EP.13 死神はいつだってオワリを連れてくる


「――【星屑ト散レ儚イ命オー・ルヴォワール・エトワール】!」


「――【外が嫌いな余を守る氷壁ヴェイル】」


 死神が放つ大鎌の一撃を、雪の結晶のような氷壁を展開して防ぐ。


 本来であれば如何なる攻撃をも防ぎきる魔王の結界は、影を纏った鋭い太刀筋によって砕け、ぱらぱらと氷の花を散らした。


「――ッ!? どうして魔王が僕を守る!?」


「貴様には吐かせたいことがある。『エタニティ』に固執する理由や帝国われわれと対立するワケ。耳の後ろに僅かに生えた、小さな角のこと……」


「……!」


「死なれたら、口が割れないからな?」


「お前……」


(……っ! キタッ!)


「――【余の敵は悉く滅ぼせエンシェント・オーダー――禍ツ槍ランス】」


 オペラは身を翻し、地中から突如として現れた無数の槍を躱す。

 そして、口元をにやりと歪めた。


「――【断頭ノ凱歌ブラッディ・オブ・オペラ】!」


 死神が外気にフッと息を吹きかけると、発生したもやが金切声のような呻きと共に首回りを吹き抜けた。

 魔王の姿を映しているからかはわからないが、その声に囚われたらイメージが頭の中にフッと沸き、本能的に『良くない』ことがわかる。


(今度は呪詛か?)


 おそらく、普通の防壁では防げない。


「――【余は風邪ひいたら死にたくなるプロテクション・コールド】」


「チッ……しつこいなぁ……?」


「…………」


(ベルフェゴール、やり過ぎだ! いくら俺が『映し身』だからって……)


 さっきから、俺の身体は疲労度外視でバカスカ魔術を撃ち放題。

 さすがにキツくなってきた。


「はぁ……」


(人の身体だと思って、楽しんでるな? コントローラー握ってるだけの魔力タンクのお前とは、ワケが違うんだぞ!?)


 ぶっちゃけ、術を放てば反動でクラクラするし、何処から来るかわからないオペラの攻撃に瞬間的に対処ので、腕とか頭がありえない方向に曲がりそうでさっきから冷や汗ばかりかいている。


「……いい加減にしてよ?」


「貴様がな」


「――【一生檻から出てくるなエターナル・ケイジ】」


「――【刑死ノ誘イ手ロスト・ラヴァーズ】!」


 揺らめく姿を捕えようと展開した楔の檻も、亡霊のような無数の白い手に掴まれてバラバラにされ、リボン結びにされてしまった。


「ふふっ♪ この方が可愛いだろ?」


「むっ……」


(ベルフェゴール……殺せないから強く出れないのか? 『エタニティ』には奴の力が不可欠と言っていたしな。でも、相手は死神だろう? こんなちまちま攻めていたら……)


「あーあ。魔王とかいって。こんなものなのかい?」


 オペラは天井のシャンデリアに腰掛けてさも退屈そうに俺達を見下ろした。


(ほら、やっぱりナメられた。それとも、油断させるのが狙い?)


 それにしても、オペラの使う術はどれも気味が悪い。先程召喚された地中から伸びる『手』も、『ドコ……アノヒトはドコ……?』と呻きながらぺたぺたとその場を這いつくばっていた。


「さ。そろそろ死んでもらおうかな?オアズケされるのは、誰だってイヤだろう?」


「誰も『おまえ』は呼んでない」


「寂しいこと言うなよ? 『ぼくら』はいつもすぐ傍にある。人の営みと共に」


 ふふっ……!


「……っ!」


 どれだけ術を繰り出そうと、死神は魔王おれの猛攻に怯むことなく攻撃を続けてくる。北の宰相を殺そうと、いつだって俺でなく背後のミラージュを狙っているのだ。


(人を庇いながら戦うのって、マジで大変なんだな……!)


 これまでクラウスやハルが当たり前のようにそうしていたのが、どれだけ凄いことなのか。俺は実感していた。

 いくら術を行使しているのがベルフェゴールとはいえ、防護結界を常に展開しながらの反撃。加えて死神であるオペラは鎌であれ、呪詛であれ、【即死系】の攻撃しか仕掛けてこない。奴が一手仕掛けてくる度に結界を張り直して攻撃に転じなくてはならない為、倍の手数で対応せざるを得ないのだ。


(はぁ……くそっ……)


「オペラ! いい加減にしろ!『神』のワガママで地上われらの事情に首を突っ込むな! せっかくこの会談で他国と“そこそこいい条件”で和議を結ぶ予定だったというのに、ぐちゃぐちゃにしおって!」


「はぁ? いつだって『ぼくら』はそうしてきたけど? 今更こんな少年ひとり……! キミこそ、虚像のくせに――! どうして僕の邪魔をするっ!?」


「口を慎め。余は魔王だぞ?」


(あと、あんまり虚像虚像って連呼すんのはヤメロ。変身が解けるだろ?)


