異世界帰りの大賢者様はそれでもこっそり暮らしているつもりです
木野二九
大賢者様はささやかな幸せを願う
狐たちの夜話
大賢者様の大いなる帰還
人族軍は魔族軍と幾度の戦闘を交えたが、占領された人族領の奪還は叶わなかった。
人族最大国家である帝国も疲弊し、このままでは人族が滅びると判断した時の皇帝アナスタシア・ランフォード三世は、人族と魔族の戦いに不干渉であった『大賢者』に魔王討伐へ向かっていた勇者パーティーへの同行を願う。
魔族軍の戦力のかなめでもあり、過去多くの勇者パーティーが挑み、討伐に失敗した現魔王は過去最大の実力と言われていたが……
× × × × ×
「
俺は人里離れた砂漠の中央で、その魔王に向かって指を弾く。
チェスの駒の形に加工した魔法石が狙った場所まで飛び、ポトリと砂に吸い込まれた。
「大賢者サイトー様、ケインが!」
神官服からこぼれそうな大きな胸を揺らし、俺のバックアップをしていた聖女アンジェが叫ぶ。位置魔法で勇者ケインを確認すると、魔王の後方で脚に深手を負って動けなくなっている。
俺はその動きに眉をひそめたが……
「アンジェ、回復の奇跡を俺に打て」
回復魔法が苦手な俺は、聖女の奇跡を魔法で送ることにする。
どうやらそれは離れ業らしいが…… 俺の師匠だった大賢者ケイトはその程度の事、何でもないような仕草でやすやすと行っていた。
「はい」
アンジェの声に俺は今組み立てている封印術式を操作しながら、受け取った奇跡をケインへ送った。
「そんな、二つの大魔法を同時に…… しかも無詠唱で」
アンジェが驚きの声を上げた。
振り返ればきっと情熱的な赤い髪と瞳を揺らして俺を見ているだろうが、今は魔王に集中する。
美しいお顔とエロいボディーをお持ちの聖女様は、勇者ケインとたぶんもうデキちゃってたから、今更尊敬の念を集めても遅いだろう。
「
更に魔法石を弾くと、魔王の二つの顔が苦痛に歪む。
そう、魔王は二位一体の身体と頭脳を持っていた。
二人の大男を強引にくっつけたような見てくれだが、四本の手足を器用に動かし、二つの頭脳で攻撃と防御を同時に行う技は、二人の魔族を相手するより厄介だ。おまけにどちらかを倒しても、片方が生き残っていれば瞬時に復活する。
「ケイン、ライザー、モーリン、引け!」
その為俺の作成した術式に追い込み、勇者パーティーの勇者ケイン、聖騎士ライザー、大魔導士モーリンが同時攻撃を仕掛け、俺がそのスキに封印を完成させる作戦に出た。
「すまない、サイトー」「くそっ、ろくなダメージを与えれなかった」「サイトー、もう術式は完成したのか」
ケインとライザーが俺の後ろに逃げ込み、ローブ姿のモーリンがふわりと俺の横に着地する。
青いショートボブにボーイッシュな顔立ちだがローブの下はミニスカートで、いつも元気に飛び回る。今もチラリと純白のパンツが見えたが、俺は集中を切らない。
モーリンは健康的な太ももをいつも元気よくさらし、胸の大きさはアンジェに及ばないものの、躍動感に満ちて均等の取れたスタイルは目を引くものがあった。
そして幼く見えるが整った顔立ちは、とてつもなく可愛らしかった。
「これでチェック・メイトだ」
師匠から受け継いだ杖を地面に刺し、放った三つの魔法石に魔力を通すと、魔王の二つの顔が苦痛に歪み、足元からボロボロと音を立てて崩壊を始める。
「す、凄い…… あんなのボクじゃ理解すらできないよ」
モーリンが歓喜の声を上げて俺に抱き着いてきたが……
「もうこれで魔王の脅威はなくなる、後は帝国軍に任せても問題ないだろう」
俺がそう言うと、
「やったね、これで人族領も平和になる」
そう言いながら、聖騎士ライザーに走り寄る。
「ありがとうサイトー、後は俺たちの仕事だ」
そして二人は満面の笑みを浮かべて抱き合った。
ライザーは帝国軍の士官で貴族でもある。
整った品のある顔立ちの美男子だし、根が正直でいつも正々堂々としていて悪い奴じゃない。
だから寄り添うモーリンの姿にも、俺はエールを送っている。
残りの魔族軍討伐は、二人の実力ならイージーオペレーションだろう。
どうか幸せになってくれ。
決して羨ましいわけじゃないが、二人を見ているとなぜか涙が浮かんだ。
まあこれはきっと、魔王を倒した達成感だろう。
「サイトー、本当に帰っちまうのか?」
勇者ケインはワイルド系の美男子だ。
孤児から這い上がり聖剣に選ばれ、教会からも絶大な信頼を得ている。
努力家で正義感に満ちた性格は、俺も好感を持っていた。
「この討伐が終わったら、アンジェと結婚するんだ」
昨夜俺に死亡フラグ並みのカミングアウトをしちゃう、おっちょこちょいな所もあるが、まあ確り者のアンジェとなら安心だろう。
だがせめて人に話しかけている時に抱き合うのはやめてほしい。
アンジェの巨乳が凄いことになってて、目のやり場に困る。
「ああ、やっぱり俺の居場所はここじゃないらしい」
俺は大賢者の称号を得るまで師匠と過ごした、あの厳しすぎる修行の日々を振り返り……
勇者パーティーに入ってからの三年も振り返ってみた。
男三人に女二人。
多分この男女構成が不味かったのだろう。
せめて三人三人とか、いや男二人で女三人とかならまだ希望があっただろうか。
