何と言うワザマエ!

 映像で確認できたニンジャもどきは五人、死角もあるだろうからそれ以上の人数を想定するべきだろう。

 皆黒装束のニンジャスタイルに刀を持っていたが、衣装からも刀からも魔力波のブレのようなものが映像から確認できた。


 なら、彼らの持つ武器は魔道具か…… 下神が使っていた現代兵器と魔道具を組み合わせたハイブリッド仕様かも知れない。


 異世界ゲートに飛び込む寸前に見た映像ではアリョーナさんの手から騎士ナイトの駒が落ちると、ニンジャもどきが持つ刀の刃が微妙に揺れるような魔力を反響させていた。


 多分あれは俺の駒が出した『緊急救助信号』に反応したものだが……

 あの動きは見覚えがある。


 そうなると、ニンジャたちの他の装備にも警戒が必要だろう。


 俺は転移途中の亜空間で体制をもう一度取り直すと、暗闇の中で開き始めたアリョーナさん側のゲートに飛び込んだ。


「待たせたかな?」


 あちこちいたぶるように切り裂かれ、高級スーツから危険な物がこぼれでそうなアリョーナさんを後ろからローブで包み込む。


「サ、サイレント! 気にしないで、今来たところだから」


 アリョーナさんは何とか俺を見上げながら微笑んだが……

 その震える体を抱きしめると、緊張の糸が切れたように脱力しながら体を預けてきた。


 俺が飛び出したゲートの岩は、まだ光り輝いている。

 通常転移魔法を利用すると数秒間ゲートが開いたままになり、その間転移した術者が無理に術を使うとゲートと魔力干渉を起こして、また亜空間に引き込まれる危険がある。


 その為転移魔法を利用した術者を奇襲する場合は無理に魔法を使わせるか、術が使えない間に止めを刺しに来るかだが。


「はっ!」

 ニンジャもどきたちはその特性を理解しているようで、ゲートの正面に居た五人が一斉に刀を構えて突進してきた。


「じゃあ早速で悪いが、ハードなダンスに付き合ってくれ」

 後ろはゲートと岩の崖。


 正面の五人にスキは無いように見えたが……


 俺がニョイを取り出し、アリョーナさんを抱きかかえたまま突進してきたニンジャもどきの刀を打ち払うと、五人の脚が同時に止まる。


 やはりあの刀は勇者ケインが持っていた魔力を半導体レーザーの要領で振動させたものと同じ仕組みのものだろう。


「キュイン」

 と、独特の振動音を響かせると、俺がニョイで払った刀が折れる。


 驚きで動きの止まった正面のニンジャをニョイで追撃しようとしたら、後方から魔力を帯びたナイフのような物が二つ飛んでくる気配が感じられた。


 やはり正面以外にも敵がいる。


 俺はニョイを背に担ぎアリョーナさんをお姫様抱っこしてローブをひらめかせながらその場でターンした。

 すると師匠から頂いた謎素材のローブが簡単にナイフのようなものを弾き返す。


 どうやらダンスの特訓で得た新たな戦闘方法は有効なようだ。


 今の敵の程度なら、魔力が利用可能になれば簡単に振り切れるだろう。そうなるとこのままゲートが完全に閉じるまで時間稼ぎできれば俺の勝ちだ。


 後はアリョーナさんの怪我に緊急性があるかどうかだが……


 俺はゲートの後ろの崖に隠れていたニンジャもどき二人を牽制しながら、抱きかかえたアリョーナさんに怪我がないか、チェックを始める。


 まだゲートは輝いていたからサーチ魔法が使えないので、切り裂かれたスカートや胸回りを重点的に手で探ると、


「あっ、そんな…… サイレント、今は…… あっ、やん」


 プニンとかボインとか弾力に富んだすべすべのお肌の感触があるだけで、かすり傷ひとつ見当たらない。

 狙ってやったとしたら、あのニンジャもどきたちはかなりの腕だ。


 しかしアリョーナさんの顔は赤いし、呼吸も荒い。


「何か毒のようなものでも?」

「そのっ、サイレントに酔ってしまったのかも。こ、こんな状態でこんなの、初めてだったから…… ちょっとドキドキして」


 やはり精神性の毒か催眠系の魔法攻撃を受けたのだろうか? 微妙に会話もかみ合ってない気がするし。

 後でじっくりサーチする必要があるだろう。


 正面にいたニンジャたちが襲い掛かってきたが、アリョーナさんを抱きかかえたままステップとターンで刀や飛んでくる魔力ナイフをかわしていると、


