これが総受けってやつだろうか
その男は椅子の上に立ち上がると微笑みながら右手を差し出してきた。
魔族にそんな文化は存在しないが、郷に入れば郷に従えと言うことだろうか。
その男の身長はこの世界の十歳児と同じぐらいの高さのようで、百四十センチ程なのだろう、椅子の上に立ってやっと俺と目線が同じになった。
「アルフレッド・ガバルだ。魔王軍第五戦略部隊…… いや、キミたちには『虚無の部隊』と紹介すべきか。そこの責任者をしている」
将校服の肩には高濃度の魔力を放つ五つの魔法石が埋め込まれていた。サーチ魔法を展開するまでもなく、それは本物の階級章だろう。
なら、その肩書は大佐。
魔王軍は魔王を筆頭に四天王がつかさどる四つの部隊があり、彼らが魔王直属の『大将』として位置し、その眷属たちが『中将』『少将』を名乗る。
この世界の軍と大きく違うのが個の力で、四天王やその眷属たちはたったひとりでも何万もの一般兵を蹴散らすことができた。
しかし魔王軍もそんな化け物ばかりではなく、その下の階級である『大佐』以下は、人族の一般兵と個の力はあまり変わりなく、組織力で戦闘を仕掛けてくる。
しかし四天王に従わない一騎当千の猛者ばかりが集まった第五の戦力、『虚無の部隊』が存在し、その力と組織力は四天王軍を凌ぐと噂されていたが、
「実存しているとは思わなかったよ」
俺が魔王軍と争っている時ですら、その存在は確認できなかった。
アルフレッドと名乗った男は俺の右手を小さな手で力強く握りしめると、
「我々は大賢者様との接触を避けていたし、あの魔王が討伐された後の事態を想定して別の作戦に従事していたからね」
少年の声色のまま落ち着いた口調で話す。
そのズレが独特のプレッシャーと違和感を与えたが……
子供体形に合わせた将校服は可愛らしく見え、何故か下は半ズボンだし。しかも整った顔立ちとにじみ出る品の良さは、麻也ちゃんと春香が俺に隠れてこっそりプレイしていたショタゲーのキャラみたいだった。
きっと属性は『受け』に違いない。
「避けていたのに今更何故接触してきた」
ショタ君が椅子に座り直すとチャイナ服のウエイトレスさんが俺の近くの椅子を引いたので、そこに座る。
「そんなに身構えないでほしい。敵味方であったとは言え我々第五部隊は大賢者様の活躍を支持していたし、今も利害は一致しているはずだ」
ショタ君の話によると、そもそも力の象徴として人造された前魔王を彼らは王として認めていなかったようで、
「先代、いやもう先々代と呼べばよいのか…… 我ら第五部隊はブリガイヤ前魔王の思想を受け継いでいる」
急死した穏健派の前魔王が掲げていた『世界調和』の為に活動しているらしい。
その為今の政権である『改革派』とは距離を取っていて、
「新たな魔王を名乗り始めたレファイデスの失脚を画策している」
そんな政治的狙いがあるそうだ。
「レファイデス?」
聞きなれない名前に俺が首を捻ると、
「そうか、人族はあれを
ショタ君はニヤリと微笑み……
足の届かない椅子に座ってるせいか、テーブルの下でパタパタと両脚をさ迷わせる。
もうそのセリフや表情と、態度がミスマッチすぎてコメントに悩む。
隣に座るアリョーナさんは冷や汗を流しているが、麻也ちゃんや春香が見たら黄色い悲鳴をあげたかもしれない。
「だから共同戦線を張りたい。具体的にはこちらからの情報提供や物的人的支援、必要であれば大賢者ケイト・モンブランシェットの保護も含めて良い。悪い条件じゃないはずだ、この契約を前向きに考えてはくれないかね」
「そちらの要望は?」
「もちろん
師匠がナイトメアから逃れてここに霊体として存在していることも知っているようだ。あの森や庵の結界を魔族がどうこうできると思わないが、用心に越したことはない。
それにアリョーナさんの表情から、俺がこの席に着く前に彼女たちに何らかの条件を突きつけた可能性もある。
例えば俺がこの件を断れば、マフィアさんたちに大きな損害が加わるとか。
隣のアリョーナさんの顔を見ると、ぎこちない笑みが返ってきた。
ショタ君のこの世界の立場を考えると、もっと強烈な条件なのかもしれない。