「それにこの魔王の秘密。ゲートの力を借りないと、俺でも元の世界に帰ることはできないからな」
魔王の身体が土塊に戻り、俺の作った魔法陣の中央に古びた木製のドアが一枚現れる。
「あれ? 二枚だと思っていたが」
この世界には、時空を超えることができる三つの扉が存在していた。
そのうち一枚は俺の師匠である初代大賢者が所有していて、
「残り二枚の場所が分からない」
と、言っていたが……
「どうした、サイトー?」
勇者ケインが扉に近付き、何かを確かめるように首をひねる。
「いや、何でもない」
魔王の強さや形態から勝手にそう思っていただけで、あと一枚は別の場所にあるのだろう。おれは気を取り直して、現れたドアに歩み寄った。
討伐に同行してから四天王と呼ばれる魔族軍の大将を倒したり、人族を苦しめていたダンジョンを制覇するたびに得た情報で、この存在は分かっていた。
「こいつは魔王の力が消滅えると、俺の力でも使用できなくなるからな」
この扉を動かすには何万人の『魂』が必要になる。
だから魔王が保有していた『魂』のエネルギーが消える前の、このひと時しか日本に戻るチャンスはない。
師匠は「この世界でも幸せは探せるじゃろうに」と、ため息をついたし、皇帝陛下には随分と引き留められたが、べったりと寄り添う二つのカップルを見ていると、俺の意志はより強固になった。
何せこの異世界は美男美女が多すぎる。長く暮らしていたせいか俺の容姿にも多少の変化があったが、やはりレベルが違い過ぎた。
日本に戻ってひっそりと暮らし、相応の彼女でも探そう。
師匠は「ささやかな暮らしにこそ真の幸せがある」と言っていたし、俺には人として、どうしてもそれが必要だとも言っていた。
あらためて四人の姿を確認すると、俺がこのパーティーに入った頃より成長したのも感じられる。これなら陛下からの密命も達成できただろう。
俺は古びた木製のドアに近付き、魔法陣を描く。
この世界と日本では時間軸が同時進行でつながっているせいで『時』の指定はできないが、何とか『場所』の指定はできた。
悩んだ末、日本での思い出の場所の座標を書き込むと、
「大賢者サイトー様…… これでお別れなので、最後に私の気持ちを聞いてください」
聖女アンジェが両手を組んで俺に祈りを捧げるようなポーズをとる。
「ずっとお慕い申しておりました。今もその気持ちは変わりませんが、ケインと共にこの世界を守ってゆきます」
お慕い? まあ尊敬はされてるかもと思っていたが、ちょっとニュアンスが微妙だな。
そのうるんだ瞳に俺が首を傾げると、
「まあ、あれだ。アンジェの恋愛相談に乗ってて、その。だがサイトー、この世界のことは安心してくれ、俺たちが必ず平和にして見せる」
その後ろでケインがツンツンにとがった髪をポリポリと掻く。
恋愛相談?
「はははっ、やっぱり気付いてなかったね。あの帝国最強アイドルの猛烈なアタックを無視し続けてきた男だから、仕方ないよ」
モーリンがアンジェの肩をポンと叩くと、
「モーリンだって結構露骨にアタックしてたじゃないですか」
アンジェが可愛らしく頬を膨らませる。
「あたしは高嶺の花を諦めて、好きだって言ってくれる男を見つめなおした結果だからさ」
楽しそうに笑うモーリンの横で、ライザーがサラサラのロン毛をポリポリと掻き、
「サイトー、ずっと尊敬していた。いつか俺もお前みたいになれるよう、努力を続ける。そして世界も平和にして、モーリンも幸せにしてみせる」
恥ずかしそうにそう呟いた。
「ああ、俺も同じ思いだ!」
ケインも手を握りしめて俺を見る。
汗臭そうな男の話はどうでもよいが、高嶺の花? アタック??
ひとつの事に集中すると周りが見えなくなるタイプだとよく言われたが……
アンジェが? モーリンが? 帝国最強のアイドルって誰だ?
そんな記憶が見つからない。
思い出すのは魔族軍との熾烈な戦いや、勇者パーティーに対する指導やサポートの日々だけだ。
嘘をついてないかと思い『サーチ魔法』を発動させたが、皆事実を語りあいながら俺の門出を祝っている。
ま、ま、まあ、過ぎたことは仕方がない。
ここは師匠直伝の前向き思考で乗り切ろう。
後数分で扉が開くところで、
「それからこれは陛下からの贈り物です、きっともう説得しても無駄だからと」
アンジェが小さな箱を渡してくる。
そう言えば魔王討伐の依頼を受けた際、断るつもりで無理難題を吹っ掛けたが、その報酬すら受け取ってなかったな。
あれは受け取れるものでもないし、陛下からも色々と無理難題も受けた。
まあそれも、今となっては良い思い出だが。
ふとフタを開けると一番上に小さなメッセージカードがあり、
「私を自由にする権利を寄こせと言いながら、指一本触れなかった大バカヤローへ、先ずこの言葉を送る」
で、始まり、そしてその下に小さく、
「愛してます」
と、書かれていた。
四人が涙ながらに手を振る姿を見ながら、
「あれ、これって戻る必要ないんじゃね?」
そんな考えがよぎったが、もう止めることのできないゲートの魔法に……
俺は無事、吸い込まれていった。
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