お休みは用法用量を守ってお正しくお取りください

天才は忘れた頃にやって来る

「ご主人様、で、どうしましょう?」


 春香はまた先ほどと同じ台詞を、あんぐりと大口を開けているシスターちゃんあらため、ルナの胸をにらみながら呟く。


 うん、ホントどうしよう。今魔力が使えないから、この二人に衣の魔法をかけることもできない。


 ルナと名乗ったダークエルフさんには、また修道服を着てもらうのがベストだが、春香をどうするべきか。


 困って周囲を見回すと、奥の武具庫に制服の予備だろうか? 数着の騎士服や鎧があり、中には女性用のものもあった。この世界での強さは筋力よりも魔力で優劣が決まるせいか、女性兵士も多い。だから、ロッカーにも女性用の武具が常備されているのだろう。


「目立たなく行動できるよう、あそこにある騎士服を着てくれ。それから彼女の拘束も解いてくれないか」

「今の話を信じちゃうんですか?」


「わざわざ嘘がつけないよう真命まなを名乗ってから真の姿に戻ったんだ。これで疑っては申し訳ないし、やはり内容が気になる」


 言霊ことだまを使う妖精種たちにとって、真命を名乗ることや真の姿を見せることは重大なことだ。

 あの迫力満点の巨乳も、隠しておきたかったはずだろう。俺の視線がついついシーツを盛り上げる二つの膨らみに行くと、ダークエルフさんは背をそらして胸を見せつけるように身体を動かし、ニヤリと微笑む。


 うん、なんでかな?


 春香がつまらなさそうに鼻を鳴らすと、

「まさかご主人様、あの脂肪のかたまりの誘惑に負けたんじゃあ……」

 俺の二の腕をつねり上げた。


 そして春香とルナは、無言でにらみ合う。

 なぜか違う方向性に全速力で、状況が悪化している気がする。二人のおっぱい攻撃に、そろそろ俺の精神的な限界も近づいているし。


 これはきっと加奈子ちゃんが言っていた、縄張りを争ってのマーキングなのだろう。乙女のプライドというか、上下関係のバトルのような。

 鞘当てのだしに使われた俺には、良い迷惑だが……


 まあ美少女のおっぱい争いなら可愛いものだし、とっても役得だから、加奈子ちゃんのようにここは大人の貫禄で許しておこう。


「えーっと、ハル……」

 春香の猫耳に口を近づけて小声でささやくと、今度は足を踏まれる。

「ユリニャですよ、サトー様」

 そして、念話でそんな声が返ってきた。


 そう言えばそんな設定だったと思い出し、俺は咳払いをしてから、

「うむ、ユリニャよ、どうやら俺たちの目的とも一致しそうだ。ここは共同戦線を張るのが得策だろう」

 わざとルナにも聞こえるような声で言う。


「じゃあ、仕方がないですね」

 すると春香はため息をつき、スタスタと武具庫に向かって歩くと、扉を開けたまま見せつけるように浴衣を脱ぎだした。


「じゃあ、後は頼んだ」

 俺が慌てて詰め所から出ると……


 なぜか春香の大きなため息と、ルナの含み笑いが聞こえてきた。



   × × × × ×



 当初の計画ではハニートラップに落ちたラン・ブレードを精神操作し、捕まえた賊の連行という形で、仲間と共に白双塔ホワイトツインタワー内にある警備塔に忍び込む予定だったそうだ。


「このバカの実力は聖騎士の中でも桁外れだからな、あたいの仲間の戦士たちが複数人で戦っても、勝てるかどうかは分からなかった。だが調べた限り、他の兵士はふぬけばかりだ。多少の犠牲を覚悟すれば、警備塔から最短距離で『聖女神託』が行われている『王の間』まで切り込んで、忌子エマを討つことができる」


 妖精種の戦士たちの実力は、帝国でも精鋭部隊の兵の十倍以上だと言われていた。その妖精種の戦士たちが複数人でも勝てないとは…… この時代のラン・ブレードの実力も相当なものだ。


 しかし精霊解放軍とやらの作戦も物騒すぎる。そんな玉砕覚悟の強襲では、成功しても双方に死者が出るだろうし、なりよりエマさんの命も危ない。


「まったく、人族の『忌子いみご』は、たちが悪い」


 修道服を着込んだルナが、倒れていたラン・ブレードを詰め所内に放り込み、拘束魔法を掛けながら言い捨てる。


 エマさんだけでなく、ラン・ブレードも彼女たちからすれば『忌子いみご』なのだろう。


「さっきも言ってたけど、イミゴって、何ですか?」

 ミニスカ騎士服に着替えた春香が、俺の隣にきて首を傾げた。


「特殊な能力を持って生まれてくる子供のことだよ。魔族や妖精種はもともと高い魔力と能力を持って生まれる子供がほとんどだけど…… まれに人族の中で、それをこえる子供が生まれるんだ。魔族や妖精種はそれを人族の『忌子』とよんで恐れてる」


