閑話 ライラ様の年末 ② 溺愛宰相の憂鬱

「さぁ、見たことのないそのチート……スキル『溺愛』の力を俺に見せてくれ……!」


「はいっ! ハルさん、覚悟してください!」


 自信満々に構えるハルに向かって、ライラが走りだし――


「きゃっ……!」


 ――転んだ。


 ワンピースの裾を踏んづけて、ど派手に中身を見せびらかす。


(寒いからレースの透け感あるやつじゃなくて、フツーのを履けって言ったのに!)


「ライラ様!? ああ、もう! 言わんこっちゃない!」


 宰相服の裾を捲ってすぐさま駆け寄り助けようとするが、目の前にハルが立ちはだかった。


「……ダメだ。ライラちゃんを強くするんだろう?」


「でも! 転んじゃってるじゃないですか!?」


(中身も見えてるし!)


「ユウヤ君……小さい子じゃないんだから。仲がいいのは良いことだけど、少し過保護なんじゃない?」


「それは……」


 視線を向けると、ライラは擦りむいた膝を治癒しながらぐぬぬ、といった表情でハルを睨みつけている。


「ぐすっ。ハルさん……邪魔しないでください……」


「え。俺?」


「そうですよ! せっかくユウヤが『よいしょ』して起こしてくれて抱き上げてくれるチャンスだったのに! どうして止めるんですか!? そういうの、お邪魔虫って言うんですよ、ばかぁ!」


「ええ~……俺、キミを強くしに来たのに……」


 戸惑うハルに、ライラは彼女にできる精一杯の罵声を浴びせる。

 あいかわらずライラは空気が読めないし、その言い草はあまりに理不尽だ。


「ユウヤ! 起き上がれないの♡ だっこして♡」


 そんなライラは両手を広げてぱたぱたと、ペンギンのように手を振っている。


「「…………」」


(なんだ。全然平気じゃん)


 心配して、損した。そして謝罪した。


「ハルさん、邪魔してすみませんでした」


「キミの方はまともでよかったよ」


 ハルはそう言うと、天羽々斬を素振りして斬撃を飛ばす。


「仕切り直しだ! ほーら、防いでごらん!」


「――【守護の女神ノ揺り籠まもって、めがみさま】!」


 ……キィン!


「おっ。やるねぇ! じゃあ……これはどうかな?」


「――【志那都比古シナツヒコ戯れいたずら】!」


「竜巻くらい、なんてこと……!」


 ライラが再び両手を構えると、ハルは口元に笑みを浮かべた。


(まずい! きっと同じ術では防げないんだ!)


「ライラ様! それはダメです!」


「えっ?」


! 伏せて!」


 その瞬間。ライラの作り出した光の壁に竜巻がぶつかり、爆風が周囲に巻き起こった。風圧で徐々にライラを後ろへと押し下げながら、竜巻を目隠しにして接近していたハルが背後に迫る。


「ガラ空きだよ!」


「きゃっ――」


「いけないっ!」


「守れ!――【外が嫌いな余を守るヴェイル――】……」


 俺は咄嗟に前に出た。魔王の姿を映して氷壁を張ろうとするが――

 割り込むだけで精一杯だ。変身できずに、そのまま……


(『ミラー』が……間に合わない!)


「くっ……!」


 両腕をクロスさせて攻撃に備えると、背中合わせの状態だったライラが悲鳴をあげた。


「ユウヤ! ダメっ……!」


 次の――瞬間。


 ギィンッ……!


(え……?)


 ライラが目にも止まらぬ速さでハルの剣先を捌いた。使い慣れない筈の槍で、器用に刃先を滑らせて、薙ぐようにして攻撃を防いだのだ。


「ヒュゥ……♪」


 ハルは跳躍して距離を取ると、再び瞳を金色に輝かせる。


「すごい……! 凄いよ、ライラちゃん!」


「?」


「反応速度、脚力、腕力、動体視力……! あらゆるパラメータが飛躍的に伸びている!」


「「!?」」


「いち、にぃ、さん……なんだコレ! 倍率四倍!? こんな壊れた能力上昇バフスキル、見たことない!! うわぁ! 反則じゃん!!」


 まるで小学生のようにはしゃぐハルは、かつて俺の『ミラー』を初めて見たときのようなうきうきとした表情だ。

 案外、戦闘狂ながあるのかもしれない。あるいは只のスキルマニア。


「あの、ハルさん……?」


 自分でも何が何だかな状況に戸惑うライラ。俺は体勢を立て直して声をかけた。


「助かりました。驚きましたよ、ライラ様があんなに動けたなんて。まるで歴戦の勇士のような槍捌きでしたね?」


「えっ。えっ……?」


「咄嗟に僕を助けようと必死だったのでしょう? ありがとうございます」


「~~~~っ!!」


 礼を述べると、ライラは真っ赤になって頬を抑えだす。


「えへ……えへへ……//// ユウヤ、照れますよぉ……!」


「どうして? 素直に褒めたのに」


「ふふ。もっと褒めてぇ……♡」


「『もっと』って……これ以上、何をどう――」


 せっかくカッコいいところを見せてくれたのに、相変わらずの残念聖女だなと呆れていると、ライラは口をちゅっちゅとすぼめてウインクしてくる。


「え。ここでキスしろと?」


「だめぇ? ご褒美♡ 欲しいなぁ♡」


「そんな。見世物じゃあないんですよ? 第一、ハルさんだっているのに……」


 ライラは結構、見せつけたがるところがある。ちなみに俺はできれば人には見られたくない方だ。だって、そういうのはふたりきりでするからいいのに。


(こういうところ、ちょっとどうにかしてくれないかなぁ……)


