皇帝陛下はお年頃 その3
姿見の前で呆然とする陛下を無視して、ドミトリーさんとエマさんとソフィアさんが並んで俺に頭を下げた。
「まさかこのような…… 入城された時から若き大賢者様の実力を高く評価しておりましたが、まだまだ底が知れません。この奇跡を目前で拝見できたこと、感動を通り越して……」
優雅に腰を折って、何だか涙声のドミトリーさんがそう呟く。
「我が父も不可能と言っていた呪いを消し、しかも回復魔法で若返らせるなど…… 伝説の聖人様の言い伝えでも耳にしたことがありません」
恐縮し過ぎて震えているエマさんなんか、豪華なドレスの大胆に空いた胸元の深い谷間まで震えている。
「陛下は民の苦しみを一身に受け、激務に加えこのような呪いにも苦しんでおりました。何と感謝を述べればよいのか」
ついでに青く切れ長の美しい瞳からポロポロ涙を流しながら既に号泣している女剣士のソフィアさんは、片膝を付いて騎士の最敬礼をしているせいで……
スラリとした美しい太ももの内側と、その奥の黒いレースの下着まで見えちゃっていた。
この世界の女性騎士は魔力で防御できるせいか、動きやすさを重視した軽装が多い。ビキニアーマーとか本当に居るしソフィアさんのようなミニスカ鎧も珍しくない。しかしアレで戦うのはどうなんだろうと、いつ見ても悩んでしまう。
女魔術師もローブの下は結構大胆で身体にフィットした薄い布の上に魔術的な装飾を施した服や、やたら露出度の高い服を着ている娘が多い。
ひょっとしたら、敵がそっちに目をやったスキを狙う戦術なのだろうか。
――そうなるとこれはかなり効果的だから、今後気を付けねば。
俺がエマさんの凶悪な谷間やソフィアさんの美しい脚を眺めつつ、兵法についての考察に没頭していたら……
「さ、さ、さ、サイトーと言ったな」
色々な変顔をして楽しんでおられた陛下からお言葉が掛かった。
「はい、陛下」
「この副作用は、時間が経てば戻るのか?」
以前同じような回復魔法を掛けたクイーンは幼女姿のまま固定されたが、魔力を開放するたびに年齢が上がって行った。
しかし陛下は普通の人族で魔力もこの世界では平均的な量だ。
念のためサーチ魔法を展開すると、
「身長162センチ、ヒップ79、ウエスト54、バスト83のDカップ」
なかなかの数値が確認できた。
初老の陛下がピチピチの十代半ばになってしまったが、その美しさに陰りはない。むしろスタイルが良すぎて変装用の給仕服姿がセクシーに見えるぐらいだ。若くなっても品の良さとは身体からにじみ出るものだと、ついつい感心してしまう。
「残念ながらそのお姿から普通の成長を望まなくてはなりません。しかし陛下の魅力は損なわれなかったようですから、ご勘弁いただければ助かります」
俺が素直に謝るとまた陛下はまた変顔をしながら顔を赤らめ、妙なモジモジダンスを披露してからハッと我に返った。
きっと色々と混乱しているのだろう。見ていて何だか楽しいが……
「そ、そうか。なら私の寿命も延びたのか」
「そうですね、この世界の人族の平均的な寿命は九十年前後ですから、後七十年は安泰かと」
俺の言葉に陛下はポカンと口を開けた。
アホ面全開だったが…… 金髪碧眼の超美少女がそうすると、妙な可愛らしさがある。
その後ろではドミトリーさんが嬉しそうに微笑み、エマさんは頭を下げたまま凶悪な谷間を揺らしながら小刻みに震え、ソフィアさんは泣き崩れてしまった。
おかげでエマさんの爆乳は零れ落ちそうだし、ソフィアさんのパンツも全開だったが…… 俺の考察からすると、これは何らかの攻撃かも知れない。
「俺は試験に受かったんでしょうか」
だから気を引き締めて椅子の上で背筋を伸ばすと、陛下は自分を落ち着かせるように小さく深呼吸してから丸テーブルの対面に座り直した。
「これほどの事をされては、否は無い。農業政策の件も全権を譲ろう」
そして俺の瞳を見つめ、吐息をもらすと。
「あらためて願おう、魔王討伐の件は引き受けてくれるのか」
陛下の態度がちょっと変わった。
「師匠からの頼みですから問題ありませんよ。ではこれからちょっと魔王を倒してきますので、少々お待ちください」
この微妙な雰囲気で長居するのも何だし、意識は帝国の食糧難改善と神獣たちの森の返還に向いていたから俺が席を立とうとしたら、
「いや、サイトーよ…… ケイトとの約束では勇者パーティーと同行して、彼らの教育を含めて魔王を討伐する手筈になっておった」
陛下の話では、今後の帝国での人材育成を含めてそうしてほしいと。
魔族と人族の争いに不干渉だった師匠も、ここ最近の魔族軍の不審な動きに不安を抱き、人族の将来を考えて、その条件ならと依頼を受けた。
つまり危機が訪れるたびに大賢者の力を借りるのではなく、今後自立して人族は人族の力で生き抜いてほしい。
そして魔族軍の不審な動きを探ることで、ズレかけた
師匠らしい考えだが……
なら、初めからちゃんと俺に説明してほしかった。
いつものことだが、そんな師匠の無茶振りにため息をつくと、
「受けてはくれぬのか?」
陛下は依頼に不満があると勘違いしたのか、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
何故かモジモジしながら少し上目遣いなのが気になるが。
「依頼に問題はありません、それならその条件で行きましょう」
腹が立つのは師匠がいつもちゃんと説明してくれない事だ。
