ちょっと巨乳率高すぎませんか?

「ご主人様、で、どうしましょう?」


 春香は先ほどと同じ台詞を、あんぐりと大口を開けているシスターちゃんを眺めながら呟いた。


「あああ、あれ? なんで?」


 シスターちゃんは、倒れている騎士服のイケメンと俺を見比べながらパニックになり…… ソファーの上でつかんだシーツをバタバタさせる。その姿は見ていて面白かったが、もう豊満な二つの膨らみも全ポロリ状態だったから、俺は春香に視線を向けて、


「いろいろと頼めるかな」

 緊急事態の収拾を依頼した。


「了解です」

 春香は笑顔でコクコクと頷くと、詰め所に入ってパタンと扉を閉め、うりゃー! と大声を上げると、バタンドカンと不穏な物音をたて……

「ご主人様、もうこれで安心です」

 しばらくすると、一仕事終えたと言わんばかりに額の汗を拭いながら、ひょっこりと扉から顔を出した。


 俺が詰め所に入ると、シーツと浴衣の帯でぐるぐる巻きに縛られたシスターちゃんが、ソファーの上で涙ぐんでいる。


 肝心な場所はなんとか隠れていたが、身体のラインはハッキリと分かるし、縛られているせいか、ある意味ポロリより妙なエロさが漂っていた。

 しかも春香は帯のなくなった浴衣を羽織っているだけの状態だから…… 状況としては、当社比、エロさ120パーセントアップ【大賢者サイトー調べ】だ。


「なあ春香」

「はい」

「これのどこが安心なんだ?」


 俺が眉間に指を当ててため息をつくと、

「状況を整理しますと、このシスターちゃんは『聖女神託』の大切な日に、正門を守る腕利きの騎士をたらし込んでいました」

 春香は猫耳と二本の尻尾を出して、詰め所の中で捜し物を始めた。


 手で浴衣を押さえてはいるが、しゃがんだり臭いを嗅いだりしながら猫のように歩き回るから、つやつやとした太ももとか、大胆に開いた胸元からこぼれる二つの膨らみとか…… もう、いろいろ見えちゃってて困る。


 ――ある意味、状況が悪化していると言わざるを得ない。


 仕方なく俺はそんな春香から目をそらし、同じように詰め所の中を確認した。

 十畳ほどのスペースに事務机が一台、ローテーブルとソファーが一組、奥にも扉があるが、武具庫のようなロッカールームとトイレがあるだけだった。


 シスターちゃんが転がされているソファーの下には、キレイに折りたたんだ修道服と、なぜか三十センチほどの大きさの可愛らしい少女のぬいぐるみが落ちている。


「しかし、突然拘束するのはどうなんだ」

 俺が問いかけると、春香はシスターちゃんが来ていた修道服を拾い上げて、ごそごそとポケットやベールの中をチェックした。


「以前アンちゃんから聞いた話や、いまご主人様からうかがった話を総合すると、謎の賊はこの時間帯に、聖国に忍び込んでいます」


「うむ」

「それで…… 例えばこの石なんか、なかなかの魔力が感じられるんですが」


 春香は修道服のベールの奥から抜き出した、小さな赤い石を俺に手渡してくる。

 俺の魔力は完全に体内から消失していたが、その石に刻まれた魔法術式は目で読める状態だったので、解読すると……


「盗聴器のようなものかな」

「ビンゴですね、ご主人様」


 そして春香は足下のぬいぐるみを取り上げ、クンクンと鼻を近づけてから顔を歪めて、汚物でも捨てるようにポイッと放り投げた。


「ソレはなんだ?」

「お外で寝てる、騎士さんのお相手ですよ」


 その言葉に、シスターちゃんはそっぽを向くように視線をそらした。


「あたしも潜入捜査が多かったから、この手はよく使ったので」

 春香の話ではハニートラップを仕掛けるのにも、異能者相手では能力戦になるそうだ。


「変に近づきすぎたら能力で何されるか分かりませんし、やっぱり好きでもない相手に触られるのは嫌ですからね」


 だから迫るふりをしながら色気をばらまき、そのスキに自分の能力で相手を術中におとしいれ、代理の人形や式神に行為をさせながら情報を盗み取ったり、封印魔法などでしばらく動けなくしたりするそうだ。