「うーん、チートみたいな?」

「まあそんなものだが、人族の『忌子』はギフテッドの方が近いかもしれないな」


 俺は日本に帰ってから調べていた「多重知能の概要」について、春香に説明する。日本ではギフテッドを生まれつきの天才児だと誤解している人が多いようだが、諸外国の最新の研究では、知能そのものより『学習能力による違い』が注目されている。


「一般的な人の学習は『対人関係』『精神内界』『身体』『言語』『論理』『音楽』『環境把握』『視覚』の八つの要素から成立しているが、それが混じり合って新しい形になっていたり、まったく違う学習方式が確立されたりした場合に、ギフテッド ――神から贈られた才能が開花するって、考えられてるんだ」


「どうゆうことですか?」


「歴に名を残した天才も、実は知能そのもの…… つまり『才能』にそれ程違いは無かった。違っていたのは学習方法だったって話だよ。人族の忌子も魔力回路そのものに違いはあまりなくってね…… でも、学習の態度というか、感覚がちょっと特別なんだ」


 その話に、ラン・ブレードを拘束していたルナのとがった耳がピンと立たつ。

「面白そうな話だな、それは大賢者ケイトの言葉なのか? 我ら妖精種の間でも、人族の忌子の能力について、謎が多く残っている」


「師匠から直接聞いたわけじゃないが、教えを請う間にそんな感覚が芽生えたんだ。成功より失敗、失敗よりそこから学ぶ試行錯誤を…… いつも師匠は評価してくれた」


 まあ、そのせいか…… なかなか答えを教えてくれないし、肝心なことをいつも話してくれなくて、いまだに苦労が絶えないが。


「トライ・アンド・エラーってやつですか?」

 俺の話に、春香が更に首を捻る。


「そーだな、そんな感じだ。でもそれは和製英語で、正確にはトライアル・アンド・エラーで…… 『挑戦と失敗』じゃなくて『失敗から学ぶ試行錯誤』だ」


「どこが違うんでしょう」


「好きこそものの得意なりって言うだろう。何度も挑戦して失敗しても、そこから学ばなくちゃ意味が無い。その学び方も試行錯誤を繰り返す…… 例えば、角度を変えて違う理論を投入したり、間違ってると言われる方法をわざと試したり。そんな新しい、自分なりの答えを探し出す作業が楽しければ、必ずひらめきが訪れる。それがギフテッド。 ――神様からの贈り物なんだ」


 悩み込む春香の黒いさらさらの髪を撫でると、

「分かったような、分かんないような」

 俺が日本で出会った天才少女は、更に首を傾げた。


「まあ、あたしはご主人様が大好きですから、きっとその部分が神様からの贈り物なんですね!」

 そして、そんな理解しがたいことを呟きながらニコリと微笑む。ある意味この前向きすぎる心と、良く分からない思考回路が春香の才能かもしれない。


「なかなか面白い話だったが…… この後はどうするんだ? その天才的なひらめきとやらを、聞かせてくれると嬉しいが」


 ルナの言葉に、俺はもう一度周囲を見回して腕を組む。


 『聖女神託』は司教以上の役職者の投票を元に、最終的に王と神託の使者が決断するそうだ。エマさんの才能を高く評価している役職者も多く、ルナの事前の調査では、僅差でエマさんに票が傾いているらしい。


 それになにより、前聖女…… 亡くなった王妃であるエマさんとアンジェの母親は、最後までエマさんの将来を心配していたとか。


 神託の使者が誰なのかまでは分からなかったそうだが、亡き王妃の気持ちを、愛妻家でも知られる現国王が無視するはずはないというのが、ルナの意見だ。


 しかし俺が聞いたラン・ブレードの武勇伝でも、春香が聞いたアンジェからの恋バナでも、死者が出る騒動ではなかったし、聖女に選ばれたのはアンジェだ。

 たしかその前に大きな騒ぎがおきたが、ラン・ブレードの活躍で収束している。


 ――このズレと現状をどう捉えるか。


「なら、選ばれるのはどうせアンちゃんなんですから、あたしたちはここでのんびりご飯でも食べましょうよ。武具庫の隅に野営用の道具がありましたし、保存食みたいなものもありましたから。もうなんか、おなかすいちゃって」


 春香はそう言って苦笑いしたが…… さすがに野営用の鍋やマキを外に出して、干し肉でバーベキューを始めるわけにはいかない。


 そんな事をしたら騒ぎになるし、最悪白双塔ホワイトツインタワーの防火魔法が働いて、大聖堂に集まった人々を巻き込んだパニックになりかねない。


「ユリニャよ……」

「なんでしょう、サトー様」

「やっぱりお前は天才だな、早速バーベキューの準備だ」


 この方法なら死者も出さずに、もしエマさんに聖女が決まりかけていても、それを覆すことができるかもしれない。


 俺が不敵に微笑むと、

「大拳王って、バカなの?」

「腹が減っては、戦ができないってやつじゃないですか?」



 ――そんな、美少女たちのステキな声が聞こえてきた。

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