EP.23 魔王軍、飛躍の年。冥界侵攻からの暗殺計画。


「ユウヤ! 起きて! ねぇ、起きてよぉ!」


「…………」


 朝になり、柔らかさと騒々しさに目を覚ますと、いつもの如くライラが俺の上に乗っていた。頬にすりすりしながら、ちゅうちゅうぺろぺろと、猫のような甘えぶりを披露しながら『起きて』を繰り返す。

 今日はまだ一月の三日。正月は寝正月と相場が決まっているのに、朝からうるさ可愛い奴だとため息を吐く。


「……なに? まだ三日でしょう? こんな朝早くから……どこかお出かけでもしたいの?」


 ちなみにこの世界で神社の類は東にしか存在しないので、行くとしたらニューイヤーセール。だが、全体的にホワイトな異世界の商店が三が日に営業しているとも考えづらい。

 どこに行きたいのかと首を傾げていると、ライラは急に布団を剥いだ。


「もうっ! 起きてってばぁ!」


「さむっ! 何するんだ――」


「皆待ってますよぉ! 遅刻しちゃう!」


「……は?」


 時刻を確認するが、やはり日付は三日だ。

 俺はライラのほっぺをつねって、おでこをごつんと合わせた。


「寝ぼけてるんじゃないか? 『姫はじめしたい』とか言って、昨日夜更かしするから……」


「そっ……! そうじゃなくてぇ!////」


「じゃあ何?」


「もう! 三日ですよ!」


「?」


 ライラは寝ぼけていなかったようだが、何故『三日』でそこまで焦るんだ――


「……はっ!!」


 俺はようやく気がついた。三日が当たり前のように休みだと思っているのは、だと。


「まさかっ! ニューイヤーホリデーは昨日で終わりか!?」


「さっきからそう言ってるでしょお!? わ~! も~! 会議始まっちゃいます! 魔王様が『敵陣の何処にぶち込むか決めるから必ず来い』って言ってたのに!」


「マズイじゃないか!」


「ヤバイです! 早く早くぅ!」


「どうして本気で起こしてくれなかったんだ!?」


「起こしたわよぉ!」


「あんなちゅっちゅしてるだけで人が起きるとでも思ってるのか!? じゃれついてるのかと思ってしばらく放っておいただろう!?」


「わぁ♡ ユウヤってば、まんざらでもなかったのね♡」


「……ッ! いいから行くぞ!」


「ふふっ♡ 善は急げ急げ~!」


 四六時中一緒にいるせいですっかり現世語が移ったライラに苦笑しつつ、俺は急いで身支度を整えた。


      ◇


 急いで会議室の扉を開けると、そこには魔王軍の重鎮が勢ぞろい。

 暗黒騎士、魔女、錬金術師に呪術師と妖狐。不死の聖女に死神、堕天使と……あらゆる『悪』を集めたような肩書の面々が揃ってこちらを振り返る。


「あ。お兄ちゃん来たぁ!」


「……遅い。堕天使たる私を待たせるとは何事? 幼稚園のお迎え、代わりに行かせるわよ?」


「宰相殿が遅刻とは珍しいですね? 体調でも優れないのですか? それでしたら、もうしばらくお休みに……」


「クラウスくん、多分そんなんじゃないから気にしなくて平気よ? どうせ昨日は夜更かししてたんでしょう? ふたりっきりで♡ ぬくぬくと♡」


「ヒュ~♡ 若いもんはいいのぅ!」


「ちょっと! 僕らの愛だって負けてないから! そうだろう、クリス!?」


「ふふっ。そうねぇ? そうだといいわねぇ?」


「ねぇユウヤ。愛ですってよ? ふふ。うふふ……!」


「…………」



(……うるさっ!!)



 俺は魔王ベルフェゴールを最奥に、円卓を囲むようにして並ぶ面々に促されるままに席に着く。


「遅刻して、申し訳ございませんでした……」


「ごめんなさい……てへへ……////」


 デレつくばかりで謝る気のまるでないライラの態度は、俺が異世界に来て宰相もといヒモを始めた頃を彷彿とさせる誠意の無さだ。そんな様子にジト目を向けていると、ベルフェゴールが口を開いた。


「ハッピィニューイヤー、宰相ユウヤと聖女ライラ。本年度もよろしく頼むぞ? なにせ、我が魔王軍は飛躍の年だからなぁ……?」


紫紺の瞳の奥から覗く、『待ってました』という期待の眼差し。

何故だか、イヤな予感しかしない。


「飛躍の、年……」


「ああ。そうだろう……死神オペラ?」


「はいはい。いつまでもちんたらしてたら冥界の王ママが本格的に起き出しちゃうからね~。サクッと行ってチャキチャキってこよう。はい、これ」


 そう言ってオペラが皆に配ったのは、一枚の紙。そこには、でかでかとしたくせ字で『ハーデス暗殺計画進行表』と書かれている。その下には魔王軍各員の名前と見覚えのない人物名に属性。そして余白が。


「見てもらえばわかるけど。そこに書いてある馴染みのない名前が、ママを守っていると思われる下級、中級神たち。僕らはそれらの目をかいくぐるか倒すかして、ママを殺せ……ないと思うから。再起不能にするか、封印をするわけだ」


 ざっくりとした説明に、何の疑問も持たずにこくこく頷く一同。

 俺はこの状態で十数年帝国が機能していたことに驚きを隠しきれない。


「今から白紙を埋めて、誰が誰をるか決めるよ。主な敵は三体。こっちの方が数は多いから、属性的に相性の良さそうな人をメインでぶつけて、湧いてくる亡霊や雑魚精霊は補佐に任せよう。そんな感じで」


「「「はーい」」」


(え……?)


