EP.2 勇者が勇者ノイローゼ


「どうか、宰相殿のそのお力で我らをお救いください……!」


 クラウスは十余年経っても白髪ひとつない美しい金髪を垂らして頭を下げている。

 その様子に、俺もライラも戸惑うばかりだった。


 だって、急に呼び出されてそんなこと言われても。皆、何か勘違いしていないか?

 俺は、皆の思うような便利チート勇者ではない。


 俺の能力はミラー。あくまで映し身であって、見る人によっては『神にもゴミムシにもなる』ピーキー性能甚だしい欠陥品だ。

 確かに窮地に陥ったときは咄嗟に魔王の真似事ができたが、その後疲れ果てた俺は連合軍の前にユウヤとしての姿を晒し、そのカラクリももうバレている。

 そんな俺に何をお救いして欲しいというのか。

 頭を下げるクラウスにそっと問いかける。


「クラウス団長?その……具体的に僕は何をすればよろしいので?言っておきますが、僕は連合に姿を見られれば即刻捕まって処刑されるような『世界の仇』です。今更衆目に姿を晒すこともできない。そんな僕に今更なんの助けが――」


 その問いに、クラウスはガバッ!と顔を上げた。


「宰相殿のその広いお心で!ハル様と魔王様を引き摺りだしてくださいませんか!?」


「なっ――」


 まさかの人徳?世界を敵に回した『悪の宰相』の俺が?

 しかも、引き籠りを引き摺り出すって……宰相は託児所じゃねーんだぞ?

 呆れていると、クラウスは必死の表情で俺に迫る。


「次回の国家会談までもう時間が無いのです!それなのにお二方ときたら『南北の勇者は話が通じない。しんどいつらい』と申し、私とクリス様、オペラ様に全ての執務を押し付けて部屋に籠ったきり出てこられないのです!」


「ちょ、どうしてそんな子守りみたいな真似を僕が!?ベルフェゴールならレオンハルトが起こせますし、そもそも何故ハルさんがウチの王城にいるみたいな口ぶりなのです?」


「それが――」


 案内されて到着したのは『魔術師団長』の部屋だった。

 つまり、現在はリリスの執務室だ。


「まさか――」


 ついにリリスの夢が叶って寝取――


 期待と不安を胸に扉を開けると、そこにはかつての面影のない、堕落しきった勇者の姿があった。妖艶なネグリジェ姿の美女にソファで膝枕されながら、虚空を見つめてぼんやりとしている。勇者を膝に乗せ、微笑みながら耳かきするのは――


「リリス!遂にヤったのか!夢が叶ってよかったな!」


 本当なら、『何やってんだお前』とため息ものだったのだが、内心でリリスの乙女心が報われないかと思っていた俺は、開口一番に祝ってしまった。

 藤色の髪を耳に掛け、視線を勇者から俺に向けるリリス。見たことないくらいに幸せいっぱいオーラに包まれ、闇の魔女なる気配は微塵も感じられない。随分丸くなっちゃって、まぁ……


「あら、宰相君?来てたの?ねぇ聞いてよ~!話したいことが沢山あるの!」


「見ればわかる!しかし、どうやってハルさんをモノに?マヤさんに怒られたのでは?」


「え?まだモノにしてないわよ?ハルくんてば結構かたくなで……でもね!マヤと喧嘩したっていうから、こうしてウチに来てくれたのよ!」


「だって、他に行くとこ無いし……」


「そうよねぇ♡昔のパーティはみんな東で暮らしてるものねぇ?追い出されたあたし以外♡これから徐々にあたしのモノにしていってアゲルねぇ……?」


 ほげ~っとするハルをよそに、うふふ♡といかにも嬉しそうなリリス。

 俺は聞き捨てならないその言葉を聞き返す。


「……喧嘩?」


「マヤ様とハルさんが!?どうして!?愛は永遠ではないのぉ!?」


 ライラもたまらず悲鳴をあげた。口元を抑えて、信じられないといった表情だ。そして、俺の腕を掴んで『ユウヤはそんなことしないわよね?』みたいな視線を向ける。心配そうに胸をぎゅうぎゅう押し付けて。俺は『しない、しない』と一蹴した。


「で?ハルさん?どうしてそんな有様に?」


 問いかけると、膝の上の勇者はボサついた赤茶の髪をかき上げて子どもみたいな声をあげた。


「だってぇ……どいつもこいつも俺のこと『勇者なのに』って魔王と手を組んじゃダメって……もうイヤなんだよ!勇者扱いされるのは!俺は勇者をやめるの!やめるったらやめるの!」


(えぇ~……)


「『あとのことは任せろ』みたいにカッコよく先輩ヅラしてたハルさんはどうしたんです?あの時の僕の感動を返してくださいよ?」


「うう……ハルさぁ~ん!しっかりしてくださいよぉ!マヤ様も心配してますよぉ?」


「うっ……!」


 ライラの一声に、頭を抑えるハル。紺の浴衣の胸元を抑え、苦しそうに呻きだす。


「マヤ……!頭が、割れるように痛い……!」


「ハルくんしっかり!あんな女思い出しちゃダメよ!」


「「ちょ……」」


 リリス?変な術かけた?