「何と言うワザマエ!」


 俺の翻訳魔法が狂ったかと思ったが…… そんな男の声が聞こえてくる。

 リトマンマリ共和国の言語で、正面の五人のニンジャもどきの後ろからそれは響いてきた。


 目を凝らすと、声のした位置にぼんやりと男の影が見える。

 他のニンジャもどきは黒装束だったからまだ許せたが、そいつは真っ赤な服に金色の面をかぶったハデハデな衣装を身に着けていた。


 しかもお面の部分には、『殺伐サツバツ』と筆文字でデカデカとした文字が書かれている。


 もう日本人としては色々と許せない雰囲気だ。

 ニンジャが歌舞いてどうすんだ? 全然しのんでないんだけど。


「我ら精鋭ニンジャのバンザイ強襲を、豊満な女性を守りながらダンスめいて避けるとは噂以上のタツジン。しかもまだ異世界のジツは使っていないと見る」


 ハデハデニンジャもどきはそう呟くと、他の七人のニンジャもどきに何か合図した。


「もうゲートが閉まる、お前たちは下がっていなさい」

「しかし御屋形!」

「お前たちのワザマエでは相手にならない。だからここからは一対一サシ・バトルだ」


 刀を折られたニンジャとハデハデニンジャが会話をする間に、ゲートの輝きが完全に消えた。

 俺はポワポワしているアリョーナさんを降ろすとローブを脱いで彼女に着せ、魔法が使える状態になったので念のためにサーチ魔法を掛けたが……


 何故か異常は見つからなかった。

 またサーチ魔法や翻訳魔法が誤動作を起こしているのかと心配になったが、


「ドーモ、大賢者サイトー=サン。サスーケ・フクベです」

 ハデハデニンジャの声が聞こえてくると、アリョーナさんがハッと我に返る。


「サイレント! 彼を侮ってはダメ。ヨーロッパ最強の異能力集団『べにニンジャ衆』のボスで、あの唯空ゆいくうですら手を焼いた相手よ」


 ハデハデニンジャに振り返ると、そいつは両手を合わせて俺にお辞儀をした。

 無視してこのままアリョーナさんを連れて、魔法で飛び立とうとしたが…… この辺り一帯に、閉鎖空間のようなフィールドが展開されていた。


 強引に突破することも出来そうだが、あのクラスのフィールドを壊すとなると大きな爆発が起きかねない。近くには世界遺産に指定される観光地もある。

 観光客や史跡へ被害が及ぶかもしれないし……


「あの唯空ゆいくうが手を焼いた?」

 それは、ちょっと聞き捨てならない内容だ。


 さっきから日本人としてのプライドが傷つけられているような気がしてならないし、そこまでの術者が敵対してくるなら放っておくわけにはいかない。


 今後のことを考えると、せめて手の内ぐらいは探る必要があるだろう。


「ええ、『べにニンジャ衆』には日本支部もあって、彼らは唯空のいた佳死津かしず一門と対立してるの。その関係で一度対決したそうだけど」


 そこまで聞くと、後ろでハデハデニンジャの殺気が膨れあがる。俺はアリョーナさんを背にかばいながら、ニンジャ…… サスーケとやらと向かい合った。


一対一サシの勝負だと言ったな、なら彼女には手を出さないと誓えるか」

「もちろんそのつもりだ。その豊満な女性には俺の配下たちも手を出さないとブッダに誓おう」


 ブッダに誓うって…… 言葉は相変わらず意味不明だが、アリョーナさんに怪我がないことを考えると信用しても良いかもしれない。


「何が目的だ?」

「ビジネスだよ、依頼の内容はオキテめいてシシテシカバネヒロウモノナシだが」


 やはり微妙に会話がかみ合っていないような気がするが、なんとなく雰囲気は理解できた。フィーリングって大切だと思うし。


 両手を合わせたまま睨む真っ赤なニンジャもどきに向かって、同じように手を合わせ、


「ドーモ、サスーケ・フクベ=サン。大賢者サイトーです」

 俺はお辞儀をした。


 やはりノリって大切だと思うし。


「なかなか奥ゆかしい作法だな! だが手を抜かぬ」


 サスーケが背に抱えた刀を抜いて正眼に構えたので、俺もそれに合わせてニョイを構えた。刃の周りから独特の振動する魔力波が伝わり、真っ赤な衣装からも膨れ上がる魔力が感じられる。


