この世界も侮れないな

「あたしが高校に入るまでお爺ちゃんたちが使ってた部屋だから、まだ物がいっぱいあるけど自由に使って。着替えとかも…… ちょっとサイズ合わないかもだけどタンスの中のやつはちゃんと洗濯してあるし」


 次に案内されたのは、子供の頃何度も遊びに来たおじさんの部屋だった。


 十二畳の広々とした和室の中央には木製のローテーブルがあり、その上には懐かしいチェス・ボードが置いてある。


 ローテーブルの横には真新しい布団が敷いてあった。


「麻也ちゃんが?」

「ママあれで抜けたとこあるし、こうなるだろうと思って」

「ありがとう」

「へへ、他に何か必要なものある? あ、た、し、の、身体以外で」


 麻也ちゃんは腰に手を当てて体をくねらす。

 バスケで鍛えた体はスラリとしていて、大きな胸が異様に目立った。


 なんかもうボインボインと揺れてるし、風呂上がりの香りとまだ少し濡れた髪のせいか、その仕草がふざけていても背徳感が半端ない。


「お言葉に甘えて、麻也ちゃんの教科書を貸してくれないかな。後はいいよ」

「そーですか」


 少し残念そうに肩を落とすと、

「でも教科書なんか、どうするんですか?」

 可愛らしく小首を傾げる。


 ころころと変わる態度や表情は、やっぱり小動物みたいだ。


「久々の日本だから、事情を知りたい」

「社会系のやつ?」

「できれば全教科」


 その国の文化や科学技術の変化や数学等の理論の進化、そう言ったものを知るのにはとっておきの書物が教科書だ。


「OK! それじゃあここ最近の新聞もプラスして贈呈しましょう。でもかさばるし重いから手伝って」


「ありがとう、教科書を廊下に出しといてくれれば後は俺がやるよ。明日の朝までには元の場所に戻しとく」


「それじゃあ、リビングの奥に古新聞入れがあるから勝手に読みたいのをもってって。あと、お風呂よかったら使ってね。今なら現役JKの入りたて残り湯が味わえて、お母さんとばったり混浴とかのラッキースケベ展開も望めるかもしれないゴールデンタイムだから、急いだほうがいいかもです」


