バレちゃった

 次に向かった鬼門の鬼殺しの岩付近には森に抜ける門があり、木製の赤い鳥居が並ぶ向こう側には山中へ進む林道がある。


 その鳥居のひとつに絡まるように悪夢ナイトメアの刺客と思われる魔力体が引っ掛かっていた。


 前回と同じようにその二十メートル手前付近で俺たちが止まると、


「ふむ……」

 隣にいた師匠が眉をひそめる。


 周囲を見回しても、その異常に気付いたのは俺と師匠だけのようだった。


「じゃあ今度はあたいと麻也で、あの魔力体を食べよーかー」

「春香がそれで良いのなら構わないけど…… クイーンさん、あたし霊体なんて食べれないですよ」

「もうこれ以上、恥の上塗りはしたくないから麻也に任せます。ネズミはもう勘弁ですー」


 どうやらクイーンは、魔力体の後ろに隠れているもう一体と手前の捕まっている魔力体の区別がついていないようだ。


 出力を二パーセントに落としているからだろう。

 しかし培われてきた戦闘経験とセンスが何かを嗅ぎ付けているのかもしれない。


 麻也ちゃんひとりに任せなかったのも、その証拠だ。


 優十ゆうとさんも、後ろにいる魔力体そのものに気付いてない雰囲気だ。

 今も千代さんや阿斬さんや吽斬さんたちと談笑している。


 まあ、こっちは気付いていない振りなのかもしれないが……


「師匠」

 俺が小さく耳打ちすると、

「お前は後ろを頼む」

 そう答えて、麻也ちゃんとクイーンに向かう。


 俺は千代さんたちに混じる形で、優十さんの監視についた。


「では、お手並み拝見じゃ」

 師匠が二人に話しかけると、春香は急いで後ろにいた俺たちに駆け寄ってきた。


「ケイトよ、よーく見ておくんだなー。春香も才能にあふれてるけど、麻也もなかなかのモノだからなー」

 ゴスロリドレスに身を包んだピンクの髪の幼女が自慢げに胸を張る。


「うむ、楽しみにしておる」

「よ、宜しくお願いします」


 麻也ちゃんがペコリと師匠に頭を下げると、


「最凶の夜の魔王、闇の女王と恐れられたこの女が初めてとった弟子じゃ、自信をもって胸を張るが良い。我も期待しておる」


 師匠は麻也ちゃんに微笑みかけて、ステップを踏むように三歩下がり、後ろで腕を組んで指を一本出した。


 俺が三番チャンネルで一番暗号の念波を受信すると、

『潜んでおる魔力体は任せろ、お前はあの男の動きを確認してくれ、まだ悪夢ナイトメアの仲間じゃないとは言いきれぬからのう』


 師匠の声が脳内で響く。

 歩兵ポーンを三枚優十ゆうとさんたちに気付かれないよう指ではじき、オートで浮遊させる。


『師匠、大丈夫ですか』

 潜んでいる魔力体の出力を考えると今の師匠でも余裕だろうが……


『魔族軍の男は実力が読めん、そっちをお前に任せた方が安心じゃ』


 確かに優十ゆうとさんは本当の実力を見せていないし、手品師の様なトリックを併用してくる可能性もある。


 それにどうしても不安がぬぐえない。例のねっとりとした視線がそう思わせるのかもしれないが…… 念のためクイーンの『枷』をいつでも外せるように準備しておく。


『了解です』

 念波の通信が切れると、麻也ちゃんとクイーンの魔力が上がった。


「麻也、いくぞー! 訓練どーりやれば問題ない」

「はい、クイーンさん」


 その声に優十さんが麻也ちゃんに注目する。


「あれは……」

 闇属性の魔力が二人を包み始め、着ていた服が防御力を増すと同時に姿を変えた。


「優十さん、麻也ちゃんは闇属性の魔力を扱えるんです」

 その言葉に優十さんは眉をひそめる。


 生まれつき闇の属性を持つ魔族以外でそれを扱えるのは、闇の苦しみに耐え、それを制した者だけだ。


「そうか」

 少し悲しそうに優十さんはそう呟くと、慈しむように麻也ちゃんを眺めたが……


 クイーンが幼女体形のまま以前観ていたセクシー・ナイトウェアカタログにあった真っ赤なベビードールの様な衣装にチェンジする。

 シースルーの生地の上にチェーンがまかれ、肝心な部分が隠れているのがせめてもの救いだが、教育上とっても良くない感じだ。


 そして麻也ちゃんも黒をベースにした同じような衣装を身にまとった。

 こちらは生地が透けていないが、ピッタリとフィットしたシルエットはくびれたウエストや小ぶりで形の良いヒップを強調していたし、スリットから覗く生脚は妖艶に輝いている。


