続きはまた

「まずは情報提供まで」


 円卓の上に展開していた魔法ビジョンの資料を閉じると、優十ゆうとさんは自分の腕時計に目を落とした。


 魔族軍の第五部隊がまとめた資料はそつなく幅広い悪夢ナイトメアの情報と、そこから考えられる一般的な対策で、これと言って目を見張るものはない。


 まあ初めの情報提供だから、あいさつ程度の物だと考えるべきだろう。


「そろそろあの女性が目を覚ます頃です。今後私は接触しない方が良いでしょうから、この辺りで帰りますね。こちらが連絡先です」


 椅子から立ち上がり、柔和な笑顔を浮かべながら電話番号が書かれたメモを俺に渡すと、


「そうだ、千代に会いに行ってもよろしいでしょうか」

 ふと思い出したようにそう呟いた。


 俺が温泉稲荷に通じる転移扉を開け、優十ゆうとさんを見送ってから振り返ると、


「じゃあママをお願い、あたしたちはもう一度ここで資料を確認してるから」


 麻也ちゃんがすまし顔でそう呟くと、クイーンと春香が顔を合わせてニヤニヤと笑っている。



 何の事だと思ったが、確かに放っておく訳にはいかないので、一階の加奈子ちゃんの部屋へ向かった。


 麻也ちゃんがクイーンに魔法を教えてもらうようになってから、この三人の仲が良い。

 以前、春香の魔法修行は俺が見ていたが、クイーンが、


「ひとり教えるのも二人教えるのも手間は同じだからなー、それに麻也も競える相手がいた方がやる気も出るんじゃないかな」


 そう言ってくれたから任せている。

 今では元下神の『戦闘巫女』もひっくるめて定期的な勉強会や訓練をしてるそうだ。

 その訓練に一度顔を出そうとしたら、


「あんまり来てほしくないかな、あの娘たちにへんな呪いが掛かっちゃいそうだから」

 麻也ちゃんにやんわりと断られてしまった。


 ……しかし、変な呪いって何だろう。


 まあその代わり、唯空を慕っていた僧たちの訓練には良く顔を出している。

 彼らは普段アリョーナさんの会社の手伝いをしていて、俺が行くと、


「兄貴! 今日もよろしくお願いします」


 元気良く懐いてくれている。

 まあ全員筋肉隆々の男どもだが、あれはあれで楽しい。


 近々唯空門下の訓練があるから、彼らにも今回の件は話しておこうと考えながら……



 俺は加奈子ちゃんの部屋の扉をノックした。



   × × × × ×



 眠たげな返事か聞こえてきたので扉を開けると、


「あれ? あたし寝ちゃってたの」


 目をこすりながらエロ過ぎるミニスカサンタさんがベッドの上で寝返りを打った。


「疲れてたんじゃないのかな」


 実際加奈子ちゃんは服屋の年末の棚卸で忙しいはずなのに、商店街活性化のための会議に頻繁に通ったり、麻也ちゃんの為にクリスマスのイベントを考えたりしていた。


「もう若くないのかな、この程度なら今まで踏ん張れたのに」

「ひとりで頑張りすぎだよ、俺が手伝えることがあるなら言って」


「ありがとう」


 加奈子ちゃんは乱れた衣装を直そうとして、胸元のボタンが外れていることに気付き、顔を赤らめながら手で押さえた。


「やっぱり安物はダメね」


 確かに縫製の問題もあるかもしれないが、元凶ははち切れんばかりの加奈子ちゃんの胸だろう。抱えて運んだ際に感じたけど、明らかにサイズが合って無い。

 最もこのわがままボディに合う既製品がこの世に存在するとは思えないが……


 加奈子ちゃんが恥ずかしそうに毛布で体を隠す。


 おかげでプルンプルンの生脚やはち切れてしまっていた胸元が隠れて、俺も少し落ち着くことができた。


「今日はもう遅いから、今はゆっくり休んで明日頑張ろう」

「そ、そうね……」

「でもどうしてそんな服を着てたの?」


 今日最大の謎を加奈子ちゃんに訊ねると、


「麻也にプレゼントを渡すときに、あたしがこの格好でタツヤ君がそれを着たら喜ぶかなって」


 加奈子ちゃんは部屋の隅にあった袋に視線を移す。俺が中身を取り出すと、それはトナカイの着ぐるみだった。

 何だか微妙なチョイスだが……


「楽しそうだね、きっと麻也ちゃんも喜ぶ」


 俺が加奈子ちゃんに笑い返すと、


「タツヤ君がいてくれて良かった。やっぱり麻也の為にも、もうひとり頼れる大人がいると助かるもの」


 その言葉にふと、俺の脳内に優十ゆうとさんの人の好い笑顔が浮かぶ。


「さっきね、前の旦那が枕元に立ったのよ。そしたらね、『俺は別の世界で宜しくやってるから、お前はお前の幸せをつかんでくれ』って。信じられる? 確かに最近あたし、あの人のお墓参りに行って、幸せになっても良いかって、聞いたけど……」


