サンタさんお願い

 移転魔法で帰るか飛行魔法で帰るか、ぼんやりと考えながら歩いていたら商店街の案内ゲートが目に入った。


 どうやらもう近くまで来てしまったようなので仕方なくため息をつくと、錆びたゲートにもたれ掛かる制服にダウンジャケットを羽織った美少女と目が合う。


「ねえねえお姉さん、俺とお茶しない?」

「何それ、昭和なナンパ?」

「平日の昼間にそんな恰好でひとりでいたら補導されるよ」

「今日はもう終業式だから午後から休みだし、大丈夫じゃないのかな」


 麻也ちゃんは大きな赤いリボンを揺らしながら小首を傾げた。


「ありがとう、迎えに来てくれたんだね」


 ついでに学校を休ませちゃったことを謝ると、

「あたしの問題でもあるしさ」


 気にしないでよと微笑み返してくる。


 でもまあそれを何とかするのが大人の責任なのだろう。俺が苦笑いすると、

「パパがね、心配なら迎えに行けって」

 口をアヒルみたいに尖らせた。

「あれから話が出来たの」


 俺が歩き出すと、麻也ちゃんが隣に並ぶ。


「クイーンさんから事情を聴いて、それから叔母さんがパパに説教を始めて……」


 ぽつりぽつりと語る麻也ちゃんの話を聞きながら商店街を進むと、シャッターを閉めた店に混じってクリスマスの飾りつけをした店がぽつぽつと目についた。


 どうやら玄一さんは稲荷で戦闘の後、龍王キングとクイーンを悪夢ナイトメア経由で説得し、ついでに阿斬あざんさんと吽斬うんざんさんにも協力を願ったそうだ。


 千代さんや麻也ちゃんに内緒にしていた理由は、そこからの情報漏洩を恐れてとの事だが、

「あたしも叔母さんもそんなに信用無いかな?」


 麻也ちゃんも千代さんもまずその時点で玄一さんに怒ったらしい。


 そして加奈子ちゃんに対してどうするのか詰め寄ったが、

「一緒にいたあの異世界の女の人、イリヤさんが新しいパパの奥さんでさ」


 玄一さんは転移後イリヤさんに命を救われ、もう帰れないと思って新たな人生をスタートさせたが、魔族軍の動きを知って加奈子ちゃんや麻也ちゃんを助ける為に決死の思いで帰ってきた。


「その手助けをイリヤさんがしてくれたそうだし、あたしにも『もうひとりのお母さんだと思ってくれると嬉しい』って言うの。良い人だし、ちょっと嬉しかったけど」


 麻也ちゃんが気にしているのは加奈子ちゃんに対する問題だった。


「パパもイリヤさんもあやかしって言うか、イリヤさんは獣族って言うそうだけど」


 やはり家族の価値観が違うようで、ひとりの夫に対して複数の母がいることに違和感が無いそうだ。

 麻也ちゃんも千代さんもそこは理解できるけど、加奈子ちゃんと結婚した以上人間の文化を尊重しないといけない。じゃないと加奈子ちゃんが可愛そうだと。


 玄一さんもそこは理解していて…… 異世界から帰れないと思っていたから再婚した訳だし、この世界では一度死んでしまったのだから、人間として暮らす加奈子ちゃんの未来に自分は存在しちゃいけない。


 ――そう考えているそうだ。


 しかし親の責任として、そして一度結婚した女性に対する責任として、危機を知ったのであれば見捨てることは出来ないと。

「やっぱり勝手なような気がするし、嬉しい気もするし」


 結局堂々巡りで麻也ちゃんは悩み疲れてしまったそうだが、

「前に稲荷でも話したけど、まず麻也ちゃんがパパを許せるのならそれはそれで良いんじゃないかな。それに加奈子ちゃんと悪夢ナイトメアの中で話したけど、もう状況をなんとなく知ってて、その上で結構ドライに考えてる感じだったよ」


「まさか、もうパパのことが嫌いなのかな」


 心配そうに俺の顔を見た麻也ちゃんに俺は微笑みかける。

「加奈子ちゃんは自分がフラれたって言ってたよ、きっとそれが正しいこの世界の人間の価値観だと思う。それは決して玄一さんを嫌いになったんじゃなくて、お互いの事情を理解したうえでの落としどころなんじゃないかな」


