大賢者様の休日
皇帝陛下のささやかな願い
皇帝陛下はお年頃 その1
クリスマス翌日の昼下がり。
「ねえそう言えば…… 以前見せてくれた記憶の中で、この世界に戻るときに皇帝陛下さんから箱をもらってたでしょ。あの中には何が入っていたの?」
アリョーナさんや玄一さんと打ち合わせを終え、異世界へ一時帰郷する準備をしていたら麻也ちゃんがそんな事を聞いてきた。
収納魔法の中に創った円卓ではすっかりそこを根城にしてくつろいでいるクイーンや春香がテーブルにお茶やお菓子を広げてワイワイ騒いでいたが、その言葉で視線が俺に集中する。
麻也ちゃんとクイーンと春香の仲は良好だが、時折息が合い過ぎていて俺を窮地に追い込むことがあった。まあ主に女性関係の問い詰めだが、
「手紙と空の記憶石と……」
「と? ご主人様、何でしたっけ」
「うーむ、ダーリンのその顔は何かを隠すときのものだなー」
麻也ちゃんが不思議そうに首を傾げ、春香とクイーンがお互いの顔を見ながらニヤニヤと笑いあった。どうせ隠したっていつかはバレるかもしれないし、俺が何か悪いことをした訳じゃない。
ただ人に言いふらすようなものじゃないし、陛下だって聞かれたくないだろうと思って内緒にしていただけだ。
「婚姻届けと言うか…… まあ結婚の誓約書のようなモノだったな。きっと『契約の魔女』か誰かのお手製だよ、触れるだけで一生逃れることが出来ない強力な呪いが掛かる仕組みになっていた」
あれは危険度SSS級の呪術物と同等の魔力が感知できた。誓約書にそんな魔術が仕込めるのは師匠以外にはそれを専門としている魔女、通称『契約の魔女』ぐらいだろう。
普通の人ならうっかり結婚してしまう代物だった。
噂ではかなりの業突く張りで簡単な契約書の作成でも帝都に豪華な屋敷が建つほどの金額が請求されるって聞いている。
陛下はいったいアレに幾らつぎ込んだのか。
――なんだかもう、色々な意味で背筋が寒くなる。
「どうしてそんな事したんだろう」
麻也ちゃんが首を傾げたまま呟くと、
「ダーリンの力は帝国にとっても有用で、脅威でもあるからなー。政治的な意味合いもあるんだろーけど」
「ご主人様に対する乙女心ってやつですか?」
クイーンと春香がまたニヤニヤと笑いだす。
「陛下に至っては、それは無いんじゃないかな? 常に民を思いやり、人族の未来を考える名君だからね」
俺もあの箱を開けてからそれなりに考えた。
クイーンの言う通り、政治的な意味合いが強いんじゃないかと思っている。
魔王を倒してこの世界に戻ってきたが人族と魔族の争いはまだ予断を許さない状態だし、帝国内での政治も安定していなかったから大賢者と言う肩書に陛下が魅力を感じるのは理解できる。
「立派な人なんだ」
麻也ちゃんが手にしていたティーカップを傾けた。
「そうだね。即位五十年以上内政的にも民を守り続け、魔族の脅威からも人族を守り、他国との政治的な理由から純潔も守り続けて、『鋼鉄の皇帝』と呼ばれた豪傑だよ」
「即位五十年? ご主人様、その皇帝陛下も
「いや、普通の人族だ。この世界の人間と何ら変わりはない」
「えっ、じゃあ…… おばあちゃんなんだ」
春香も不思議そうに首を傾げ、麻也ちゃんと二人で悩みこんでしまう。
「それはだなー、ダーリンが回復魔法に失敗して、今ではピチピチの十代の姿になって『鋼鉄の皇帝』から『帝国のアイドル』にジョブチェンジしてるから、おばあちゃんとは言い難いかもー」
「なにやらかしたの?」
クイーンの言葉に麻也ちゃんが眉根をひそめた。
「以前、腰の悪いおばあさんを美少女に戻してしまった話はしたよね」
俺は妙な顔で睨んでくる麻也ちゃんと春香に、初めて陛下とお会いした話をすることにした。
この世界で購入したお土産なんかを適当に収納魔法の倉庫にしまい込んで、空いていた椅子に座ると、春香がティーカップを用意して紅茶を入れてくれる。
俺はそれを一口飲むと麻也ちゃんや春香の今後の為にもと、異世界の文化や政治が分かるように出来るだけ詳細を思い出しながら語り始めた。
そう、あれは師匠から大賢者を襲名し、
「では早速、この手紙を皇帝陛下に渡しに行け」
相変わらずの無茶振りにため息をつきながら、
× × × × ×
師匠が治める森から帝国の中心都市『帝都』までは
座標は知っていたから転移魔法でも良かったけど、初めての場所に転移するのは出鼻を狙われる危険性があるから、俺はセオリー通り飛行魔法を選んだ。
帝都上空で目的座標を確認し、街の中心にあった白亜の巨大な城に着地しようとしたら幾つかの攻撃魔法のようなモノが飛んでくる。
「何用だ!」
重装備の兵士に囲まれた。
兵の数は三十を超えていただろう。大型の
更にその後ろには杖を構えたローブ姿の魔術師の姿も確認できる。
囲みこむスピードも速かったし、連隊に乱れもない。兵士たちの練度は高く感じたが、あまりにも個の力が弱くて脅威を感じなかったし、そのせいか
「大賢者ケイトの命により、陛下に手紙を届に参りました」
兵たちは動揺したがその声を聞き付けたのか、後ろから兵を分け入るように上等な騎士服を着た男が現れ、
