カレーの隠し味は味噌です

 詰め所の武具庫にあったのは、数々のスパイスと干し肉や保存の利く根野菜。そして野営用の大きな鍋とマキと、この辺りで主食になっている干したイモを粉状にすり潰したものだった。


 この世界では、こいつを練ってパンのように焼いて食べているが…… 正直パサパサしてあまり美味しくない。


 さすがにこの食材でバーベキューは無理っぽいが、

「これはターメリックに近い味だったし、こっちはクミンと同じ香りのやつだ」

 これなら面白いものが作れるかもしれない。


 聖国は砂漠に囲まれたオアシスで、食品保存のためか土地柄のせいか、香辛料が豊富だ。そう言えば師匠の庵で生活していた頃、日本の味が懐かしくって何度も挑戦したあの料理の材料は、聖国産が多かった。


 他にも数種類あるし……


「ユリニャ、ルナ、ちょっと手伝ってくれ」

 あきれ顔で俺を眺めている二人の美少女に、作戦を説明した。


「そんなの、本当に上手く行くのか?」

 作戦を聞いても首を捻るルナに、春香が微笑みかける。


「大丈夫じゃないのかな? グルメ系は異世界ものの定番だから」

 しかしルナは、春香の言葉にさらに首を捻るだけだった。


 まあ、そんな説明をされたら理解はできないと思うが……


 しかし春香の真の恐ろしさは、男女を問わず自分のペースに巻き込んで、すぐに誰とでも仲良くなってしまうことだ。


 麻也ちゃんはその能力を「春香は『コミュ力モンスター』だからね」と、あきれるように言ってたけど。


「任せてください! 侵入魔法もお料理も、あたし得意ですから」

 楽しそうに笑いながら、妙に自信満々な春香に、なぜかそのダークエルフさんは納得してしまった。


 ――うん、これがコミュ力モンスターってやつだろうか。



   × × × × ×



 まあ作戦と言ってもそれほど複雑でもなく、危険性も少ない物だ。

 俺は半径五メートルほどの魔方陣を描きながら、再度確認の意味も含めて二人に説明する。


「ちょうどこの位置から多くの人々が集結している大聖堂まで地脈がつながっているから、料理を作る際にでる煙や匂いを運ぶことが出来る」


 魔方陣は料理を作ることを隠すための『隠ぺい』術式と、溜まった煙を運ぶための『転移』術式を融合させた物だ。


「料理の匂いを運んだぐらいで、本当に聖堂がパニックになったりするのか?」

 指示した食材の下ごしらえをしているダークエルフのルナが首を捻った。


「問題は煙でね。白双塔ホワイトツインタワーは聖なる樹木がこの地脈の魔力を吸収して成長しながら、建物として存在してる。建材としては『生の木』になるのだろうが、なぜかよく燃えるんだ」


「じゃあ、すぐ火事になっちゃうんじゃ」

 春香が魔方陣の真ん中でマキを組んで、その上に大きな鍋をのせながら心配そうに聞いてくる。


「そうだな、そのために白双塔ホワイトツインタワーには多くの防火魔法が仕込んである。だから長い歴史の中で、大聖堂以外は大きな問題を起こしたことが無い」


 書き終わった魔方陣に魔力を注いでもらおうと春香に近づくと、

「大聖堂には、なにか問題があるんですか?」

 心配そうに首を捻る。


 マキと鍋の準備が終わったようだから、食材を下ごしらえしていたルナさんに頼んで、水魔法で鍋に水をはってもらった。


「大人数が入れるようにするための構造上の問題なんだろうが、あそこは通常の防火魔法が上手く効かないらしい。だから天井から水魔法がでる仕組みになっていて、もしもの場合は、それで消火すると聞いたことがある」


「じゃあ、このお料理を作る時にでた煙を大聖堂に運んで、魔法スプリンクラーを発動させてパニックを誘発するんですね」


 春香は納得したとばかりに頷くと、俺の描いた魔方陣に魔力を通した。


 今、魔力が使えないせいで春香の力を借りる形になったが、やはりセンスがあるのだろう。ミニスカ鎧姿の春香が淡く輝くと、俺が想定していた隠ぺい魔法より完成度の高い魔法が展開した。


