EP.16.5 溺愛系 戦聖女ライラ様。爆誕

 ※時間軸はEP.14とEP.15の間です。後日差し込み入れ替えを予定しています。



 ある寒い日の朝。ベッドから抜け出すのも一苦労なこの季節。俺が余計にベッドから出たくないのには理由ワケがあった。それはこいつだ。


「ん……ユウゃ……」


 隣で背を丸めながら『すやぁ……』な表情を浮かべる金髪巨乳の美少女。寝言でさえも俺の名を呼ぶ溺愛系聖女、ライラのせいである。

 ぎゅっと抱き寄せるとふわぽにょとして触り心地がいいし、髪からはほんのり甘くていい匂いを漂わせている。その香りがまるで沼に沈むような眠りに俺を引き摺りこむのだ。そして何より……


「あったかい……」


 ライラは俺に触られたところで抵抗するわけもない(むしろ喜ぶ)し、ちょっとやそっとじゃ目を覚まさない。朝、目が覚めて、こうしてあたたかさと柔らかさの中でまどろむ時間が俺は好きだった。


(はぁ……なごむ。)


 だが、こうしていると、ますますベッドから出られない。


 会談が落ち着いて帝国の問題もひと段落。時間の流れが遅いことを利用して異世界でお忍びバカンスでもしてから帰ろうと思っていたので、これといって今すぐに起きないといけないわけではないが、もう九時過ぎだ。

 そろそろ起きないと……


(はぁ……ライラお布団きもちいい……)


 ぎゅぅ……


 すやすや。



 結局、二度寝した。



      ◇



「――ッ! いま何時!?」


 がばっ!と起き上がるとびっくりしたライラもつられて身を起こす。


「ふぁわっ!? あっ……ひゃんっ!」


「どうした!?」


「髪の毛を手で踏んづけちゃったぁ! 痛ぁい! 抜けたぁ……!」


「も~……長いんだから寝るとき帽子でも被ればいいのに……」


「も~! それじゃあ頭すりすりしたときに頭皮からユウヤを感じられないでしょう?」


「いや。意味不明。なんだよ頭皮から感じるって……」


「全身がユウヤのための感覚器官です♡」


「あっそう」


「つめた~い! ひど~い!」


 毎度のごとく顔をすり寄せるライラに呆れつつ、くるりんと背を向けさせる。


「髪を結ぶのは? 後ろで一本のロング三つ編み」


「え? ユウヤがやってくれるの?」


「たまにユウキにしてやるから。それと同じでいいなら」


 そう言うと、ライラは『わ~い!』と満面の笑みで背を預けた。

 俺は心地よさそうに目を細めるライラに頬を緩ませながら、てきぱきと長い金髪を編んでいく。


「よし。できた!」


「わぁあ……! ユウヤ上手!」


 姿見の前で嬉しそうにはしゃぐライラ。ネグリジェ姿の背でたゆたゆと黄金色の三つ編みが揺れる度、その愛らしい姿に何故か既視感を覚える。


「あれ……? その姿、どこかで……?」


「え? 私、ユウヤの前で三つ編みするの初めてよ?」


「??」


(蒼い瞳に、金髪の……おさげ……?)


 じーっと見つめていると、唐突にひらめいた。

 これは……アレだ。


「ジャンヌ!!」


 様々なゲーム類に出てくる戦乙女。ジャンヌダルク。何故かどのシリーズでも甲冑おさげで出てくることが多いそのキャラクターは美少女戦士の代名詞。

 だが、今のライラは――


 そこはかとなく、ジャンヌっぽい!!


「間違いない! ジャンヌだ!!」


 まるでおとぎ話からそのまま出てきたみたいな生のジャンヌに、柄にもなくテンションが上がってしまう。


「すごい! 会って抱いて抱きしめても許される系の俺専用なまジャンヌが今! ここに!」


 青髭男爵の如く興奮していると――


「ジャンヌ!?!? 誰ですかその女!!」


「!?」


 戦乙女が悪鬼のごとく襲い掛かってきた。俺をベッドに押し倒し、キャットファイトよろしく首の辺りをかりかりと引っ掻く。


「浮気ですか!? ユウヤ浮気ですかっ!?」


「違う! ジャンヌは架空のキャラクターで……!」


「私よりその女の方がユウヤを興奮させるっていうんですかっ!?」


 興奮していたのは、事実だ。


(たしかに……! そう言われると俺がギルティな気がする……!)


「ごめんライラ……!」


「うわぁああん! ユウヤが生身の人間じゃあ興奮できない身体になったぁあああ……!」


 謝ったのは、逆効果だった。

 俺はわんわんと泣き出すライラに負けじと声を張る。


「ライラは世界で一番可愛いジャンヌだから!」


「!」


「安心しろ! 俺はライラのジャンヌ以外じゃ興奮しない!」


「わぁい♡」


 ぎゅっ♡


「…………」


 なんか、方向性を間違った気がする。


 まぁ、可愛いからいいか。


 俺は今日一日、ライラジャンヌで遊ぶことにした。


「実は、可愛いライラ様にお願いがあります」


「急に改まって何?」


「銀の甲冑を着て?」


「甲冑プレイ?」


「なワケあるか」


 なんだよ甲冑プレイって? 異世界だとそういうのが流行りなの?

