パンツ観てたでしょ
「あ、あたしを犯してママを殺そうとしても無駄。そんなことしたらあなたの下を噛み切るよ」
誤解が超加速度的に進行している。
しかもちょっと言ってる意味が分からない。
舌? 下?
それに慣用句的には、噛むのは自分の舌じゃないだろうか。
おびえながら何故か俺の下半身をチラ見する麻也ちゃんをどうしたら良いか分からなくなり、ため息をつくと、
「それにヤレヤレ系男って、今時深夜アニメでも流行らないわ。掲示板とかでいっぱい草が生えるから」
もう、日本語的にも分からなくなってきた。
どうやら車は空を飛ばなかったが、言葉の進化は凄まじいようだ。
「敵意は無いよ、だから舌を噛まないでね」
「舌じゃなくて、噛み切るのはお粗末なあなたのナニよ」
そんなサーチ能力が…… 現代日本の異能は侮れない。まったく魔力が感知できなかったのに。
いや、俺のナニはお粗末じゃない。 ――多分、きっと。
俺は何とか微笑みかけながら、麻也ちゃんに近付いて朽ち果てた刀に触れる。敵アイテムのスキャンも自動術式に加えていたから、そこから情報を引き出す。
術式は初めて見るものだったが、根本的な理論は同じだ。
「
チェスの駒の魔法石を取り出し、補修を試みながら、折れて欠けた部分や魔力が枯渇した箇所を適当に作り直す。
「え、うそっ、戻ったの?」
俺が作業を終えると、麻也ちゃんが大きな口を開けた。
「これで大丈夫じゃないかな」
ビショップはちょっと大盤振る舞いだったのか、刀の輝きがスキャン・データより高くなってたけど、黙っていれば問題ないだろう。
「そんな…… まさかこれは
麻也ちゃんは刀を手に取ると、瞳に魔力のようなものを込める。
すると微弱だけど『鑑定スキル』や『読心スキル』に近い術式が発動した。
それが妖狐のスキルなのか加奈子ちゃんの遺伝なのかまだ判断ができないけど、どうやらインチキはバレてしまったようだ。
しかし瞳で情報を読み取れるなら、誤解を解く方法はある。
「ちゃんと事情を説明するから、俺の瞳を見てくれ」
「へ、変なところは見せないでよ」
麻也ちゃんの瞳には、何かを期待するような光があった。
震えながら俺の下半身から視線を離し、目を合わせてくる。
――ナニじゃなくて、事情の方だよね。
俺は気を取り直して、目を通じて思念で異世界転移して戻ってきた『記憶』をダイジェストで伝えた。
「そんな中二病的展開が…… でもこれ、嘘じゃないし」
しばらくの間があり、麻也ちゃんは凄く残念そうな表情でため息をつく。
中二病? はて、それはどんな疾患なのだろう。
「イケメンの陰キャって、最悪かな。美味しいカレー味の×××みたいで。んー、この場合は逆なんだろうか?」
「普通に美味しいカレーじゃダメなのか?」
「それだと、なんかちょっとムカつくのよ」
俺が悩みこむと、麻也ちゃんはやれやれと言った感じで首を振る。
ヤレヤレ系は流行らないのじゃないのか?
