Season2 Epilogue

 男を見る目はあるようだが、どうもあたしには男運がないらしい。


 初恋の男は失踪し、結婚したら夫に先立たれた。

 もう恋なんかしないと誓ったのが二十歳だったから、ちょっと自分的にも哀れだが…… 幸いあたしには娘がいた。


 きっと娘の麻也が居なかったら今まであたしは生きてこれなかったと思う。

 夫に似た何処か神秘的な雰囲気に、あたしに似た悲し気な瞳を持つ愛娘まなむすめはすくすくと育ち、いつもその可愛らしい笑顔や素振りであたしを支えてくれた。


 麻也の瞳を見ていると、あたしに蓄積された疲れや憎悪や悲しみが、文字通りふっと消える。


 でも幸せは荒れた大地で小石を積み上げるようにひとつひとつ組み上げなきゃいけないのに、不幸は一瞬で訪れる。

 何処かで石の積み方を間違ってしまったのか、風が強く吹いたのか、誰かが悪戯にそれを倒したのか……

 幸せと言う名の石積みは、いつだって突然崩れる。


 いいえ、それはただ気付きたくなかっただけかもしれない。


 麻也が成長と共に何処かピリピリとした攻撃的な雰囲気を醸し出したり、先だった夫の兄妹たちとあたしに内緒で何かしていたり、周囲にヤクザまがいの人たちが現れて生活を脅かしたり。


 年頃の女の子になったんだから秘密が出来るのは当たり前だし、ちょっと機嫌が悪くなったりするのは当然のことだと考えていた。それにしなびた商店街の未来は絶望的だったから、それがこんな形で終わりを告げに来ただけだと…… 何か引っかかる『違和感』を無視して、あたしは納得しようとしていた。


 しかし男を見る目は本物だったんだろう。

 見えない不安に押しつぶされそうになっていたら、初恋の男がふらりと店に現れた。


 しかも前々からちょっとはかっこ良かったけど、絶世の美青年に姿を変えて。

 どう見ても二十歳そこそこにしか思えないし妙なコスプレをしてたけど、ミステリアスな魅力も芯の強い男らしさも…… 何処か寂し気な、ほっとけなくなるような魅力も格段にアップしていた。


 そして彼が何かをする度に事態が変わって行く。

 麻也は刺々しかった性格が治まって恋する乙女に変貌し、商店街を脅かしていたヤクザまがいの連中は態度を変えて町興しを始め……


 あたしの胸に疼いていた言いようのない不安まで、キレイに取り去ってしまう。


 彼が何をしているのかハッキリと分からなかったが、あたしの知らないところで何かが起きていることは確実だった。


 それがまた新たな不安になり始めた頃…… あたしの夢の中に一本の蜘蛛の糸が垂れ下がった。

 それを見た瞬間、例え地獄に落ちてもこれを離しちゃいけないって直感が告げる。


 真っ暗闇の夢の中で毎晩のように現れる蜘蛛の糸を登り始めると、色々な人々があたしに話しかけてくる。


 最初に仲良くなったのは蝶のように美しい紫色の、手のひらサイズの小さな女の子。


 彼女は自分のことを悪夢ナイトメアと呼び、亡くなったあたしの夫の依頼で世界の真実を知らせに来たと言った。


 ああこれ、本当に地獄へ行くのかな? そんな気がしないでもなかったけど、その女の子からは何の悪意も感じなかったから話を素直に聞いた。


 語られる話は死んだ夫が妖狐だったとか、別の世界があって実はそこで生き延びていて、これからあたしたちを救いに来るとか……


 到底信じられないお伽話のようだったが、聞けば聞くほど今までの謎や不安が解けていった。


 次に現れたのは緑のキラキラと輝く美しい髪を足元近くまで伸ばした、小学校低学年ぐらいの男の子。


 彼は自分のことをいにしえの王と呼び、唯一にして無二の友である若き大賢者を救ってほしいと懇願する。


 その男の子の話を聞いているとどうもその大賢者はあたしの初恋の人のようだし、ちょっと中二病ファンタジーみたいな話だったが、彼の話に嘘はないとあたしの瞳の直感が告げていた。


 初恋の人が失踪した間に異世界で何をしていたか聞いた時なんて、ああ、本当にあいつらしいと…… とても深く納得してしまったし。


 そして二人の夢の中の友達と話を続けて行くと、あたしの初恋の人をとても愛している伝説の魔女さんや、元夫の新しい奥さんなんて言うのまで現れ、色々とてんやわんやになってきた。


 どこまでがあたしの妄想でどこまでが現実なのか分からなくなってきた頃、


「怖がらないでその瞳の力を夢の中以外でも開放してごらん。大丈夫だ、我が友がキミの為に一度制御したようだから、昔のような惨事にはつながらないし、我もキミの心の中でサポートするから」


