何かが違ってる

 元近衛騎士長のドミトリーさんの話によれば、

「魔王不在となった魔族領に不審な動きがあり……」


 俺が異世界を離れると同時にドミトリーさんは独自に調査を始めたそうだ。そこで第五部隊のクーデターに気付き、交流のあった和平派の元四天王たちに声をかけ、


「事情が事情ですから皇帝陛下にはお暇をもらって、このような形となりました」


 ドミトリーさんは俺に向かってひざまずいたまま、もう一度頭を下げる。


「状況は事前に玄一さんから聞いていたから理解できるが、何故ドミトリーさんが。いや、そもそもあなたは何者なんですか?」


 今の話を素直に聞くと魔族とは元々交流があったようだし、しかも元四天王クラスを従えれるほどの信頼もあるようだ。


 しかし本人は魔族ではないと言うし。


「今まで事情があってお話しできませんでしたが、私は龍の末裔に属する…… そうですね、大賢者様の生まれた世界では麒麟キリンと呼ばれる生き物です」


 確か俺がいた世界の伝承では霊獣の長にして、王が仁のある政治を行うときに現れる神聖な生き物だとか。

 そんな話だったが……


「人族領の現皇帝陛下も条件を満たしつつありました。しかし若き大賢者様が現れてから世が動き、真の『世を統べる良き王』の誕生が予感されたのです」


「それじゃあ、魔族にその良き王が誕生するのか?」

 俺が問いかけると、


「御冗談を、私がひざまずくのはあるじと認める真の『世を統べる良き王』だけ。人族の皇帝陛下にもひざまずいたことなどありません」


 ドミトリーさんは更に深く頭を下げる。

 その横では玄一さんも同じように「やはり御屋形様は……」とか言って、ひざまずいて頭を下げた。

 見回すと他の魔族兵も同じような状態で、これじゃあ今朝のマフィアさんたちとあまり変わらない。



 ――うん、何やらもう、勘違いされてる気が半端ない。



   × × × × ×



 その異世界の魔族領に存在するゲートは、『祖たる魔王』と呼ばれる初代魔王の城の地下にあった。ドミトリーさんの案内で地下にある魔殿を抜け、王室に案内される。


 そこは広々とした豪華な造りで最奥部に王座があり、中央には大きな円卓が存在した。


「暫定政権では私と三人の元四天王が魔族領を治めておりますが、もうひとりは」

 そこまでドミトリーさんが話すと、


「あのっ、実はあたしが、その」

 俺の後ろで紫色の明かりが灯り、手のひらサイズの悪夢ナイトメアがひょっこりと顔を出す。


 現れた悪夢ナイトメアの話によれば、今回の件が上手く行って記憶の蜘蛛の檻から抜け出せたら、四天王に復帰してほしいと玄一さんやドミトリーさんから頼まれていたそうだ。


「彼女の能力は情報収集にとても有益だからね」

 ドミトリーさんが円卓にあった椅子に優雅に座る。


 俺も玄一さんに勧められ、同じ円卓についた。

 円卓には四つの椅子が存在するから、きっとここは四天王の席なのだろう。


 正面にドミトリーさん、俺の横に玄一さんが座り……

 小さな悪夢ナイトメアは、テーブルの上で所在無げにちょこんと正座した。


 何だかその姿がとてもキュートだ。


 しかし自由に夢の中を行き来でき、その記憶を読むことが出来る悪夢ナイトメアの能力は脅威なのだろう。

 今まで多くの魔王が配下に置きたがったのも良く分かる。


 情報収集だけではなく、使いようによっては集団洗脳も容易だ。きっと本人はそんな事を望まないだろうし、ドミトリーさんや玄一さんも彼女の自由意思を尊重しているようだから、問題ないだろうが。


