雨上がりの情事
嵐の夜に
色気ムンムン男が去ると何処かからゴロゴロと低い雷の音が聞こえてきた。
「今晩は集中豪雨の危険性があるって、ニュースで言ってたね」
加奈子ちゃんが店のカウンター越しに外を眺める。
近年では突発的な集中豪雨が深刻な災害をもたらすことがあって、ゲリラ豪雨とか「局地的大雨」や「短時間強雨」とか呼ばれ、深刻な問題になっていると聞く。
「今年は雪が少なくて助かってたのに、こんな季節外れに大雨が来て被害が出たら嫌だな」
加奈子ちゃんの隣に座っていた麻也ちゃんも不安そうにため息をつく。
俺が異世界にいた間にこの町でも短時間強雨による被害があったそうだ。ネットで調べたら、地滑りを起こした崖が幾つかの家屋を飲み込み死傷者もでていた。きっと麻也ちゃんはそのことを気に病んでいるのだろう。
「安心して、この街は必ず俺が守る」
俺が頭を撫でると麻也ちゃんは嬉しそうに目を細め、加奈子ちゃんも頬を緩める。
「じゃあ大賢者様、この地球の異常気象とかもついでに直しちゃってくれない?」
加奈子ちゃんが楽しそうに笑いながら無茶振りしてきた。
「そんな大規模魔法は成功するかどうか分からないし、
「街を守るのは大丈夫なの?」
俺が苦笑いすると、麻也ちゃんが心配そうに問いかけてくる。
「まあそのぐらいなら、この世界の神様も大目に見てくれるんじゃないかな」
そう言ってから…… 色気ムンムン男から感じていた違和感に気付く。
あの感覚は俺が異世界に転移した際に逢った嫉妬の女神リリアヌスや、死の谷で出会った運命の神アーリウスと何処か雰囲気が似ていた。
魔法のズレが強く感じられたのもそのせいかもしれない。
地球に神や大いなる意思が存在するのなら、それはどんな形なのか。
ずっと謎だったが、もしこの発展したコンピューターやネットワークやAIが人々の信仰に近い念を集め、新な神として頭角を現してきたとしたら今までの出来事につじつまが合ってしまう。
――AIの神様?
それじゃあまるで陳腐なSFの設定みたいだと…… 俺は、自分で思いついたその可能性を笑い飛ばした。
× × × × ×
ここ最近、夜になると俺の部屋で春香に魔法の指導をしている。
毎日ではないが春香が午後から出社の前日は二人でそうしていることが多い。
ITを魔法に応用する術を模索しているので、春香に対する指導は俺自身の勉強にもなる。
今日は陛下たちの
時計の針は既に深夜二時を回り、雨音は強まり雷の音も近づいてきている。
そろそろ切り上げようとしたら、
「ふぎゃー! またまた、またですー」
雷の放電現象と春香の魔力は共鳴しやすいようで、落雷と共に叫び声を上げて俺に抱きついてきた。雷の気配を遮断魔法で消すこともできたが、それではこの街に災害が発生しても瞬時に対応できなくなる。
春香は電子魔法の修行をする際に自分の体に伝導体が密接するのを嫌い、飾り物や金属製のボタンやジッパーのある服を避けていたから、今は温泉旅館の浴衣にはんてん姿だった。
どうやら最近は仕事終わりに温泉に入って、そのまま浴衣姿で温泉街に設置した収納魔法の扉をくぐっているらしい。
春香がしがみついた腕にプルンプルンとダイレクトに何かが当る。俺がその感覚に戸惑うと、
「あっ、ご主人様…… その、これはわざとじゃなくてですね、ブラジャーってワイヤーやホックが入ってて、どうもそれが繊細な操作を邪魔するんですー」
そっと腕を放しながら顔を赤らめる春香の表情が微妙にエロい。
はんてんと浴衣の襟元は乱れ、見ちゃいけない箇所まで見えそうだし、帯の下もはだけて太ももの内側も全開だ。
どうして旅館の浴衣ってこんなに防御力が低いのだろう? もしかしたらこれは、そういったサービスなのだろうか。
乱れた和服って、ある種のエロの完成形かもしれない。
俺は日本の温泉文化について考察しながら、
「うむ、きょ、今日は…… もうこれで切り上げるか」
なんとか魅惑の太ももから視線を外し、師匠としての威厳が保てるよう腕を組んで深く頷いた。
実際、二人っきりでこのままではいろいろと間違いが起きそうで怖い。
俺の師匠は今みたいに弟子に対して変な気を起こすことは無かったのだろうか?
