キングサイド・キャスリング

唯空ゆいくうは何を追っていた」


 麻也ちゃんと春香が一階へ向かったのを見送りながら俺が話しかけると、


「どうもこのところ怪しい災害や事件が多発しててな、原因が『災禍の瞳』にあるって本山の連中が騒いでやがったが、どうも腑に落ちねえ。それで勝手に調べまわったんだが」


 唯空の話では、そもそも『災禍の瞳』は災厄を鎮める聖人しょうにんの技として崇められていたものだった。


 そして怪しい災害や事件の後には佳死津かしず一門や下神しもがみ一派やこの国のあやかしが使う術とは系統の違う超常現象の痕跡があることが分かり、


「またヨーロッパの『教会の裏部隊ターン・クルセイダ』やアメリカの『CUA中央異能管理局』が日本まで出張って来て悪さしてんじゃねえかと思ってたが……」


 唯空は楽しそうに笑うと、

「もっとおもしれえのが出てきやがった」


 話を聞いていたら、突然立ち眩みが襲ってくる。


「大丈夫かい」

 唯空が俺の肩を支え、心配そうに覗き込んできた。


「まだ上手くズレの調整が出来ていないだけだ、三階の二人を抑えるぐらい問題ない」

「そうか、それで嬢ちゃんたちを帰したんだな」

 察しの良すぎる男も厄介だと、苦笑いがもれる。


 しかし俺の推論が当たっていれば、それは異世界転移ゲートがもたらした歪みだ。


「俺は、いや俺たちは……」


 唯空は信じられるが、佳死津かしず一門には信用が置けない。

 うかつに話をして加奈子ちゃんや麻也ちゃんが危険にさらされないか心配だし、まだ俺の推論があっているかどうかの確信もない。


 どう説明したら良いか分からず、言葉に詰まると、


「話にくいんだったら黙っときな、人間誰だって秘密のひとつや二つはある。それを聞かないのも僧の務めだ」


 唯空の度量の深さにあらためて感心する。


「もう少し事が落ち着いたらちゃんと話すよ」

「楽しみに待ってる」


 俺がまたつまづきかけると、

「目の妖術を押さえろ、それだけでも随分楽になるはずだ。それから断ち切りたい因縁があるなら根性を見せな、 ――お前さんの気力なら何とでもなる」



 唯空は力強く俺の肩を握りしめた。



   × × × × ×



 三階までの非常階段を登りきると、俺はクイーンに通信を入れる。


「どうしたの、ダーリン」

 俺の魔力の乱れを読んだのだろう、不安そうな声が返ってきた。


「誓いの第一条を行使する。俺が暴走を始めたら、すべての戒めを解いて俺を止めろ」


 クイーンは息を飲んだが、

「分かったよ、無理しないで」


 小声でそう呟いて、通信を切った。


 横で聞いていた唯空があきれ顔で、

「お前さんはやっぱり隅に置けねえ男だな、それで作戦はあるのか?」

 笑いかけてきたが……


 その言葉をキーに、不意に脳内のチェスボードが動き出す。

 そう、今の局面は俺がキングだ。隅に置かなくちゃいけない。


 下神やその後ろで動いているやつは加奈子ちゃんや千代さんを狙っているが、その為には俺が邪魔だ。


 人質を捕って交渉を装っているが、わざわざここまでおびき寄せたのは俺の命を奪うためかもしれない。


 そう考えると現状は、間抜けなキングが敵の包囲網にのこのこと現れたところだ。


「キングは中央に置けば危険だ」


 しかもまだ動いていない敵の大将は入れ替えキャスリングも可能だろう。


 正体がバレそうになれば異世界転移ゲートを利用して、あの四人のうちの誰かに入れ替わるかもしれない。

 わざわざここに呼び出したぐらいだから、そのぐらいの準備をする時間はあったはずだ。


 この派手にもれ出ている魔力も、持ち込んだ異世界転移ゲートの存在を隠すためだと考えれば納得できる。


 自分の命が危険になればそいつを生贄サクリファイスにして逃げることができるし、下神の裏にいる人間を誤認させて時間を稼ぎ、その間に体制を立て直すこともできる。


 こちらの戦力は…… キングは手負いだが、クイーンが屋上で待機していて隣に唯空がいる。


 ――なら、この局面に勝機はある。


「読み切った」

 俺がそう呟くと、


「何のことだ?」

 唯空が首を捻る。


「まず扉を開くと同時に『気配の相手』に向かって俺が走る。その間に唯空は芦屋を探して交渉を進めてくれないか」


「戦力の分散も、状態の悪いお前さんの単独行動も悪手だが…… 何か考えがあるんだな」


 俺が頷くと唯空はニヤリと笑い、

「じゃあお手並み拝見と行くか。それで交渉はどうすりゃいいんだ?」


「両手を上げて、命乞いでもしててくれ」


 俺は気配の相手に負け、唯空が追い込まれ、その状態で敵の思惑を聞き出す。


 そこまで説明すると、

「なかなか楽しそうだが、俺の演技力には期待するなよ…… 大根役者の自覚がある」


 唯空は大げさに両手を広げた。


「奇遇だな、俺も演技力には自信がない」

 そう言えば幼稚園や小学校の演劇でも、森の樹や道端の岩とかの大役を演じてたっけ。


 しかし死んだふりぐらいは出来るだろう。

 多分…… いや、きっと。


 俺が悩みこんでいると、

「まあ、お互い頑張ろうや」



 唯空がヤレヤレとばかりに首を振りながら、俺の肩をポンと叩いた。

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