休日はご多忙申し上げます

ピンクと紫の誘惑

 結局、機嫌を損ねてしまった師匠をなだめるのに数時間かかってしまった。


 部屋を片付けろというから掃除をし、それから腹が減ったというから食事の準備を始め、二人で夕飯を食べた後、身体がこったというからマッサージを始める。


「寝てばかりおったからのう」


 いつもの派手なドレスでカウチにうつぶせに寝転がっていた師匠の脚を下から徐々に揉み始め、


「も、もう少し上じゃ」

 太ももの辺りまで来て…… これが罠だと気付く。


 うん、これ以上行ったら脚の付け根だし、ミニのフリフリスカートからキュッとしまった可愛らしいお尻を包むピンクのパンツがチラチラし始めている。


 何度も師匠に殴られたらさすがの俺でも身が持たない、何せ軽く裏拳を出すだけで伝説級の大オーガ一匹ぐらいなら粉砕してしまう破壊力だからな。


 血色の良いピチピチの脚から手を離し、俺はお尻を通り越して細い腰の上に手を置いた。


「何故通り越した?」

「はい、学習しましたので」


 師匠はつまらなさそうにフンと鼻を鳴らしたが、念入りに腰を揉んだらくすぐったそうに笑いだす。 ――実はコリなんか無いんじゃないのだろうか?