「そっか、何だかわかるような、分かんないような」


 麻也ちゃんは一度大きく息を吸い込むと、

「パパとママがちゃんと納得してるんなら、良い子は何も言わないのが一番かな。サンタさんからプレゼントがもらえなくなるのも嫌だし」

 少し悲しそうにそう呟いた。


「これも稲荷で話したけど、良い子はもっと親にわがままを言わなきゃダメだ」

「そっか、そうだね。パパには散々説教したから、今度はママにもわがままを言ってみるか」


 そう言って麻也ちゃんはダウンジャケットとスカートをひるがえしながら俺の前でクルリとターンすると、


「で、そっちはちゃんとわがまま言えたの?」


 悪戯っぽく、そう聞いてきた。そうか、クイーンが玄一さんの仕組んだ作戦を話したって言ってたけど、そこまで説明してたのか。


「しまったな、突然のことに驚いてそこまで気が回らなかった」


 俺が両手を広げて小さく左右に首を振ると、

「まだ間に合うんじゃない? 今晩がクリスマス・イブだし」

「サンタクロースにこれ以上激務を負わせたくないな。そのうち労働基準法がどうとか、サービス残業がなんだとか言い出しそうで怖い」


「大丈夫だよ、今日以外はだいたい休みの超優良企業にお勤めのようだから。ねえ大賢者様、お願いしてみたら」


 俺が思わず吹き出すと、麻也ちゃんも楽しそうに笑いだした。


「じゃあ、ちょっと待ってて」


 周辺を遮断魔法で閉じて、麻也ちゃんの前でサンタクロースにお願いするための大きな魔法陣を展開する。

 どうせ通じるわけはないし、麻也ちゃんが喜ぶようなイリュージョン的な何かを見せたかっただけだが……


「サンタクロースよ、俺の願いを聞き入れろ!」


 冗談でそう叫ぶと、

「……あー、テステス。うん、あれ? この発信先は日本じゃな、そこは神々が姿を隠した地域のはずじゃが、今更その神が何の用じゃ」


 混線した通話がつながったかのような音声が聞こえてきた。


「へっ? 俺は神じゃないですけど」


「しかしこの神格は…… そうかその辺りで隣の世界から神と同等の選ばれし人間が戻ってきたと噂になっておったな。お主がそれか……」


 俺が驚いていると、麻也ちゃんはそれも演出だと思ったのか、

「プレゼント至急ひとつ追加は、お願いできますか」

 両手を口の前で広げて、元気よく魔法陣に話しかける。


「まあ新たなる神の頼みとあらば断わることはできんじゃろう。しかし儂も忙しい身じゃ、とっとと申せ」


 麻也ちゃんが楽しそうに俺の横腹を突くから、仕方なく昔欲しかったゲームソフトのタイトルを言うと、

「了解じゃ、えーっと、その伝票は…… うむ、配達担当の者がお前に届けることが出来ないと、キャンセルされておるな。ちゃんと受け取りに行けるか?」


 そのせっかちな爺さんは、配達担当者だと言って俺の父親の名を出し、いつか取りに行けと叫ぶ。

 ついつい支払い方法や受け取り期限について問い合わせてしまうと、


「配達担当者が支払うのが当然じゃろう。プレゼントを受け取る者に対する感謝の気持ちの対価じゃからな。じゃから受け取り期限も特にない」

「対価?」

「その者たちに対する慈しみの心が、やる気や安らぎの元になる。妻や子供と言うのはいつだって最大の心の支えじゃからな。だから夫や親はその責任と対価を払い続ける必要があるのじゃ。サンタなど、その心をそっと後押しする存在にすぎん」