 こんな感じで、ほんとにいいの?


 あまりに軽すぎるノリに戸惑い、キョロキョロしていると、ベルフェゴールがにやりとこちらを向く。


「魔王軍の戦など、こんなものだぞ? 一騎当千。目の前の敵は屠るだけだ」


「ちょっと……それにしても、もっと策とかあるでしょう? 誰かが引き付けている間に頭を叩くとか、消耗戦を狙うとか、人質とか、配下の懐柔とか……」


「クク……さすがは悪の宰相。言うことが一味違うなぁ? それでこそ余の軍の宰相だ!」


「いや。人質とかは言葉のあやで……聞かなかったことにしてください」


 咄嗟に言い直すが、俺の性根が疑われてしまいかねない発言だ。会議というのはこれだから恐ろしい。できれば口を開きたくないが……


「どう考えても計画が杜撰すぎやしませんか!? 力に頼った蹂躙なんて!」


 魔王軍らしいと言えばらしいけどさぁ!


 そもそも俺は一般人だぞ!? 一緒にすんな。ライラと一緒なら戦えなくもないけど、それでもライラに何かあったらどうするんだ!


「ただでさえ危ないんだから、もう少し堅実に。打倒でなくて封印ベースで策を練って……」


「では、何とする?」


 俺はきょとんとする面々から一斉に視線を向けられる。

 まるで『わけがわからないよ』といった表情。そのきょとんぶりは、今まで力に任せて戦に勝ってきたことをこれ以上ないくらいに物語っていた。

 俺は諦めてため息を吐く。


「そういえば……あなた方はそういう方々でした……」


「うむ。。それが我らの力となる。力こそが全て……だが、せっかく我が軍に宰相が帰ってきているのだ。有事の際はその采配をユウヤに任せよう」


「え?」


「戦にイレギュラーは付きものだというが、我らはこれまで、そのイレギュラーを許さぬほどの力を以て外敵との諍いに勝利してきた。だが、今回ばかりはそうもいくまい。サタンの宿敵が現れれば、奴は持ち場を離れてそちらに向かうであろうからな?」


「当たり前でしょう? 私はその為に貴方の軍門に下ったのだから。あなたたちは、せいぜい露払いを手伝ってちょうだいな? その代わり、天界が介入してきたら私は奴らの役職と指揮系統、弱点がそれなりに理解できる。ユウヤの言ったウィンウィンって、そういうことでしょう?」


 しれっとのたまうサタン様に、返す言葉もない。


「わかり、ました……異論ありません……」


 俺が渋々頷くと、その場の全員がわくわくと紙を手にした。記載されているのはオペラが独断と偏見で決定したマッチング一覧。



 俺とライラの担当する相手は――『ミント』。



(……誰?)


 不思議に思ってオペラに視線を投げると、オペラはにんまりと笑って加筆した。


「大丈夫。僕以外の『神』と争ったことのないキミたちにそんな猛者を当てるわけがないだろう? 彼はただの、下級神霊。でも、ママを敵に回せば絶対に出てくるだろう。だって彼は――」


 ――ママの大事な、愛人だから。


 その答えに、思わず息を飲む。


「愛人って……えっ? 愛人?」


「それ以外にどの愛人が?」


「…………」


 黙りこくっていると、オペラは思い出したように付け加えた。


「そうそう。ミントのいる花園には、『悲しみの旋律』が流れているから。音色に誘われたケルベロスには気を付けて?」


「えっ? ケルベロス?」


 それは、俺も知っている。アレだろ? 頭が三つで、火とか毒とか吐くやつ。

 そっちの方がよっぽどアレな気がするんだが。


「ヤバくないですか、それ? 僕とライラ様でなんとかできるんですか? ケルベロス」


「いや。なんとかしてよ。あいつ犬だよ? 犬程度で四の五の言ってたら、ミントなんて倒せないって」


「えっ……」


 『愛人』って、ケルベロスより強いの?


 もう、わけがわからないよ。


 動揺する俺の肩を、ライラがぽふぽふと叩く。

 にっこりと、笑顔を浮かべて。


「大丈夫! 『愛人』に負ける私じゃありません! なんといっても、私はユウヤの『正妻』ですから!」


「いや、そんな……」


 どやーん!って胸を張られても……

 まだ、結婚してないぞ?


「とにかく! ワンちゃんに気を付けながら愛人を倒せばいいんですね!」


「そうそう! ライラちゃんはものわかりがイイね! さすがはマイシスターだ! 僕とクリスのためにも、頼んだぞ!」


「はい! 『正妻』としては、亭主を誑かすそのような不届き者には制裁を与えないといけないですから!」


 ちらっ。ちらっ。


「…………」


(どうしてそこで俺を見るんだよ、ライラ?)



 ――もう、わけがわからないよ。

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