 師匠の回復魔法や身体能力を考えると、そもそもあの程度寝ていたって体調が崩れることなどありえないのだが……


 俺が手を止めて首を捻っていたら、

「ふん、まあ良いじゃろう」

 悪戯がバレた子供みたいにペロリと舌を出した。


「ところで師匠、明日の朝には日本に帰る予定ですが……」


 外はすっかり暗く、さっきから眠気も襲ってくる。

 壁にかけてある大時計の針は真夜中を指していたから、こことそれほど時差のない日本も、もう深夜だろう。


 俺が大きな欠伸をすると、

「安心しろ、不詳の弟子よ。我はちっとも眠くないからな、朝まで相談に乗ってやるぞ」

 師匠はカウチの上に立ち上がると自信満々と言わんばかりに腰に手を当て、無い胸を張った。


 魔族軍の動きも日本で起きた出来事も、もう相談したいことはあらかた話したから、


「また今度遊んであげますから、今日はもう寝ますね」

 俺は以前使っていた自分の部屋に戻ろうとした。


「こりゃ、弟子よ。久々に訪ねてきたのに随分とつれないな」

 すねたように唇を尖らす師匠は、なんだか子供みたいだ。


 まあ、見た目は十二歳ぐらいなのだが…… 霊体として日本に来て以来、幼児化が進んだような気がしてならない。

 高校生ぐらいだった姿がちょっとだけ懐かしい。


「仕方ないですね、では日本で覚えたゲームでもしましょうか」

「ほう、何か新しい遊戯か?」


 俺は収納魔法から加奈子ちゃんから預かったトランプとくじ引きの箱を取り出し、

「王様ゲームといいまして」

 クリスマスの夜、二人でやったゲームの説明をする。


 通常は複数人で行うもので、二人でゲームするときはルールを変えるらしい。

 加奈子ちゃんの話では、初めにお互いに命令をメモ書きしてくじ引きの箱に入れ、一枚ずつカードを引いて、手札が弱ければくじを引いて命令をこなす。


「なるほど、王様の命令は絶対なのだな」

 すると師匠は嬉しそうにメモ帳に何やら書き始めてくじ引きの箱に入れ始めた。


「ええ、そうですよ」

 加奈子ちゃんとゲームをしたときはかなり無理な命令も入っていたが、俺に不可能はなかった。今回も難なくこなして師匠を驚かせてやろう。


 俺も師匠が嫌がりそうな命令をいくつかメモに書いてくじ引きの箱に入れ、トランプを師匠の目の前でシャッフルしてから、


「それからトランプを触るときは魔法は禁止ですよ」

 カードを伏せて師匠に差し出す。


「もちろん分かっておる」

 すると師匠はいきなりスペードのエースを引いた。


「ちなみにそれが一番上の手札です」

 俺が引いたクラブのジャックを見せながらくじ引き箱からメモを取り出すと、『ちゅー』と、達筆な魔法文字が書いてある。


「ネズミのモノマネですか?」

 そう言えば加奈子ちゃんも似たような命令を書いていたな。

 その度にネズミのモノマネをしたが、何故かとても不評だった。


「う、うむ、まあ今回はそれで良いじゃろう」

 師匠がもじもじしながらそう言うので会心のネズミのモノマネを披露したら、やはりため息をつかれた。


 俺としてはかなりの自信作だったから、ちょっと切ない。

 やはりこの手の才能は俺にないのだろうか……


 俺がとりあえずカードを引くと、師匠も気を取り直してカードを引いた。


「また俺の負けですね」


 引いたカードは数字の六だったが、師匠は難なく絵札を引き当てる。

 もう一度くじ引きの箱からメモを取り出すと、また『ちゅー』と書いてある。


「師匠、そんなにネズミが好きなんですか?」


 今度こそはと思い、変身魔法に発光魔法や効果音までつけイリュージョンのようにネズミに化け、

「ちゅー!」

 可愛らしく素振りまでつけて微笑むと。


「はあああああ」

 師匠の盛大なため息が聞こえてきた。



 ――どうやら俺のモノマネは、かなりダメらしい。



   × × × × ×



 結局朝まで師匠とトランプで遊び、徹夜のまま魔族領の『旧魔王城』に文字通り飛んで帰る。


 リトマンマリ共和国と旧魔王城をつなぐ異世界トンネルを開くには、双方向からの同時アクセスが必要だった。

 その為アリョーナさんが約束した時間に俺が渡した騎士ナイトの駒を利用してアクセスし、それを旧魔王城で感知してから同時に作業する手筈になっている。


 騎士ナイトに利用している魔法石の威力なら充分アクセス可能だろうし、アリョーナさんは妖精の血を引いている。

 精霊力と呼んでいるそうだがそこそこの魔力も持っていたし、術式は違うものの簡単な魔法なら使うことが出来るようなので、心配はないだろう。


 旧魔王城は人族領からだと国境にある『精霊の森』を超えてすぐに広がる砂漠の中央に位置していた。


 俺が欠伸を噛み締めながら旧魔王城に広がる城壁跡に着地すると、隠れていた警備の兵たちが一斉にひれ伏す。

 数にして数十だが皆独特の高位魔力を有しているようで、手製の弓やナイフのような短刀に革製の服と言った軽装備でも、それなりの迫力があった。


 しかしこの状況は、やはり何かが違っているような気がしてならない。


「御屋形様、お早い到着ですね」

 兵たちを分け入って、魔族軍の将校服を着た玄一さんが駆け寄る。


「玄一さん、ありがとう。それから皆にそんなに仰々しく頭を下げなくても良いって伝えておいて」

 俺が苦笑いすると、


「彼らは中立だった『精霊の森』の森人エルフでして、今回麒麟キリンであるドミトリー氏が四天王として立ったので、部下として名乗りを上げてくれたのですが……」


 玄一さんも苦笑いしながら未だひれ伏したままの森人たちを見回し。


「御屋形様のことは聖なる森を人族から奪い返し神獣を守ってくれた恩人だと、尊敬しているようでして」

 俺と同じように苦笑いする。


 森人だと聞いてふと確認するように一番近くにいた美しい緑の髪の女性兵を見ると、目鼻立ちがアリョーナさんとどこか似ていた。ついつい見つめてしまったら、その女性は顔を赤らめ、更に土下座するように頭を下げる。


