様々な不安
千代さんと二人で収納魔法内に作った転移扉で稲荷に移動する。
出口は境内の隅にある手洗い場の裏側につなげているせいか、朝霜に混じってあちこちで水たまりが凍っていた。
白い息を吐きながら二人で社務所に向かうと、
「千代様、御屋形様、このようなモノが」
本殿から阿斬さんが飛び出してきた。
――何故か千代さんは表情を崩さないし境内を掃除していた巫女服の子狐たちも驚いていなかったので、俺も普通に対応する。
「これは……」
千代さんが阿斬さんからやや厚めのA4封筒を受け取り、中を確かめる。
「兄の置手紙でしょうか」
封筒の中身は日本語で書かれたものと、異世界の魔族が使用する言語で書かれた機密文書のようだった。
異世界にはコピー機は存在しなかったが、似たような複写機能を持つカメラの様な魔道具は存在していた。用紙の大半はその魔道具を使用して軍の文書を撮り、それを紙に念写したものだろう。
千代さんから用紙を受け取り、中を確認していると、
「失われた御神体の側に置いてあったのですが」
阿斬さんも用紙を覗き込んでくる。
とりあえず日本語で書かれていた初めの数枚を千代さんに渡し、
「残りは魔族軍の機密文書のようだ。しかもこれは…… クーデターの計画書だな」
俺が千代さんと阿斬さんに簡単な説明をすると、
「兄はいったい何をしようと」
千代さんが日本語の書面を読みながら声を震わせた。
そこには千代さんへの謝罪に始まり、加奈子ちゃんや麻也ちゃんの後を頼むと書きつづられ、最後に俺に対して魔族軍の陰謀は必ず阻止するから安心してほしいと書かれている。
「まるで遺書のようですな」
阿斬さんはそれを読むと、せつなげなため息をもらす。
しかし俺は現時点での最大の謎について、どうしても聞かざるを得なかった。
「阿斬さん、こんなに寒いのに何故そんな格好なんですか」
「寝る時は着ない派ですので」
黒のブーメランパンツ一枚のダンディなおじさまは自信満々にそう答える、もう回答になっているかさえ微妙だが……
千代さんは不思議そうに首を傾げるだけで、子狐たちも相変わらず黙々と掃除をしている。ひょっとしたら妖狐的には問題ない行為なのかもしれない。
そう言えば、千代さんも黒のパンツ一枚になってたしな。
解き明かさなくてはいけない謎が多すぎたので、とりあえず俺はこの件はスルーすることにした。
× × × × ×
社務所に入って畳の上に手紙を広げ、千代さんと状況を再確認する。
「この資料が事実なら魔族軍の第五部隊、優十さん…… いや玄一さんが所属していた部署はかなり前からクーデターを計画していたようだ」
「御屋形様、それが今回の件とどうつながるのでしょう」
心配そうに俺の横で両腕を胸の前で組んだ千代さんの胸がムニュリと形を変える。
ニット越しにハッキリと胸の形が分かるから…… まだブラジャーをしていないのだろうか?
お茶を持ってきてくれた阿斬さんと吽斬さんは、白装束にいつもの紫の袴姿なので一安心したが。
「どうやら下神とつながっていたのも魔族軍の第五部隊のようだ」
しかも勇者ケインの動向がレポートもあちこちにある。
資料を確認してゆくと、ケインをそそのかして俺たちを襲ったのも下神が利用していた魔法と現代技術が融合した兵器開発も、そして下神の資金源も魔族軍の第五部隊だったようだ。
千代さんに説明をすると、悲しそうに顔を伏せる。
「兄は……」
「まだはっきりと分からないが、どうやら玄一さんは異世界で千代さんや加奈子ちゃんたちの危機を知って、この世界に再度転移したのではないかと」
そして資料を読み進めると、第五部隊の計画に支障をきたす俺や師匠の抹殺計画へと進んでゆく。
そもそもの計画案ではケインが魔王を討伐したふりをして帝国の信頼を得た後、皇帝陛下を始め主要な役職者をアンジェやモーリンに利用した『人格操作魔道具』で操り、実質上の傀儡政権を作る予定だったようだ。
俺の参入で計画が狂うと師匠や俺の調査を始め、唯一師匠が勝てなかった
しかも資料を確認してゆくと、第五部隊も加奈子ちゃんの瞳に興味があるらしい。
あちこちに下神から情報を得た『聖なる瞳の保有者』についての検証がなされている。これは加奈子ちゃんや麻也ちゃんのことで間違いないだろう。
そこまで千代さんに説明すると、
