EP.22 悪の宰相、新年の抱負
結局、ハルとライラの手合わせはそこまでとなり、明日のおせちの話題で盛り上がるなどしてだらだらとし始めた俺達。そこに、息を切らした客人がやってきた。
ライラと俺の暮らす部屋の扉が勢いよく開かれ、晴れ着姿の黒髪美人が姿をあらわす。背と両手に風呂敷で包んだ大荷物を抱え、まるで家出してきたような佇まいの東の聖女、マヤだ。
「もう、ハルくん! やっぱここにいた!」
「マヤ~! 迎えに来てくれたの?」
「『マヤ~!』じゃあらへんよ! こんな忙しい年末に、何を呑気なこと言うてはるの!? 『おこた』を出すのはハルくんのお仕事でしょ!?」
「あ。忘れてた」
「も~う! お掃除もお料理もできへんから、『おこた』だけはハルくんがやってね、ってお願いしたやん!」
怒りを通り越して、呆れたため息しか漏らせないマヤ。なんとなく、ご家庭の旦那さんを見る奥さんの顔を垣間見た気になるが、ウチの場合あの顔をするのは俺だ。
年末はシェフも休暇を取るので、ライラと俺の分の食事の用意は俺がするし、掃除もライラに任せると余計に散らかるからな。
(向こうも大変だな……)
「マヤ様、お疲れ様です。この度はライラ様がハルさんに稽古をつけていただいて……ご迷惑をおかけしました」
ぺこり、と頭を下げるとマヤは目を丸くする。
「ユウヤ君……ほんとできた子やねぇ? こちらこそ、ハルくんがしょっちゅう押しかけてごめんなぁ? あ、そうそう。どうせ帰って来ないやろ、思て『おせち』と『お蕎麦』持ってきたんやけど、食べる?」
「さすがマヤ~! 迎えに来てくれた時点でなんとなくそうじゃないかと思ったよ! ほんと、気が利くな~!」
なでなで。
「ちょ、ハルくん……! みんなの前で、恥ずかしいわぁ……////」
と言いつつも照れ照れと包みを広げ始めるマヤ。どうやら泊りの準備もしてきたらしい。大荷物の中にはハルの分の新年用晴れ着まで入っている。俺は直感で悟った。
きっと、あの家はいつもそんな感じなんだと。
奔放なハルにマヤは振り回されつつも、素直な好意がこそばゆくて、憎めなくて。なんだか許してしまっている。
まるで俺とライラの姿を見ているようで、尚且つ――
(ハルさん……甘え上手だな)
見事な手腕に思わず舌を巻いた。
「マヤ様、ハルさんも。お泊りになるなら空室にご案内いたします。おせちもありがたくいただきますね。ほら、ライラ様もお礼」
視線を向けると、ライラは感動のあまりふるふる震えていた。
「あ、あああ、ありがとうございます!! わぁあ……! マヤ様の、手作りおせち……!」
(まぁ、マヤ様はライラの憧れの聖女だし、姉のように慕っているから仕方ないか)
嬉しそうで、よかったよ。
「ほら、じゃあ僕らで別室に『おこた』を用意しましょう?」
「なら、俺も手伝うよ!」
意気揚々と立ち上がるハルに、マヤはジト目を向ける。
「……なんでユウヤ君の言うことはそんな素直に聞くん?」
「えっ。だって友達だし」
その言葉に、マヤのジト目はそのまま俺に流れてきた。
「ふーん……?」
「…………」
(あ。これは……)
俺はぶんぶんと首を横に振った。
(誑かして、ないですよ!!)
「…………」
「…………」
「なら、ええわ。空き部屋使わせてもらうね? ほな行こか。ハルくん、寝間着これでよかった?」
「うん。なんでもいーよ」
マヤは俺を一瞥するとハルを引き連れて客室へ去っていく。
「危なかった……あらぬ疑いを掛けられるところだった……」
「疑い?」
「いえ、なんでも。さ、ライラ様。僕らも年越し蕎麦のお手伝いをしましょう。憧れのマヤ様にお料理を習う、いい機会ですよ?」
「はい……! 天ぷら……うまくできたら、ユウヤが一番に食べてくれる?」
「もちろん、喜んで」
「えへへ! 約束ですよ!」
こうして、俺達は東西聖女と仲良く年越しを迎えたのであった。
◇
「「「「あけまして、おめでとうございます」」」」
用意したこたつに四人で入り、ぺこりと頭を下げる。
テーブルには色とりどりのマヤお手製おせちが並び、東のふたりの晴れ着姿も相まって華やかな正月が俺達の元には訪れていた。
かくいう俺とライラも朝からふたりに着付けられ、初めてのニューイヤーは和装で迎えることとなったのだ。
(マヤ様……『お揃いだと嬉しいやん?』って、俺達の分の和服まで……)
ほんと、人に恵まれた一年だったな。
「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく! 今年こそは『神』を倒してやる。俺達の長年の悲願を叶えよう! な、マヤ!」
「でも、危ないのはよくないよねぇ? 大丈夫なん? ウチ、ハルくんに先立たれて未亡人になるなんてことになったら、さみしくて死んでまうわぁ……」
「大丈夫です! ハルさんはお強いですし、ユウヤも絶対! 私が守ってみせますから!」
「そうそう! 今のライラちゃんは俺以上に反則スペックの持ち主だ。そのためにも、ユウヤ君は一緒にがんばってね!」
「……はい。死なない程度にがんばります」
「ほんと、生きてるだけで十分なんよ? 大好きだった妹の仇っちゅう目的も重要やけど、それで『今いちばん大切なもん』まで失ったら、意味ないんやから。せやから、無理は禁物やで? 三人ともな?」
「「「はーい」」」
まるで皆のお母さんのようなマヤに笑顔で返事をしつつ、俺達は絶品おせちに舌鼓を打った。隣でにこにことおもちを伸ばすライラを横目に、俺は思う。
(『今いちばん大切なもの』、か……)
確かに俺達が築いた帝国インソムニアには、未曽有の危機が訪れている。だが、『神』の力を濫用して『不老』になり、勝手に理から先に外れたのは俺達の方かもしれない。そんな想いが、胸の中で少しだけ、渦を巻いていた。
俺達の求める理想。
魔族と人が永遠の安寧のもとに暮らす、『不死なる
そこに住まう者は老いを知らず、大切な者との別れに嘆くことも無い。
――本当に、それでいいのだろうか?
ベルフェゴールは『魔王たるもの、やりたいようにやれずに何とする』などと言ってはいたが、奴だってバカではない。冥界の長である
まさか、奴は自身が最強の軍団を率いて永く魔王に君臨することで、『神』にすら手を出させずに、世の太平を保とうとしているのか?
それこそ【怠惰】の魔王とは思えない、崇高すぎる志だ。続けようと思えば思うほど、ストレスや重圧に押しつぶされてはしまわないだろうか?
(いくら
だが。今更戻れないのも事実。それはこないだの軍議でも再確認したところだ。
そのための戦力だって確保してきたし、準備は着々と進んでいる。
だけど。もし、もし……
(万が一の、場合は――)
――『
年明け初めてに抱いた『願い』は、今まで抱いたどんなものよりも大きく、大切な志だった。
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