 しかもその魔力は、アリョーナさんや旧魔王城の砦にいた森人エルフと同じものだ。


 格好と言葉は下手なコントのようだが、距離を詰めるステップの速さとノーモーションで襲ってくる剣戟はかなりのレベルだった。


 師匠の足元には及ばないが、異世界に居た剣聖や闘神とうしんになら充分勝てる腕だろう。


 ニョイで刀を弾きながら距離を取ると、すかさず魔力を帯びたナイフが飛んでくる。その連携も悪くないし、込められた術式も悪くない。


 だがこの程度じゃ、あの唯空が手を焼くはずがない。俺はナイフをステップで避け更に距離を取ると、ニョイを構え直してサスーケの顔を確認した。


 ハデハデの面が邪魔をして表情は伺えなかったが、何処か余裕の態度に、

「何を隠している」

 俺が呟くと……


「やはり読まれていたか、これは時間稼ぎさ。バンザイ強襲が失敗した以上、逃げるが勝ちしか方法はないと分かっていた。もう俺の配下も逃げ延びた頃だろう」


 サスーケは懐からピンポン玉のような物を取り出して地面に叩きつけると、

「さらば大賢者サイトー=サン」

 そこから立ち上がる煙にまぎれて走り去っていった。


 それなら初めから戦いなど挑まずに俺たちを逃がせば良かったのに。

 いや、俺がサスーケの配下を追うのを避けるためにわざわざそうしたのだろうか?


 するとサスーケは仲間思いの良い奴だってことになるが。


 煙幕が晴れるとシールドも解除され、周囲をサーチしても魔力の気配を感じることは無かった。


 振り返るとアリョーナさんも無事で、

「ありがとう、サイレント!」

 俺に走り寄って抱き着いてくる。


 色々なところがボインボインとぶつかるが、何とか気を取り直し、

「敵の気配は消えたようだから、予定通り日本に転移しよう」

 肩を抱いてそう伝えると、アリョーナさんは頬を赤らめながらコクリト頷いた。


 しかしローブの胸元から、アリョーナさんの凶悪なブツがチラチラと見える。怪我がないとしても、このまま稲荷に戻る訳にはいかないだろう。


 千代さんに説明してもなかなか理解してもらえないような状態だ。


「その前に衣装を変えても良いか、色々と問題が起きそうだし」

「かまわないけど、どうするの?」

「一時的に俺が支配することになるけど、そうすればまた襲われてもすぐに対処できるしアリョーナさんの魔力も上がる」

「そう、じゃあお願いできるかしら」


 俺は落ちていた騎士ナイトの駒を拾い上げ、魔力をアリョーナさんに移す。


「誓いに基づき、その者に我が衣をまとわせろ」

 そして呪文を唱えると、

「サイレント…… これってあなたの趣味なの?」

 恥ずかしそうにローブを脱ぐ、パツキングラマーな女子高生がおみえになった。


 その恥ずかしそうにもじもじする仕草はエロ過ぎて、もう幾らお金を払ったら良いか分からないほどだ。


 まあ、さっきの高級スーツ切り裂かれポロリもあるよバージョンよりは、幾分かましだろう。


「俺の趣味じゃなくて、世界が求めている美しさだよ」

 ローブを受け取り、大賢者として世の真実を告げると、

「そ、そう。サイレントがそう言うなら」

 アリョーナさんは嬉しそうに微笑んでくれる。


 確認のため改良スマートフォンを展開すると、丁度千代さんたちと約束した時間だった。

 通話ボタンを押して、話しかけると。


「千代さん、これからそっちに転移するけど大丈夫か」

「問題ありません御屋形様。一同、お帰りをお待ちしております」


 千代さんのおっとりとした言葉が返ってくる。

 アリョーナさんに怪我はないし、ちゃんと服も着ている。きっとこれで問題はないだろう。


 俺が稲荷までの転移ゲートを開くと、アリョーナさんがまた不安そうに俺に近付いて来た。


「心配ないから」

「でもまだ慣れなくって」


 また俺にしがみ付くアリョーナさんに苦笑いしながら転移ゲートを抜けると、境内の広場に現れた俺たちを見て……


 黒服マフィアさんたちが、何故か涙ぐみながらひれ伏した。

「同士アリョーナ、やっと女になったんですね」

「ドン・サイレント、どうか同士アリョーナを幸せにしてやってください」


 そして意味不明の言葉を発しだす。


 ついでに阿斬と吽斬さんも両手をついてひれ伏し、

「ニーソの上の絶対領域が神々し過ぎる」

「ああ、神はパツキンだったのか」

 やはり意味不明の言葉を発した。


 まったく悪ふざけが過ぎるだろうと、その横でニコニコと佇んでいた千代さんに視線を送ると。

「すっかりと仲睦まじくなったようで、アリョーナ様の妖気も御屋形様色に変化して神格も上がっておりますし」


 千代さんは巫女服の懐から御神体の刀を取り出し、

「ご説明いただけると嬉しいです」



 優しく微笑んだまま「カチャリ」と音を立てて刀の鯉口を切った。

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