 どうやらまた、知らないところで誤解を生んでいたようだ。


「陛下との約束でやった事だから、気にしないでって伝えておいて」

 仕方ないので逃げるように城に駆け込むと、玄一さんが楽しそうに微笑む。


「御屋形様らしいですな」

 その御屋形様ってのも、何かの誤解だと思うのですが……



 異世界転移ゲートがある地下魔堂へ行くと、既にドミトリーさんがスタンバイしていた。


 魔族の宗教画イコンが壁や天井に描かれ、その中央に要岩に似たゲートが鎮座している。

 ゲートの前で呪文を唱えるドミトリーさんに合わせて宗教画イコンが輝き、厳かな雰囲気が堂を包んでいた。


 俺は邪魔にならないように堂の入り口で日本から持ってきた改良スマートフォンを展開し、アリョーナさんと打ち合わせた時間を確認する。


「若き大賢者様、少々問題が」

 司祭服のような服を着たドミトリーさんが俺に向かって声をかけてきた。


「どうした、術式は安定しているように見えるが」


 こんな綺麗で力強い魔法陣の構築を見たのは、師匠と日本で出会った唯空ゆいくう以外では初めてだ。さすが霊獣の長と呼ばれる麒麟キリンだと、感心していたのだが。


「こちら側は問題ないのですが、ゲートの向こうが」

「まだ時間が早いだけだろう、反応があるのはもう少し後じゃないのか」

 アリョーナさんとの約束まで、まだ三十分以上ある。


「いえ、不審な魔力波が感じられるのです」


 眉をしかめたドミトリーさんに近付き、直接俺が探査魔法でゲートを調べると、

「戦闘? いやこれは救助信号か……」


 確かに不審な魔力波が微量ながら漏れ出ていた。


 この魔堂に描かれている術式は、通信魔法専門の拡大魔法陣だろう。

 俺はドミトリーさんが組んでいた魔法陣に自分の魔力を重ね、


「少し借りるよ」

 懐から歩兵ポーンを三枚取り出し、ゲートから漏れ出る魔力波を堂の天井に増幅させる。


「こ、これは……」

 俺と一緒に地下魔堂についてきていた玄一さんが、天井を見上げながら呟く。


 そこには忍者のような黒い衣装を着て刀を握った男たちと、アリョーナさんの姿が映っている。


「予定より少し早いけど女性を待たす訳にはいかないから、もう出かけるよ。玄一さんもドミトリーさんも、後を宜しく」

 俺が微笑みながら二人に軽く手を振ると、


「しかし御屋形様、転移魔法の出鼻を狙う策略かも知れません」

 玄一さんが止めに入り、ドミトリーさんも困惑の表情に変わった。


 まあ玄一さんの言う通りだろう、忍者の数は映像で確認できるだけでも五人以上。アリョーナさんを守る人は映っていない。


 なら既に倒されたか、ひとりの処を狙われたかだ。しかもいつでも止めを刺せる状態なのに、アリョーナさんをいたぶるような攻め方をしている。


 おかげで高級スーツのあちこちが切り裂かれていた。


「これだけハッキリとした映像があれば、相手の術中にハマることは無いから安心して」

 この魔堂の増幅力はかなりのモノなのだろう、色々と細部まで確認できる。


 アングルも何故か下からあおるような状態だから、アリョーナさんのレースの下着が良く見えてしまっている。


 幸いまだ大きな怪我はないようだが、あの美しいプリンプリンの太ももや柔肌が切り裂かれるようなことがあったら一大事だ。


 俺はローブからニョイを取り出し、ゲートに向かって構える。

 天井の映像からアリョーナさんが俺の渡した騎士ナイトを握っていることが確認できた。


「しかし若き大賢者様、これはただの転移魔法では……」

 心配するドミトリーさんに振り返り、


「若き大賢者ってのは、もう勘弁してくれ」

 小さくため息をついてから、


「俺の名は、賢を極めしケイト・モンブランシェットの弟子にして、その業と意志を継ぎし者。大賢者サイトーだ」

 俺がニヤリと微笑むとドミトリーさんは恭しく頭を下げ、玄一さんは楽しそうに微笑んでからひざまずいた。


 やはり何かが違うような気がしたが。


 俺は天井に映ったアリョーナさんのムッチリとしたお尻を包む紫色のパンツを確認し、手に持っていた白い駒がポトリと落ちるのを見て……



 強引にゲートに魔力を注ぎ込み、向こうの世界で地面に落ちた騎士ナイトをリンクさせると、目の前にできた時空の歪に飛び込んだ。

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