愚者たちは月夜に踊る

昭和かよ

 温泉稲荷…… 正式名『千代ちよ温泉稲荷神社』までは駅から路線バスで二十分らしいが、三時間ごとにしか運行していない。


 飛んで移動しても良かったが、麻也ちゃんが付いてきていたので悩んでいたら、駅ビルに新しくオープンしたカフェに寄りたいと言うので、そこで時間を潰すことにする。



 十月の初めだが晴れた午前の光は暖かく、まだ半袖姿も人も多い。


 麻也ちゃんはスポーツメーカーのロゴの入ったキャップを被りポロシャツにジーンズのラフな姿だったが、スタイルの良さとセンスのせいか人目を惹いている。


 目的のカフェはセルフサービスで、既に休日を楽しむ若者であふれていた。

 何とかオーダーして、久々に飲む炭酸水に俺が感動してると、


「何考えてんですか? お子様ですか?」


 麻也ちゃんの怒りはまだ治まっていないようで、俺のグラスを見て目を細めた。


「何故か向こうに炭酸ジュースが無かったんだよ。それよりタピオカってまだ流行ってたの?」


 俺が店内の「新登場!」と書いてあるタピオカミルクティー・ロイヤルうんちゃらのポスターと、麻也ちゃんのグラスを見て首をひねると、


「えっ…… ホントだ、これ九十年代後半にもブームがあったんだ」

 麻也ちゃんが例のボタンのない電卓のような物を操作した。


「なんだそれ」

「スマホも十九年前にはなかったのかー」


 そして現在のインターネットやスマートフォンの説明を聞き……


「凄いな、正に『発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』だ」

 ちょっと感動する。


「今時スマホもなしじゃ…… って、戸籍もお金も常識もないんじゃダメか」

「金は何とかするメドがあるし、常識はある」


 収納魔法の中には、異世界では価値が低いが、こっちでは高値が付きそうなものを幾つか持ってきていた。


「常識ねえ、じゃあ何でママにあんなことしたの」


「いや俺だって途中で気付いたけど……」

 それは加奈子ちゃんに指輪をはめた後だった。


「ママ寝込んじゃったじゃない」


 何度説明しても加奈子ちゃんは上の空で「ちょっと横になるね」と言い残して、フワフワした足取りで自分の部屋に戻った。


 結婚指輪とか婚約指輪の存在をすっかり忘れていた。

 異世界で指輪は魔術的アイテムの意味合いが強くて、そんな概念は無かったからな。


「加奈子ちゃんを守るためだとか、これで加奈子ちゃんと気持ちがつながるからとか、ちゃんと説明したけど」


「誤解が解けたかどうかも怪しい、てか、加速してそうで怖い」

 麻也ちゃんは更に俺を睨みつける。


「麻也ちゃんが妖孤だってことも秘密にしてるのだろう、俺が魔術的な話をするのはまずいと思って」

「何かの間違いでママの能力が開花しないようにしてるの、だから変な話はあまりしないでよね」


 そんな事情だろうとは思っていたが、それを言わないでどうやって誤解を解けば良いのか……


「まあいっか、悪気がないのなら今回は許してあげる。それにお金の問題がないんだったらこれからスマホ買いに行く? 通話は使えないけど、中古を買ってワイファイだけ使用してみるとか」


 この話題には、何か引っ掛かるものがあった。


 インターネットの最新事情、無線通信、小型モバイル端末。仕組みを知れば知るほど、俺が知る異世界魔法アイテムと共通点が出てくる。まるでどちらかの技術が流出しているみたいだ。


 勇者パーティーと組んだ時、冒険者の間で流行ってた「ステイタス・ウィンドウ」と呼ばれる魔道具があった。


 相手や自分の実力や特性を読み取って、レベルとかステータスとか何とかって表示する物で、俺は苦手だったが……


 仕組みは浮遊する魔力を無線電波のように受信し、スマホのようなタッチ画面を空中に魔法で出力する物だった。


 他にも思い当たるアイテムが多い。


 俺以外にもあの世界に多くの転生者がいたのだろうか?

