女心って

 皆様に懇切丁寧な事情説明をしたが……


 千代さんは頬を膨らましたままだし、マフィアさんたちは何故か嬉しそうに皆涙ぐんでいる。おまけにアリョーナさんは俺にしがみ付いたまま離れない。


 はて、どうしてこうなったかと首を捻っていると。


「サイレント、後でゆっくりと話せる時間をもらえないかしら。忍者のことも確りと伝えておきたいし」

 アリョーナさんが耳元で吐息交じりにささやいた。


 俺が頷くと更に千代さんの頬が膨れ、マフィアさんたちの号泣が聞こえてくる。

 うん、どうしてこうなったんだろう……



 色々と謎で仕方がない。



   × × × × ×



「それはご主人様が悪いですよ、困ったものですね」

 春香はメイド服姿で街一番の老舗旅館の玄関を掃除していた。


 真っ直ぐ加奈子ちゃんの家に帰っても良かったが、何だかバツが悪くて稲荷から温泉街を歩いていたらばったりと出くわしたので、ちょっと相談したのだけど。


「どの辺が不味かったのかな」

 春香は雑巾をギュッと絞りながら、


「まあ、ご主人様は女心を理解してないから問題が起きちゃうんですよ。その辺りを確り考えられたらどうですか?」

「女心か」


 悩みこむ俺を見て、可愛らしい顔をしかめてながらヤレヤレと言わんばかりに首を振る。


 春香たち元下神の戦闘巫女部隊のメンバーは、普段温泉街の旅館や土産物売り場でバイトしている。


 熱心に仕事をしてくれるし客の評判も良いと温泉街の人たちにも好評だ。

 元下神の戦闘巫女部隊のメンバーの娘たちも楽しんで仕事をしてくれている。


 温泉街の町興しが正式に決まったら、彼女たちの職を見直し待遇を上げたいと考えているが…… アリョーナさんもこの街をどういった方向性で盛り上げたらよいのか悩んでいるようだ。