「ドミトリーと申します、以後お見知りおきを」
優雅に腰を折って俺に頭を下げる。
「帝国最強と自負する警備魔法を全て突破し、太古の龍を従えて入城なさるとは…… 大賢者様に若き弟子がおみえになるのは知っておりましたが、兵たちがおびえております。それに立場上その言葉を素直に信じることが出来ません、何か証明できるものはございますか」
それが陛下の親衛部隊、近衛騎士長ドミトリー・ルブランとの出会いだった。
鋭い目鼻立ちに銀の瞳と髪。鍛えられた体躯とスキのない身のこなしは、他の兵との実力差を明白に物語っていた。
「それは申し訳ない。証明と言われると、この手紙しかないが」
俺は盾や槍を構えたままおびえる兵を落ち着かせるために
「確かにこれは大賢者ケイト様の物で間違いないようですね」
すると片手で承認魔法を展開し、俺を見て優雅に微笑んだ。
その身のこなしや魔術の使い方は、今まであった騎士の中でも群を抜いて洗練されている。
「失礼ですが、貴方の名前を教えてはいただけないでしょうか」
そこで初めて俺は自分が名乗っていなかったことに気付いた。
師匠からは『大賢者サイトー』と名乗れと言われていたので、
「賢を極めしケイト・モンブランシェットの弟子にして、その業と意志を継ぎし者。我が名は大賢者サイトー」
それっぽくローブをひるがえしながら名乗ると……
慌てて俺を囲んでいた兵士たちがひざまずく。
「大変失礼いたしました。大賢者ケイト様の御弟子様が既に襲名されていたとは知らず」
それに合わせてドミトリーも片膝を付いて首を垂れた。
帝国では『大賢者』を皇帝陛下と同等の地位として扱っているのは知っていたが、突然そんなことになって戸惑ってしまう。
「俺が嘘を言っていたらどうする」
だから思わずそう言うと、
「御戯れを。魔力を載せた状態でその名乗りを上げ、許されるのは『大いなる意志』に認められし大賢者様だけです」
ドミトリーは、さらに深く頭を下げた。
もう、兵士さんたちなんか震え上がっている。
どうやら師匠は肝心な説明を省く癖があるようで……
この世界の全ての魔力は『大いなる意志』に通じているのだから、彼らが認めざる者の名乗りを禁止することは可能だ。
しかしそんな事になっているなんて、全く知らなかった。
頭を下げたまま硬直している団体様に、これからどうしようと心の中で冷や汗を流していたら、
「何の騒ぎかと思い、来てみれば……」
豪奢なドレスを着た四十歳程の品のある女性があきれ顔で、二人の女性を引き連れて広場に現れた。ひとりは騎士服に長剣を背にした若い女剣士、もうひとりは給仕服を着た初老の女性。
「陛下、このような場所に」
ドミトリーが三人の女性と俺の間に割って入る。
「この城の結界を蹴散らしドミトリーですら歯が立たん相手なら、どこに居ても同じだろう」
豪奢なドレスを着た女性がそう言うと、女剣士がゆっくりと斜め後ろに下がった。
護衛としては申し分ない位置取りだが……
どうやらまだ俺は信用されていないようだ。
仕方なく、師匠から聞いた話を思い返す。
確か大賢者は皇帝陛下と同等の地位だから、部下がいる前では頭を下げたり膝を折ったりしてはいけなかった。
それは逆に無礼に当たるらしく、陛下の手を取って軽く腰を曲げる程度にとどめろとかなんとか、そんな話だったような気がする。
俺は三人の女性をもう一度確認して、
「初めまして、大賢者サイトーです。陛下におかれましてはご機嫌麗しいご様子と……」
給仕服を着た初老の女性の手を握った。
するとドミトリーがとっさに腰の剣に手を伸ばし、女剣士が背に手をまわし、豪奢なドレスの女性からは短縮詠唱が聞こえてくる。
「ドミトリー、ソフィア、エマ、下がっておれ。お前たちが束になっても敵う相手ではないだろう」
俺が手を握った老女が笑いだす。
するとドミトリーと女剣士と豪奢なドレスを着た女性がひざまずきながら、老女の後ろに下がった。
「ここ十数年、人前ではエマが私の代わりを務めておった。そのことを知るのは城内でも限られた者だけだ。最後にケイトに会ったのは確かエマが代役を務める前、さすがのケイトでも知る由は無いはずだが、何故私が皇帝だと分かった」
老女の話からするとエマさんが陛下の影武者で、女剣士さんの名前がソフィアさんなのだろう。
あらためて二人の顔を見ると、ちょっと悔しそうな表情をしている。
「三人とも無意識にあなたを守る陣形を取りましたし、それに……」
「それになんだ」
こんなことを言って怒られないかどうか不安だったが、初めてクイーンと出会った時と同じ感覚がした。
それは人々の罪を背負い、その痛みに耐えながら何かを成そうとする者だけが許される輝きなのかもしれない。
「貴女がとても美しかったので」
俺が素直にそう答えると……
第三十六代皇帝アナスタシア・ランフォード三世は、何故か照れくさそうに顔をしかめてポッと顔を赤らめた。
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