親子丼って好きですか? 幅広い意味で

「麻也!」

 俺が立ち去ろうとすると加奈子ちゃんが叫び、


「OK、ママ!」

 後ろに座ってた麻也ちゃんが俺に抱き着いてきた。


 ポヨンと背中に大きな膨らみの感触があり、その衝撃に身動きが取れなくなると、

「ナイスディフェンス」

 今度は加奈子ちゃんがボイーンと正面から抱き着いてきた。


 都合、四つの膨らみに挟まれてしまう。

 このおっぱいディフェンスは流石の大賢者も振り払うことが不可能だった。


 ――主に精神的な理由で。


 俺が降参の意を伝えるべく両手を上げると、

「麻也はあたしと一緒でバスケ部なの、しかも強豪校でレギュラーよ」


 抱き着いたまま顔を上げて、いたずらっ子のようにペロリと舌を出す。

 なんかもう、色々エロいんですが。


「バスケならファールだろ、これ」

「男女差があるから、これぐらいのハンディは許されるでしょ。けどタツヤ君…… 身長延びたよね」

 まだ涙の残る瞳で、俺の名前を読んだ。


 加奈子ちゃんの身長は中学時代で百六十センチの後半だったから、目線はそれほど変わらなかったけど、今は頭一つ俺の方が高い。


「お兄さん、百八十超えてる?」


 加奈子ちゃんのエロすぎる表情に吸い込まれていたら、後ろから麻也ちゃんが何かを探るように俺の脚や太ももをサワサワと触りだした。


「いや、そこまでは多分ないと思う」

 履いているブーツの高さを入れると微妙に超えるかもしれないが、


「鍛えてますよね、良い筋肉です」

 しかもグイグイおっぱいを擦り付けながら、鼻息も荒くなって行く。


「麻也、もう良いから離れなさい」

「ママこそ離れたら? お兄さんなんか困ってる感じだし」


「大人の事情があるのよ」

「そーゆーのは、子供の居ない所でやって」

 そして二人は、俺に抱き着いたまま親子喧嘩を始めてしまった。



 もうこれ、喜んでいいのか楽しんでいいのか分からない。



   × × × × ×



 何とかおっぱいディフェンスから解放されると……


「どうせ行く所ないんでしょ」

 二人がかりでダイニング・キッチンに連れ込まれた。


「まってて、今準備するから」

 加奈子ちゃんがどこか嬉しそうだったので、上手く断れない。


 俺が通された席に座ると、加奈子ちゃんと麻也ちゃんがエプロンを巻いて夕食の準備を始める。


「他の人は?」


「お父さんとお母さんはスローライフだなんだって言って、山間の温泉稲荷の神主さんが知り合いで、その近くの古民家譲ってもらって、畑仕事しながらのんびり暮らしてる。えーっと、旦那は……」


「パパはあたしが二歳の頃に死んじゃって、思い出すらないよー」


 テーブルを拭きに来た麻也ちゃんが元気よく叫ぶと、加奈子ちゃんが玉ねぎをむきながら苦笑いした。


「その子はあたしが十九の時の子なの、大学在学中に講師だった旦那とデキちゃった婚よ。元々しおれた感じの人だったけど、結婚してすぐ病死なんて酷すぎると思わない? で、あたしの父さんと母さんがこの子の面倒見てくれるからって、実家に帰ってきたけど」


 加奈子ちゃんの話し方は、苦労を既に乗り越えた感じでどこか明るかったから、少しだけ安心してると、


「麻也はとっても手のかからない良い子ですから、ジジとババは山へ柴刈りに行きましたとさっ」

 食器を並べに来た麻也ちゃんが、顔を覗き込んで微笑む。


 その瞳の奥で揺れた『何か』に俺が答えてみると、麻也ちゃんは更に目を広げて一歩下がった。もうこれは間違いないだろう。


 驚かせたのは悪かったが、不用意に覗き込むのはマナー違反だ。


「こら!」


 まあその後、加奈子ちゃんにお玉で殴られていたが。

 俺がそんな仲睦まじい親子を眺めていたら、


「あつ、親子丼って好きですか? 幅広い意味で」


 その目線に気付いた麻也ちゃんが、ニヤニヤしながら聞いてくる。

 やはり瞳の奥の揺らぎは変わらない。


 俺が注意しようとしたら「ゴン」と、顔を真っ赤にした加奈子ちゃんに鍋の底で殴られた。



 ――結構いい音がしたから、怪我がないか心配だ。



   × × × × ×



 夕飯は本当に親子丼だった、これって本当に何かの謎かけだろうか?

 美味しさに感動しながら、ちょっとだけ、幅広い意味で胸がドキドキした。


「でね、駅前の商店街はすたる一方よ、うちは中高の制服を扱ってるから今は何とかなってるけど、先は分かんないわね」


 加奈子ちゃんは食後に焼酎を取り出し、お湯割りで呑み始める。

 娘の麻也ちゃんは宿題があるとかで、席を外した。


 久々に日本の食事を満喫した俺も、ついつい嬉しくって彼女の晩酌のお供をする。焼酎を飲むのは初めてだったが、向こうの世界で飲んだ『火酒』とよく似た味で、とても美味しい。


