自慢話じゃ

 二階の借りている部屋に戻りクローゼットの扉を開けると、


「そーかー、悪夢ナイトメアは相手の苦手なモノに化けて精神攻撃を仕掛けてくるのかー」

 クイーンが白々しく優十ゆうとさんの残していった記憶石を展開させて資料を確認していた。


 麻也ちゃんはすまし顔だが肩で息をしているし、春香は俺の顔を見ると目を逸らした。まあ今回は見られちゃいけない寸前? で止まったし、大賢者様の持つ広い心で許してやろう。


「阿斬さんから連絡が入った、稲荷に侵入者があったようだ。これから転移する、麻也ちゃんは……」


「嫌だからね、あたしだけ置き去りなんて。最近はクイーンさんも戦力になるって言ってくれてるし」


 麻也ちゃんが頬を膨らますと、

「ダーリン、麻也も連れて行こう。此処で待機させるよりあたいと一緒にいた方が良いかもだし、足を引っ張ることはないよー、それに……」


 クイーンはニヤリと笑い、

「麻也も春香もケイトに会ってみたいようだしなー」


 そう言うと、麻也ちゃんと春香がコクリと頷く。


 まあ、クイーンの言うことも一理ある。魔族軍の資料を信じれば、この敵と一番相性がいいのはクイーンだ。それに幾らパワーダウンしてるとは言え、師匠がいれば相当な事がない限り安心だろう。


「誇り高き龍の王よ、盟約に従い…… 俺に力を貸せ!」

 念のため加奈子ちゃんの警護を龍王キングに頼む。


 建物全体が龍王の魔力に包まれたことを確認して、俺は収納魔法の武器庫からローブを取り出す。


「良いだろう、だが向かうのは戦場だ、気を引き締めろ」

 クールにそれを羽織りながら麻也ちゃんを見たが、


「ねっ、クイーンさん、ケイトさんってどんな人」

「いけ好かん奴だが、ダーリンの師匠なのは確かだなー」

「ご主人様のお師匠様なら、ご挨拶にお箱とか持ってくべきなのかな?」


 麻也ちゃんもクイーンも春香も、何だかかしましい。



 女の子が三人そろってるからだろうか?



   × × × × ×



 社務所の前に着くと、笑い声が聞こえてきた。

 不審に思いながら扉を開けると、


「御屋形様、夜分遅くご足労頂きありがとうございます」

 笑顔の千代さんが走り寄ってきた。


「どうしたんですか」


 社務所奥の和室を覗き込むと、少し腰の高い座椅子に脚をそろえて座る師匠を中心に、阿斬さんと吽斬さん、それに優十さんが微笑みながら茶を飲んでいる。


 師匠の周囲には子狐たちも居て、何だか楽しそうにはしゃいでいた。


「いえその、兄が御屋形様の御師匠様にご挨拶をしたいと言いますので、席を設けましたらあのように」

 何故か千代さんは俺の顔を見ると、とても楽しそうに微笑む。


「師匠が?」

「はい、とても楽しいお話をして頂き皆喜んでおります」


 千代さんの笑顔に俺が首を捻っていたら、

「あっ、なら丁度良いかな、これ御師匠様にご挨拶の」

 春香が風呂敷に包んだ箱を千代さんに手渡す。


「猫屋の羊羹ようかんセットです」

「わざわざありがとう、せっかくだから皆でいただきましょうか。春香ちゃんたちも上がってください」


 春香とクイーンと麻也ちゃんが順番に和室に向かうと、

「御屋形様、罠にハマったモノは兄と御師匠様が既に確認したそうです。それについてもお話があるそうで」

 千代さんが白装束の袂を口に当て「ふふっ」と微笑む。


 和気あいあいと盛り上がる部屋に俺が足を踏み入れると、皆の視線が集中した。

 子狐たちも、チラチラと俺を見ている。


 千代さんが用意してくれた湯呑の匂いを嗅いでみても、普通のお茶だし、皆酔ってるような雰囲気ではない。


 俺が首を捻ると、

「御屋形様の罠に得体のしれないモノが掛かっておりましたので、お酒は控えたのですが」

 千代さんが申し訳なさそうに俺の顔を見る。


「ああ、そう言う意味じゃないですよ。それに俺も師匠も酒より甘い物が好きですし」

 苦笑いすると、千代さんは、


「じゃあ早速」

 春香の持ってきた羊羹の箱を持って、席を離れた。


「師匠、これは一体?」

「うむ、そこの優十ゆうとと名乗る者がお前の話を聞きたいと言うのでな」


「ほー」

 俺が師匠を睨むと、その眼鏡ブレザー美少女はそっぽを向いた。


「いやいやサイトー様、どうか御師匠様を責めないでやってください。私としては魔族軍の猛者どもがその名を聞くだけで震え上がる、あの若き大賢者にそんな過去があったと聞けて、親近感がわきました」


