心のスキ?
そいつは
ニョイを持つ構えは師匠そっくりで、左足を少し前に出し棒先を俺の顔に合わせ、少し腰を落としていつでも攻撃や防御が可能な体制をとっている。
ローブの下は陛下から頂いた騎士服ではなく、庵で修行していた頃の良く着ていた冒険者の様な物だった。そして最大の問題は……
妙にキザな仕草といけ好かない笑みだ。
師匠はいったい、俺をどう見ていたのだろう。
『師匠、そんなに俺のこと嫌いですか?』
念波を送ると、
『う、うむ…… 説明しにくいのじゃが、嫌いではなくて、その、苦手というかじゃな、我の心のスキ? の、様な物じゃ』
ぼそぼそと言い訳の様な物が返ってきた。
まあその辺りは後でゆっくり師匠を問い詰めるとして、今はこの悪夢を退治することに集中しよう。
『この偽物は俺が何とかしますから、師匠は他の人たちを守ってください』
『任せても大丈夫か』
『どうやら方法はありそうです』
『うむ、そうか…… 分かった、ではこちらは任せておけ。不足なく我が責任を持とう』
師匠の返答に何故か不安が残ったが、俺は再度正面の敵に集中する。
キザヤローが自分の
それは魔王討伐前に俺が得意としていた戦法のひとつだからよく知っている。
注目を正面ポーンにひきつけ、残り二枚の
俺は両手でニョイを握りながら小さく呪文を唱え、衝撃魔法を口の中で練る。
先制で飛んできた正面の
師匠の身体から魔力を奪っているせいだろうか、駒の威力も本物より上だし体当たりした感覚も俺自身より重い。
しかし手が届く距離まで詰め寄ったせいだろう、キザヤローの顔が驚きに歪む。
やはりこの偽物の俺は、師匠と離れてからの三年数ヶ月を知らない。
――なら、やはり戦い方はある。
魔王討伐の三年間、俺は奴らの技や戦略を分析しながら自分の戦法に取り入れていた。
今の口から衝撃波を出す方法は、魔族軍に使役されていた魔物たちが得意としていたものを俺がアレンジした技だ。
基本魔法で戦う俺は、超至近距離は苦手な位置取りだったし伸びるニョイの特性を生かして距離を取り、魔法で仕留めるのがセオリーだった。
キザヤローは長いままのニョイでの接近戦を嫌い、二メートルの長さにしていたニョイを五十センチまで縮め、片手で握りなおしたが、
「甘い!」
俺はそのスキにもう一度体当たりを喰らわせ、体制の崩れたキザヤローの脚を二メートルのままの長さのニョイですくい上げた。
それはこの世界に戻ってから、
彼らの棒術は『金剛棒柔術』と呼ばれ、棒術に魔力を込め、それに柔道の様な技を合わせたものだった。
異世界でもレスリングの様な技を使うオーガやオークの様な人型の魔物は存在したが、
倒れたキザヤローのローブを踏み、そこから拘束魔術を展開してニョイを叩き込もうとすると、地上戦は不利だと判断したのか小さな転移魔法を繰り返して拘束を外して宙へ逃げる。
「待ってたよ」
思った通り、空中では師匠しか使えないはずの技のひとつ『キントー』をまとった。魔力を雲の形に変え、足元に浮遊させることで瞬時に音速を超える飛行を可能にする魔法だが、穴がないわけじゃない。
その膨大過ぎる魔力のせいで位置や状態がハッキリと認識できるし、術者の防御力も攻撃力も一気に落ちる。
駒の重さは人ひとりと比べると小さなものだから、キントーのスピードやトリッキーな動きにも何とか対応できた。
「
そして俺も宙を舞いながら、千代さんから教えてもらった妖術をアレンジした技を駒にまとわせる。
この世界の
さっき麻也ちゃんが放った『狐火』も同じで、空気中の放電現象を魔力で意図的に作り出すのが正体だ。
そのため条件によっては雷と同等の大魔術クラスの攻撃を、わずかな魔力で仕掛けることが可能だった。
「はっ!」
二つの
「パシャーン!」
大きな落雷音と同時にキントーに乗ったキザヤローの動きが止まり、一瞬だが存在そのものが揺らぐ。
やはり魔力体である以上、同等のエネルギーをぶつければ相殺が可能のようだ。
しかし雷の放電エネルギーは千ギガワットを超える。
二千世帯以上の電力供給一日分に相当するが、それだけでは師匠の魔力を間借りするキザヤローを相殺するには足りないようだ。
なら、方法はもうこれしかない。
「持ちこたえてくれよ!」
俺は右腕を突き出し、最近特訓している『枷』が掛かったままでの魔力上昇を行う。
そのままでは一割前後で推移している体内魔力を、一気に三割程度まで上げる。
ビシビシと懐の中のチェスの駒が振動したが、ほぼ全力だった俺の魔力を受け切った
唯空は金剛力を高めるための修行の旅に出た。
この程度の敵にまごつく様じゃ、あいつに合わす顔がない。
理想は八割まで枷をしたまま魔力を上昇させ、いつか完全枷を外しても、内包している魔力を制御可能にすることだ。
何とか三割程度の内包魔力を球体に変え、キザヤローに向かって放出すると、
「ドン」
と鈍い音が響き、キザヤローが黒煙に包まれ、森全体が振動する。
そして煙が散ると、そこには美しい冬の星座が広がっていた。
サーチ魔法を展開しても、もう魔力の残滓も存在しない。
俺が一安心して、師匠たちの無事を確認するために振り返ると、
「ねえ叔母さん、今の雷は狐火?」
「さすが御屋形様です、あのような高出力の狐火を初めて見ました。もう別の名前で呼ぶべきかも知れませんが……」
「春香とやら、我はあのような体術を始めてみた」
「あれはですね、この国の僧たちが好んで使う『金剛棒柔術』と言う技でして、ご主人様は今その僧たちに魔法を指導してますから、そのついでに覚えたんじゃないかと」
「うむー、この羊羹とゆーのもなかなか美味しーな! 阿斬と吽斬、まだ体中がすっぱいからなー、口直しにもっといっぱい持ってきてくれー」
「喜んで!」
「阿斬さん、私にもおかわりもらえませんか? 異世界には羊羹がなくって、この味が懐かしいので」
――師匠の防御魔法の中には豪華な観覧席が魔法で作られていて、皆くつろぎながらお茶を飲み、俺を見上げていた。
あっけにとられて二度見すると、春香が嬉しそうに立ち上がって拍手し、それにつられるように全員が立ち上がって、手を振ったり拍手を送ったりする。
不足なくって、この事だったのかな?
その中央で、満足げに胸を張る眼鏡ブレザーの美少女と目が合ったので、
「な、ん、で、す、か、こ、れ?」
分かり易いように、俺が大きく口をそう動かすと…… そいつは慌ててグルンと首を半回転させて視線を逸らした。
うん、やっぱり師匠には、きつーいお仕置きが必要そうだ。
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