悪夢は甘美な物語を紡ぐ
「こりゃ、弟子よ。師匠に対して何をするんじゃ」
周囲に
バツが悪そうにうつむいていて、妙に大人しかったが……
この地縛霊は何をしでかすか分からないから、念のために唯空門下に教えてもらった魔力を練り込んだ荒縄でぐるぐる巻きに縛って、天井の
やっておいて自分で言うのも何だが、ヒノキ造りの拝殿に洋風の家具が並んだ部屋で女子高生姿の美少女が縛られてぶら下がってる様は、もうアレでコレ過ぎた。
しかし精神体の出力も落ちていたので、色々と急がなくちゃいけなさそうだし、師匠に説教できるチャンス何て一生に一度訪れるかどうかだ。
「逃げ出さないようにして、尋問です」
何か隠してることがありそうだから、俺は心を鬼にしてそう問いただす。
「へ、変な趣味に目覚めたわけではないのじゃな」
心配の方向性が微妙だが…… 確かに眼鏡ブレザー美少女にこんなことすると、背徳感が半端ない。
「まず、どうしてあんな派手な観覧席を設けちゃったんですか?」
「ちょっと自慢というかじゃな、この世界の奴らにもお前の凄さを見せびらかしたかったというか……」
良く分からない論理だったが、師匠の瞳から嘘は感知できなかった。
仕方がないから、そこはスルーして本題を急ぐ。
「では、あの偽物の俺が追ってきてることは知ってたんですか」
「う、うむ…… まあ、あいつから逃げてここに来た以上、その可能性はあるかなーと」
「どうして初めに教えてくれなかったんですか? そうすれば対策もちゃんと立てれました」
今回はたまたま師匠が俺のここ最近の戦術を理解していなかったから何とかなったものの、一歩間違えれば全滅もあり得た。
「精神世界ならまだしも、現実世界での脅威になるとは思っておらなんだ。まさか我の魔力を奪って、あそこまでの変貌を遂げておるとは」
「それでも話してくれれば……」
「追ってきたのがお前の影法師だと知れば、その、あれじゃな、嫌な思いをさせるかと思って」
師匠はそう言うと器用に足をバタバタさせ、縛られてぶら下がったまま反転して俺の視線から逃げる。
しかしこれじゃあ、頭隠して何とやらだ。
ぶら下がってる都合上師匠の可愛らしい純白のパンツと、やや成長したプニプニの太ももが良く見えてしまう。
今までよりふっくらとした形の良いお尻が目の前で揺れていると、本当に違う趣味に目覚めてしまいそうで怖い。
まあ、しかしそれで麻也ちゃんとクイーンの陰に隠れて、その追跡者を消し去って証拠隠滅を図ろうとしたのか。
師匠にしては随分と可愛らしい行動だが、
「そんなことぐらいで嫌な思いをするわけないじゃないですか、俺は師匠を全面的に信用していますから」
するとまた師匠は足をバタバタさせて、俺に顔を向ける。
ちょっと仕草が可愛いから、色々と許してしまいたくなったが……
「本当じゃな」
「ええ、ですから
もう一度問い詰めると、師匠は小さくため息をついた。
「神とは人々が生んだ概念じゃ、故に相反する側面を持っておる」
それは全能の神である男性神が強欲な側面を持ち、母性や慈しみの女神が嫉妬心をあらわにするのと同じで、
「悪夢の反する側面は…… 希望なんじゃ」
俺はその言葉についつい首を捻ってしまう。
師匠の話によれば……
人々は希望を持つことによって苦難を乗り越え、自らの幸せを勝ち取るが、
「それが叶わぬと絶望となり、やがてそれが悪夢へと変わる」
その言葉に、ふとこの世界にあるバンドーラーの箱の寓話を思い出した。
パンドーラーと呼ばれる少女は、神々からの幸せの為の箱を与えられたが、好奇心に負けてある日「開けてはいけない」禁を犯し、箱の中身を覗いてしまう。
箱に詰まっていた『疫病、悲嘆、欠乏、犯罪』などの災厄が飛び出してしまうが、慌てて箱を閉めると、ただひとつ残っていた『希望』が話しかけくる。