まあ、対象が俺だったからそんなことが起きなかったのだろう。
しかし災害とは忘れた頃にやってくるものだ。
「そ、そーですね、ご主人様」
春香が乱れた浴衣をもぞもぞと直していると「ビシャーン!」と稲光と共に低い雷音が響く。
「うんぎゃー!!」
それに併せて春香が悲鳴を上げ…… 俺はタックルされるように後ろに敷いていた布団の上に押し倒された。
かなり近くに落ちたのか部屋の蛍光灯も消えて辺りが暗闇に包まれる。俺が周囲にサーチ魔法を飛ばすと同時に、春香の耳が猫に変わり瞬きと同時に瞳が輝く。
猫耳に妖艶に光る瞳、乱れた浴衣からこぼれ落ちる形の良い二つの膨らみ。
馬乗りになった春香の整った口から、荒い吐息がこぼれている。
「ご主人様、気配は二つです……」
「そうだな」
そして俺たちは見つめ合いながらつばを飲み込む。
やはり天災は忘れた頃にやってくるし、タイミングは最悪だ。
二人っきりで布団の上だし、振り解こうとしたら春香の胸や太もものポニョンとかプニンとかの感覚が邪魔をしてなかなか身動きがとれない。
――主に精神的な理由で。
しかも風呂上がりの良い匂いまでして、さすがの大賢者様もかなり追い込まれてしまった。
移転魔法か閉鎖魔法か…… いやどちらも後々面倒になるだろうと悩んでいたら「バン」と大きな音がして、部屋の扉が開く。
とっさに春香が襲撃者に備えて猫の姿に戻った。
その手があったかと感心しながら、俺は証拠隠滅のために春香の着ていた浴衣を布団の中に押し込む。
「タツヤ君、何かあったの?」
その襲撃者のひとりはグリーンのセクシーなパジャマ姿で指にある龍の指輪と大きな瞳を輝かせながら俺を睨んだ。
「春香の悲鳴が聞こえたけど!」
もうひとりの襲撃者はピンクの可愛らしいパジャマ姿で頭上の真っ赤なリボンと大きな瞳を輝かせながら俺を睨んだ。
さすがに親子だけあって、息もぴったりだ。
「ど、どうもこいつ雷が苦手なようで、入り込んできたんだ」
襲撃者たちに真実を読み取られないよう視線を外して黒い猫又の頭を撫でると、
「ごろごろにゃーん」
春香が白々しい返事をする。
もうちょっと何とか出来ないかと訴えたかったが、春香は猫らしく前足をペロペロなめて俺の顔から視線を外した。
しかも名案だと思えたこの対処も…… 加奈子ちゃんたちの瞳の能力を考えると得策ではないように思えてくる。
「心配かけてごめん、春香ももう帰るそうだ」
春香の色香に戸惑ってしまってこうなったが、そもそも悪いことをしていたわけじゃないから、素直に話せばすむことだったのかもしれない。
しかしここまで来ると…… その手も使えなさそうだし。
さてどうしようかと悩んでいたら停電が復旧したようでパチパチと音を立てて蛍光灯が灯り、部屋が明るくなる。
「そう、なら安心だけど」
「春香ってネズミ以外にも苦手なものが多いんだね」
黒猫姿の春香はコクコクと頷くと部屋の奥に向かって歩き出した。
そして前足で器用にクローゼットの扉を「パタンパタン」と動かし、収納魔法のキーを解除するとスルリと身を滑り込ませる。
「大丈夫だと思うけど、念のため周囲を確認するよ」
乗り切ったかな?
俺が胸をなで下ろしながら師匠から預かったローブを魔法で取り出して羽織ると、
「ありがとうタツヤ君、麻也はもう遅いから部屋に戻って」
加奈子ちゃんが心配顔の麻也ちゃんに笑いかけた。
何故かその言葉にあわせて麻也ちゃんのリボンと加奈子ちゃんの指輪が輝いたような気がしたが……
「分かったママ、後はお願い」
麻也ちゃんはおとなしく戻って行く。
一応周囲を確認しようと俺も部屋を出ようとしたら、加奈子ちゃんが微笑みながら歩み寄ってきて布団に手を突っ込んだ。
「これって先輩の旅館の浴衣よね…… あれ? 下着があるのにブラジャーが見つからない」
「な、何のことかな?」
「心配しなくても状況は分かってるから」
加奈子ちゃんは、はんてんと浴衣と…… 春香の黒いパンツを抱えて聖母のような微笑みを俺に向ける。
目をこらすとまた加奈子ちゃんのそばに精霊さんたちがヒラヒラと舞っていた。
今までITの勉強をしていたせいかセキュリティー強化とかハッキング対策とか、そんな言葉が脳裏を横切る。
「あいつに悪気は無かったんだ、ついついとっさに隠れただけで」
春香の名誉のためにも何とか声を絞り出すと、加奈子ちゃんは小さなため息をつき、ローテーブルの上に以前麻也ちゃんが置いていったペディキュア等の化粧の道具も片付け始めた。
「女の子もね、猫や狐のようにマーキングするのよ。だからあれは悪意は無いけどわざとなの」
「マーキング?」
春香と麻也ちゃんがこの部屋で縄張り争いをしてるってことなのだろうか?
俺が悩み込んでいたら、浴衣と化粧道具を抱えた加奈子ちゃんが残念そうに大きなため息をつく。
「タツヤ君はそっち方面が相変らずダメだから、妙な争いになる前にこれはあたしが回収しとくね」
更に俺が悩み込むと、
「大人の女はね、それを余裕を持ってかわすものなんだけど…… それはそれで大変なんだから」
加奈子ちゃんはいたずらっぽく笑ってから部屋を出ていった。
それをかわす? それはそれで大変?
いろいろと謎が謎を呼ぶばかりだが、とりあえず各種
俺は周囲の確認に出かけた。
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