それより俺と踊りませんか その4
そう、この時俺はいよいよ師匠と本気のバトルをするのかと意気込んでいた。
師匠は珍しく幾つかの魔法陣を展開して、何かを呼び出していたし、それに共鳴するように俺の作ったチェスの駒が震えだしていたからだ。
「申し訳ありません、少々考え事を……」
俺が素直に謝ると、
「ふむ、まあ良い。では問おう!」
師匠は俺の記憶にある通り、両手を腰に当て胸を張りながら質問を始める。
「これから卒業試験としてふもとの村を滅ぼしてこいと言ったらどうする」
「もちろん断ります」
「ではその村を滅ぼさねば、更に人の多い大都市が滅ぶとしたらどうする」
「どうしてそのような事に?」
「ふむ、そうじゃな…… 魔族の仕組んだ罠かもしれんし、神々の悪戯かもしれん」
「魔族の罠ならそれを解き、神々の悪戯ならそれをいさめます」
「それは最も困難な道で、誤っておるかもしれんし、成し遂げれんかもしれんぞ」
師匠は俺の瞳を、その美しい目で探るように覗き込んできた。
そう、師匠の教えは初めからずっと自ら困難な道を選び、それをどう乗り越えるかについて考えるものだった。
無限回廊図書で歴史から学ぶ術を語ってくれた時も、賢者の心得を説いてくれた。
初めてオークをこの手で殺したときも善と悪について教え、「自分の意志を貫け」と俺に言った。死の谷に向かう前も、「本当の救いや幸せとは、自分自身でしか見つけれぬ」と教えてくれた。
歪みを正し、
それを実現するための知恵と力を持つことが、今までの修行の日々だった。
「その道に自分の信じるモノがあるのなら、必ずやり遂げて見せます」
「随分と
いつも俺は自分のちっぽけさを知り、上手くいかないことに思い悩んだ。
きっとそれは足元に転がる小石と同じで、どこにでもあるありふれた存在だからだろう。
「きっと、この小石と同じです」
それを手に取って眺めると、雪解け水に濡れ晴れた初春の日差しを受け、キラキラと輝いていた。
師匠が展開していた魔法陣のひとつが揺らめく。
まるで俺の言葉に反応するように……
その小石の尊さにあらためて感動していると、
「道とは何じゃ」
師匠は俺と同じように、慈しむように小石を見つめて聞いてきた。
師匠の後ろにある森の獣道はやがてふもとの村へつながり、そこから大きな都市へ向かい、数多くの国や世界と混じりあう。
そして今俺の前にいるのは師匠がいる。
俺は師匠に出会わなかったらどうなっていたのか……
師匠に出会う前に起きた出来事は決して楽しいことではなかったが、こうして今を迎えられるのならそれですら大切な事だったように思えてならない。まるでこの世界が俺を主人公として回ってるみたいに。
石ころのように何処にでもある当たり前のものですら、そこに今存在する以上、それを中心とした壮大な物語が存在する。俺の脳裏で大きな岩が崩れ、川を下りながら丸い小石となり、とある庵の前の獣道までたどり着く道が見えた。
「自分と言う名の物語です」
この世界の全てが自分の為に存在すると感じ、そして全てのモノが俺と同じように主人公であると、そう感じれた。
「師匠に出会えて、本当に良かったです」
小石を眺める師匠にそう伝えると、師匠が展開していた魔法陣の全てがポトリと音を立てて草木や地面に溶け込むように同化した。
すると、俺の脳内に聞きなれない声が響く。
「あなたは我々の意志をつぎ、世界の歪みを正し、あるべき時の流れを取り戻せますか」
それは幼い子供のようにも、年老いた女性のようにも思える声だったが、その響きに不思議と心が落ち着いた。
「あなたは」
「この世界の統合思念。人々は『大いなる意志』と呼んでいるようです。今我らが認めた唯一の人物から、会話の扉が開かれました」
「会話の扉とは」
「その知と力は既に我らも認める域に達していましたが、我らを理解する
それまでそもそも大賢者とは何か、俺も理解できていなかった。
いわく、この世界を構成する魔力を統べる『大いなる意志』が認めた者。
いわく、魔法学を極めんとする賢者会が功績ある者に贈る称号。
いわく、帝国が制定した魔術師の最高位で、大賢者を王族と同等に扱うことで魔術による革命や内戦を防ぐ為に創られた地位。
どれも直接師匠から聞いた話ではなく、今までの試練で周囲から聞いた話だった。師匠に問いかけても正確な返答はもらえなかったし、『大いなる意志』は神学者や教会は存在を肯定しているが、魔法学者の多くは否定的だった。
何せその存在を誰も見たことがないのだから。
しかしそれが実存として感じられ、話しかけてくる以上間違いない。
大賢者とは世界の
「その扉を開きます」
俺が覚悟を込めてそう念じると、
「扉の形は」
また、不思議な響きが脳内にこだました。
俺がチェスの駒を握りしめると、
「では、まずその不揃いな石の中に」
そんな声が聞こえるとチェスの駒が輝きだし、
「うむ、どうやら奴らもお前を認めたようじゃな」
師匠が俺の近くまで歩み寄ってきた。
「我も同じ思いじゃ、お前に会えて本当に良かった。まるでこの三千年がその為にあったような気がする」
俺の考えを読んだようにそう呟くと、楽しそうに微笑む。
小石をそっと足元に戻すと、師匠が自分の収納魔法から漆黒のローブを取り出し、しゃがんでいた俺の肩にかけ。
「これで試験は終わりじゃ、そのローブは卒業祝いだと思え」
俺がポカンと口を開けると、
「知識や魔法だけが賢者の条件ではない。最も重要なのはその心得じゃ」
師匠は俺の顔を覗き込むと、
「そうだ、すっかり聞くのを忘れておったが名は何と言うのじゃ」
可愛らしく首を捻った。そう言えば今まで聞かれたことが無かったことを思い出し、俺もついつい笑ってしまう。
「斉藤…… 斎藤達也と呼ばれてましたが」
「ではこれからは、大賢者サイトーと名乗れ」
師匠は恥ずかしそうにそう言うと、それを隠すようにクルリと踵を返して庵に向かって歩き出した。
そして、そこまでの記憶が終わると……
またポンと安っぽい音と響き、俺は闇に溶け込んで行った。
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