閑話 ライラ様の年末 ①
「もぉ~い~くつ寝ると~お正月ぅ~♪」
うきうきと、部屋を掃除するライラに声をかける。
「ご機嫌ですね、ライラ様?」
「えへへ。ユウヤと新年を迎えるのは初めてだから。楽しみです! ピカピカのお部屋で『おせち』を食べるのが、ユウヤの国の習わしなのでしょう?」
「それはそうですが……別に、年ひとつ明けるだけで何が変わるというわけでもないのに」
強いて言うならお年玉くらいか?
だが、そんな文化が
相変わらずのお花畑っぷりに呆れていると、ライラは棚の上をご機嫌ではたく。
「ユウヤと~ニューイヤ~♪ うきうき~♪ わくわく~♪」
「そんなに嬉しいものですか?」
「もちろん!」
ぱたぱた。
「ちょっと! それじゃあ余計に埃が舞って……!」
「えっ? きゃっ……! けほけほ……」
「もう、何してるんですか? いいからお掃除は僕に任せて――」
「でも、一緒に準備したいから……」
「あ~も~……わかりましたよ……」
俺は踏み台の上からライラをどかしてソファに座らせ、水を手渡した。
座らせている隙に掃除を終わらせてしまおうという俺の魂胆に気づく訳もなく、『ユウヤやさしい♡』なんてのたまうライラ。
何故俺達がこんなのんびりとした生活を送っているかというと……
異世界は、年末を迎えたからだ。
俺は現在、神界及び冥界への侵攻。その戦力増強のため、連休にも関わらずこうして異世界に連れてこられて『非常勤宰相』として手を尽くさせられているのだが、こっちの世界にもニューイヤーという考えは存在するようで、年末年始は『神』もその部下も働かないということらしい。
なのでこうして呑気に年越しの準備などをしている。
『ママも流石に年末は起きてこない』というオペラの発言は半信半疑だったが、『だからこそ今が攻めどきなのでは?』と提言すると『こんな時期に兵が集まるか
せっかく誘ったサタン様ご一家も、年越しは家族で過ごすとのことで、魔王城はいつもよりひと気がなく落ち着いている。
(異世界って、意外とホワイト……?)
そんなことを考えながら部屋の入り口に門松(ハルさんからの贈り物)を飾っていると、廊下を歩いていたクラウスに声をかけられた。
「素敵な歌ですね、ライラ様? お正月の歌ですか?」
「クラウス、お疲れ様です! この歌はね、ユウヤが口ずさんでいたのを真似て――」
「そ、そういうのは言わなくていいんですよ!」
「まぁ♡ 照れたユウヤも可愛い♡」
「ほう。宰相殿が、歌を……?」
「忘れてください、クラウス将軍……」
ライラの前だと呑気に歌も歌うなどと、身内のような彼に知れるのはなんだか恥ずかしい。バツが悪そうに視線をそらすと、クラウス将軍はにこりと笑った。
「宰相殿にも、そんな一面が……とても素敵ですね? 私もお聞きしたかった」
(うわ~……さすが表向き陽キャ属性。そういう、にっこりされると余計に恥ずかしいんですけど……)
俺は言葉を濁す。
「クラウス将軍こそ、年末はご自宅で過ごすのではないのですか? いつまでも
その問いに、再び返ってくる満面の笑み。
「それもまた、良いものです。帰るのが倍楽しみになります」
にこっ
「…………」
(相変わらずこじらせてるな、この人の『溺愛』も……)
呆れて何も言えないでいると、クラウスはぺこりと頭を下げた。
「しかし、私も本日で仕事納めですので、こうして挨拶に参った次第でございます。宰相殿、ライラ様。今年は本当にありがとうございました。来年も、どうぞよろしくお願いいたします」
「もちろん! 仲良くしましょうね、クラウス?」
「こちらこそ、お世話になりました。ご自宅にて、ゆっくり休んでください。どうぞ奥様にもよろしくお伝えくださいね?」
