何だかだいたい想像がつく
店番のドアチャイムが鳴った。
俺が階段を下りて店先を覗くと、ちびっこが黒いコートに黒い中折れハットを深くかぶった二人の大人を引き連れて店に入ってくる。
更にその後ろには同じ格好の玄一さんが居たが、体中を白い糸でぐるぐる巻きに束縛されていた。
帽子の下の表情は疲れ切っているし、俺と目が合うと苦笑いする。
うん、ここから入れ替えイリュージョンが始まるのか作戦に失敗して既に捕まっているのか判断がつかない。
腕を組んで悩んでいたら、
「随分と余裕があるようだな、大賢者様よ。あの出来損ないの半神、
足元からそんな声が聞こえてくる。
見下ろすとちびっこ…… 半ズボンの将校服を着たアルフレッド・ガバルが真っ青な顔でフラフラしていた。
もうKOされる寸前のボクサーみたいで、吐く息も荒く目も虚ろだ。
誰が可愛らしいショタ君にこんな酷いことをしたんだと思ったが…… 話の流れからするとどうやらそれは俺らしい。
「お前が『記憶の蜘蛛』か」
念のため確認すると、
「紹介が省けて助かるね」
背伸びして大人っぽく振る舞う子供のような言葉が返ってきた。本人はクールに呟いたつもりかもしれないが、色々な意味で痛々しくって見ていられない。
あの夢の中でピコピコハンマーを投げつけたのが、そこまで深刻なダメージを与えていたなんて。さすが俺の女神様である加奈子ちゃんから授かった武器だ。
あれで両親を叩かなくて良かったと、心の底から胸を撫ぜ降ろしていると、
「ならこの裏切者から情報は流れているのだろう。お前の師匠である大賢者には逃げられたようだが見ての通り裏切者の命も、それからあのマフィア達の命も手中に収めている。素直に言う事を聞けば、開放してやってもいい」
ショタ君からそんな言葉が返ってきた。
「要求は?」
「お前たちが匿っているそこの女の瞳と、あの妖狐たちが守っている『転移の岩』だ。安心しろ、俺ならあの女を傷つけずに能力だけ抜き取ることができる。 ――悪い取引じゃないだろう」
縛られている玄一さんに視線を向けると、小さく首を横に振った。
まあ記憶の蜘蛛がどこまでの能力を持っているかは分からないが、あの加奈子ちゃんの瞳の力だけを奪い取るなんて不可能だろう。
加奈子ちゃんには、この世界の人間にあるはずのない魔力回路が確りと形成されていた。ならそれを抜き取れば異世界の魔術師たちと同じで、命の灯火が消えてしまうだろう。
『移転の岩』とは稲荷にある要岩の事だろうが、あの岩には俺ですら解明できない謎がある。
どちらにしても信用できない相手からの要求を素直に飲むつもりはない。しかしこちらも作は練ってある。今加奈子ちゃんのベッドに寝ているのはエロすぎる衣装に身を包んだ千代さんだ。
しかも能力は俺の支配下に置いたせいか格段にアップしている。
玄一さんの行動もまだ読めないし……
「良いだろう、しかしその条件を飲む前に玄一さんの拘束を解いてアリョーナさん達を開放してほしい」
「それは出来ないな、いつお前が裏切るか分からない。まずあの女の目の能力をいただいてからだ」
ショタ君は流れる汗を拭きとると不敵に見えるように頑張ってますと言った感じで笑った。こいつは本当に神獣と恐れられる記憶の蜘蛛なのだろうか?
何だか子供をイジメているような気がして気が引けるし、玄一さんの表情も複雑だったから、下手に交渉を引っ張って情報を得るより作戦の実行を急ぐことにする。
「分かった、では案内しよう」
俺が加奈子ちゃんの寝室に向かうためにショタ君に背を向けると、
「侮りすぎだな、簡単にスキを見せるとは」
背に何かが絡みつく感覚がある。
「これは記憶や感情を操る糸だ、勇者を名乗っていたケインとか言う阿呆に渡した精神操作の魔道具もこれだし、
記憶改変の術式が俺に流れ込んできたが、
簡単にその術式を弾くことができた。
右門や左門が「努力、根性、気合!」と大声で叫びながら門下の僧たちと修行に励む姿にちょっと恥ずかしさを感じていたが、一緒に叫んでいてよかった。
やはり唯空は素晴らしいライバルだし、昭和時代の根性論も捨てたもんじゃない。体罰を利用したりして強制指導するのは問題があるかもしれないが、自主的に精神修行として取り入れるのは、良いことなのだろう。
「うーむー、かーらーだーが、かってにー」
俺が操られたふりをして声を上げると、
「はっはっは、若き大賢者と恐れられたお前も、これで終わりだな」
ショタ君は嬉しそうに微笑みながら更に白い糸で俺を拘束した。
「逃げられんように捕まえておけ」
ショタ君の指示に、黒コートのひとりが俺に近付く。
帽子の下から覗く顔は見覚えのある女性だった。
目が合うとその女は、俺を拘束した白い糸の端を掴みバチリとウインクする。
玄一さんの話では異世界で待機していると聞いていたが……
「では瞳の能力者を閉じ込めるぞ」
ショタ君が自分の収納魔法から白くキラキラと輝く鳥籠のようなモノを取り出して、土足で加奈子ちゃんの部屋に向かう。
黒コートに引きずられるように歩き出すと隣に玄一さんが並び、無音で口をパクパクとさせる。
その言葉を読み取ると、
「おやかたさま、えんぎがへたすぎます」
だった……
