聖女神託襲撃事件 その3

 俺の右隣では勇猛なダークエルフの戦士さん達が三人そろって正座し、左隣には同じようにラン・ブレードが正座している。


 さらに後ろには、春香によって営舎にあったロープでグルグル巻きにされたライザーが転がっていた。


 ――目の前の白双塔ホワイトツインタワー越しに、青空がまぶしい。


「ムゴムゴムゴ」

 鳥のさえずりに混じって、ライザーの唸り声が聞こえるが…… もう、芋虫よりも鈍い動きしかできないようだ。

 本当に虫と間違えられて、鳥さん達に食べられなきゃよいが。


「で、ご主人様? いったいモーちゃんに何したのですか??」

 春香がモーちゃんと呼ぶのはモーリンのことかな。


 正座する俺の前で腰に手を当ててのけぞるような春香の態度は、文字通り上から目線で、どこか楽しそうだ。難をあげるとすればミニスカ鎧からこぼれ落ちる太ももを、ダークエルフの戦士さん達が嬉しそうに眺めていることだが……


「やはり可憐だ」

 戦士長の呟きが聞こえると、修道服を魔法で治していたルナが鬼の形相に変った。


「何鼻の下伸ばしてんの? あんた達バカなの? それとも、もっとお仕置きが必要なの?」

 そしてガシガシと戦士の顔を足蹴にする。

 慣れた仕草は、まるで夫婦のようだった。


「素晴らしい!」

 反対側からラン・ブレードの呟きも聞こえる。


 どうやらルナの揺れる大きな胸や修道服からこぼれる艶やかな太ももに魅入られているようだが…… あの表情は、ルナの態度に感銘を受けている可能性もある。


 やはりラン・ブレードとは理解し合えないのかと、ルナの太ももを見ながら俺がため息をつくと、


「モーちゃんのことはこの際、時効あつかいしても良いですが…… ホント、男ってバカばかりなのですか?」

 春香にため息をつかれてしまった。


「ちゃんと反省している。この通り全員で正座しているから、それは分かるだろう」


 俺が話を進めようとしたら、

「あたいやユリニャのピンチだと気付いたその男が、加勢しようとしたって?」

 戦士長をガンガン蹴っていたルナが俺とラン・ブレードをにらんだ。


 戦士長は何処か少し嬉しそうな表情だから…… 俺だけがノーマルなのだろうか? やはり世界が少し歪んでいるようだ。


「そうだ、俺の騎士道精神は『どんな状況であっても美女と美少女は必ず守る』だからな。相手がどんなヤローかは知らんが、態度や会話の節々から、敵だってのは分かった。それにこの戦士達の志は目を見れば理解出来る……俺と同じだ!」


 ラン・ブレードの言葉に、戦士さん達が頷く。


「どっかで聞いたセリフだなー」

 春香は疲れたように肩を下ろし、

「目って…… お互いどうしようも無いスケベだって、理解し合ったって事か?」

 ルナは更に瞳を鋭くしたが……。


「ルナも分かるだろう、俺たちは闘気を読むことができる。それは百の言葉より雄弁で、誤魔化すことのできない真言しんごんでもある」


 戦士長はとても真面目な顔でルナに訴えた。

 頬にはルナの足跡がついたままだったが。


「まあいい、説教は後からじっくりするとして…… アドリア、こいつ本当に信用していいんだな!」

 ルナが腕を組んで鼻を鳴らすと、

「もちろんだ。拳王殿から受けた衝撃も癒えぬ間に、自分を騙していたと分かった女を救うため、命をかけて剣を振るうような男の、いったい何を疑えばよい」


 アドリアと呼ばれた戦士長は、楽しそうに笑った。

 ――頬にルナの足跡を付け、正座したままで。



   × × × × ×



 再度作戦会議を行ったが、どのみち行き当たりばったりの作戦なので、それ程時間はかからなかった。


「問題は、コレをどうするかですが」

 春香が文字通り虫けらを見る目で、ライザーを見下ろした。


「あたいの暗示魔法も精神魔法も効かねえ、いったい何者なんだ?」

 ルナが首を捻ると、

「ただのクズなのですが…… このタイミングでここに現れたのが、とっても嫌な感がして」

 春香が眉間にシワを寄せながら、吐き捨てるように呟く。


 確かに、このタイミングで俺の前に現れたのは偶然じゃないだろう。今この状況が、やはり何かの罠だと考えた方が自然だ。


 このままライザーを問い詰めても簡単に自白するとは思えないし、あれだけ優れた精神操作系の魔法が使えるルナがお手上げとなると、やはり俺の魔力復活を待つしか無い。


「ライザーの後ろに何かがあるとしても、今は急いだ方が良いだろう」

 グズグズしていたら、聖女神託が終わってしまう。


「ご主人様、大丈夫なのですか?」

 春香が心配そうな瞳を向けてきた。


「むしろここでライザーが現れたことで、スッキリしたぐらいだ」

 俺が心配するなと笑いかけると、春香は首を捻る。


 この一連の出来事は…… 俺が勇者ケインにトドメを刺さなかったのが原因だ。

 そう考えると、つじつまが合ってくる。


 転移魔法の歪みに消えていった勇者ケイン。

 時空の迷子となったヤツが何を思い、誰と出会い、どんな計画を立てたのか……。


 その全貌まではさすがに把握できないが、これまで関わってきた人たちの言動をつなぎ合わせてゆくと、一本の道が見えてくる。


 陛下を俺たちの世界に転移させた女神。

 その俺たちの世界に存在する、二柱の『大いなる意志』。

 謎のぜんぜん忍んでいないニンジャもどきや、何かにとらわれているようなエマさんの行動。


 そして、目の前で元気よく準備体操しているラン・ブレード。


「虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ」

 俺が考えをまとめていたら、

「案ずるより産むが易し、みたいな?」

 春香が心配そうに近づいてきた。


 そう言われれば、悩むより実行した方が楽なのかもしれない。裏にいるヤツの正体も、何となく察しがついているし。


 俺が「ありがとう」と、春香の頭をポンと叩いたら、

「こいつも戦力にするんなら、回復魔法をかけおくか?」

 ルナがラン・ブレードを見ながら話しかけてきた。


「頼むよ」

 俺が頷くと、ルナは小声で詠唱しながら軽く手を振り、ラン・ブレードを淡く輝く魔法陣に包み込んだ。


「凄いな」

 その魔法を見て、思わず驚きの言葉がもれる。


 師匠とも、エマさんやアンジェの父である現聖人とも違う、その優れた回復魔法は…… まるで俺が使う回復魔法のようだった。


「うむ、拳王殿はルナの回復魔法の正体が分かったようですな」

 あっけにとられていたら、戦士長さんが俺達の後ろに立っていた。


「あれは?」


「ルナは『大いなる意志』の巫女です。アレは回復魔法と言うより、生命の再生。 ――生き物の時間を巻き戻す魔術で、我らの間でも施行できるものは限られています。確か、人族の間では『禁忌』とされていましたね」


 その言葉に、見つからなかったパズルのピースがカチリとハマる。


「そんなバカな」


 俺は……


「お礼だ!」

 と、大声で叫びながらルナに抱きつこうとして、思いっきり殴り倒されたラン・ブレードを見ながら、驚愕に震えた。

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