「ここが嫌になったらいつでも俺に言って、何とかするから」

 念のため俺が悪夢ナイトメアに笑いかけると、


「あ、ありがとうございます。でも、皆さん良くしてくれるので今回は大丈夫だと」

 悪夢ナイトメアはモジモジしながら微笑み返してきた。


 もう何だろう、この可愛らしい生き物! 能力とか関係なしにお持ち帰りしたくなる。


 でも、そう思ってしまうことが彼女の自由を奪ってきたのだろう。

 俺は撫でまわしたい欲求を押さえ、背筋を伸ばすと。


「御屋形様ご安心ください、悪夢ナイトメアをお持ち帰りして撫でまわしたいと考えるような強者は他におりません。普通はその能力に恐れをなすか、悪用を考えるだけですから」


 隣に座っていた玄一さんにダメ出しされた。

 悪夢ナイトメアの愛らしさについつい思考が駄々洩れになっていたようだ。


 高位能力者と会合するときは思考を読まれないように警戒しなきゃいけないが、ドミトリーさんも玄一さんも特に思考を読ませないための防御をしていなかったから、気が緩んでいた。


 腹を割った話し合いなのだろうが…… チラチラ俺の顔を盗み見ている悪夢ナイトメアの顔がどんどん赤くなって行くから、何らかの制限は必要かもしれない。


 妙な精神攻撃を仕掛けていると疑われてしまいそうだ。


「若き大賢者様、ご安心ください。それが精神攻撃ではなく素でやられていることは重々承知しております。英雄とは色を好むものですからね」


 ドミトリーさんが優雅に微笑む。

 やはりどこかに大きな勘違いがあるような?