「御屋形様、いったいどうすれば良いのでしょう」
上目使いで、俺の腕にしがみ付く様にボインと大きすぎる胸をぶつけてきた。うん、今俺シリアスなんだが…… ああ、でも千代さんもそうなのか。
もうこの行動自体が仕様になっちゃってるのだな。
一度この件とは別に話し合う必要性があるかもしれない。
「と、とにかく玄一さんを探しましょう。その手紙を読むとまるで自分の命と引き換えに千代さんや加奈子ちゃんたちを守ろうとしているようだ」
「言い伝えでは妖狐が『神殺し』の刀を使用すると、神と同時にその妖狐の命も消えると」
更に胸を押し付けてくる千代さんの眼差しは真剣だ。
俺も真摯に対応しようとしたが……
「千代様頑張れ」「あと一歩です」
阿斬さんと吽斬さんが、千代さんの後ろで拳を握りしめながら小声で妙な応援をしている。
何だか色々と妖狐族の未来も心配になってきたが、とりあえず俺は額に指をあてて、今回の状況を整理しながら頭の中でチェスのボードを組み立て直す。
1、ケインは自分が魔王になるためには俺が邪魔だと言っていた。
2、資料を確認するとケインを操っていたのは第五部隊だ。
3、そして第五部隊は俺と師匠を倒すためにナイトメアを利用している。
それを知った玄一さんは千代さんや加奈子ちゃんを守るためにこの世界に戻ってきた。異世界に新しい家族が出来たと言っていたのに、彼は自分の命を懸ける気なのだろう。
神殺しの刀を欲した以上、狙いは異世界で神として扱われている
しかし
あの幼気な少女が自ら魔王の座に就きたいと考えているとは思えない。
すると勝利条件は第五部隊の壊滅…… いや、玄一さんの話を聞く限りでは全員が偏った思想を持っているとは思えなかったから、指揮系統を叩けば第五部隊の体質は自然崩壊するだろう。
確定は出来ないが、中華料理店で会ったあのショタ大佐…… アルフレッド・ガバルと名乗ったちびっこ魔族が黒幕のひとりだとすると、
「アリョーナさんたちが心配だな」
何か脅されていた雰囲気だったから、まずはその辺りをちゃんと聞く必要がありそうだ。
戦略的にからめ手が得意な相手なら、情報戦が勝敗を分けるカギになる。
「千代さん、まだ情報が少なすぎるから連絡を取って作戦を立てないと」
首を捻る千代さんに微笑みかけながら、俺は魔法改造したスマートフォンの画面を空中に展開した。
アリョーナさんを呼び出そうとして、空中に投影されたアプリに知らないアイコンを見つける。
「これは?」
コウモリの様なイラストの下には「ナイトメア」と書かれ、黒と赤の点滅を繰り返していた。
「御屋形様、そのアイコンから邪悪な妖気が漂っています」
千代さんが心配そうに俺を見上げたが、
「た、す、けて」
そのアイコンから、小さな聞き覚えのある声が聞こえてきた。
聞き間違いじゃなければ、夢の中であった師匠に化けていた少女だ。
俺がそのアイコンに手を伸ばすと、
「その魔族軍の罠ではないでしょうか」
千代さんが俺を止めるように、更に腕にしがみ付きながらおっぱいを押し付けてくる。
「まあ、そうだろうね」
準備を整えてから戦いに挑みたかったが、もう状況がそれを許してくれなさそうだ。
いなくなった玄一さんの件もアリョーナさんの件も、これを無視したら手遅れになると俺の勘が訴えてくる。
「だけど美女や美少女が困っていたら無条件で助けるのが俺の信念なんだ」
加奈子ちゃんや麻也ちゃんは
「阿斬さん吽斬さん、俺がつくった結界を利用して千代さんを守ってくれ」
「御意」
ダンディなおじさま二人が頷くのを確認して、俺がコウモリのアイコンに手を伸ばすと、
「ああっ、御屋形様…… 千代は何があってもお待ち申しております」
千代さんが「よよよ」と泣き崩れた。
「安心して、決して負けはしないから」
俺が千代さんの肩に手を置いて笑いかけると、
「心配しているのはそちらだけではなくて、またライバルが増えそうな……」
涙目で訴えてくる。
うん、本気で色々心配してくれるのは分かるけど、やはり妙な仕様になっている。
千代さんとは一度じっくり話し合う必要性があるだろう。
俺は様々な不安要素を抱えたまま苦笑いして、そのアイコンをタップした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます