乙女の定義
「師匠、殺す気ですか!」
こんな魔力波を瞬時に発動させれる奴なんてひとりしか知らない。
もう、間違いないだろう。
避けることも出来たが背に位置する稲荷の本殿を破壊しかけない威力だ。仕方なく正面から受け止めると、つるりと岩場から足を踏み外してしまう。
「その声は、やはり良く知る阿呆か……」
何とかもう一度岩に這い上がると、既に深紅の派手なドレスを着た師匠が湯の上に立って、腰に手を当てながら大きなため息をついていた。
その顔は女性らしい美しさが増し、髪も瞳も黒く、年齢は十七~十八歳ぐらいに見える。
最大のポイントはドレスの胸元を持ち上げるブツが肥大化していることだ。
まったく、俺が魔王討伐しているスキに何があったんだろう。
異世界ではずっと十二歳ぐらいだったから、もうあのままかと思っていたけど……
成長するならちゃんと教えてくれないと困る。その過程を
「何がどうなってるんですか?」
その姿を眺めながら俺が首を捻ると、
「やはり知らぬのか…… どうやら我も
師匠は湯の上をゆっくりと歩きながら、俺に近付いて来た。
「
「そうじゃ、今あの世界に新たな魔王を名乗る者が現れた。正体がまだ判明しておらんが、我は
そして昔のように俺の頬に手を当てたが、そこには温もりや感覚が存在しない。
「師匠、ひょっとして死んじゃったんですか?」
「阿呆、意識だけこの地に飛ばされただけじゃ」
もう一度魔力を目に集中すると、下神の芦屋と名乗った霊体に近い状態だ。
師匠の話からすると、生霊とかだろうか。
「どうやら我はこの地に縛られておるようじゃし、魔法もほとんど使えん。今も問題の多すぎる弟子を仕損じた」
「やっぱり殺す気だったんですね」
「必死になって覗いておる方が悪い」
そして師匠はやるせなさそうに小さく首を振りながら、どうしてこうなったかを話してくれた。
異変が起きたのは十日程前からで、帝都を中心に眠りから覚めない人々が増えたそうだ。
しかも眠りについた人々は帝国防衛を担う重要人物ばかり。
事態を重く見た皇帝陛下が秘密裏に相談し、
「勇者の裏切りが明るみに出たばかりじゃからな、内政もごたついておるようじゃし、おまけに巷では魔王復活の噂まで流れておる」
事情を汲み取った師匠は重い腰を上げると、調査に乗り出した。
「人々の不安をあおる噂を広め、夢の世界に引き釣り込んで目を覚まさなくし、弱体化したところで奇襲をかける」
すると、そんな戦術を得意とする
「今思えば、あの裏切り者の勇者も
そしてその尻尾を掴もうとしたところ……
「我も夢の世界にとらわれてしまった。何とか自力で脱出したが、この様じゃ」
「師匠の命に別状はないのですか」
どうしても心配だったので、ついついそこから聞いてしまう。
「我の体は庵で寝ておる。森や庵には特殊な結界を張っておるから外敵に襲われる心配はないが、このままの状態ではいずれ衰弱死してしまうじゃろう」
「猶予はどれぐらいですか」
「飲まず食わずの状態が続くわけじゃからな……」
師匠が首を捻る。
そんな状態がどれ程危険か、俺は身をもって知っていた。
どうすれば師匠を助けれるのか…… 必要なら
思考が急速な回転を始めると、
「さすがの我でも、もって百年程じゃろう」
師匠がせつなげにため息をつく。
うん、何か少しやる気がそがれたような……
しかし危険な状態には変わりないのだから、幾つか確認が必要だ。
「この地に縛られていると話されてましたが、動ける範囲は」
「その岩を中心に帝国の領土程度じゃな」
それ、日本の何倍の広さかな?
「じゃあ、力はどの程度まで」
「お前が討伐した魔王を、何とか素手で殴り倒せる程度じゃろう」
――そうか。
「じゃあ俺、調べ物の途中で忙しいので、また後で顔出しますね」
俺が岩場から降りようとしたら、後ろから首根っこを掴まれた。
師匠は今霊体だから、魔力的な操作でやってるのだろう。
それはそれで凄い事なのだが、
「随分と薄情な弟子じゃな。このようなか弱い乙女になってしまった師匠を、ひとり置き去りにするなど……」
もう、か弱いとか乙女とかの定義が分からなくなってきた。
「師匠が以前
今の話だとそこが最大の謎だ。
「ふん、その時話したであろう」
俺が師匠の顔を覗き込むと、視線を逸らすようにそっぽを向く。
はて、どんな話だったろうと思いを巡らすと、
「奴は人の心のスキに入り込んで、甘美な夢を見せる」
師匠が少し顔を赤らめながら呟いた。
「師匠にも心のスキがあったんですね」
「我を何じゃと思っとる! どっかの阿呆な弟子がろくに便りもよこさんから、少し心配になっただけじゃ」
「でもそこから甘美な夢にどうつながるんですか」
師匠は自分の少し成長した体や黒くなった髪を確認すると、
「べ、別にこれは…… お前とこの世界で暮らしたいとか、普通の乙女になりたいとか、そんな想いが具現化したわけでは決してない」
またぷいっとそっぽを向いた。
天上天下唯我独尊な師匠が、相変わらず規格外なままとは言え、こんな状態になったのだから少し情緒不安定になったのかもしれない。
もじもじしながら俺をチラチラ見る姿は何だか庇護欲をそそるが、中身が凄すぎて対応に困る。
「とりあえず向こうの建物に移動しましょう」
俺が苦笑いしながら手を差し伸べると……
師匠は少し嬉しそうに顔をほころばせ、魔力操作で実体化させた手で、俺の手をギュッと握り返してきた。
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