 加奈子ちゃんが楽しそうに話す姿を見て、俺は思わず強く抱きしめてしまう。

 きっとまだ、自分の流した涙にも気付いてない。


「タツヤ君そう言うのじゃないのよ、あたし今本当に幸せなの。商店街のこととか麻也のこととか、問題が全くないわけじゃないけど、それもタツヤ君がいればきっと解決するって気がしてね」


 加奈子ちゃんの言葉に俺が抱きしめた力を緩めると、


「辛いことも悲しいこともいっぱいあったけど、後悔なんてほとんどないのよ。あの人にあって、麻也が生まれたことには感謝しても足りないぐらいだし」


 そう言ながら少し体を離して、俺の顔を覗き込む。


「それで麻也と二人で暮らしているところにタツヤ君が来てくれた。そんな今があるのなら、あたしはその為に生きてきたんだって気がしてならないの」


 そして少し首を傾げると、

「それって、勝手な考えかな?」


 加奈子ちゃんはうるんだ瞳で俺を見上げた。


「そんなことはない。いつも加奈子ちゃんが全力で頑張って、辛さや悲しさを乗り越えてきたから、そう考えられるんだよ」


 以前師匠が言っていた、


「己とは何処にでもあるちっぽけな存在じゃが、世界とは己の為に存在し、生きるとはその物語の中心となって歩むことだ」


 そう、いつだって幸せは冷めた試練を課し悪夢は甘美な物語を紡ぐ。


 そんな事を思い出しながら、加奈子ちゃんを見つめ返したら……


 間近に迫った整った目鼻立ちや、プルンとした艶やかな唇が俺の思考を混乱させる。思わず視線を下げたら、死の谷より深いボインボインとした何かが、俺を何処かへ引き込もうとしていた。


 ――徐々に考えがまとまらなくなる。


「それにあたしの勘なんだけど、きっと麻也は恋してるのよ」

「鯉してる?」


 何故か麻也ちゃんが逆流に抗い、元気よくピチピチと滝を上る映像が頭に浮かぶ。掻き乱れた俺の脳が見せた幻想かと思ったが、


「どっかの罪作りなおバカさんを見初めたんなら、女としてもなかなかのモノだなって。あたしの教育方針は間違ってなかったのよ」


 もう、言ってる意味が良く分からない。

 要は加奈子ちゃんの教育方針もスパルタだったってことかな?


 まあ、さすがに俺の師匠ほどじゃないだろうが。


「それってとても素敵な事でしょ、だからあたしも負けられないわ」


 つまりこれは……

 麻也ちゃんと二人でどんな困難も乗り越えてみせると言う、所信表明だろうか。


 俺がとりあえず頷くと、加奈子ちゃんは俺の首にそっと手をまわした。

 すると羽織っていた毛布がポトリと落ち、ボタンが外れ飛んで露わになった深い谷間と、それを包む紫のブラジャーが露わになる。


 俺が思わずゴクリとつばを飲み込むと……


 稲荷を警備している阿斬さんから連絡が入り、閉めたはずの部屋の扉の隙間からゴトッとかすかな音が響く。


 この家に待機させている騎士ナイトで調べると、狐と猫の尻尾がキュートな少女たちとゴスロリドレスが似合う幼女が慌てて階段を駆け上がっていた。


 うん、前にも似たようなことがあった気がするが、


「加奈子ちゃんゴメン、急用が入ったみたいだ」


 俺はダミーとして持っているスマートフォンをポケットから出し、ベッドを背に少し距離を取る。


「状況は?」

「御屋形様の張った罠にネズミがかかったようです」

「分かった、今行くよ」


 振り返ると加奈子ちゃんがまた毛布を羽織り直し、

「そ、そうなの、うん、分かったわ。気を付けてね、じゃあ続きはまた」


 エロ過ぎるミニスカサンタさんが、もじもじしながらそんな事をおっしゃった。

 そうかこれ、続きがあるんだ。


 俺は加奈子ちゃんの部屋から出ると、状況を頭の中で整理したが……



 何故か全く、想像力が働かなかった。

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