「はい。お気遣い、感謝いたします」
顔を上げたクラウスは『最後に――』と言って、演習場を指差す。
「ハル様が年末の挨拶にいらっしゃっています。どうやらライラ様の新たなお力に関する『試し稽古』がしたいとのことで。演習場脇の待機室にお通ししておりますので、お片付けがひと段落したら向かっていただけますか?」
「すぐに行かなくていいのですか?」
尋ねると、クラウスはにこりと笑った。
「リリス殿に、お任せしておりますので。頃合いを見ていただければ……」
「相変わらず、気の利く方だ」
俺はその後、ライラと共に部屋の片づけをして、優雅にティータイムを楽しんでから演習場に向かった。
◇
「ユウヤ、さっきのお菓子美味しかったわねぇ! なぁに、アレ!」
「お菓子ではなくて、伊達巻ですよ。甘い『おせち』」
「『おせち』はお正月に食べるものじゃないの?」
「ですから、つまみ食いですね」
「ふふ、悪い子です!」
「ええ、そうですね? 今更ですが」
演習場脇の待機室。
扉を開くや否や、そこでは勇者が魔女に迫られて悲鳴に近い声をあげていた。
「遅い、遅い、おそーいっ! 何してたの!?」
「あら? ずいぶんゆっくりだったわねぇ♡ 気の利く子は好きよ~♡」
「ごめんなさい、遅くなりました!」
(わざと遅れて来たんだがな……)
パタパタと入るライラに続いて部屋に入るとハルは再び悲鳴をあげる。
「リリカが俺に変なお茶を飲ませようと――!」
「すっごく希少な高級茶葉なのぉ♡」
「嘘だろ!? カップから紫の煙が出てるじゃないか!? 愛憎呪詛の気配がする! それ以上近づけないで! なんか臭い!」
「リリス……その辺でやめてさしあげては? 一応、ハルさんは我が軍の貴重な戦力ですので。キズモノにされては困ります」
「まぁいいわ♡ 宰相君に免じて今日はこの辺にしておいてアゲルわね、ハルくん♡」
カップが下げられたのを見て、勇者は安堵のため息を吐く。
「なんか疲れた……もう帰ろうかな。ユウヤ君、『転移』で送ってよ?」
(どいつもこいつも……俺をどこでもドア扱いしやがって……)
最近の魔王軍は、俺の扱いが雑すぎる。
「で? 何しに来たんですか? 演習場で待ってるなんて、ただの年末の挨拶じゃないでしょう? 聞いた話だと、ライラ様の新たな力に関する何かだとか……」
問いかけると、ハルはにやっと笑った。
「そうそう! これから『神』とやらかすのに、戦力は少しでも多い方がいいだろう?」
そして、きょとんと首を傾げるライラに槍を手渡した。
「お、重い、ですっ……! はわぁ……! 持ち上げるのが、精一杯……!」
ぷるぷる。
「ははは! すぐに慣れるって! その力を使いこなせばね!」
「ハルさん、まさか――」
こんな非力なライラに何をさせるのかと黙って見ていたが、ハルが天羽々斬を抜いたのを見て血の気が引いていくのを感じる。
ハルはぷるぷると槍を構えるライラに向き直った。
「俺がライラちゃんに稽古をつけてあげよう! そのスキル、使いこなせれば俺にも匹敵する力が手に入る……かもよ!」
「えっ、いや。無理でしょう!? 持ち上げるだけで精一杯じゃないですか!」
ぷるぷる。
しかし、ライラは俺を一瞬見やると、ハルさんにキッ!と視線を向けた。
「やります! 私、もっとユウヤの力になりたいです! ハルさん!」
「いい目だ! さぁ、どこからでもかかってこい、ライラちゃん! キミは前から興味深いとは思っていたんだよ……」
ハルの目が、金色の光を放つ。
「さぁ、見たことのないそのチート……俺に見せてくれ……」
――スキル『溺愛』の、その力を……!
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