 悪いけど、異世界人の性癖全然わからない。


 俺は機嫌よく三つ編みを揺らすライラを引き連れて、リリスの元を訪れた。

 お洒落をするなら、オシャレさんに相談だ。


「リリス? 実は――」


「やぁだ! ライラちゃんイメチェン? かっわいいじゃなぁい!!」


「えへ……えへへ……//// ユウヤが結んでくれました……////」


 ソファでネイルを手入れしていたリリスはにやりと目を細めて俺を流し見る。


「へぇ……? 宰相君のシュミ?」


「まぁ、そんなところです」


「それで? お洋服でも借りに来たの?」


「よくおわかりで」


 俺の素直な受け答えは、斜め上の方向に受け取られた。


「若いっていいわね~! 挑戦的でハングリー! さぁ、どれでも好きなの持って行きなさい!」


 ズラッと並べられたのは、レースのヒラヒラ。


「……? 紐? 糸ですか? これは……リボン? ファスナー? どこを開くの?」


「…………」


 俺はきょとん顔で布の切れっ端を手にするライラからそれらをひったくり、リリスに投げつけた。そして、舌打ちまじりに侮蔑の眼差しを向ける。


「この……淫乱魔術師め」


「あら? こういうの好きじゃなかった?」


「ライラ様に着せられるわけないでしょう!?」


(こんなR18装備!! いくらなんでもやり過ぎだ!)


「……これ、着るものなの? どこに――」


 悟ったライラの顔が、赤くなる。


「ユウヤ……ヤダッ♡ そんな……♡」


 ちらちら。


 ライラに甲冑を着コスプレさせたいと思っている以上、人のことをとやかく言えた義理ではないが、一言だけ言わせてくれ。


「どいつもこいつも!!」


 俺はライラの手を引いて乱暴に部屋の扉を閉めた。


      ◇


「もっとまともな感性の奴はいないのか……?」


(フツーの甲冑でいいんだよ。女子が着る用の軽めの甲冑。できればミニスカで足がニーソみたいなブーツになってるやつ……)


 この時点ですでに俺がまともな感性でないことは、言うまでもない。


「甲冑……甲冑……」


 ぶつくさと憑かれたように廊下を歩いていると、後ろから声をかけられる。


「……宰相殿? と、ライラ様ですか……?」


「まぁ、クラウス! お勤めご苦労様です!」


「あぁ、一瞬どなたかと。ライラ様、今日の装いは新鮮で大変愛らしいですね?」


「えへ……えへへ……//// ユウヤが結んでくれたんです!」


「宰相殿が、これを?」


 『ほぅ……』と考える素振りをするクラウス。


(まさか……クラウス将軍まで俺をいかがわしいシュミの奴だと疑って――?)


 期待と不安が入り混じる中、クラウスの返答は――


「とても美しい編み込みですね。さすがは宰相殿、器用でいらっしゃる」


「……! クラウス将軍! わかりますか!!」


(あなたを信じて、正解でした……!)


 やはり、クラウスはどこまでも俺の期待を裏切らない。

 俺はそのままの勢いで尋ねる。


「クラウス将軍、今のライラ様にお似合いの甲冑に心当たりはありませんか?」


「それを着ると、戦乙女になるんですって!」


「戦乙女の、甲冑……」


 クラウスは再び『ふむふむ』と唸ると、俺達を倉庫に案内した。魔王城の騎士団施設にある、武器や鎧を保管するところだ。そこには、様々な鎧や剣、槍などが安置されていた。


「「おお~……!」」


「女性の騎士団員はこれまでいなかったのですが、魔王様が軍を指揮するようになってからというもの女性の入団希望者が増えまして。最近『乙女騎士団ヴァルキュリア』を設立することになったのです。私は女性の服装の好みについては博学ではありませんので、デザインをモニカ様にお願いしたところ、このような――」


「わぁ! 可愛い! 動きやすくて下地がフリルなミニね! 背中が開いたクロスのリボンで……!」


「はい。男女の両団員達にも『士気テンション向上すアガる』と評判です」


「でも、戦闘でこれは少し、危なくないの?」


 その問いに、クラウスはにっこりと笑みを浮かべる。


「女性の背中など、男が守ればよいのですよ? そう申し上げたところ、士気がより一層向上致しましたので、そのままに」


「まぁ♡」


(やはりクラウスは天然モノの天才だ……!)


 俺は、感動した。


「これですよ! コレ!」



 まさに我がジャンヌにふさわしい……!



 俺は早速その甲冑をライラに着せた。


「ユウヤ、どう……? 私、鎧を着るのなんて初めてで……」


 もじもじとしながら、ライラはこちらを振り返る。

 その拍子にふわりと揺れる金のおさげが……パーフェクトだ!


「ライラ! 世界一可愛い!」


「はい。大変よくお似合いです」


「えへ……えへへ……////」


「はい。じゃあコレ持って」


「?」


 俺はライラに最後のアイテムを手渡した。


「重い……ですっ……!」


「がんばれライラ! もう少しだ!」


 もう少しで、俺の完璧なジャンヌが――


「ふぇ……! えいっ……やぁ!」


「……!」


 目の前でたなびく白い旗。


「素晴らしい……! ライラ……!」


 今ここに……! 世にも麗しき戦乙女が誕生した。



 『溺愛系 戦聖女 ライラ様』。



 己が愛する者のため、どんな恰好コスプレも着こなして、一生懸命旗を振る。

 その乙女の一途な魂に感動した『愛の女神』が大盤振る舞いな加護ラブパワーを与えたことを、このとき。誰も知ることはなかった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る