EP.17 キチガイ揃いの悪の帝国がアップを始めました


 オペラが死神の上司であるハーデス閣下――もといママに『帝国民大量虐殺及び不老解除指示』を受けた翌日。俺達は脱皮も無事に完了して復活した魔王の元に集まっていた。俺やライラをはじめ、オペラやクリス、その他我ら帝国インソムニアの重鎮が勢ぞろい。会議室は異様な雰囲気に包まれていた。

 そんな中、人型に戻ったベルフェゴールが口を開く。


「緊急事態である。このオペラめが派手に動きおったせいで冥界の女王に目をつけられた。とどのつまりは、我らの『帝国民不死化計画』がバレたのだ」


「バレた……? オペラ様いわく、魔王様がオペラ様の神格を所有している限りは身元がバレないとのお話だったはずでは?」


「左様。どうなっている、オペラ?」


 一同から白い目を向けられ、バツが悪そうにオペラは呟いた。


「嘘は言ってない。神格が離れれば死神の力は弱まるから、探知されにくいはずだった。けど、まさかママが僕を気にかけて、自ら探しに来るとは思わなかったのさ。そして、単身で魔王の城にやってくるなんてね」


「つまり、『想定外でした』『リスク管理が甘かった』と?」


「そのとおりでございます……」


「「「…………」」」


 しおしおとうなだれる様子に、そわそわと心配そうな視線を向けてあげるのは、クリスとクラウス、ライラくらいのものだ。その他のメンバーは呆れ果てた顔をしている。


「何はともあれ、せっかく帝国民の不死化に成功し、『放っておけば勇者と縁が切れる状態』になったというのに。こうしてはおれん。打って出るぞ。余は『働かないため』なら労力の出し惜しみはせん」


「おぉ……! 流石は魔王様でございます」


「ベルフェゴールがやる気を出してくれれば百人力さ! あぁ、僕らの未来に光明が差してきたよ、クリス!」


「よかったわねぇ、オペラ様!」


(え。……そこ、そんなに感動するとこ?)


 よくわからないが、魔王がちょっとやる気を出しただけでやんやと騒ぎ始める帝国陣営。俺は冷静に指摘する。


「で? 具体的にどうするのです?」


「女王を滅ぼすしかあるまい?」


「……は?」


(いやいやいや。だからそんな『仕事イヤだから上司殺そう』って……)


 こいつもかよ。


 あまりに非現実的な策にジト目を向けていると、魔王は平然と言い放った。


「バレてしまった以上、秘匿しようとしたとてどうにもできん。かといって全ての帝国民を避難させるのも無理な話だ。だが、余は『余に永久とわの安寧をもたらす』この帝国を手放す気はない。となれば、後は問題の根源を断つしかあるまい」


「……え? ガチですか?」


「うむ」


「…………」


 誰かこの発想に疑問を持つ者はいないのかと周囲に助けを求めようにも、全員が全員、首をこくこくと縦に振っている有様だった。俺の脳裏にミラージュの言葉が蘇る。


『しかし、よくもまぁここまでキチガイ揃いの帝国で宰相なんてやってられましたね? 流石は異界の民。あなたのストレス耐性には、僕も敵わない』


 あのときはイヤミでそう言っているのかと思ったが……


(ガチだったな……)


 俺は、常識や良識、フツーというものの尺度など。色々なものを諦めた。そんな俺に、魔王がにやりと目を向ける。


「さぁ、ユウヤ。ここでお前の出番だ」


「…………」


(絶対! めんどくさいやつだ!!)


