男ってのは

「麻也ちゃん下がってて」

 俺が虚無僧姿の男に向かって一歩前に出ると、


「本山から頼まれたムカつく仕事だったが、面白くなりやがった」

 男は楽しそうに微笑む。


「あいつの名乗りが本当なら、佳死津かしず一門最強火力の『撲殺炎者』って言われてる人よ」

 背中から麻也ちゃんの声が聞こえてきた。


 うん、なんか乗ってきたな。

 そう言う二つ名系って、男のロマンだ。


「お前は罪を知らぬ阿呆か、罪から逃げる卑怯者か、それとも俺が背負うべき罪なのか」


 俺が収納魔法からニョイを取り出して構え、それっぽいポーズを決めると、後ろからため息が聞こえたが……


「ほう」

 男は自分が持っていた杖を放り投げて、

「拳で語るべき男か」


 撲殺炎者唯空ゆいくうは魔力を炎に変えて薄っすらと身にまとうと、仁王像のような構えをとった。


 多分それは、ニョイとの打ち合いで後ろにいる麻也ちゃんに被害を出さないための配慮もあるのだろう。


 あの魔力量なら、爆炎系の魔法は使い放題のはずだ。


 俺もニョイをしまい、素手でファイティング・ポーズをとる。

 近接戦闘は決して苦手じゃなし、俺も被害を拡大させたくなかったからだが。


「はっはっは! どうやら本物のおとこのようだな、さあ来い!」

 唯空の言葉に俺が踏み込むと……



 また麻也ちゃんの深いため息が聞こえてきた。



   × × × × ×



 唯空の拳は重かった。

 異世界で伝説の巨大オーガのパンチを受け止めたことがあったが、それ以上のパワーとスピードだ。


「なかなか、やるな」


 しかし俺の拳も負けていない。龍王と戦い続け、磨き上げた拳はオリハルコンを砕くこともできる。


「お前こそやるな!」


 足を止めた殴り合いを続けたが、お互い決定打にかけ……

 今は石段の上で二人とも寝転がり、肩で息をしている。


 ――見上げた、鳥居の隙間から見える秋空が美しい。


「兄者は悪い人ではないが、ちょっと濃いと言うか、熱すぎるんだ」

「昭和生まれって、あんなのばっかなの」

「人によると思うけど、あれ彼氏さん?」

「違うかな、保護者みたいな」

「御兄妹?」

「違う違う、あたしが保護してるの」

「……そうなんだ」


 何処かからそんな男女の声が聞こえてきたが、


「殴り合いで負けたのは何十年ぶりだ?」

 唯空はまだ整わない息に苦しみながらそう言うと、寝転がったまま俺の顔を見てニヤリと笑う。


「まあ、俺も似たような物だ」

 異世界に渡ってから、師匠以外の人間に素手でここまでボコられた記憶はない。


「どうして妖術を使わなかった、お前なら圧勝できただろう」


 やってみないと分からない話だが、この力関係ならどちらかが極端に優位に立つことはないはずだ。


 それに、

「拳で語るんじゃなかったのか」


 あれ程暴れたのに、麻也ちゃんはのんびりと俺たちを観戦していたし、歴史ある石畳や鳥居がまったく破損していない。


 この男の配慮や優しさが良く解る。

 俺も唯空に笑いかけると、


「そうか、じゃあ俺の仕事はこれで終わりだ」

 俺の瞳を覗き込んで、もう一度楽しそうに笑った。


左門さもん右門うもん、行くぞ!」

 唯空が立ち上がると、麻也ちゃんの隣で座っていた革ジャン・ロン毛の男たちも立ち上がる。


 二人の容姿は瓜二つで、どこか唯空に似ていた。

 双子の弟か何かだろうか。


「兄者、本山にはどのように伝えれば」


「狐に帝釈天たいしゃくてんがごとき漢がついた、その者仏道を知るものなり、今後一切手出し無用と伝えておけ」


「承知しました」


 双子がそろって頭を下げると、唯空は立ち上がろうとしていた俺を振り返り、


「こいつらにかけた『しゅ』を解いてくれねえか、ありゃあ俺が壊しちまうには勿体無ねえ出来だ」

 そう言ったので、二人をマークしていたルークを戻すと、


「ありがとよ」

 またさわやかに笑う。


 何かもう色々とカッコ良すぎる。


「それから下神の奴らには気を付けな。特に芦屋あしや幽漫ゆうまんのジジイは超のつく曲者だ。お前にかけられた『しゅ』も、あのジジイと同じような臭いがしやがる」


 俺にかけられたしゅ


 唯空に聞こうとしたら、

「送れる塩はここまでだ、後は自分で考えるんだな」


 笠を拾い上げ、

「それから初めの質問の返答は『俺も罪を背負う者』だ」

 僧衣をひるがえしながら、階段を下りて行った。