 緑の髪の男の子が夢の中でそんな事を言った。


 あたしは子供の頃霊と言うか妖精と言うか、そんなものが見える子だった。

 今では心理学の本を読んだり子育ての勉強をしたり、ちゃんと大人になったせいか、それが幼少期に起きる一過性の妄想だって分かってるけど、


「それは間違いだよ、キミはこの世界の真実を見つめ、歪みを正すことが出来る選ばれし聖なる瞳の持ち主なんだ」


 更に中二病的な助言をいただき、半信半疑で「目覚めろ聖なる瞳よ!」とかやってたら、本当に見えちゃいけないものが見え、包丁で切った自分の指先の傷ぐらいなら瞬時に直せるようになってしまう。


 そしていよいよ自分の精神がダメになったのかと悩み始めると……

 死んだはずの夫が、ひょっこりと尋ねてきた。



 やはり男を見る目は確かだが、男運はないようで……


 その夫は夢の中で聴いた話をそっくりそのままあたしの瞳に送り付け、平謝りしてきた。


 さすがにここまで来ると、どうやらおかしいのはあたしの脳みそじゃなくてこの世界だと気付き、世の不幸を嘆きながら、まあフラれたものは仕方がないし娘も納得してるようだから適当に許してやると……


 今度は初恋の人があたしの夢の中に引き込まれた。


 悪夢ナイトメアと名乗る女の子やいにしえの王と名乗る男の子に文句を言っても、「きっとあなたの為になりますから」とか「我が友を助けてほしい」とか……


 結局説得されて、承諾してしまった。


 きっと夢の中の友達は、あたしにチャンスをくれたのだろう。

 相変わらず強くて頼りがいがあり不安定で脆いあたしの初恋の人は、昔とちっとも変っていなかった。いや、その方向性でパワーアップしてしまったと言うか……


 だからあたしは恋なんてもうしないと誓ったけど、もう一度誰かを愛そうと誓う。


 夢の中の友達がくれたチャンスを生かす為にも、あたしや麻也の為にも、そしてあの強くて頼りがいがあり不安定で脆い、大賢者様の為にも。


 初恋の男は不器用にあたしの手を取って踊ると、また違う人の夢に移動してしまったが、目が覚めると……



 麻也を連れて、あたしの元へ帰ってきてくれた。



   × × × × ×



 今タツヤ君はトナカイの着ぐるみを着て、リビングにあたしが用意していたクリスマスの装飾を飾り付けている。


 麻也があたしの料理の手伝いをしながら、恋する乙女の瞳でそんな彼を眺めていた。

 安物のその着ぐるみは角の形もおかしく顔も何だか間延びしていて、確かにジャージー牛にしか見えないが、タツヤ君が着るとなんだかかっこよく見えるから不思議だ。


「ねえママ、まだ準備中だけど音楽でもかけよっか」


 麻也がスマホを操作しながらリビングにあるステレオのスイッチをオンにすると、パネルの無線ランプが青く点滅して定番のクリスマスソングが流れだす。


 タツヤ君がそれに合わせて微妙にズレたリズムでスッテップを踏みだした。


「もう、何それ」

 麻也が嬉しそうに、そんなタツヤ君を見る。


 タツヤ君は運動神経も良く手先も器用だったけど、昔から壊滅的に音楽やダンスや、演技なんかがダメだった。


「タツヤ君の歌や踊りは、子供の頃からある意味とっても有名だったのよ」

 出来立てのフライドチキンをお皿に盛ってリビングテーブルに置くと、


「なんか意外」

 笑いながらつまみ食いする麻也を、タツヤ君が横目で見る。


「失礼な…… でもまあ最近、ダンスは得意になったんだ」

「じゃあ踊って!」


 無茶振りする麻也に、タツヤ君は中世の姫に仕える騎士のように優雅に腰を折ると、


「では」


 やはり新進気鋭の前衛アートのようなダンスを始めた。

 そして麻也が、最近良く見せるようになった心からの満面の笑みを浮かべる。


 この世界で聖人と呼ばれた人が降誕したとされる夜……


 あたしの元に帰ってきてくれた男はどうやら多くの人々を助け、あたしの知らない世界で大賢者と呼ばれ、いにしえの王や伝説の魔女や悪夢ナイトメアと名乗る不思議な少女の信頼を勝ち取り、今もあたしの愛娘の心を癒し続けている。


 そっと心の瞳を開くと、その姿はあたしのような不器用でダメな親や、前の夫のような運命に翻弄された人々の罪を背負う聖人のようにも見える。


 更に目を凝らすと、あたしの横で微笑んでいる緑の美しい髪の男の子やその周辺を楽しそうに舞う紫の小さな女の子が見え、麻也の赤いリボンの上には、ピンクの髪の可愛らしい幼女がリズムに合わせて手を叩いている。


 皆とても楽しそうでタツヤ君がキレキレのターンを決めたら、その後ろに小太りの初老の男性が、古いゲームのカセットを手にして安どしている影がチラリと見えた。


 ――何故かその姿にあたしの胸が締め付けられる。


 タツヤ君があたしたちの笑顔にこたえるように、いつもの影を隠した笑みを浮かべる。それを見ていると、いつか本心からタツヤ君を笑わせたいと心から思う。


 そして大賢者と呼ばれるあたしの愛する男は……



 聖なる夜に、不器用なダンスを踊り続けた。




Merry Xmas & A Happy New Year


Season2 End

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