 そうなると、ラン・ブレードはこのぬいぐるみ相手にアンアンギシギシしていたことになるが…… まあ、哀れではあるが自業自得だろう。

 美しい花には、ちゃんとトゲがある。そして甘い蜜には触れられず、トゲにだけ刺さる男も沢山いる。【大賢者サイトー調べ】


 俺が世界の摂理に深く納得していると、春香がそっぽを向いていたシスターちゃんに近づき、

「狙いはなんだったの?」

 問い詰めたが、反抗するように暴れるだけで、なかなか口を割ろうとはしなかった。

 しかも浴衣がはだけまくった猫耳黒髪の美少女が、裸でシーツにぐるぐる巻きにされた金髪美少女を尋問する様は……


 もうなんかエロすぎて直視できない。


「春香、この石を逆探知できないか? 訓練でやった方法でいけるはずだ」

 これじゃあ別の意味で行ってはいけない場所に誘われてしまいそうなので、別の方法を提案する。


 俺は名乗りを上げようとして以来、魔力が無くなってしまった。きっとこの世界の大いなる意志からペナルティーをうけた状態なのだろう。

 体内の魔力回路には異常が無いからそのうち戻ると思うが、今は春香に頼るしかない。


 それにこの石の術式には妙な癖がある。俺より春香の方が上手くやれるかもしれない。


「了解です、ご主人様」


 春香は石を受け取ると、それを窓から差し込む光にかざして小さく呪文を唱えた。

 するとその声を耳にしたシスターちゃんが、慌てて春香の顔を見る。


「むー、ダメっぽいです。途中でセキュリティーに引っかかって、受信者に逃げられちゃいました。けどこれって……」

 春香も何かに気付いたようで、首を傾げながら俺に視線を向けると、シスターちゃんが、

「その詠唱…… 獣族の身で古代魔法を…… まさかあんたたち、本当に大賢者ケイトの関係者なのか」

 大きな目を開き、突然俺たちの会話に割って入ってきた。


「師匠を知っているのか」

 俺が問いかけると、シスターちゃんは小さくため息をつく。


「どうして、争いごとに不干渉を貫く大賢者の関係者が、ここにいるんだ」

 そして俺の顔を睨んだ。


「師匠…… 大賢者ケイトはこの件と無関係だ。これは俺の意志で動いている」

「あんたたちは、いったい?」


 そこでいつものように名乗ろうとして、言葉を飲み込む。まだこの時代では、大いなる意志に認められる前なので、名乗りはまたキャンセルされるだろう。

 しかし状況をどう説明しても、時間転移を隠したままではつじつまが合わなくなりそうだ。だからといって真実を話したら、歴史を改ざんしかねない。


 考え抜いたあげく、

「俺は、大賢者ケイト・モンブランシェットの弟子で、一子相伝の技を授かった『大拳王サトー』だ」

 シラッと適当な嘘をついた。


 すると春香が笑いながら、

「あたしはその大拳王サトーの弟子で、恋人のユリニャよ」

 楽しそうに俺に腕を絡めてくる。


 もう念話も使えなかったから、春香の耳に口を寄せ、

「おいこら、話が余計ややこしくなるじゃないか」

 そうささやいたら、

「良いじゃないですか、潜入捜査で恋人同士を演じるなんてよくある手ですし、それにご褒美をくれるって言ったじゃないですか」

 念話でそんな答が返ってきた。

 いったい何がご褒美になるのか謎だが、春香がご機嫌なので仕方なく了承する。


「大拳王? 聞いたことはないが、あのラン・ブレードを素手で殴り倒した腕前、古代魔法と同士たちが手に入れた技術を投入した、最新の盗聴石を見抜いた知識。その女の魔術系統は間違いなく大賢者ケイトと同じだし…… このままじゃどうせ作戦は失敗だ、かけてみるか」


 シスターちゃんはブツブツそんな事を呟いた後、

「なあ、包み隠さず話したら、あたいたちに協力してくれるか?」


 俺に向かって、訴えてきた。

「内容によるが、それでも良かったら話してくれ」

 その真摯な目に、俺が深く頷くと。


「大いなる意志に導かれし同胞に、害になることはない」


 シスターちゃんの青い瞳が深いグリーンに変わり、金色だった髪もグリーンに変わる。肌は褐色をおび、目鼻立ちはキリリと整い、可愛い少女から神秘的な美少女へと変貌した。

 しかもスレンダーな肢体に不似合いな、あの豊満な胸が更にボヨンと膨らむ。


 その姿は間違いなく精霊種。そして特徴的なとがった耳は……


「あたいは黒い森人ダークエルフのルナ、精霊解放軍の潜入捜査員だ。先読みの霊獣たちが信託を下したんだ…… 災害をもたらす忌子、エマが聖女に選ばれれば世界が滅ぶと」

 変貌したシスターちゃんの言葉に、俺は思わず息を飲み込んだ。


 精霊種、同士たちが手に入れた技術、そして前回異世界に戻ったときに聞いた、魔族軍を裏で操る謎の組織。

 そしてニンジャと新たな大いなる意志…… 何かがひとつの線でつながりかけると、


「ななな、なんてこと!」

 春香が何かに対抗するように、俺の腕にグニャリと胸を押しつけてきた。


「ご主人様、この世界って、ちょっと巨乳率高すぎませんか?」

 そして親の敵にでも出会ったかのように、変貌した元シスターちゃんこと、ルナの胸をにらみつける。

 さすがにそんな率までは調査していないから、俺は首を捻った。

 そして、そんな春香を眺めながら……



 うん、やっぱりお前って大物かもしれないな、と。

 心の中でそっと呟いた。

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