悪いことしているみたい
異世界に帰る方法はまず稲荷でアリョーナさんと待ち合わせ、要岩周辺に玄一さんが作ったリトマンマリ共和国へのゲートで転移し、そこにある魔族軍第五部隊が利用していた『異世界トンネル』を使用することになった。
何だかまどろっこしいがそれが一番効率良く事後処理をする方法だったから、打ち合わせの結果そうなった。
それで約束の朝、稲荷に向かったが……
社務所の大広間にズラリと黒服マフィアさんたちが並び、上座に用意された席に勧められるまま俺が腰を下ろすと、
「お疲れ様です」
全員が手をついて頭を下げた。
ある意味壮観だが、これ、何だかヤクザ映画で見たことがあるような。
俺の横では何故か着物姿の千代さんが嬉しそうに微笑んでいるし、反対側ではいつものように高級ビジネススーツに身を包んだアリョーナさんが満足げだ。
黒服団体さんをバックに、俺の目の前で玄一さんが片膝を付いて頭を下げる。
若頭って感じだが…… そうなると俺が親分なんだろうか?
「同士諸君、我らの命が今ここにあるのはドン・サイレントのおかげだ!」
凛としたアリョーナさんの声が早朝の大広間に響く。
「下神との抗争を征し、祖国を食い物にしようとした異界の悪しき組織を蹴散らし、なお我らに協力を惜しまず……」
そして出陣式の演説のようなものが続くと、黒服さんたちが感謝と羨望の眼差しを俺に向けてくる。
前の方にいた顔見知りのミハイルさんやウラジミーさんを見たら、我が事のように自慢顔だ。いったいこれは何事だろうと隣の千代さんを見ると、アリョーナさんの演説に
もう、置いてきぼり感が半端ない。
「では御屋形様、こちらへ」
玄一さんが立ち上がると、黒服のマフィアさんたちが全員立ち上がり二手に分かれて道を作り、
「ドン・サイレント、同士アリョーナを宜しくお願いします」
脇にいたミハイルさんの言葉に合わせて、全員そろって深く頭を下げた。
その真ん中を
「千代さん、これは一体……」
着物を優雅に着こなし、胸を張って誇らしげに歩く千代さんに話しかけると、
「出陣式など久しぶりで、心が躍ります。御屋形様のご武運を心からお祈りいたします」
「まったくですね、関ケ原以来ですから四百二十年ぶりかと」
千代さんの言葉に玄一さんが振り返って微笑む。
それって天下分け目の戦いの事でしょうか? 間違いなく俺は生まれてませんが。
更について行けない感が増してしまったが、要岩に着くと、
「千代、後のことは頼んだ」
「お任せください、兄上のご武運もお祈りいたします」
「そのような高き神格を得た千代に言われると一安心だ、我が妹ながら誇らしい」
千代さんと玄一さんが抱き合う。
俺のことはどうでも良いが、運命に翻弄された兄妹の別れを惜しむにはこれぐらいの演出は必要なのかもしれないと、ふとそんな気がした。
要岩周辺に整列した黒服さんたちに向かって俺が指を二本突き出すと、ウラジミーさんが走り寄って胸ポケットから箱を取り出す。
「これは?」
挟まれた棒状のものを咥えると、少しほろ苦い甘さが広がる。
「チョコ・バー、ビター風味です」
空気を読んだなかなかのチョイスに俺が頷くと、ウラジミーさんもニヤリと笑った。
「分かってきたな、ウラジミー」
その隣でミハエルさんも満足顔だ。
ミハエルさんたちとの何時もの鉄板の儀式が終わると、千代さんと玄一さんの別れの儀式も終わったようだった。
「お待たせしました」
千代さんが名残惜しそうに玄一さんから離れると、イリヤさんが駆け寄って二人で詠唱を始める。
「では御屋形様、こちらへ」
二人の足元に転移魔法陣がきらめき始めたので、俺は少し不安げなアリョーナさんの手を引いて玄一さんたちに近付く。
「安心してください、万が一もありませんから」
「そう、でもこんなの初めてだからちょっと不安よ」
俺が笑いかけるとアリョーナさんがおびえながらしがみ付いてきた。術式はとても安定しているし出口は固定されたゲートだそうだから問題は無いだろう。気になることがあるとしたらアリョーナさんの大きな胸がボインと当たってることぐらいだ。
その豊か過ぎる弾力に戸惑いながら、もう一度見送りの人たちを見回すと……
何故か千代さんが俺とアリョーナさんを鬼の形相で睨んでいた。
× × × × ×
時差の関係だろう、転移ゲートを出ると既に日が沈みかけていた。
夕闇に照らされる山脈には豊かな森が広がり、赤と黒と緑のコントラストが絶妙な美しさを彩っている。
リトマンマリ共和国には『バーバリア村の岩窟教会群』と呼ばれる世界遺産があり、『異世界トンネル』はそこから少し離れた森の中にあった。
ゲートとして利用されている三メートル程の岩の背からは、その岩窟教会群がそびえる岩山が良く見える。
バーバリア村の岩窟教会群は、川沿いにそびえる岸壁の標高三十メートルの位置に二百を超える大小さまざまな教会が点在し、岩窟を利用した聖堂には保存状態の良い中世のフレスコ画が多数存在することでも知られていた。
「元々は妖精の街だったのよ」
アリョーナさんの話によると数千年前この周辺で人間と妖精の戦争があり、敗北した妖精が街を捨て森に移動してから人間が教会を建設したそうだ。
「人間が戦争に勝ったら、その後疫病や天災が続いて人口が激減したの。それが妖精を追い払った『罪』じゃないかって」
最初の教会は森から出なくなった妖精たちに謝るための物だったが、
「霊的にも地力的にも安定した場所だから」
後を追うように、違う目的の様々な宗派の修道院や聖堂が建設されたそうだ。
俺はアリョーナさんの説明を聞きながらボインボインとした感覚に戸惑っていた。もう、いったいいつ手を離してくれるのだろう?