 しかも麻也ちゃんの大きな胸の谷間が全開で、その周囲にチェーンが巻かれ、エロさ当社比120パーセントアップだ。


「ま、麻也」

 優十さんが、戸惑ったような声を上げる。


「安心してください、麻也ちゃんはその、とっても良い子ですから」


 俺はその時、学園祭ではしゃぎ過ぎた生徒を見つけた父兄に言い訳する担任教諭の気持ちが、何故か理解できた。


 そして今後は、麻也ちゃんに拒否られてもクイーンたちの訓練の指導に出かけようと……



 固く決意した。



   × × × × ×



 二人が悪夢ナイトメアの魔力体に近付くと、


「そ、そんなー」

 クイーンが両手を地面についてうなだれた。


「どうしたんですか」


 麻也ちゃんが形を変えた魔力体を見て首を捻る。

 きっと魔力が強いクイーンに反応してああなったんだろうが……


「すっぱいものは苦手なんだー、あれは食えん」


 それは体長二メートルを超えるレモンだった。

 異世界でもレモンに似た柑橘類はあったから、そっちかもしれないが。


 真ん中で裂けた部分が口のように見え、その上にはコミカルな瞳が二つ並んでいた。よく確認すると、ご丁寧に小さな手足まで付いている。


 まるでジュースやフルーツショップのマスコット・キャラみたいだが……


 口から飛ばすのはフレッシュな果汁ではないようで、その液体はフルーツネットに具現化された俺の罠をドロドロと溶かし始めていた。


「じゃあ任せてください、あたしがやります」


 麻也ちゃんは手にバスケットボールほどの大きさの光を出現させると、素早いステップで吐き出される液体を避けながら、レモンの化け物に近付いて行く。


「観てください、麻也ったらあんなにキレイな狐火を」

 千代さんが少し落ち込み気味の優十さんに話しかける。


 千代さん、何とか麻也ちゃんの素晴らしさを優十さんに伝えてください!

 俺が拳を握って麻也ちゃんと千代さんにエールを送っていると、


「はっ!」

 麻也ちゃんが手にしていた光をレモンに叩きつけた。


 レモンが弾けると同時に師匠が周囲に気付かれないよう、無詠唱でその後ろに構えていた魔力体に衝撃波を撃ったが……


「ちっ!」


 珍しく師匠が舌打ちして両手を前に出し、詠唱を始めた。

 この瞬間、異変に気付いたのは二人。


 先に動いたのがクイーンで、迷わず爆破起点となっていたレモンの残骸に飛び込む。次に動いたのが優十さん。


「麻也!」

 そう叫びながら、体長五メートルを超える妖狐がしなやかに走り出した。


 俺の魔力がフル回転を始め、時間の進みが急激に遅く感じる。スローモーションのように動く局面に、俺の脳内でチェスボードが動き出した。



 一手目。


 妖狐に戻った優十さんの瞳は魔族軍のモノではなく父親のモノだった。

 なら急がなくてはいけないのは、飛び込んだクイーンだ。


「誓いの第一条を行使する、何があっても自分の命を捨てるな!」

 まずクイーンの枷を全て外す。


 二手目。


 ルークを二枚切って、春香と千代さんの警備に回す。


「急いで撤退!」

 状況を把握した春香が、千代さんたちに駆け寄る。


 三手目。


 爆発に飛び込んだフルパワーのクイーンが何者かに押し戻される。

 優十さんが麻也ちゃんを咥えて戦線を離れる。

 師匠の結界魔術が完成する。


 俺はニョイを取り出し、その何者かに向かって飛躍しながら攻撃を仕掛けた。



 ニョイがガツンと固い何かに弾き飛ばされると同時に、レモンの爆破が静まり、周囲に白い霧が漂う。


 俺の背には師匠とフルパワーのクイーン。

 麻也ちゃんも千代さんたちも避難が完了している。


 しかし敵は、意識体とは言え師匠の攻撃を防ぎ、フルパワーのクイーンを押し戻し、俺のニョイの一撃を弾き返した。


 魔力の波長は師匠と同じ…… ならこいつは眠る師匠の魔力を吸収しながら、師匠が苦手な何かが具現化したモノだろう。


 師匠は神代の魔物も数多く討伐したと言っていた。

 そのどれもが、世界を破壊しかねない大物だ。


 しかも全能の神を殴り倒したこともあるらしい。


 そんな師匠が最も苦手としたモノが、師匠の魔力を利用して具現化している。

 俺はゆっくりと消えて行く白い爆炎に向かってニョイを構え直し、


「我が名は、賢を極めしケイト・モンブランシェットの弟子にして、その業と意志を継ぎし者。大賢者サイトー」


 覚悟を決めて立ち向かうために名乗りを上げると……


 晴れた爆炎の向こう側にいたのは、同じようにニョイを構えるローブ姿の俺そのもので、しかもいけ好かないキザな笑顔を称えている。


 振り返って師匠にクレームをつけようとしたら、


「バレちゃった」



 眼鏡ブレザーの美少女が両手を顔に当て、真っ赤になってそう呟いた。

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