 全身がイヤな予感に打ち震える。がくがくと心臓が寒くなる中で魔王が俺に命じたのは――


      ◇


「戦力の増強?」


「だそうですよ?」


 俺は私室でライラを膝に乗せ、ぶぅたれながら返事する。ライラはくすぐったそうに頬をすり寄せ、俺の頭を抱えてよしよし、をした。


「ユウヤ、ほんとうに魔王様に信頼されてるのね? ふふ、私は鼻が高いです!」


「そんなこと言って……面倒事を押し付けられているだけでは?」


「でも、これはユウヤにしかできないお仕事よ?」


「……と言うと?」


 その問いに、ライラはにっこりと頷く。


「みんな、ユウヤが大好きだもの!」


「……?」


「私だけじゃない。みんな、ユウヤに助けてもらったの。ユウヤは優しくて、みんなの気持ちがわかるから。だから、きっとみんなユウヤに力を貸してくれるわ!」


「…………」


 なんだか照れくさいその言葉。だが、ライラの顔をみれば冗談で言っているわけではないことくらいわかる。俺は、その言葉を信じることにした。


「ライラ様がそこまで言うなら……少し、やる気を出しましょうか?」


「うふふ! そうしてくれると思ってた!」


 俺はとりあえず中庭で今日も今日とて優雅に茶を飲む北国のふたりいそうろうに話を持ち掛ける。


「……魔王が『神』の討伐に乗り出した?」


 これでもかというくらいに眉間に皺をよせ、聖女フロスティアを背後に庇う宰相のミラージュ。しかし、彼の想いは通じず、フロスティアがひょっこりと身を乗り出す。


「それって、私達はどうすればいいの?」


「ちょっと、ティア……! 何協力する気になってるの!?」


「だって、私達は彼らにお薬を貰ったのよ?その不老のろいが解けるってことは……」


「……! ティアの、不老も……!」


「効果がなくなるわ?」


「…………」


 その一言に、ミラージュは意を決した。


「できるだけティアを前線に出さないと約束をしていただけるなら……」


「それはもちろん。魔王様の采配次第ではありますが、彼は『面倒くさいことになる』ようなことは致しませんので」


「……必ずだ。聖刃せいば様には僕から協力を要請しておこう。それに、僕だって仮にも魔界の出身。たとえ相手が人でなくとも、役に立つ機会もあるだろう」


「ふふ、頼りにしていますよ。北国の、悪の宰相?」


「僕は悪いことなんて何も――!」


「女なら、見境なくたらし込むのでしょう?その『声』で……」


 恨みを込めてにやりと見やると、ミラージュはわたわたと否定する。


「なっ――違っ……! でも! 自衛と国益以外のためには利用してないぞ! ティアにも聖刃せいば様にも、使ったことは無い!」


「へぇ……?」


 にやにや。


「……ッ! いちいち癇に障る奴だな、キミは! 協力するって言ってるんだから、もう行けよ! っていうか、僕らが去ればいいのか……」


 ミラージュはフロスティアに『おいで』と言うと、手を引いて仲良く去っていった。振り返りながら、俺にジト目を向ける。


「何かあればまた連絡しろ。包み隠さずにな」


「ライラちゃん! バイバーイ!」


「ティアちゃんも、ありがとうね~!」


 きゃっきゃと手を振る聖女組に頬を緩ませながら、俺は次の目的地に転移した。


      ◇


 東の大国『邪馬やまくに』。そこで俺たちを出迎えたのは、赤茶の髪に紺の浴衣の、いつもの勇者だ。


「……冥界の女王を倒したい?」


「はい。倒せなくとも、最悪封印できればいい、と。ハルさんの武器は神器。『神』に有効でないことは重々承知の上です。しかし、あなたは地上で最も『伝説』に近いお方。何卒、そのお力を――」


 外回り営業の如く下げようとする俺の頭を、ハルさんはぺいっ、と止める。


「頭なんて下げるなよ?」


「え……」


「俺達、友達だろう?」


「…………」


 にこりと細められる金の瞳。その柔らかい表情に、胸の重荷がスッとおりる。

 隣で見守っていたライラ同様に心をほわほわと和ませていると、ハルさんは一変してにやりと笑った。


「それに――」


 ――「『神』には、借りがあるからな……」


「え――」


(まさか……)


 かつての仲間の仇を……?


 言い出せないまま固まっていると、ハルさんはこちらに向き直る。


「ユウヤ君たちに敵対する『神』はおそらく『あいつ』とは何の関わりもない。けど、俺が君達に与して『神』に反旗を翻せば、奴は必ずやってくる。『勇者のくせに生意気だ』ってね?」


「ハルさん……あなたは、『復讐』を……? 奥さんマヤさまの妹さん、マキさんの仇を討とうと――」


 恐る恐る問いかけると、勇者はらしからぬ笑みを浮かべた。


「俺の分の魔剣……用意をお願いできるかな?」


「かしこまりました。――」



 ――『叛逆の勇者様……』


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