まあそこは俺も自覚があるので、素直に「ごめん」と口を動かした。
× × × × ×
「やはりまだ
加奈子ちゃんのベッドの上で眠るふりをする千代さんを見て、ショタ君はニヤリと微笑む。
顔を覗き込まれないようにするためか、千代さんが「うーん」と色っぽい声を上げて、壁に向かって寝返りを打つ。
すると毛布がめくれ、ミニスカに包まれたダイナマイトなお尻とムチムチの太ももがさらけ出された。
加奈子ちゃんの躍動感あふれる上向きのセクシーなお尻と、千代さんの可愛らしい安産型の丸いお尻はどちらも甲乙つけがたい素晴らしさがあったが、方向性が違い過ぎた。
俺がバレないか心配していると、
「では早速取り掛かるか…… よく見ているが良い、この檻に囚われれば半神であろうと二度と抜け出すことはできん」
どうやらショタ君は女性の魅力に関して、まだまだ学ばなくてはいけないことが多そうだった。
隣にいた玄一さんは気付いたようで、凄く嫌そうに顔を歪める。
まあ兄妹だからセクシーさは感じないのかもしれない。
「千代さん、俺が合図したら同時に攻撃を仕掛けましょう。敵は手負いなので慎重に、無理だと思ったら直ぐ引いてください」
使役した配下にのみ聞こえる念波でそう伝えると、
「了解です、しかしそれ程の脅威を感じないのですが…… しかも御屋形様の支配下に置かれたせいか身体が火照って、何だか万能感のようなモノも感じますし」
千代さんがムチムチとした太ももをモジモジとすり合わせる。
そんなことされると目のやり場に困るが、更に顔を歪めた玄一さんの為にも急いだ方が良いだろう。
「やーめーるんだー」
俺がショタ君を焦らせる為に迫真の演技で叫ぶと、玄一さんだけではなく黒コートを着た暗殺者にまで睨まれたが、ついでに身体捩るとブチブチと音を立てて白い糸が切れ始めた。うん、この糸…… 弱過ぎないか?
「ちっ、腐ってもあの神すら恐れる大賢者の弟子か! だがもう手遅れだ」
ショタ君が慌てて白い鳥籠の蓋を開ける。
俺に向かってアホみたいに口をあんぐりと開けていた玄一さんの目が鋭くなって、建物全体が特殊な術式に包まれた。
「千代さん、今です!」
俺は念波で叫びながら腕力のみで強引に糸を引きちぎり、ローブに仕込んである収納魔法からニョイを取り出すと、
「了解です御屋形様!」
千代さんが金色に輝く妖狐に
「なんと、こんな神々しい力が……」
玄一さんは部屋中に充満した千代さんの魔力に驚くと、俺と同じタイミングで白い糸からスルリと抜け出したが、動きが止まる。
「神に見捨てられし世界の、下賤な獣族風情がっ!」
ショタ君が大声で叫びながら蜘蛛の姿に変わった。
後はどこまで通用するか分からないが、記憶の蜘蛛と俺の一騎打ちだとニョイを向けると、
「えい」
可愛らしい念波が脳内で響き、パクリと身の丈五メートル程の金色に輝く美しい妖狐が、一メートル半ほどの大きさの蜘蛛を……
美味しそうに飲み込んでしまった。
「あら?」
妖狐が困ったように首を傾げる。
しかも部屋の中でそのサイズになったせいで、俺たちは隅に追いやられていた。
「た、大佐殿!」
もうひとりの黒コートが真っ先に我に返り、懐から魔法陣の描かれた拳銃を取り出して妖狐に向かって発砲しようとしたが、
「遅いよ」
黒コートの女が首筋に針のような物を打ち込むと、パタリと倒れる。
すると女はコートと帽子を脱ぎ捨てながら俺を睨み。
「まったくあんたが居ると、何もかも計画通りにいかなくなるんだねえ」
ビキニアーマーに包まれた大きな胸をボインと揺らして苦笑いした。
その明るい紫の髪と瞳、切れ長で妖艶な顔つきは間違いないだろう。
「再就職先に不満は無いか?」
俺があきれて聞き返すと、
「なかなかやりがいのある仕事だよ。これでまた民を苦しめる陰謀が一つ消えたしね」
楽しそうに微笑む。
「まったく…… 御屋形様はいつも我らの斜め上にお見えになる」
玄一さんが千代さんに近付いて何かを確かめると。
「どうやら千代は神代の霊格を得たようだね、記憶の蜘蛛は完全にどちらの世界からも消失しているようだ。もうこれで囚われていた
確か狐は肉食寄りの雑食で主食は小動物や虫類だったが……
千代さんお腹壊したりしないだろうか?
玄一さんは少し困惑気味にそう言ってから、
「そうなると問題は……」
麻也ちゃんの部屋の方向を見上げた。
物音と魔力の衝突に気付いたのだろう、慌てて階段を駆け下りる足音が聞こえてくる。
俺が心配していると、千代さんは変化を解くと恥ずかしそうに体を毛布で隠して、俺に向かって微笑んだ。
するとビキニアーマーの暗殺者が歩み寄り、
「で、ベッドの上の再戦はいつにする?」
俺の肩に腕を載せて妖艶な笑みを浮かべる。
さて、これからどうしたものかと首を捻っていると、
「何があったの!」
麻也ちゃんが部屋に飛び込んできた。
そしてベッドの上で素肌に毛布姿の千代さんと、俺にもたれ掛かるビキニアーマーの美女を交互に見比べ……
「何だかだいたい想像がつく」
そう呟きながら崩れ落ちるように倒れ、静かに床に両手をついた。
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