 俺が腕を組んで首を傾げていると、本題であったクーデターの顛末や魔族領内での不審な動きについて話が進んでいった。


 記憶の蜘蛛を筆頭とした第五部隊のクーデター組織の背後には、また別の組織の影がありそうだが、正体まではつかめていないそうだ。


 しかしその謎の組織の狙いに、どうやら俺の生まれた世界の何かが含まれている可能性がある。

 下神が利用していた現代兵器などのテクノロジーだけではなく、記憶の蜘蛛は加奈子ちゃんの『瞳』も狙っていた。

 まだ不確定要素が多すぎて雲を掴むような話だが、無視することはできないだろう。


「それなら協力を惜しまない、むしろ助かるぐらいだ」

 俺が魔族の暫定政権との協力を約束すると、ドミトリーさんも玄一さんも喜んでくれた。


 そして具体的な取り交わしを今後行う約束をして、そろそろ席を立とうとしたら。


「大賢者ケイト様の処へ行かれるのですよね? えっと、あたしの夢に取り込まれていましたから、目を覚ますためには」

 悪夢ナイトメアが小さな体を必死に動かしながら俺に話しかけてきた。


 やっぱり持ち帰って撫でまわしたいが……


「このスピンドルが必要なのか?」


 俺がローブのポケットから以前悪夢ナイトメアからもらった紡ぎ車の針のようなものを出すと、コクコクと頷く。


「通常はその針で刺すと目を覚まします。でもあのお方なら、もう自力で目覚めているかもしれませんが」


 確かに師匠ならその可能性も高いだろう。もう悪夢は終わったと本人も言ってたし、色々と規格外の人だ。でも念の為、使い方を確認しておこう。


「どう使えばいいのかな」

「目覚めてほしいと考えながら、針を指先に触れるか…… そのっ、それでも無理なら王子様の、そのっ、キスとか」


 どこでも伝承と言うのは同じだと思いながら、


「王子様を持ってく訳にはいかないから、これで何とかしてみるよ」

 俺が恥ずかしそうにモジモジしている可愛すぎる生き物に話しかけると。


「王子様と言うのは比喩でして、眠りについた人の意中の人物のことでして…… まあ、スピンドルを工夫するのも方法かもしれませんが……」

 悪夢ナイトメアは更に顔を赤くした。


 しかしそれこそ王子様より入手困難だ。何処かでさらってくるわけにはいかなさそうだし、師匠の意中の人物など想像もつかない。


 俺が首を傾げていたら、


「やはり若き大賢者様は筋金入りのようですね」

 ドミトリーさんも玄一さんも楽しそうに笑いだした。



 やはり何かを勘違いされているようで、居心地が悪い。



   × × × × ×



 ドミトリーさんと打ち合わせした旧魔王城から師匠の住む森まで、飛行魔法で移動した。


 魔族領内で転移魔法を使用したくなかったのと、森の主である師匠が長時間眠ったままの森に異変があったら対応できないと考えたからだが……


 雲の上を一時間半ほど飛行してたどり着いた森の上空から見回しても、特に異変は感じられなかった。


 庵の玄関に着いても、物音らしきものも聞こえない。こちらの世界も師匠が住む森は冬で、周囲は真っ白な雪化粧が見渡せるだけだった。


 見上げると良く晴れた空に太陽が真上から日差しを注いでいる。

 時間的にはお昼時だから、師匠が起きていれば昼食の匂いもしてくるだろうが、そんな雰囲気すらなかった。


「自力で目覚めなかったのかな?」


 修行時代に師匠と決めた玄関の解呪魔法を唱えると、ゆっくりと扉が開く。

 しかし室内からも物音一つ聞こえない。


 仕方なくリビングを抜けて師匠の寝室の扉に手を掛けると、珍しく鍵がかかっていなかった。

 以前なら俺の覗きを警戒してか、俺の知らない呪文で固く鍵を掛けていたのに。


「師匠、起きてますか?」


 念のためノックをして、声をかけてからドアをそっと開けると……

 天台付きの豪華なベッドに美しい切れ長の瞳の高価な陶磁器人形ビスク・ドールのような美少女が行儀正しくスヤスヤと寝息を立てている。


 普段は隠している猿の耳がちょこんと出ているところもとてもキュートだ。

 俺がそっと近づくと、整った鼻がピクピクと動いたような気がしたが、


「師匠、起きてください」

 もう一度話しかけても、やはりスヤスヤと寝息を立てている。


「仕方ないな」

 ローブのポケットから悪夢ナイトメアから受け取ったスピンドルを取り出すと、ヒクッとその耳が動いたような気がしたが……


「うむー、それではダメじゃ」

 妙な寝言を呟きながら手を隠すように上布団を絡め、反対側に寝返りを打った。


「師匠、実は起きてるんでしょ」

 問い詰めるように顔を覗き込むと、白々しい寝息が聞こえてくる。


 布団を握って寝返りしたせいで、レースのネグリジェから可愛らしい尻尾と、キュッと引き締まったお尻を包むピンクのパンツが見えてしまっていた。


 悪夢ナイトメアから指にスピンドルの先を触れさせるか師匠の意中の人物のキスで目覚めると聞いていたが、手持ちであるのはスピンドルだけだ。


 さすがにそんな人物を探して、さらってくることはできなかったし。


 どうしたものかと悩んでいると、

「不詳の弟子よー、今ある状態で何をすれば良いのか、考えるのじゃー」


 更に妙な寝言が聞こえてきた。

 心なしか師匠の頬が赤らんできている気もするし。


 ここまで来ると怪しさを通り越して、もう不安しかない。これは何かの試練か罠だろうか?


 サーチ魔法を展開しても、

「身長155センチ、ヒップ80、ウエスト56、バスト78のBカップ」

 そんな素敵なデータしか感知できない。


 もう一度師匠の顔を覗き込むと、その美しい唇がフニフニと動き出す。不審に思い更に顔を寄せると、それがタコのようにニュッと伸びた。


 そうか、これはもうアレしか無いだろう。


 悪夢ナイトメアから聞いた話を思い返し、師匠の言う通り今ある状況で何をすれば良いかを考えると、導き出される答えはこれしかない。


 俺が確信をもってスピンドルをその口に差し込むと、


「阿呆、何をするんじゃ!」

 何故か飛び起きた師匠に、グーで頭をぶん殴られた。



 どうやら…… 何かが違ったらしい。

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