猫とネズミと情報戦
森へと続く北東の鬼門に鬼殺しの岩を構え、岩肌が切り立つ北西の裏鬼門に『要の岩』が位置する源泉があった。
今回張りなおした結界はその境内奥、北中央の森の境目と鬼門の鬼殺しの岩付近で、その二ヵ所の罠に
初めに向かったのは北中央の罠。
高さ二メートル程の石垣の上に、直径一メートル程のどす黒い魔力体がうごめいていた。
「何という禍々しい御霊なのでしょう」
その二十メートル手前付近で俺たちが止まると、先頭を歩いていた
「あの状態ではただの魔力体…… 私たち妖狐の呼び方だと『悪霊』になりますが、攻撃対象者がこれ以上近付くと、形を変えます」
優十さんの言葉に、春香が一歩前に出る。
「じゃあ早速あたしが滅しちゃいますから、ご主人様見ててくださいね!」
そしてメイド服のスカートを揺らしながら洋風の扇子を二つ取り出し、両手でそれを広げると、
「ふむ、なかなか面白そうな術じゃな」
俺の隣にいた師匠の目が、サーチ魔法を展開させた。対象にしてるのは、春香と…… それを眺めている優十さんだ。
春香が扇子を振りながらゆっくりと回転し、
「式よ、強く気高く舞え!」
紙吹雪を飛ばしながら、舞の速度を上げて行く。
何だかネーミングが長すぎて、相変わらず覚えられないが……
あれは、春香が特訓していた炎のうんちゃらなんちゃら舞だろう。
紙吹雪が炎を帯び、暗闇に包まれていた周囲が明るくなると、黒い魔力の固まりも徐々に姿を変える。
「キュー!」
そして魔力体が確りとした形に変わると俺の罠も同時に具現化され、何だか可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。
「あっ、可愛い」「焼いて食べても美味そーだなー」
俺の前にいた麻也ちゃんとクイーンが同時に具現化された魔力体に向かって声を上げる。
春香はそれを目の当たりにすると動きを止めて肩を震わし、パチンと音を立てて扇子を畳んで俺に向かって無言で歩いてきた。
「ご主人様、あれなんですか!」
「ネズミじゃないのか? 随分デカいが」
何処か愛らしい表情の耳の大きなネズミが、ネズミ捕りに捕まって懇願するようなウルウルとした眼差しを俺たちに向けていた。
ネズミの体長は二メートルを超えていそうだが、このコミカルな動きや表情には怖さが感じられない。
俺の罠も具現化していたが、ネズミ捕りの柵の真ん中にぶら下がるチーズなんて、マンガやアニメでしかお目に掛かれないような妙な形をしていた。
うん、何だかちょっと興味をそそる。
「ねえ春香、ひょっとして猫なのにネズミが怖いの?」
麻也ちゃんが笑いを堪えながら春香に話しかけると、
「ネズミが好きな女子なんていませんよね」
春香も捕まったネズミみたいな何かを懇願する目で、俺に訴えかけてきた。
「でもあれ何か可愛いし」
「ど、どこが……」
「ひょっとして猫だった頃、耳をかじられたとか」
「あたしは未来の猫型ロボットじゃないです!」
言い合う猫耳少女と狐耳少女を俺が眺めていたら、
「早くせんと具現化したせいで、あの罠をネズミが食い破ってしまうぞ」
師匠がポツリとそうもらした。
確認するとそのコミカルなネズミさんは、金網をガジガジとかじって、俺の罠から逃げようとしている。きっと春香のイマジネーションを盗むことで俺の罠を具現化し、その弱点を強引に引き出したのだろう。
見た目は冗談みたいだが、やっていることは実に理にかなっている。
「春香、どうしても嫌だったら俺がやるが」
春香の過去に何があったのかちょっと気になるが、誰にだって苦手なモノのひとつや二つはあるだろう。
「だ、大丈夫です! こうなったらご主人様直伝の必殺技、心眼を開いちゃいます」
はて? そんな技を伝えた覚えなどないが……
春香はエプロンドレスの前ポケットからスカーフを取り出し、目隠しする。
嫌な予感しかしなかったから皆に下がってもらい、春香を守る形で俺が後ろに付く。しかしあのスカーフはあんな小さなポケットに入る物だろうか?
あの個所に収納魔法の様な物は感知できない。
ひょっとしたら、四次元につながるポケットだろうかと俺が悩んでいたら……
「バーニング・バタフライ・スーパーストリームアタック、バージョン・ツー!」
春香は目隠ししたままそう叫んで扇子を三本取り出し、くるくる自分も回転しながら広げた扇子に炎をまとわせて、お手玉のように宙に舞わせた。
ネーミングは相変わらず長すぎたが、その魔力操作と編み込まれる術式には目を見張るものがある。
師匠も優十さんも、その動きに注目していた。
目隠しのスカーフと言い、あの三本の扇子…… やはりあのポケットはおかしい。俺もいろんな意味で感心していたら、
「シュート!」
春香は編み込んだ高出力の炎を……
俺に向かって発射した。
× × × × ×
師匠から頂いたローブは相変わらず新品同様で無事だったが、その下の騎士服はあちこち焦げていたし、顔も髪もススだらけになった。
爆発音にまぎれてネズミは柵を噛み切り外に出たが、
「ダーリンこれ食べても良いかな?」
俺が止める前にクイーンはネズミを丸呑みした。
悪意喰ぐらいのクイーンにとって、
「腹痛を起こすぞ」
俺がため息をつくと、
「ちょっとスカスカとした味だし、それほど腹に溜まらない感じかなー」
クイーンは少し不満そうに首を傾げる。
幾らエネルギー体とはいえ、あの幼女体形の小さな腹にあんなデカい物が納まるのが、不思議でならないが、
「ご主人様! 申し訳ないですー」
今は俺の前で土下座して涙を溜めている春香をどうするかが問題だろう。
「いや、いきなり目隠しであそこまで出来れば上出来だ」
外してしまったことを除けば何の問題もない。
まあそこが重大かもしれないが、これからの課題だと思えばいいだろう。
俺がしゃがんで春香の頭を撫でてやると、
「うむ、被害が広がらぬようにこやつが全身で受け止めたとはいえ、ここまでこんがり美味そうに焼かれとるのを観たのは初めてじゃ、良い技であった」
師匠も春香に近付いて肩をポンと叩く。
しかし師匠、俺はトーストじゃないんですが……
まあ確かに、陛下から頂いた高価な防御魔法てんこ盛り騎士服が、あちこちダメになっているのは凄いことだ。
俺が焼かれてボロボロになった服を確認していたら、
「でもご主人様に失礼を…… それにその服は……」
「気にするな、この程度痛くも痒くもないし、こんな事もあるだろうと心配性の陛下が、百着ほどスペアをくれたから大丈夫だ」
俺が収納魔法からスペアを取り出し
「ご主人様は凄すぎでカッコ良くって、優しくって…… やっぱり大好きですー」
春香が感極まったとばかりに泣き崩れる。
すると師匠が春香の頭を撫でながら、俺をジト目で睨んだ。
周囲を確認すると、優十さんは一連の出来事をそつなくチェックしている。
優十さんの正確な立ち位置がまだ理解できていないし、正体不明のあのねっとりとした視線は、どうしても拭うことが出来ない。
そう考えると、どうやら情報戦はもう始まっているようだ。
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