俺が文句を言っても「それも修行のうちじゃ」としか言わないし。
「では契約しよう。サイトーは魔王討伐の対価…… それと私の呪いを解いた件も含め、何を求める」
給仕服姿の超絶美少女は一言ずつ区切りながら、慎重に言葉を発した。
俺を見つめる視線も、何だか熱っぽい。
見ようによっては恋する乙女のようだが…… 相手は皇帝陛下だ、さすがにそれは無いだろう。
心配そうなその顔に、大いなる力を得た者の責任だから対価などいらないと言いかけて、俺は言葉を飲み込む。
大事を成す際や大貴族や王族などと契約する際は、注意が必要だと師匠が言っていた。「時としてそれが禍の元となることがある。対価なき交換は世のバランスを乱す原因になりうるからじゃ」と。
だからそんな時は、「覚悟も対価じゃ。例えば命を救う代償として、金にこだわる者の全財産、地位ある者の名誉、清らかな乙女ならその操を求め、覚悟を問え」と師匠は言っていた。
ならこのケースも覚悟を問わなくてはならないだろう。俺は良く師匠から受けた試練で、相手から報酬に何が必要かと聞かれた際に使った言葉を思い出す。
目の前には超ド級の美少女。
皇帝として名君とうたわれる彼女なら、金にも名誉にも興味はないだろう。
なら、契約の対価はこれしかない。
「農業政策の成功、魔王討伐とそれに関わる人材育成、その間の魔王軍の人族領侵略の阻止を約束しましょう」
「う、うむ、で、その報酬は」
陛下から震えるような声が漏れる。
「貴女を自由に出来る権利を俺に下さい」
俺がそう言うと、ポンと何かが破裂するような小さな音が響き、真っ赤な顔になった陛下が気を失って……
ゆっくりと、豪華な造りの椅子から崩れ落ちた。
× × × × ×
「それから三年かけて魔王討伐や帝国軍や勇者パーティーの人材育成、農業改革とか神獣の森の返還とか、時折挿まれる陛下や師匠の無茶振りを…… 色々と大変だったけど何とか解決したから、この世界に帰ってきたんだ」
まあ、まだその事後処理がたまってるから大変なのだが。
俺がそこまで話すと、収納魔法の中に創った円卓の部屋に大きなため息がこだました。
「やっぱり人としては最高だけど、男としては最低なんだね」
「それで陛下様を放置しちゃったんですか? ご主人様サイアク」
麻也ちゃんと春香からの視線が痛い。
クイーンは俺の味方だから助けてくれるだろうと、目を向けると。
「あたいの作った枷はそこまでひねくれてないからなー、あらためて話を聞いてると、やっぱり半分以上はダーリンの素質だと思う」
何故かクイーンにまで深くため息をつかれた。
はて、それはどんな素質の事だろう?
俺が首を傾げていたら、
「それで異世界に帰ったら、陛下さんには会いに行くの?」
麻也ちゃんがあきれたように俺を眺める。
「どんな形であれ返事はちゃんとしないと、とは思ってる。でもまあ今回は二~三日の予定だし、玄一さんたちと魔族軍の後処理をしたら師匠の庵に寄って、その後になると思うから」
玄一さんたちの話ではあの記憶の蜘蛛…… 第五部隊の大佐を含めるクーデター・グループの洗い出しが魔王不在時の暫定四天王たちと進んでいるそうだ。
どうも玄一さんはその暫定四天王全てと交流があり、
「御屋形様には人族との和平を含めた相談に乗っていただきたい」
そんな相談を受けた。
平和主義だと言う暫定四天王とやらにも興味があるし、第五部隊と交流があったリトマンマリ共和国も心配だし。何より、その国にある異世界との『扉』に興味がある。
「タイミングが合えばってとこかな」
「もっとゆっくりしていけば良いのに、異世界でもそんなに働いてこっちに戻ってもバタバタしてたから、さすがの大賢者様にも休日は必要なんじゃないの」
「今は、あまり異世界に長居したくないんだ」
麻也ちゃんの言葉についつい苦笑いが漏れる。
クイーンに麻也ちゃんを任せ、引き続き
下神や勇者パーティーの裏切りも、今回の
温泉稲荷にある要岩の謎も解けていないから、まだ二人から長時間離れるのは危険だろう。
「大見得を切って帰ってきたのに、すぐに戻ったらカッコ悪いからな」
俺が適当に話を濁して、残った紅茶を飲み干すと…… 麻也ちゃんが俺の目を見て嬉しそうに微笑む。その隣でニヤリと笑ったクイーンを見てやっと気付いた。最近麻也ちゃんの能力は急上昇していて、ぼんやりしていると俺ですら思考を読まれる時があることを。
「ありがとう、でもあまり心配しないで。あたしも強くなったし、事情が理解できてからママにも変化があったし、叔母さんなんか神格が上がりまくりだし。きっといつか、あたしたちも足手まといじゃなくなるから」
「はいはいはーい! ご主人様、あたしも色々成長中でーす」
麻也ちゃんが柔らかく微笑み、春香が髪をかき上げ腰に手を当てながらウインクしてきた。
俺も二人の成長は認めている。麻也ちゃんは能力向上だけじゃなくて精神的にも落ち着いて来たし、春香も儚さが鳴りを潜め、食糧事情が改善されたせいか出るところが出て、健康的な色気が増した気がする。
それがとても尊く感じて、
「じゃあ異世界から帰ってきたら少し休暇を取るよ、休むならここが一番落ち着くからな」
俺がぼんやりとそう呟くと……
麻也ちゃんが俺から視線を逸らして顔を赤らめ、メイド服の春香が照れ隠しするように最近ちょっと大きくなった胸を揺らして「いやーん」と体をくねらせた。
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