 笑いを堪える優十さんを見て俺がため息をつくと、


「ねっ、ねっ、どんな話だったの」

 麻也ちゃんがお皿に分けた羊羹を持って戻ってきた千代さんに食いつく。


「麻也、後でちゃんと教えてあげますから、まずはご挨拶しなさい」


 麻也ちゃんは何かに気付いたように慌てて、先に師匠の前で畳に指をそろえて頭を下げていた春香の横に座る。


「名は春香、よわい百十九の幼きあやかしなれど大賢者サイトー様の召喚獣としてしょを頂き、ていに付きを学んでおります」


 春香が顔を伏せたまま口上を述べると、麻也ちゃんが驚いてキョロキョロしたが、クイーンが麻也ちゃんの横に立ち、


「ケイトー、この娘はあたいの弟子だ。覚えておけ」

 ゴスロリ衣装の腰に手を当て、無い胸を張った。


「麻也です、宜しくお願いします」

 それに合わせて麻也ちゃんもおっかなびっくり頭を下げる。


「うむ、二人とも丁寧な挨拶ありがとう、どうか姿勢を崩してくれ。不肖の弟子にこのような素晴らしい人々が集うことを、我は誇りに思う」


 師匠が優雅にこたえると、顔を上げた麻也ちゃんと春香はその美しい笑顔に目を奪われる。


 あれは師匠の必殺技のひとつ「とりあえず笑顔で誤魔化しておけ」だ。


 きっと俺の悪口を話していたのをうやむやにしたいのと、堅苦しいことが苦手な師匠が早くこの場を終わらすために、微笑んでいるだけだろう。


 俺も長年弟子をしてたわけじゃない。


 王族や大貴族が何かの折に師匠へお礼や賛辞をおくると、いつもあの無駄に美しい微笑みを浮かべて周囲を魅了し、そそくさと逃げていた。


「師匠、それよりどんな話をしていたのか、俺にも聞かせてくれませんか」


 俺が師匠を睨むと、グルンと大きく首を回して視線を外す。

 どうやら相当俺に聞かれたくないらしい。


「そんな事より…… そうじゃな、悪夢ナイトメアの放った魔力がお前の仕掛けた罠にハマっておったから、我も先ほど確認しておいた。あのままでも害はなさんが、滅する前に今後の対策として見ておくのも悪くないじゃろう」


 後ろを向いたまま肩を震わせながら話す姿はちょっと可愛かったが……

 何だか可哀そうだから、これ以上追及するのは止めておこうとしたら、


「そうですね、せっかくのチャンスですしサイトー様の御弟子さんもいるのですから、対策と訓練もかねて消滅を任せてみてはいかがですか」


 優十さんが師匠に助け船を出すような形で提案する。


「あっ、じゃあ是非あたしにやらせてください!」

 春香が元気よく手を上げると、師匠がまたグルンと首を回転させて元に戻し、


「うむ、春香と言ったな。良い心がけじゃ、もしもの時は我が支援してやるから思う存分やってみよ」


 師匠は爽やかな笑顔でそう言い切ってから、チラチラと俺を盗み見る。

 まあ春香が頑張っているのはクイーンからも聞いていたし、実践で情報収集が出来るのなら、それはそれでありがたい。


「無理はするなよ」

「任せてくださいご主人様!」


 素直に喜ぶ猫耳メイド服の少女の後ろで師匠がそろえていた脚を組み替え、つま先で畳を二回トントンと叩いてから、三本の指で髪をかき上げ、自分の耳を指さすような仕草をした。


 二の三で聴けと言うことだろう。


 魔力波の周波数を以前師匠と決めていた二番目のチャンネルに変え、暗号を三番目の取り決めの解読方法に設定すると、


『どうしてあの男は嘘をついておる』

 そんな念波が飛んできた。


 分かっていたことだが、念のため頭の中でチェスのボードを組み立てる。


1、優十ゆうとと名乗った男は、俺にばれないよう加奈子ちゃんに暗示をかけた。

2、その後加奈子ちゃんは、夢の中で枕元に旦那が現れたと言った。

3、彼の話では、異世界に新しい家族がいるらしい。


 そして今も慈しむように麻也ちゃんを見てるし、千代さんは事情に気付いているのか、彼のことを「兄」としか呼ばない。


『複雑な家族の事情じゃないですかね』

『あの男が麻也という少女の父であることを隠していることか』


 何だろう、師匠は観ただけでDNA鑑定でも出来るのだろうか?


『どうして気付いたんですか』

『麻也と名乗った娘の瞳じゃな、なかなか良いものを持っておるし、優しく気の利く者のようじゃ』


 麻也ちゃんの瞳の能力なら、きっかけさえあれば気付けるかもしれないが……

 じゃあ何故、麻也ちゃんは知らないふりをしているのだろう。


 席を立ち、全員で罠の場所へ移動を始めたので、俺は麻也ちゃんと優十と名乗った男の後ろ姿を眺めた。


『あの春香という娘も面白そうじゃな、我はお前が良い出会いに恵まれたことを誇りに思うぞ』


 社務所を出ると師匠が俺の横に付いたので念波を切り、


「良い事言ってまとめようとしても無駄ですからね、人の悪口を言ったら自分も呪われるって、師匠も言ってたじゃないですか」


 俺があきれて師匠に呟くと、


「阿呆、あれは悪口ではなく、そ、そのじゃなあ、まあ師弟間のノロケと言うか、自慢話じゃ」

 眼鏡ブレザー美少女はボソボソと小声で答えると……



 またぷいっとそっぽを向いてしまった。

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