 いや、もしそうだとしてもハイテクを魔法に応用するには、技術レベルやパーツの問題が残る。


 あるとすれば、定期的にゲートを開いて往復するかだが……

 そんな話は聞いたことがないし、ゲートの特性を考えるとエネルギー効率が悪すぎる。


 しかしここは踏み込むべきだと俺の勘が告げていた。

 財布の中にはあと一万円札が二枚しかないが、


「一万円以下で、福沢諭吉様で買えるかな」

「型や年式にこだわんないんなら、あるんじゃないかな。それから一万円札のデザインは少し変わってるみたいだけど、まだ福沢諭吉だよ」



 その後、駅ビルにある大型家電店やモバイルショップを二人で巡る。

 薄くなったテレビに驚いたり自動で動く掃除機に感動したりするたびに、麻也ちゃんは楽しそうに笑いながら説明してくれた。


 途中何度か大きな胸が俺の腕にボインボインと当たったのが気になったが、中古スマホを購入する頃には麻也ちゃんの機嫌は治っていた。


 その笑顔を見てると、まるでデートを楽しむ少女のようだった。

 この世代特有の幼さと色気がアンバランスに混ざり合った魅力が眩しい。


 そう言えば俺の高校時代は暗黒だったし、異世界でも修行や魔王討伐に明け暮れて女性とデートすることはなかった。


 良く晴れた秋空を眺めながら、今日はデートにはうってつけの日だと思い……



 高校生にお金を払っちゃうおじさんの気持ちが、ちょっとだけ分かった。



   × × × × ×



 くねくねと曲がる山道をバスで抜けると、森の中に大きな赤い鳥居が見える。

 入り口の百段あると言われている石段にも鳥居が並び、まるで赤いトンネルを上るような感覚だ。


 麻也ちゃんが首をひねりながら、

「おかしいな、いつもならすぐ出てくれるのに。さっきからつながらない」

 スマホをポケットにしまい込む。


 そして赤いトンネルを上りながら、

「やっと二人っきりになったから言うけど」

 ちょっと上目使いで聞いてきた。


 ああ、愛の告白だろうか。


「いい加減昨夜のことゲロってくれない?」

 まあ、分かってはいたけど。


「その叔母さんの話だと、佳死津かしず一門が加奈子ちゃんの瞳を狙ってるんだよね」

「そうよ」


「麻也ちゃんはその佳死津かしず一門と実際に接触したことはある?」

「何度かね、やっぱり昨日みたいに深夜店の前とかで…… でも、あんなふうに奇襲されたのは初めてかな」


「しかも昨夜は……」

「そうそれ、何で下神しもがみ一派の胡蝶こちょうが出張ってきたのかな?」


胡蝶こちょう?」


「あの術は間違いなくそうだね、扇子で複数の式神を同時に使役するなんて他にいないから。封印が得意な陰陽師で下神しもがみ一派でも一二を争う実力者なの。しかも顔も本名も割れてない、密偵や刺客専門のソロプレーヤーなんだって」


「何だか凄そうだね」

「距離や角度の関係で顔までは見えなかったけど、どんな感じの奴だった?」


「確か、麻也ちゃんと同い年ぐらいの女の子だったような」


 その件で何かが引っ掛かったが……

 まあ、思い出せないから大したことじゃないのだろう。


「つまり昨夜みたいに奇襲されたのも、陰陽師が出てきたのも初めてなんだね」

「そうだけど、どうして?」


「俺の駒が追跡した術者はこの辺りに逃げ込んだ」

「ねっ、それって、どゆこと?」


 俺の腕を力強く引き寄せたせいで、麻也ちゃんの胸がまたボインとぶつかる。

 もう、わざとやってないだろうか?