魔族も契約は重んじているから、そこに不正をすることはないが、その前段階で物事を有利に進めようとする癖がある。
きっと師匠とアリョーナさんたちを人質に取ったつもりなのだろう。
そうなると……
俺としてはこの契約に乗っかりつつ、相手の出方を見極めるのが賢明だ。
情報不足は思わぬ敗因を招きかねない。
例え提供される情報が嘘であっても、そこから何かを読み取ることはできる。
最悪、
「では、その契約を受ける」
受けのショタ君に『受ける』と言ってしまって、思わず苦笑いがこぼれた。
これが『総受け』ってやつだろうか? 後で麻也ちゃんにでも確認してみよう。
そこで個室に料理が運ばれてきた。
食前酒をチャイナ服のウエイトレスさんが用意すると、そのグラスをショタ君が持って、
「我らの健闘を祈って」
嬉しそうに掲げる。
アリョーナさんもグラスを上げたが、微妙に手が震えていた。
俺がグラスの酒を飲み干すと、
「では早速、私の部下を派遣しよう。作戦の詳細は彼から聞いてくれ、大賢者様とは初対面となるらしいが、この世界をよく知る有能な男だから安心してほしい」
ショタ君はニヤリと微笑む。
そして嬉しそうに目の前にあったエビチリを口いっぱい頬張って、もぐもぐしている。
もうどう見ても可愛い十歳児にしか見えない。
アリョーナさんは春巻きを皿にひとつとると、上品にナイフとフォークでそれを口に運んだが、やはり顔色は優れなかった。
「それじゃあ、せっかくの美味しい料理と素敵なドレス姿が台無しだ。どうか安心してください、例え何があっても俺はアリョーナさんたちを守ります」
心配になって俺がアリョーナさんを見つめながら小声でささやくと、見つめ返してきた大きな碧眼が少し震えて……
食前酒のせいだろうか? そのすべすべとした透き通るような頬が、少しだけ赤くなった。
× × × × ×
加奈子ちゃんの家につく頃には日はすっかりと落ち、空には冬の星座が彩られ、吐く息も白くなり、本格的な冬の訪れが感じられた。
もうシャッターが下りていたから、店の横にある社員用出入り口まで移動したら、痩せた背の高い男が所在なさげに立っている。
高価な服装ではなかったが、ちゃんと手入れされたコートや磨かれた革靴にはどこか清潔感があった。
俺と目が合うと柔和な笑顔を見せて、その男がペコリと頭を下げる。
近付くと俺より少しだけ目線が高い、身長は百八十の半ば程だろう。
年齢は四十前後に思えたが、見ようによっては三十歳でも通用しそうな感じだ。
「こんばんは、もう店が閉まっていたので今日は帰ろうかどうか悩んでいたところです」
その言葉遣いには落ち着きが感じられ、何処か人の好さがうかがえる。
「麻也ちゃんに用事ですか、それとも俺ですか?」
「えーっと、あなたがサイトー様で」
魔族の気配はなかったが、この波長は麻也ちゃんや千代さんと同じものだ。
正体はきっと妖狐なのだろう。
「俺がサイトーで間違いないですが、稲荷で何かあったんですか?」
ふと師匠のことが頭を過ぎったが、
「いえいえ、そうではなくて。私、第五部隊の者でして」
男がそこまで話すと、声を聞き付けたのか店のドアが開く。
「タツヤ君どうしたのー、お客さんでもいるの?」
真っ赤な帽子と真っ赤な衣装に身を包んだ加奈子ちゃんが顔を出して、俺と男を不思議そうに見比べると、
「そんな、玄一さん?」
大きな瞳を広げてその男を見つめ、俺に向かってゆっくりと倒れ込んだ。
「加奈子ちゃん、しっかりして」
そのボインボインすぎるミニスカサンタを俺が何とか受け止めると、
「ああ、やっぱり兄の玄一に今でも似てるんですね。申し遅れました、私千代の兄にあたる
そして加奈子ちゃんが気を失っていることを確認すると、
「サイトー様と同じで異世界に転移して、それでまあ何の因果か魔族軍に身を置いて、今では第五部隊で働いております。大佐から話は聞いていると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
小声でそう言ってから……
もう一度俺に向かって、申し訳なさそうに深く頭を下げた。
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