「すべての災厄を乗り越えることができる私を外に出してください」
少女はその言葉を信じ、『希望』も解き放ったが……
それが彼女の犯した最大の罪だった、と。
――まったく、どこの世界の神も人を見下し過ぎている。
「そして希望を抱いてしまった我は、それが叶うまで奴から完全に逃げ切ることが出来ぬ」
「師匠はどんな希望を抱いたんですか」
「……いつか誰かの、ささやかで尊い幸せの一部になることじゃ」
胸につかえる思いを吐き出すようにそう告げると、半泣きのうるんだ瞳の少女は俺を見つめた。
少女の縄を魔法で消し去り、俺はその体を両腕で受け止める。
「ならもうその願いは叶ってます。前にも言ったじゃないですか…… 俺は師匠ほど魅力的な女性を知らないし、受けた恩は尊く、何物にも代え難い大切なモノです」
「だが、お前が真に求めておるモノは別のところにあるのじゃろう」
「正直それがまだ何なのか、良く解ってません」
俺がそう言うと、腕の中でぐずっていた少女が顔を上げる。
「やはりお前は、本物の阿呆じゃ」
少しだけ笑顔の戻った少女の髪は徐々に赤茶色に染まり、背も縮み、瞳の輝きも元に戻り始めていた。
「でもこれだけは確かです、運命も神も必要なら俺がなぎ倒して見せます。ましてや俺の大切な師匠をそそのかす悪夢なんて、この世から消し去って見せましょう」
その美しい瞳を見つめ返しながら俺が決意を固めると、
「随分と傲慢な考えじゃな」
「そうですね、何しろ俺は賢を極めしケイト・モンブランシェットの弟子にして、その業と意志を継ぎし者。大賢者サイトーですから」
師匠はちょっと嬉しそうに微笑んでくれた。
「お前はこのような化け物でも、我を乙女だと思うのか」
「師匠が乙女じゃないのなら、俺がその定義を変えて見せましょう」
だってこんなに愚図で可愛らしく、魅力にあふれた少女を乙女と認めないのなら、その定義自体が間違っている。
「やはり我は本物の阿呆を弟子にとってしまったようじゃな」
精神体が更に弱まると、師匠はいつもの十二歳ぐらいの姿に戻り、服装も派手なドレスに戻る。
「師匠、大丈夫ですか」
あの偽物の俺を滅した際に、師匠の魔力は元の身体に戻るよう押し返したつもりだったが……
「心配するな、どうやら我に掛かっておった悪夢が晴れたようじゃ」
苦笑いしながら見上げる師匠の笑顔は、どこか寂しさの影がある。
「ならゆっくり庵で休みながら、俺が神に人々の素晴らしさを教え込むのを待っててください」
神々に翻弄されたクイーンや、辛い運命に立ち向かいながら、頑張って暮らしている加奈子ちゃんや麻也ちゃんの顔が目に浮かぶ。
いつまでも神々の気まぐれに付き合ってるわけにはいかない。
まして、悪夢が紡ぐ甘美な罠に翻弄されている暇なんてどこにもない。
俺が決意を固めていたら、師匠がわき腹をつねってきた。
「まさか他の女のことを考えておるわけじゃないだろうな」
「まさか」
俺がそっと師匠から視線を外すと、
「まあ良い、今は新たな希望を得たことを喜ぼう。そしてこれが悪夢にならんよう人として…… いや、ひとりの乙女として精一杯、今を楽しもうではないか」
師匠は俺を強く抱きしめ、徐々に姿を消していった。
師匠に用意された拝殿の部屋の中にも、この稲荷にも、この世界の全てから師匠の気配が消えても、しばらく俺は腕の中に残るぬくもりに囚われて動くことが出来なかったが、
「じゃあ早速悪夢を消し去って、久々にあの庵に顔を出そう。さすがの師匠でも、目覚めたときにひとりじゃあ、寂しいだろうからな」
何とか立ち上がって、本殿を後にすると……
俺は
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