 もし問題があるとしたら、その際にヒラヒラとスカートが舞って、黒いパンツが見えちゃった事ぐらいだろう。


 ルナが発火魔法でマキに火をつけ、しばらくすると鍋から独特の匂いが立ちこめてくる。


「変った匂いの鍋だな、これはなんという料理なんだ?」

 シスター服を持ち上げる大きな胸の下で腕を組んで、ルナが不審そうに鍋を覗き込んだ。


 俺はマキを囲んだ岩の上に、バターと香辛料を練り込んだイモの粉を伸ばして貼り付けながら、


「それはカレーと言って、俺やユリニャがいた国の人気の料理なんだ」

「そっちの粉は……」


「こっちはナンといって、その鍋の料理をつけながら食べるものだ。そうそう、そろそろ料理もできあがるし、隠ぺい魔法も展開できた。仲間の戦士を紹介してくれないか?」


 俺の言葉にルナは不安そうに首を振ったが、人差し指と中指を唇に当て、

「ピー、ピッ、ピーピー」

 器用に口笛を鳴らした。その音には独特の魔力波が感じられたから、妖精種同士の特殊な通信なのだろう。


 そしてしばらくすると…… 痩せ型だが鍛えられた体躯をした、弓や短刀を持った褐色の男が三人、聖国の正門をくぐって俺たちに近づいてきた。



   × × × × ×



「こうやってナンでカレーを包んで、パクッと一気に!」

 やはり瞬殺でダークエルフの戦士三人と仲良くなった春香が、カレーを小皿に分けて説明を始めた。


「う、うむ。独特の風味だが…… なかなかの味だな」

「隊長、このような物を私は初めて口にしましたが…… とても美味しいです」


 見た感じ三十歳ぐらいの貫禄のある男が隊長と呼ばれ、残りの二人は十代後半のような風体だが…… 妖精種である以上、皆俺より年上で数百歳とかなんだろう。


 狩人みたいな軽装だが…… その戦闘力の高さは雰囲気だけでも充分伝わってくる。この三人だけで、帝国の一個小隊と充分渡り合えるはずだ。


 そんな三人と和気あいあいと打ち解けている春香を眺めていたら、


「サトー様! これすごく美味しいですね」

 俺にも小皿とナンを持ってきてくれた。


「この世界でも何度かカレーは挑戦したんだ。今回は、その中では上手く行った方だな」

 豊富にあった香辛料と、日本に戻ってから再度カレーの作り方を調べられたことが大きいとは思うが……


「でも、加奈子ちゃんが作ってくれた味にはまだ届かない。アレはなにか特殊な隠し味でも入れてるのかなあ」


 加奈子ちゃんがたまにカレーを作ってくれる。それは子供の頃に食べた味と同じで、懐かしくって、とても美味しい。


「それって、お食事処じゅんじゅんと同じ味ですか?」

 春香は俺の隣に座ったルナにも小皿とナンを渡しながら、微笑んだ。


 じゅんじゅんは温泉街のお食事処で、春香たち元下神の戦闘巫女部隊の少女たちがお世話になっているお店のひとつで、


「そう言えば春香たちとあそこで食べたカレーも、同じように美味しかったな」

 一度春香とそこに勤めるレナちゃんと三人で、昼食をとったことがある。


「じゃあ、隠し味は『味噌』です」

「――味噌?」


「あのあたりって、独特のちょっと変った赤味噌じゃないですか。それをいろんな料理に入れるみたいで…… あたしもはじめはびっくりしたけど、なれると美味しいですね。で、カレーの隠し味もそれがポピュラーだって、オーナーの淳子さんが言ってましたよ」


 そうだったのか…… それは知らなかった。


 ちょっと感動していると、隣のシスター服のダークエルフさんが、

「お国話はおいといて、そろそろ仲間に今後の作戦を伝えてくれないか? 早くしないと仲間の戦士まで、お前の弟子の魅惑魔法チャームにとらわれてしまう」


 すねたように口をとがらせて、クレームをつけてきた。

 確かに、おかわりをつぐ春香を見詰める戦士たちの微笑みが崩れすぎている。

 俺のカレーの味に魅了されたとばかり思っていたが。


 そうか、アレは春香の魔法だったのかと、感動していたら……



 なぜか隣に座っているルナに、コンとすねを蹴られた。

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