 ――そんな答えが返ってきた。

 俺があっけにとられていると、麻也ちゃんはそれも演出だと思ったのか……


「良かったね」


 嬉しそうに微笑むから、どうも今ひとつ事態が把握できていないが、とりあえず話を合わせることにした。


「それからじゃな、お主もそこの神になっておるのなら、正当な取引として対価を要求するが良いか?」

「も、もちろんだ」

「では同じくキャンセル扱いになっておったプレゼントの配達を頼む、なに、元々はお主の配達担当だったやつじゃから、手間はとらせん」

「――どんな内容だ」

「これは…… 二件とも要望困難のキャンセルじゃな。内容は追ってクリスマスカードで送ろう。まあ善処してくれ」


 するとまたガーガーピーピーと混線するような音が響いて、通信が切れる。


「知らなかった、サンタさんって本当にいたんだね」


 うん、俺も知らなかったよ。こんなシステムが存在していたなんて。

 嬉しそうに俺の手を取る麻也ちゃんに微笑み返し……



 父が古いゲームソフトをさがす姿を想像したら、少しだけ胸の何処かが温かくなった。



   × × × × ×



 麻也ちゃんの話では、加奈子ちゃんが目を覚ます前に自分のベッドに戻して、玄一さんたちは稲荷に戻ったそうだ。


 玄一さんがマフィアさんたちと連絡を取ると、アリョーナさんたちも無事だったようで、近々一緒にリトマンマリ共和国に戻ることになったとか。


 そのためアリョーナさんが、一度俺と今後の相談をしたいらしい。まあ、玄一さんやアリョーナさんたちにプラスになることが出来るのなら、俺も一肌脱ごうと思っている。


 そこまで麻也ちゃんと話して、店の裏口を開けたら……


「どーしよー、タツヤ君。寝過ごしちゃった!」


 もう胸がはだけ過ぎたボインボインのエロエロサンタさんが、半泣きで飛び出してきた。俺が目のやり場に困っていると、


「ねえママまだお昼過ぎだから間に合うよ、あたしも手伝うし」

 麻也ちゃんが俺の後ろからひょっこりと顔を出す。


「えっ、あっ」

 慌てふためくエロエロサンタさんに、

「もうサプライズはお腹いっぱいだし、計画してくれたことが凄く嬉しい」

 麻也ちゃんが歩み寄って、嬉しそうにギュッと抱きしめた。


「――麻也」


「あのね、ママ。あたし他にやりたい事があるから部活辞めようと思ってる」

「そ、そっか。じゃあそのやりたいことを頑張ってね」


 加奈子ちゃんは嬉しそうに麻也ちゃんの頭を撫ぜると、俺に向かって「安心して」と口を動かしてから微笑んだ。


「それから…… 今のママの格好は色々と目の毒っぽいから、着替えた方が良いかも」

「そ、そうね」

「じゃ、一緒に準備しよう!」


 そして二人はじゃれ合うように店の奥へ入って行く。


 麻也ちゃんのわがままって、あれだったんだろうか?

 やはりちょっと良い子過ぎる気もするが……


 俺が二人を追うように店に入ると、

「タツヤ君はこの衣装に着替えてね!」

「うわっ、何これ? ママなんでジャージー牛なの?」

「トナカイでしょ……」


 楽しそうにはしゃぐ親子の声が聞こえてくる。俺があきれながらポケットに手を突っ込んだら、カサリと何かが指先に当たった。


 取り出すとそれは見知らぬ二枚のカードで、魔力も感知できたが……

「そう言う事か」

 表には『Merry Xmas』と書かれてあり、ひっくり返すと『配達先』『プレゼント内容』『担当』と書かれている。


 一枚目には配達先に麻也ちゃんの名前があり、プレゼント内容の欄に小さく可愛らしい文字で『恋人』と書かれていた。

 その上にそっと指を載せると、微かに麻也ちゃんの心の波動が感じられる。筆跡も麻也ちゃんと同じだ。


「確かにこれは、要望困難だな」

 年頃の女の子らしいと言えば、それまでだが。


 そしてもう一枚を確認すると、配達先に加奈子ちゃんの名前があり、プレゼント内容の欄に大きく力強い筆文字で『愛』と書きなぐられていた。

 それは指で触れるまでもなく、ガンガンと響くような加奈子ちゃんの心の叫びが感じられる。


 両方とも担当は俺になっているが……



 はてさてどうしたものかと、やはり俺は頭を悩ませた。

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