何だか良い匂いまでしてきて、脳みそがクラクラするのですが。
「なるほど、異世界の妖精族とこの世界の妖精は元が同じだったのかもしれませんね」
俺たちの前にいる玄一さんとイリヤさんがアリョーナさんの話を興味深そうに聞いている。密着した状態で良く分かったが、確かにこの世界の妖精の血が流れているアリョーナさんの雰囲気は異世界のエルフやドワーフとよく似ていた。
美しさがエルフで、胸とお尻がドワーフ並みのダイナマイト。付け加えるなら人間の血が妖艶さのアクセントになっている。
「サイレント、あたしは『バーバリア村の岩窟教会群』の観光案内までひとりで行くわ。此処からなら歩いて五分程度だし、仲間がそこで待ってるから」
名残惜しそうにアリョーナさんが手を離すと、パツキンをかき上げながらその美しい碧眼を揺らした。
ちょっと残念なような、ホッとしたような。
約束では彼女がリトマンマリ共和国大統領の後ろ盾が玄一さんたちに交代したことを直接報告し、マフィア内の調整をして、俺が異世界から戻ったら一緒に日本に帰る手はずだ。
俺が微笑み返すと、
「このごたごたが終わったらあたしたちの大統領にも会ってね。彼も直接サイレントにお礼したいって言っていたから」
アリョーナさんが軽くウインクする。
背を向けてひとり歩き出すアリョーナさんのボリューム感満点のお尻を見送っていたら、
「では御屋形様、我々は『異世界トンネル』へ向かいましょう。この森の奥にありますが、さほど時間はかかりません。ああ、それから……」
玄一さんが俺を見てニヤリと笑う。隣にいるイリヤさんも同じようににやけ顔だ。
「千代には内緒にしておきましょう。おっとりしていますが、あいつは結構嫉妬深いですからね」
それだとまるで、俺が悪いことしているみたいなのだが……
× × × × ×
森の中にポツンと佇むその岩は稲荷の『要岩』によく似ていた。
「これが異世界トンネルです。開くためには両方から同時に呪文を唱える必要がありますし、かなりの魔力を要します」
玄一さんの説明によると、このトンネルは魔族軍がかなり前から発見していたそうだが、条件として『双方からの同時呪文』と大規模な魔力消費がネックで、使われていなかったそうだ。
しかし近年この世界から突然魔族軍側にコンタクトがあり、トンネルが開通した。しかもこの世界側の相手はトンネル開通と同時に姿を消したそうだ。
その後は魔族軍第五部隊がリトマンマリ共和国に在中することで、行き来を可能にしたが……
ここで問題なのは誰が何の目的でこの世界から魔族軍にコンタクトしたかだが、今のところその謎は解けていないそうだ。
「今回は魔族軍側からコンタクトしますので、御屋形様がそれにお応えしていただければ扉が開きます」
玄一さんが岩に手を付きながら呪文を唱えると、それに応えるように岩がぼんやりと輝いた。
「私が出来るのはこの『思念通信』までです。あちら側の準備は整っているようですので、後をお願いできないでしょうか」
玄一さんはかなり魔力を消費したようで、薄っすらと額に汗をかいている。
「魔族軍の相手は信用できるやつなのか?」
「お話した通り現在の暫定四天王のトップで、今回のクーデター阻止の発案者でもあります。それに御屋形様のことを大変信頼しております」
玄一さんは事前の打ち合わせでもそう言っていたが…… 何か含みがあるような気がしてならない。
会えば必ず納得できるし、その前に詳細をお話しても混乱されるだけでしょうとか、なんとか。
多少の不安を抱えながら俺が転移トンネルの岩に現れた魔法陣に手を載せ、そこに描き出された呪文を唱えると……
数秒浮遊感が身体を襲い、周囲が夕闇の森から神殿のような大広場に変わる。
高い天井には数々の
通常の転移魔法とは感覚が違ったし、ある程度の魔力が俺から抜けた感覚もあった。俺が玄一さんとイリヤさんが無事転移したことを確認していると、
「お久しぶりでございます、若き大賢者様」
広場の中心にある転移トンネルとして利用した岩とまったく同じ形の岩の前で、魔法陣を展開していた男が優雅にひざまずく。すると男に合わせて、広場にいた魔族軍数十人が全て俺に向かってひざまずいた。
――俺は一番前にいた男の声と姿にため息をつく。
確かに事前に詳細を聞いていたら疑ったかもしれないし、会ってその姿を見ると納得できる。
「陛下はこの事を知っているのか」
「いえ、ただお暇をいただいただけです」
「これは俺が帝都城に居た頃からなのか」
「いえ、大賢者様がお生まれした世界に戻られてから時が動きました故、このようになりました」
嘘がないかを調べるためにサーチ魔法を目に宿しているのを知ってか、その男は自らの防御魔法を解いてひざまずいている。
「何かあるとは思ってたけど、まさか魔族だったとは……」
ため息交じりにそう言うと、
「それが、私は魔族でもないので」
皇帝陛下の懐刀だった元近衛騎士長ドミトリー・ルブランは面を上げると、苦笑いしながら俺を見た。
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