もう色々と意味不明だし、凄くバカにされたような気がするが……
おびえるような態度からリラックスした態度に変わったことに、とりあえず俺は胸をなでおろした。
× × × × ×
「あいつらの狙いはきっと、あたしじゃなくてママの『瞳』なの。どうかママを助けてください」
そう言いながら麻也ちゃんは、足の爪にペディキュアを塗った。
なんだかちょっと、リラックスし過ぎのような。片膝をまげながら脚を開いた体制のせいで、ショートパンツの隙間から花柄の可愛らしい下着が見えちゃってるし。
「それは人にものを頼む態度じゃないような……」
「バスケのせいかな、ちゃんと手入れしないとすぐ爪が割れちゃうの、それにあたしのパンツ観てたでしょ。どうしてもって言うなら土下座してお願いするけど」
真面目な顔で俺を見る。
相変わらずつかみどころがないし、確かにパンツは見てたから、
「ごめん、そのままでいいよ。それからもう少し詳細を教えてほしい」
俺が降参とばかりに両腕を上げると、
「そのままって、パンツ? ペディキュア?」
可愛らしく小首を傾げながら聞いてきた。
おまけにモフモフの尻尾をフリフリしながら。
――はて、俺はどこで何を間違えたのだろう。
「
『妖狐』一族の
その
「だから宝具を幾つか預かって、ママを警護してたんだけど」
最近は加奈子ちゃんの話にあったヤクザまがいの企業と一緒に、この辺りをうろついているらしい。
「立ち退きの為の嫌がらせとあたしたちへの脅しを兼ねて、あいつら深夜も徘徊してるのよ」
「
「陰陽師の集団で、あたしたちのように『神』として崇められた妖怪とは、中立の態度をとってるの」
妖狐族の長が
「結局
「それじゃあ、どっちもどっちだな」
「どちらも数百人規模の団体だから、あたしたちだけじゃあ手も足も出ないし」
うーん、数百人規模か。
魔族軍とは桁が二つも三つもズレてる。
相手の実力が分からないから軽々に考えるのは危険かもしれないが、少し肩透かしを食らった感じだ。
「じゃあ安心して、俺でできることはする」
ひっそりと暮らしていくつもりだが、信念までは曲げられない。
「ママに横恋慕してたから、男の見せ所でしょ。それにあたしのパンツなら好きなだけ見せてあげるから、叔母さんの傷が癒えるまで死ぬ気で時間を稼いで!」
麻也ちゃんが両手を組んで懇願した。
微妙に頼りにされて無い気もしないではないが……
「加奈子ちゃんとはただの幼馴染だし、パンツは見せたくなかったら隠して」
「でも報酬もなしに動くのは、詐欺師や無責任な人間だけだよ」
麻也ちゃんの目には、嘘偽りがない。
やっぱり、苦労をしてきたのだろう。
「俺の記憶は見たよね」
「嘘じゃないことは分かるけど、中二病的妄想が炸裂し過ぎてて、真実がどこまでか分かんなかった」
しかもかなり疑い深い。
まあそれは、悪いことじゃないのかもしれないが。
ちょうど自動防御で動かしていた残りの
「敵襲かな? それっぽい連中が団体様でお越しのようだ。丁度いい、百聞は一見に如かずだし、挨拶代わりに良いモノを見せてあげるよ」
「良いモノってまさか…… まあ、腕の良さは認めてるよ、この刀や結界を解いたのはちゃんと見たから。でも報酬は、あたしが払えそうなものが他にないの」
「報酬はいらない、これは大いなる力を得た者の責任だ」
それに男の尊厳の問題もあるしな。
俺は収納魔法を開き、師匠から譲り受けた漆黒のローブを羽織る。
相手の戦力は未知数だし、師匠の教えではどんな時でも石橋を叩いて壊すほど慎重さが必要なのが大賢者だ。
復活したばかりの
ならここは、
「誇り高き龍の王よ、盟約に従い…… 俺に力を貸せ!」
ローブをひるがえしながら俺が声を上げると、部屋中に魔力が満ちる。
同時に部屋の窓ガラスが割れ銃弾のような物が飛び込んできたが、俺の魔力に負けて空中で失速してポトリと畳の上に落ちた。
「え、ええっ!」
おどろく麻也ちゃんを抱えて割れた二階の窓から飛び出すと、絶妙のタイミングで龍王が俺たちを背に乗せてくれる。
そのまま急上昇して、高度三百メートル程の地点で停止すると。
「う、うそっ、信じられない。これは龍神様? こんな神格の霊獣見たことない!」
龍王の体長は二十メートルを超えるから、念のためレーダーやカメラに反応しないよう、ステルス系の魔法を幾つかかけておく。
眼下に広がる夜景を見ながら口をパクパクさせてる麻也ちゃんに、
「特等席で今夜のショーを見ててくれ」
俺が笑いかけると、
「ねえ、あなたは一体何者なの」
キラキラとした目を大きく広げ、耳と尻尾をピンと伸ばして聞いてくる。
「賢を極めしケイト・モンブランシェットの弟子にして、その業と意志を継ぎし者。大賢者サイトー」
そして俺は両手を腰に当て、グイっと突き出しながら、
「そしてナニもきっと大賢者様だ!」
高笑いして見せた。
――男の尊厳は、やはり大事だからな。
麻也ちゃんはそれを見て、小さく首を横に振ると、
「やっぱり、色々と信じられない」
耳と尻尾をぺたんと萎れさせ、何故か少し残念そうに、深いため息をついた。
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