 JKってなんだ? 俺がふとそう考えたら、

「JKって、女子高生の略語でーす!」


 また俺の瞳を覗き込み、

「はははっ、じゃあ、ごゆっくりー」

 楽しそうに手を振って出て行った。


 ――誘導のつもりなのか、素なのか。



 麻也ちゃんの小ぶりで引き締まったお尻を見送りながら、部屋の隅に仕込まれた物や、布団から感じる違和感に、深いため息をついた。



   × × × × ×



 いろいろ悩んだが、いつものように浄化魔法で身体を清めると、収納空間に入れておいた野営用の服に着替えた。

 これなら、ゆったりしていて寝ることもできるし、不意の敵襲にも対応できる。


「明日は温泉まで足を延ばしてみるか」


 せっかくだから風呂に入りたかったが、本当にラッキースケベがあったら困る。

 来るものは拒まない主義だが、俺の忍耐がそこまで強いかどうか自信がない。


 それにやらなきゃいけないことも山積していた。


 チェスの駒の形に加工した魔法石を三つ取り出し、


歩兵ポーン周辺警護、位置取りはオートで」


 そいつを指ではじいて簡単な魔法陣を張る。


 剣と魔法の異世界で歴代二人目となる大賢者の称号を得て、魔王も討伐した。

 だから日本に戻ればイージーオペレーションだと思っていたが……


「師匠は『大賢者たるもの、石橋を叩いて壊す腕力と、その後谷を飛び超える脚力と慎重さがなければならん』って、言ってたっけ」


 どんだけだよって聞いたときは思ったが、


「確かに…… まだまだ俺は甘いようだな」


 そもそも魔法の概念はフィクションとは言え、この世界にもあるわけだし。

 魔法だけじゃなくて、SFならエスパーとかサイボーグとか、オカルトなら幽霊とか妖怪なんてのもあった。


 教科書や新聞を空中でめくりながら布団に寝そべっていたら、歩兵ポーンのひとつがカチリと音を立てて砕ける。


 俺の持つ最弱の駒だが、こいつを砕けるのは魔族軍なら上官クラス以上だ。


「いったーい、なにこれ」

「覗いてないで、ちゃんとノックしてくれれば痛い目には合わなかったよ」


 すると部屋のドアを麻也ちゃんがそっと開けて、


「うわっ、凄い!」


 部屋に舞う教科書や新聞を見て嬉しそうに目を輝かせると、頭上にある狐のような耳をピコピコさせた。


「何者なんだ、お前」

 俺があきれてため息をつくと、


「ママの面倒を見てます、妖狐です。あっ、ちゃんと血はつながってまして、死んだ父が妖怪でした」


 照れたように頭をポリポリと掻きながら、キャミソールに包まれた大きな胸と可愛らしい獣耳を揺らす。


 やはり、この世界も侮れないな……



 ――巨乳獣耳美少女なんて、俺の超ストライク・ゾーンじゃないか。



   × × × × ×



 麻也ちゃんの話によれば、

「気付いてると思うけど、ママの目には特殊な力があって」


 どうやら加奈子ちゃんは『退魔士』と呼ばれた一族の末裔らしく、数代にひとり能力が開花する家系のようで、


「パパはその能力が妖狐に危害を加えないように見張る、監視役だったの」


 加奈子ちゃんは、力は持っていたが使用する術を持っていなかったそうだ。


「で、二人は恋に落ちちゃって」

 妖狐一族の反対を押し切って結婚したまでは良かったが、別の退魔士に見つかり命を落としてしまう。


 生まれた麻也ちゃんと加奈子ちゃんを守るため、叔母に当たる妖狐が秘密を隠したまま誘導し、自分のテリトリーであるこの地に引っ越させたが……


「最近変なマフィアと共にその退魔士がこの辺りをうろついてて、ひょっとしてお兄さんもそうなのかなって」

 心配して、麻也ちゃんは探りを入れていたようだ。


「でもあたしの能力で心を覗いても本心までは読めないし、技の系統もあいつら退魔士と違ってるし。もうここは素直に聞いちゃおうかなって」


 そう言ってアゴに指をあてて、可愛らしく小首を傾げる。まったく、同時に揺れた耳を見るべきか胸を見るべきか、なかなか判断が難しい。


「ちゃんと話すつもりだったけど」


 問題は信じてもらえるかどうかだ。同じファンタジーでも、毛色が違い過ぎて余計嘘くさく感じそうだし。


「けど、何ですか? 素直に話してくれないかなあ、あたしは包み隠さずはなしたんだから…… まあ、あの退魔士連中なら、もう知ってる情報だけど」


 麻也ちゃんがパチンと指を鳴らすと、部屋の四隅に隠してあった『物』が展開して、見知らぬ魔法陣のようなものが発動した。


 ついでに寝ていた布団の下からも、魔力のようなものが出てくる。


 術式の形態が違い過ぎて良く理解できないが、これを麻也ちゃんが書いたのならセンスがある。目に見える魔法陣の端々に光るものがあるし、布団の下にあるだろうもうひとつの魔法陣との連携も悪くない。


 俺の魔力を失ってパラパラと落ちて行く教科書や新聞の合間を縫って、麻也ちゃんが近付き、

「これは稲荷様の御神体で、お兄さんの式神を切ったものです。そこらの妖刀とはキレ味が違いますから」

 背中から刃渡り三十センチほどの刀を取り出した。


「ママの知り合いを装ってるみたいだけど、佳死津かしず一門が放った雇われ刺客か何かですか? それとも契約を迫る下神しもがみ一派の陰陽師ですか」


 そして俺の首筋に刀を当てて、顔を近付けて瞳を覗き込む。


 大きな瞳が間近に迫って、もうまつ毛の数まで数えれそうだ。

 プルンプルンでピンクの唇もセクシーだけど、


「しゃべらなくてもいいですよー、質問の度にあたしが心を読みますから」

 このままの状況は良くないかもしれない。


 御神体の刀とやらは俺のポーンを切ったせいが、朽ち始めてるし…… そのポーンは再生完了して、麻也ちゃんを狙ってる。


 自動防御も善し悪しだ。

 攻撃を受けたせいで麻也ちゃんを敵認識したのだろう。


「止まれ!」

 俺がポーンに命令すると、


「嫌ですよー、この結界は鬼封じの石を使って組みましたから、そこらの退魔士や野良の陰陽師じゃあ解けっこないです。もう、あなたはあたしに心の底まで読まれて、指一本動かせないまま無残に能力を奪われるしかありません」


 麻也ちゃんは嬉しそうに笑ったが……


 攻撃停止したポーンが俺の手元に戻ると、

「その式神は切ったはず」


 刀をポーンに向けようとして、初めて手元の異変に気付く。

「そんな、狐族に伝わる宝具が」


 やっと体が離れたので俺が起き上がると、今度は布団の下と部屋に展開していた魔法陣がバチバチと音を立てて霧散してしまう。


 うん、そこまで貧弱だとは思いもよらなかった。


「悪い、壊すつもりはなかったんだ」

「お、お、鬼封じの石まで」

 まだこの世界の法則に慣れていないから、やっぱり不測の事態が起きてしまう。


 折れて朽ち果てた刀を握りしめ、下着のような姿で震える巨乳モフモフ耳美少女を見ながら……


「もうこの絵面は、誰がどう見ても俺が悪人だよなあ」



 ――俺はやるせなくなり、首をゆっくりと左右に振った。

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