 解けたら終わり。ジ・エンドだ。


 この場にいる人間はオペラ以外は『俺が魔王と思っている人間』と『ユウヤのミラーは魔王を映すと思っている人間』ばかり。多数決の理論で、俺はこの姿を保持している。だが、ライラやクラウス達がユウヤおれの『ミラー』は超万能と思い込めば思い込むほど、術の再現度が上がっているようにも思う。


 だったら……


「観念しろ。魔王が持つ最強の術で死神如き再起不能にしてくれるわ。貴様どうせ復活するんだろう? 粘着しつこい『死神』めが」


「はっ? ふざけっ……!」


「――【夜闇ノ外套ナイトヴェール・ドレス】」


 右手をかざして術の発動に備える。

 オペラも攻撃に備えて珍しく防御の姿勢をとった。

 自在に操っていた『影』を自身の周囲に集めてくすんだオーロラのような防護膜を形成させる。


(さぁ、見ているだろうベルフェゴール?『最強の術』をもって来い……! 俺達のチームワーク、今こそ世に知らしめ――)


「…………」

「…………」


(あれ……?)


 術が、出てこない。さっきまでびっくり箱もビックリな頻度でアホみたいに出てきた魔王の術が、急に出なくなった。


(ベルフェゴール、まさか寝オチ……!?)


「なに? 魔王最強の術っていうからてっきり凄いのが来るのかと思ったら……もうガス欠かい? はははっ! やぁ~っぱ人間じゃん! 映し身も『神』の前では『人のまま』ってわけ? 大したことないねぇ~?」


「――【汝は歩きたくないディメンション・エスケープ】」


「「――っ!?」」


 急に発動したのは、『転移の術』だった。

 前にこれを使って遠くの街に行ったことがある、結構馴染みのある術。


(なぜ今、『転移』……?)


 でも、今回は『誰かを呼び寄せる』召喚術の代わりだったようだ。


(一体、誰を……)


 そう思って転移してきた人物に視線を向けると、白金色の髪の聖女と目が合った。


「あら? 私、紅茶を飲んでいたのに。ここ、どこ? ……大広間?」


 その瞬間。オペラが血相を変える。

 元から青白かった顔を一層青くして、わたわたと慌て始めた。


「……っ!? クリスっ! 出てきちゃダメって言ったろう!? ここは危ないよ、早く部屋に戻って!」


「まぁ、オペラ様!ここにいたのね? みんなも、会談はもう終わったのかしら?」


「いいから戻ってクリス! キミは北の宰相に狙われて――」


「そうみたいね? でも、オペラ様が守ってくれるんでしょう? ふふっ、頼もしいわ! それより、こんなところで何をしていたの?」


 事態の深刻さを全く理解していない聖女クリス。きょとんと無垢なまなこを興味津々にオペラに向ける。オペラはバツが悪そうにサッと大鎌を背後に隠した。

 逸らす視線。垂れる冷や汗。まるで浮気に言及されている旦那のような切迫した表情。


 オペラはどうやら、『人を殺そうとしていた』ということをクリスに知られたくないようだ。


 そして一言――


「……なんでもないよ? 少し、散歩さ」


(((はぁ~~~~っ?)))


 ふざけんな。さっきまで人のこと散々殺そうとしておいて、何を悠長な――


 その場にいる全員が、白い目でオペラを見る。

 オペラはハンドサインで俺達に『少し黙ってて!』と合図した。


(……仕方のない死神だ)


 俺はクリスの前に進み出る。


「そろそろ会談を終えようとした頃合いにオペラと出くわしてな。少々、意見を聞いていたところだ。会談の場にいなかったとはいえ、オペラもクリスも我が帝国の重鎮に変わりはないからな?」


「……! そうそう! そうなんだよ! ベルフェゴールと帝国の今後について話し合っていたら、ちょっと盛り上がってしまってね! 僕ももう戻るから、ほら、部屋に行こう?」


「あ、ちょっとオペラ様? 私、みなさんにご挨拶……」


「しなくていいからっ!!」


 死神の悲痛な叫びと共に、聖女クリスは城内に姿を消した。


(助かった……)


 いくら低位とはいえ、人の身で『神』とやりあうなんて無茶が過ぎる。俺はずーっとバクバクしていた心臓を撫でおろし、ようやく呼吸を取り戻した。

 すると……


「「「――あ。」」」


(ん?)


「……ユウ、ヤ……」


 青い瞳をまんまるく見開いたライラと目が合う。


「――あ。」


 ――『映し身』が、解けた。


 緊張の糸が、切れてしまったのだ。


「やば。」


 急いで魔王の姿になろうとするも、『既に見られた』らしい。

 南北の面々が揃いも揃って俺をあんぐりと見つめていた。


(バレた……もう、こいつらの前では魔王に戻れない!)


 やばいやばいやばい……


 試合に勝って、勝負に負けた。


 ……ジ・エンドだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る