「叔母さんたちと下神一派との契約が進んだのかもしれない。それを佳死津かしず一門が嗅ぎ付けて、警戒態勢を敷いてるとか」


 麻也ちゃんが首をひねる。


「なんで」

「そう考えればつじつまが合うんだ」


 例えば足りないお金を誰かが補填したとか、加奈子ちゃんの『片目をもらう』条件を変更したとか、何らかの変化があったのかもしれない。


 リュウキは俺を見て「狐が雇った」と言ったから、あのマフィアたちは妖狐が何かと契約したと考えてる。

 そして攻めてきた巫女服美少女は俺を観測していたし、マフィアと連携攻撃してこなかった。あの動きは漁夫の利を狙うような戦法だ。


 だから麻也ちゃんと俺のいざこざに気付いたマフィアが突然攻撃し、慌てて全員踏み込んだらああなってしまった。


「そんなとこかな」

「つじつまは合うけど、納得できないかな。だったら叔母さんは何であたしに話してくれないの」

 麻也ちゃんは口を尖らせる。


「だからその条件が、麻也ちゃんに言いにくいことだったんじゃないかな」

「どんな?」

「それを聞きに行くつもりだったけど……」



 不意に聞こえた足音に顔を上げると、

「なかなかの名推理じゃないか、それで正解だよ」


 虚無僧こむそう姿の男がひとり……


 嬉しそうにパンパンと手を叩きながら、こちらに向かって歩いてきた。



   × × × × ×



 派手なエンジン音に振り返ると、階段の入り口にオートバイが二台停まり、革ジャン姿の体格のよさそうな男たちがこちらを見上た。


 こんな場所で托鉢たくはつでもないだろうし、下にいるバイクの男たちからも微弱な魔力が感じられる。


「おかしいな、まったく気付けなかった」

 こんな至近距離まで気配を感じないなんて、やはりおかしい。


 念のためサーチ魔法を飛ばしても、

『男には興味がありません』

 と、微妙な回答しか得られない。


 正面にいた虚無僧が、被っていた深い笠を豪快に投げ飛ばし、


「我が名は唯空ゆいくう、仏法の守護者にして金剛の力を賜りし退魔士なり。人に害成す人外の者よ、ここから先は引くことも押すことも出来ぬと心得よ!」


 手に持った杖を振り回した。

 何だか歌舞伎みたいで、ちょっとカッコ良い。


 顔も三十前半ばにぐらいの、無精ひげを生やしたワイルド系イケメンだ。


 俺の魔法のズレが心配になり、収納魔法の中に入れておいた例の『ステイタス・ウィンドウ』を取り出す。


「ウィンドウ・オープン」


 そう叫んで虚無僧を見ると、低かったレベルとかステータスの数値がどんどん上昇してゆく。どうやら気配を消すだけではなくて、魔力量も自分でコントロールできるようだ。


 しかもその間、虚無僧はお約束通りニヤリと笑って、攻撃しないでこちらを見ている。

 

 感覚がズレてなかったことに安心して、ステータス・ウィンドウをしまう。

 やっぱりこれは苦手だから使わないでおこう。


「ねえ麻也ちゃん、何か悪いコトしてるの?」

 一応お隣さんも確認する。


「たぶん、あんまり……」

 少し目が泳いだから、あとで問い詰めておくか。


「彼女は無罪です!」

 先方にそうお答えすると、


「ふん、隠しているつもりかもしれんがその妖気と秘めた邪悪な顔、この唯空の目をごまかせると思うな!」


 杖の先が俺に向いた。


 まるでそれは俺が子供時代に憧れたテレビの特撮ヒーローや時代劇の主人公みたいだった。


「な、なんだと!!」

 俺も頑張って、驚きのポーズをとってみる。


 すると麻也ちゃんは俺と虚無僧を交互に眺めて、

「昭和かよ……」



 ――もの凄く嫌そうな顔をした。

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