 仕事をあまり邪魔しては悪いだろうと、俺が立ち去ろうとしたら、

「そうそう、女将さんがご主人様に相談があるって言ってました。一度電話でもかけておいてください」

 春香がニコリと微笑む。


 この老舗旅館の女将は温泉街協会の理事でもあって実質の決定権を持った人物だ。


「何か問題でも?」

「町興しの相談じゃないですか」

「ならアリョーナさんに相談した方が……」

「多分あたしたちの件もひっくるめてだから、ご主人様に事前に相談したいんじゃないかと」


 どうやら女将さんは俺のことを春香たちの保護者のような存在だと思っているので、

「了解、じゃあこちらから連絡するよ」

 俺は頷いてから春香と別れる。


 温泉街を改めて見回すと、あちこちに元下神の戦闘巫女部隊のメンバーの娘たちがいた。


 土産物売り場で売り子をする娘、茶屋であわただしく接客する娘。

 皆楽しそうに働いてくれているし、お客さんにも笑顔が絶えない。


 それを見ていると、ちょっとだけ誇らしく感じたが……


「食い逃げなどではない、褒美ならこのように授けてやると言っておる」

「盗人猛々しいとはこのことだねえ、そんな石ころじゃなくてちゃんとしたお金を払えって言ってるんだよ!」


 食事処の前で大きな声が聞こえてきた。


 そこでは何処かで見覚えのある豪華なドレスを着た金髪碧眼の美少女と、ホウキを持った食事処のおばちゃんが怒鳴りあっていた。


 ドレスの美少女の後ろではやはり見覚えのある美女が二人。

 赤髪のおっとりした美女は神官服を着てオロオロしているし、その横で騎士服を着た青髪の美女は今にも腰の剣を抜きそうな勢いでおばちゃんを睨んでいる。


 ただの脳内御花畑コスプレ集団にも見えなくはないが…… やはり知り合いに酷似し過ぎている。


 俺が隠ぺい魔法で姿を消そうとしたら、おばちゃんの後ろに居たメイド服の少女が俺の顔を見て駆け寄ってきた。

 うーん、全力で関わりたくないのだが。


「ボス! あっ、何逃げようとしてるんですか」

「レイナちゃんだっけ、今日は良い天気だね」


 確か鬼族のハーフだと言っていた少女が、強引に俺の腕を掴む。

 がっちりと胸の谷間にホールドされた腕は俺の魔法を駆使しても抜けそうになかった。


 ――主に精神的な理由で。


「あの人たち絶対ボスの関係者ですよね。もうビンビンに妖力を感じますし、お代だと言って差し出した石も半端ない霊格が感じられるんですけど」


 レイナちゃんが俺に顔を近付けながら大声を出す。


「無視して帰っちゃダメかな?」

「ダメすぎです! あたいじゃ収拾つきそうにないですし、うちの店主はこの街の武闘派で通ってるんで、何が起きるか不安なんや」


 俺が仕方なく脳内御花畑三人組に話しかけようとしたら、

「陛下に対して何と無礼な!」

 青髪の美女騎士さんが剣を抜いてしまった。


 慌てて強制停止フリーズ魔法を放とうとすると、

「甘いな、小娘!」


 おばちゃんの持っていたホウキが青髪の美女さんの顔面をとらえた。


「無事か、ソフィア」

 金髪碧眼の美少女が口を丸くした。


 いくら手加減していたとはいえ、帝国の宮廷剣士のトップに立つ猛者をホウキで殴るなんて、おばちゃん凄すぎだが…… 赤髪の神官服を着た美女さんが小声で短縮詠唱を始めたので、俺は慌てて陛下の前に割って入った。


「おばちゃん、この人たちは知り合いなんだ。お代は俺が払うし悪気はない事だから許してあげて」


 おばちゃんは俺の顔を見てため息をつくとホウキの矛先を収めてくれた。

 赤髪の美女…… エマさんに視線を送ると、ほんわりと微笑みながら詠唱をキャンセルする。


 この場を治めるには随分と大げさな魔術を発動しようとしていたから、あの笑顔が微妙に怖い。一歩間違えれば温泉街が火の海に沈むところだった。


「で、陛下。こんなところで何してんですか?」

 俺の背に隠れて戸惑っている陛下に笑いかけると、


「さ、さあ、何の事だ? 私はただの通りすがりの美少女なのだが」

 しらを切るように視線を外してそっぽを向く。


 その仕草がなんか可愛かったので許してあげたくなったが、そうはいかない。

 どうやってこの場所に転移したのか問い詰める必要があるし、ここに陛下がいるってことは帝国が今どうなっているかも心配だ。


 それに自分で美少女っていう所がちょっと痛い。


 食い逃げの件も含めて、お説教が必要だろう。


「とりあえず場所を移動しましょう、此処じゃあ目立ちすぎる」

 周囲を見回すと、騒ぎを聞きつけた観光客や何故かカメラを持った若い男が野次馬のように集まってきていた。


 俺がカメラを持った男に首を捻っているとレイナちゃんが手を振って、

「はいはーい! これ撮影会じゃないから撮っちゃダメですよー」

 可愛らしい声を上げると、男どもはパラパラと解散していった。


「何あれ?」

 その事態に更に首を捻ると。


「最近あたいたちの追っかけって言うか、ファン? みたいな人たちがいて。でも他の観光客さんたちに迷惑かけないようにルールみたいなのをつくって楽しんでるようだから、特に注意はしていないんですけど」

 そんな説明をしてくれた。


 まあ春香を始め、元下神の戦闘巫女集団には美少女が多い。男どもの気持ちは分からなくもないが…… 放っておくのは良くないだろう。ひょっとしてこれが女将さんの相談事なのかもしれない。


 とりあえずそろそろと逃げようとしていた陛下の首根っこを掴み、

「近くに良い宿がありますので、まずはそこまでご同行ください」


 おばちゃんに陛下が食い逃げしようとした金額を聞いてから、春香のいる老舗旅館に電話を掛ける。


「あら、サイトーさん……」

 女将さんに事情を話すと、応接のついた客間をひとつ押さえてくれると言ってくれた。


 ダミー用のスマートフォンを切ると、おばちゃんが領収証を持ってきた。

 金額を見ると『¥12,800― 税込み』と書かれている。


 観光地の庶民的なお食事処でこの金額は驚きだが、

「三人とも美味しい美味しいと言いながらたくさん食べてくれたからねえ」


 おばちゃんいわく、そう言う事らしい。

 しかし定食千円台の店でどれだけ食べたらこうなるのか…… 謎で仕方がない。


 俺が財布からお金を取り出すと、


「大賢者様、誠に申し訳ありません」

 ホウキの跡がくっきりと残る顔をしかめて、ソフィアさんが頭を下げた。


「良いですよ、気にしないで。でもちゃんと事情は教えてくださいね」

 未だ逃げようとしている陛下をなだめながらソフィアさんの顔に回復魔法を掛けると、その横でエマさんが大きな瞳をさらに広げた。


「無詠唱で一瞬にして表層の怪我だけを治癒するなんて、なんて繊細な魔法なのでしょう。いつ見ても大賢者様の技は別次元ですね」

 そしてまたほんわりとした笑顔を浮かべる。


 俺は逃げようとしてバタバタと暴れ出した陛下と、心底申し訳なさそうに頭を下げる女騎士のソフィアさんと、まだ微笑んでいるエマさんを見回し……


「やっぱり女心って分かんないな」



 心の中でそう呟いてから、大きなため息をついた。

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