 その背にはベタなBGMが必要な程、哀愁が漂っていた。

 革ジャンの双子はそろって俺に頭を下げると、唯空の後を追う。


 その姿に、両手を握りしめて感動していると、

「まったく、昭和の男ってのは」

 麻也ちゃんはまた俺と唯空の背を交互に眺め……



 あきれたように、ゆっくりと首を左右に振った。



   × × × × ×



「とにかく叔母さんが心配だから急ごう」


 麻也ちゃんの話だと革ジャンのロン毛…… 左門さもん右門うもんコンビから聞いた情報では、二人で神社内を探っていただけで、特に手出しはしていないそうだが、


「まだ電話がつながらない」


 何度もコールを繰り返したら、社務所から着信音が聞こえてきた。

 帰ってきたルークを二枚振って神社の中を探索させると、


「着信音の方向には気配がないけど、向こう側には何かがいる」

「じゃあ、手分けして探そう」


 麻也ちゃんが社務所に向かって走って行ったから、俺はルークが見つけたひと際大きな気配に向かって歩を速める。



 千代ちよ温泉稲荷神社は、名前の通り温泉施設がある。


 伝説では……


 謀反の罪で追われた武将が、死期を悟って森の中で休んでいると猟師の罠に足をとられた大きな狐を見つける。


 その武将は不憫に思い狐を助け、罠には懐に残っていた金子を縛り付けた。


 そしていよいよ命の灯火が消えかけると、千代と名乗る美しい女性が現れて武将を助ける。そして女性の看護の甲斐があり、武将が立って歩けるようになると、


「この温泉は薬湯です、どうかここで傷をお直しください」


 そう、女性に勧められた。

 聞けば女性も足を怪我して、ここで湯治していると言う。

 武将も湯につかると、徐々に傷が癒えた。


「現在の御屋形様は民も家臣も苦しめ、まつりごとを誤っている。私はそれを正しに行かなくてはならない」


 武将は元気になると千代にそう伝える。

 千代は何度もそれを止めたが、ある晩武将は二人で住んでいた庵をこっそりと抜け出した。


 途中森の中で以前助けた大きな狐に襲われたが、

「千代よ、この恩は決して忘れぬ。だが民や家臣を見捨てるわけにはいかぬのだ」


 武将がそう答えると狐は月に向かってひと鳴きして、ゆっくりと去って行った。


 そしてその武将がこの国を治め始めると、民の苦しみは無くなり、家臣にも愛され、土地には恵まれた作物が実り始める。


 武将は何度もその森で狐を探したが、結局見つからず、その温泉の近くに稲荷を建立した。


 ――それが千代ちよ温泉稲荷神社だと言う。



 俺はその伝説を思い返しながらルークが見つけた気配を追い、源泉を守る山中の岩場についた。


「人が入る場所じゃあなさそうだな」


 社務所の横にある入浴施設とは違って、そこは岩と森に囲まれた天然の露天風呂のような場所だが「指定文化財、立ち入り禁止」の看板もあるし、岩にはしめ縄もまかれていて厳かな雰囲気もある。


 その二メートルほどの高さの岩を飛び越えて中を覗くと、湯煙の中に人の影のような物があった。


 そのシルエットは女性にしか見えなかったので、そっと岩を降りようとしたら……


「も、もしやその気配は!」

 ジャブジャブと音を立てて、二十歳ぐらいに見えるタレ目のふんわり系美女が全裸で突進してきた。


 おわん型の大きな胸がブルンブルンと震えている。


 その圧倒的な迫力にたじろいでしまうと、

「身長156センチ、ヒップ86、ウエスト60、バスト93のFカップ」

 サーチ魔法が勝手に展開した。


 しかも相変わらずの解析結果しか出ない。

 大丈夫なのだろうか? コレ。


「お待ち申しておりました、御屋形様…… 千代でございます」

 ふんわり系美女さんは俺の手を握り、目にいっぱいの涙をためた。


 栗色のウエーブのかかった髪の上には、麻也ちゃんと同じ狐耳がある。


「えーっと、人違いじゃあ」

 と、なると…… 彼女が妖狐族の長、麻也ちゃんの叔母さんになるのだろうが。


「見間違えるはずなどございません、そのお姿、霊格、そして何より…… その定められし者の気配」

 どうしたら良いのか、対処に困っていると、


「叔母さんに何する気よ!」

 後方から麻也ちゃんが、俺の腹に両腕をまわして……



 バックドロップを仕掛けてきた。

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