 ジト目を向けると、予想に反して首を横に振るリリス。ハルは頭を抱えたままゆらりと上体を起こし、そのままリリスにもたれかかる。


「マヤ……マヤだけは俺の味方だと思ってたのに……俺、もうどうすれば……」


「まさか……マヤ様も『反魔王派』に?」


 恐る恐る問いかけると、ハルは盛大にため息を吐いた。


「マヤってば……俺が皆に責められて落ち込んでるっていうのにさ?『勇者がそんな情けない顔してどないするん?』って『こういう時こそしっかりせな、国民が不安になるよ?』って……もううんざりなんだよ!俺はマヤと違って優等生じゃないの!」


「…………」


「俺がいままでどれだけ国民の為にがんばってきたか、知らないわけじゃないのにさ!なのに、マヤは……!来る日も来る日も『がんばれ♡』って……!落ち込んでるときは……慰めて欲しかったんだよ!」


「ああ~可哀相なハルくん!あたしが慰めてアゲル♡朝も昼も夜も……♡」


 リリスはうっとりとハルの頭を胸元に抱き寄せた。むぎゅっと収まったまま抵抗する素振りもなく呟くハル。


「リリカは甘やかしてくれるからいいな……朝は『規則正しくしないと身体壊すよ?』とか言って起こしに来ないし、『三食食べないとダメ!』とか言わないし、『執務ばっかりで身体なまってるんちゃう?』とか言って散歩に誘ったりしないし。俺ね?戦うときはアクティブだけど、基本家で過ごすのが好きなんだよ?みんな勘違いしてるけどさ……」


「え――」


 マヤさん、良妻賢母じゃない?

 それって『朝は起こしてくれて三食用意してくれる』ってことだろ?身体の心配だってしてくれてるのに……


「俺、できれば朝は昼まで寝てたい。朝ご飯も食べたくない日だってあるだろ?なのにマヤってば……俺もう、ずっとこの部屋で寝てる。千年先まで起こしに来ないで?」


「いいわねぇ~♡あたしとずぅっと寝ましょ♡養ってアゲル!」


「お金なら別にいいよ……使い切れないくらいあるから。国庫に。困ったらテキトーにドラゴンでも倒せばいいんでしょ?報酬ザックザク~」


「あの頃倒せなかった奴も、今なら一撃だものねぇ~?ハルくんすご~い!」


 ぐでっとソファに横になるハル。リリスは愛おしげにその身体を抱き締めた。


(これが、堕落した勇者……!なまじ不老でチート持ちだから余計にタチが悪い!)


 俺はたまらず声をあげた。


「ひ、人としてどうかと思います!」


「そうです!そんな、マヤ様があんまりです!ハルさんひどいわ!」


「ユウヤ君にライラちゃん……君達も俺を責めるのか?『勇者らしくない』って……その目で、俺を見るのか?」


 ぼんやりとした、虚ろな金の瞳。


「俺だって……『人』なんだよ?」


「……っ!」


『身体が死ななくても、心が死んだらお終いだ』。

 その目が、そう語っていた。

 クラウスの言った通り、ハルは廃人になってしまったようだった。


 この状態は、まさに『勇者ノイローゼ』だろう。


 勇者として崇められ、期待されることに嫌気がさし、些細なことで妻と喧嘩して、挙句、元仲間パーティの魔女の部屋に入り浸って泥のように溶かされて、毒のように甘い生活を送る……

 これが、かつて神より力を授かり、魔王を倒した勇者の成れの果て――


「ハルさん……」


 ベルフェゴールを起こすより、こちらの説得の方が容易い……そう思ったのは俺が浅はかだった。いくらあっちの時間の流れが遅いとはいえ、こんなん(向こう時間の)二泊三日で帰れるだろうか?まったく、とんだ週末になりそうだ。


 ハルが再起不能になったのは、マヤとの喧嘩が原因。しかしそれはきっかけに過ぎず、問題の根本は違うところにある。


(やはり、ベルフェゴールが言ったようにこの世界から『勇者信仰』を滅ぼすしかないのか?)


 ゆっくりと、時間をかけて、『不戦』を貫くことで。


 おそらくベルフェゴールが不死の秘薬『エタニティ』を開発したのもそれが狙いだろう。奴の真の目的は『異界の勇者に頼らない世界の創造』だ。だとすれば、『戦わない』ことで勇者を駆逐することができる。

 奴は、全ての勇者とそれを信仰する人々が死に絶えた世界で、『不死の国民』と共に穏やかな世界を迎えることを見据えているのだろう。


 その大局の前に、今この国が狙われているのは些事というわけか――


 どれだけ【怠惰】なんだ。ウチの魔王様は……!


 俺は踵を返した。


「――わかりました。ハルさんは後回しです。一応、リリスもついていますし。先にベルフェゴールのところに行きましょう。国家会談に必要な人員は各国の代表者。東はハルさんがダメならマヤ様が出てくるでしょう。ウチからはベルフェゴールに出て貰わねば困るとのことでしたね?」


「はい。しかし、魔王様も部屋に籠ったきり……」


「いつものことです。起こせる人員が少ないのを理由にサボりたいだけでしょう?」


「ですが、起こせないのも事実です。最近ではレオンハルト様ですら手こずっているようで、私共ではどうにも……」


「チッ……!ベルフェゴールめ!」


「……ユウヤ?どうするの?」


 首を傾げるライラとクラウスに、俺は言い放った。


「どうするも何も。起きないのなら、叩き起こすまでです――」


 ――元宰相の、名に懸けて。

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