえずそこを師匠の住居とすると、俺は今朝起きた出来事とナイトメア・アプリの噂を伝えた。


 師匠の話では狛狐の件もメモの件も自分の仕業ではないそうだ。


 ヒノキ造りの拝殿に高級ソファーセットと女子高生。

 一見ミスマッチすぎる取り合わせだが、師匠の神秘さがそれを強引に調和させていて、独特の落ち着いた空間に感じられる。


 そして師匠の対面のソファーに座ると、まるで森の庵で修行していた頃のように、俺の心も自然と落ち着いた。


「奴の手口のひとつじゃな、そうやって謎をちりばめて敵を錯乱させる。しかもたちが悪いことに、謎そのものにちゃんと意味がある」


「師匠を元に戻す為には、やはり悪夢ナイトメアを捕まえるのが確実ですか?」


 こちらの世界に来ているのなら、むしろチャンスだ。

 俺が意気込むと、


「ふむ、まだ悪夢ナイトメアがこちらの世界におると決まったわけではない。その可能性が高いと言うだけじゃ、それに奴を捕まえるのは至難の技じゃぞ」


師匠はブレザースカートから延びる脚を優雅に組み替える。


「任せてください、必ず師匠を守って見せます」

 俺が師匠を見つめると、


「い、言うようになったな」



 そのちょっと可愛すぎる女子高生は、視線を外してズレた眼鏡を直し、少しはにかむように微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る