年頃の女の子

「お帰り、早かったね」

「お仕事ごくろーさまだよ、ダーリン」


 作戦は順調に進んでいたが、私生活に難を期してきた俺の三大元凶のうちの二人が、店の受付で楽しそうに笑っていた。


「何してるんだ?」


 制服姿の麻也ちゃんと、フリフリレースの黒を基調としたゴシックドレスに身を包んだクイーンが店にあったカタログを眺めている。


「クイーンさんのパジャマを選んでるの」

 麻也ちゃんの声に、俺がそれを覗き込むと。


「ダーリンがクラクラするようなセクシーなナイトウェアを探してるけど、なかなかピンとくるものがなくってなー」


 クイーンはページをめくりながらため息をつく。


 加奈子ちゃんには引き続き龍王をつけて、麻也ちゃんにはクイーンを警護につけた。

 クイーンは基本、麻也ちゃんの髪のリボンになっているが、時折こうして人化して二人で遊んでいる。


 以前報酬のスイーツを食べる際に、人化したクイーンと一緒に出かけ、

「ケーキをホールでオーダーして、それをペロリと食べる幼女を初めてみたわ」


 かなり驚いていたが……

 それ以来仲が良いようだ。


「こっちのカタログじゃダメかもね。クイーンさんの魔法で拘束衣をドレスに変えたみたいに、それをパジャマに変えれないの?」


「出来ない事は無いけどなー、着心地の問題が残る。精神世界ではそれほど苦にならないけど、人化するといろいろダイレクトでなあ。できれば既存のパジャマに魔法をかけて、そっちに拘束衣の能力を移したい」


「じゃあ大人用のパジャマのサイズを変えるのは?」

「うーん、それならできるかも」


 すると麻也ちゃんは『セクシー・ナイトウェア』と書かれたカタログを、棚の奥から取り出し、


「じゃ、一緒に選ぼうよ。あ、あたしも、ほら、ちょっと…… こんな感じの興味あるしさ」


 俺の顔をチラチラと見て、顔を伏せる。


 カタログを覗き込むと、そこにはスケスケのワンピースや下着にしか見えない服がずらりと並んでいた。


「ねえ、こ、こんなのどう思う?」


 麻也ちゃんが恥ずかしそうに指さした写真は、ベビードールというのだろうか?

 レースのブラジャーとワンピースが一体化したような、薄い青色の服だった。


「ど、どうなんだろ」


 それを着た麻也ちゃんが脳裏に浮かび……

 ついつい俺の頬が熱くなると、麻也ちゃんは顔を赤らめてうつむいてしまう。


 気不味くなって俺が部屋に逃げ込もうとすると、


「麻也よ、あれはいい感じかもしれんぞー、男っぽい格好も似あうがこういうのも似合うだろう。女も攻める時は攻めんとなあ」


「そそそ、そうなんだ」


 そんな二人の会話が背後から聞こえた。

 麻也ちゃんは瞳の『悪意』を抜いてから心境の変化があったようで、妙にしおらしい。


 リトマンマリ通商会襲撃から家に帰って直ぐ、麻也ちゃんから、


「今までちょっと気持ちが抑えられなくなってて、あんたに強く当たったり、その…… へ、変に誘惑したりするようなことがあって…… ごめん」


 そんな謝罪めいた言葉をもらった。

 その辺りは影響が出てもおかしくないところだから、


「理解できるから安心して、こっちこそ下神の呪いに俺も引きずられていて気付かなかったとはいえ、遅くなってごめん」


 俺も麻也ちゃんに謝ったら、

「そんな…… う、うん、でもそういう所は、あんたらしいね。ありがと」

 もじもじと顔を赤らめた。


 理解はできるとはいえ、その麻也ちゃんの変わり身には薄ら寒いものを感じた。


 以来、下着同然の格好で家の中を歩くことは無くなったが、やたら俺のことをチラチラと見るし、勉強を教えている時も落ちついていない。


 上着はトレーナーや落ち着いたブラウスを着るようになり、以前より俺との距離をとるが……


 昨夜も数式の説明中に俺の顔をボーっと見つめていたから、

「分かんなかった?」

 そう聞くと、


「えっ、ななな、何? べ、別にあんたに見とれてた訳じゃないからっ」

 とか……


 参考書の問題を解く際にも、やたらテーブルの下でもぞもぞしているから気になって観てみると、


「ああ、あのさ、制服以外のスカートって穿いたことがないから慣れなくって…… これママから結構前にもらったやつだけど、変かな」


 短いスカートを引っ張りながら照れ笑いをした。

 あの麻也ちゃんが。


 その隠しきれていないスラリとした健康的な太ももと、チラリと見えちゃっていたピンクのパンツと、はにかむような笑顔は……


 最近俺を苦しめる、ドキドキ持病を発生させた。


 俺が黙り込んでしまうと、

「ほら、あんたって、短いスカートが好きじゃない。さすがにルーズは無理だけど、ニーソなら何とかなるし、ちょっと女の子らしい格好もしてみようかなって」


 徐々に顔を赤らめながら、小さな声でポツポツとそんなことをおっしゃった。

 ……あの麻也ちゃんが。


 しかしニーソとはあの膝上までの靴下のことだろうか?

 ミニスカートとセットで履くと、瑞々しい太ももの価値が上昇する気がする。


 きっと国宝に指定されるような一品だろう。

 おかげでそっから先は、何を教えたのかさえ良く覚えていない。


 ここ数日は、下着姿の加奈子ちゃんとばったり脱衣所で出くわして、俺がそのわがままボディに恐れをなしていても、


「もう、バカ」

 それを見つけた麻也ちゃんは、俺の裾を引っ張るだけだし……


 幼女姿のクイーンが俺の入浴中に突入してきたので、つるぺったんの体でなついてくるのに手を焼きながら、髪を洗ってやっていたら、


「あ、あたしも、そのっ、背中でも流してあげよっか」

 そう言って風呂場のドアを開けて、麻也ちゃんが恥ずかしそうにひょっこりと顔を出してきたし……


 もうその行動根拠が理解できない。

 確かなのは、麻也ちゃんが俺の入浴を必ず覗きに来ていることぐらいだろう。



 ――やっぱり年頃の女の子が考えていることは、大賢者様にも理解不能だった。

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