「駅裏の温泉街も旅館の倒産が続いて閑古鳥が鳴いてるわ、市街地から近い事だけが売りの観光名所の少ない街だから、仕方がないかもしれないけどね」


 加奈子ちゃんは酔っぱらいながら街の情報や共通の知り合いの近況を教えてくれた。それでも俺の過去を詮索しない優しさが、胸に刺さる。


 下手に話をして迷惑をかけるのも避けたかったし、信じてもらえるかどうかも自信がない。麻也ちゃんのことは気がかりだが、やはりお礼を置いて退散しようかどうか悩んでいると……


 聞き逃せない話題のせいで、その思考が止まった。


「リュウキが地上げ屋?」

 はて、俺の弟は何やってるんだ。


「今はそんなふうに呼ばないかな…… でもまあ似たような物ね。外資系の複合企業とか何とか言ってるけど、手口は似たようなものだから」


 加奈子ちゃんの話によると、潰れた温泉旅館を買い上げ商店街の閉鎖した店も安く買いたたき、温泉レジャー施設や駅前マンションとして販売する計画を立てているそうだ。


 そこの営業主任が…… 俺の弟のリュウキだと言う。


「夜になるとね、この辺に変な輩が徘徊するのよ。麻也ももう年頃だし、この家には女しかいないから。タツヤ君が良ければ、いてくれると嬉しい」


「しかし、女性二人の家に得体のしれない男が一緒じゃ」


「まあ確かに謎だらけだけど、全然昔と変わってないから安心したわよ。それに麻也も気に入ってるみたいだし。あれであの子、人見知りと言うか…… まあ人を見る目は昔からあるのよ。リュウキが初めて家に来た時は、会話する前にバケツの水を浴びせてたから」


 確かにそれは人見知りとは言わないかもしれない。


「だいたいね、リュウキみたいな昔っからの嫌われ者しか地元に残んないってのは、何でだろ」


 ハイペースで杯を空ける加奈子ちゃんを心配すると、

「あんたも飲みなさい」

 俺のグラスにも並々と酒を注いでくる。


「リュウキはモテてただろう」

 サッカー部の練習でも、追っかけの女の子達がキャーキャー言ってた記憶がある。


「はあ? まあ、見てくれや成績や運動神経で騒ぐバカ女にはね。けーど、男ってそこじゃないでしょー」

 徐々にろれつが回らなくなってきた加奈子ちゃんが、俺を睨んだ。


「そうかもしれないが、そう言うのは大人になってからの価値観じゃないのか」

「子供だってバカばかりじゃないわよ、本当に優しくて強い男を見極めれる子は何人かいたわ」


 俺が首を傾げながらグラスを持つと、

「だからあ、中学に入ってタツヤが目立たなくなってからもー、大変だったのよ。競争率激しくって」

 加奈子ちゃんは俺を指さして、口を尖らせる。


 なんだかもう、言ってる意味も解らない。


「何の話だ?」

「あたしのー、初恋とか、中学時代の苦労話よ。有難くごせいちょーしなさい」

 そこまで言うとグラスを握りしめたままテーブルに伏せて、寝息を奏で始めた。


 周囲には、ほぼ空になった焼酎の一升瓶や途中で追加されたウイスキーのボトルが散乱している。


 俺は師匠のしごきのせいで毒物や異物を勝手に分解する体になってしまったから、深酔いすることはないが、加奈子ちゃんにはハイペースだったのだろう。


「ママ寝ちゃった? なら運ぶの手伝ってくれない」


 俺がどうしたら良いか悩んでいたら、下着みたいなぴっちりしたシャツに短パンをはいた麻也ちゃんがリビングのドアをそっと開けた。


「あっコレ下着じゃなくって、キャミソールって言ってちゃんとした服ですー」

 俺の目を見た麻也ちゃんが頬を膨らましたが……


 キャミソールって確か下着のことだし、見た感じもそうとしか思えない。しかも胸元が大胆に空きすぎてて谷間がアレでソレだし、健康的な長い手足も全開だ。


 そっちに目をそらしても、すやすやと眠る加奈子ちゃんもボインボインしていて、どこから手をつけたらいいのか分からない。


 もう左肩はニットがズレ落ちて、色々見ちゃいけないものがはみ出ちゃってて、わしょいわしょいだ。


「これ触っても良いの?」

「好きな所を好きなだけ、ドーンといちゃってください」


 娘の了解を得たのでお姫様抱っこすると、

「むー、何だかすこーし、損した感じ」


 麻也ちゃんが頬を膨らませた。

 やはり母を知らない男に触らせたくないのだろうか。


 麻也ちゃんに案内してもらって、加奈子ちゃんをベッドに寝かすと、

「きっと、寝ちゃったことを後悔するわ」


 悪戯っぽく口に手を当て、とても楽しそうに微笑む。


「どうして?」

「ママとってもお酒が強くて、呑み負けることなんてまず無いのよ。きっとお兄さんを先に酔わせるつもりだったんじゃないかな」


 なんだその野盗的思考回路は…… 追いはぎでもする気だったのか?


 俺が苦笑いすると、

「ねえ、お兄さんて…… バカなの?」

 麻也ちゃんが楽しそうに笑って、俺の目を覗き込んできた。


 この世界の魔力環境にも馴染んできたせいか、身体を包んでいる自動防御がパチリと音を立てる。


 もう隠そうともせず、あからさまに狙ってきた。


 さてさて、これでやらなくちゃいけないことが増えてしまったようだ。

 どこから手を付けるべきか悩んでいたら、麻也ちゃんが、


「じゃあ、こっち来て」

 と、俺の手を引く。



 ――そうなると、優先順位の一番はこの子になりそうだな。

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