 ジト目で見ていると、遠くから予想外の手勢ヤジが。


「そうだ! もっと褒めろ!」


「ちょ、ハルさん!? あなたまで、何を言って――」


「キスして欲しいって言ってるんだからしてあげなさい! それが男の甲斐性ってもんだ!」


「その顔……! 絶対面白がっているでしょう!?」


「キース! キース!」


「大学のサークルみたいなノリはやめろ!」


「だって俺の精神年齢大学生で止まってるし!」


「ほらぁ! キース! キース!」


「ライラ様までっ……!」


 こんなときばっかり意気投合しやがって!!


「絶対! しませんからね!」


 ぷいっとそっぽを向くと、途端にしょぼ~ん……と萎れるライラ。

 ハルもこれみよがしに残念そうな声をあげる。


「あ~あ。可哀そうなライラちゃん! せっかく頑張ったのにねぇ?」


「ふぇ……」


「!?」


(ちょ、そんな捨てられた子猫みたいな顔するなって!!)


 切なさに、心が抉れそうだ!


 葛藤に心揺さぶられていると、ハルが再び声をあげた。


「ちょ……! みるみるうちに能力上昇バフの倍率が落ちていく! ユウヤ君、早くキスしろ! ライラちゃんをやる気にさせるんだ!」


「はぁ!?」


(『ヤる気に』って……何言ってんだこの人!?)


「ほら! キース! キース!」


「ユウヤぁ……♡」


「ああもう! うるさいなぁ! すればいいんだろ!?」


 ――ちゅ。


 一気に抱き寄せると、ライラは嬉しそうに目を瞑る。が――


「そのまま! そのままストップ!」


(……!?)


 ハルが、まるで映画監督のような調子で声を大にした。


「ライラちゃんが満足するまで離さないで! おおお! 倍率がみるみる上がって……!」


 目を開けてライラの様子を確認するが、心地よさそうに唇を食むだけで離す気配がまるでない。


(えっ。ムリ……! これ以上はさすがに恥ずかしいんですけど……!)


 見られるのは好きじゃないんだよ!


 だが、悲しいかな。俺の想いはこの場の誰にも通じない。

 ライラは人目を気にせず勝手にヒートアップしているし、ハルはというと――


「さん、よん、ご……! まだ上がるのか!? うわ、たのしー!!」


 ……イラッ!


「ぷはっ……! ハルさん!? いい加減に――!!」


 怒りに顔を上げると、ハルはにっこりと頷いた。


「うん。これは、ユウヤ君がいないとダメみたいだね」


「は??」


 怒りと疑問で息を荒げる俺に、ハルは言い放つ。


「スキル『溺愛』の倍率上限は未だ測りきれない。けど、その条件には『愛される者』が不可欠だ。つまり、ライラちゃんひとりではこのスキルを活かしきれない」


「……と、いうことは……」


「ライラちゃんは、キミがいないと頑張れないということだ」


「今更ですね♡」


「…………」


 開き直るなよ。


「けど、ライラちゃんがいくら運動音痴でも、倍率さえ上げられればどんな相手にでも勝機があるかもね。昔から、『レベルを上げて物理で殴れ』は戦いの常套句だろう?」


「うわ……それ、チートスキルオンパレードの勇者が言いますか?」


「勇者だから、言うんだよ? チートスキルも数ある剣技もみんなが思うほど万能じゃない。属性や特性を理解し、状況に合わせて使いこなせなければ、ただの宝の持ち腐れだし。けど、能力上昇バフスキルは違う」


 俺は、にやりと笑うハルの意図を理解した。


能力上昇バフならば、バカでも使いこなせると……」


「そのとおり♪ そして、倍率を上げれば上げるほどに相手を蹂躙することができる。けど、うまく発動させるには、バカなままじゃあダメだ」


「それは……」


「バカじゃないキミなら、もうわかっているだろう?」


「…………」


 ハルは、薄々勘付いてはいたものの面倒くさいことになりそうで目を逸らしていたその台詞を、ついに口にする。


「ライラちゃんがどれほど強くなれるかどうかは、全て……」



 ――「キミ次第だよ。ユウヤ君……」



「ふふっ! 上手く操ってくださいね♡ ユウヤ♡ これなら戦闘中もずーっと! 一緒です♡」


「…………」


 ああ、もう。どうしてこんなことに。


 俺はただ、年末はゆっくりライラと過ごしたいなと思っていただけなのに……


 『溺愛』は、される方も楽じゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る