第9話 悪の宰相は『くっ殺』アサシンを敢えて殺さずに生かす


 燃え盛る炎を目の前にして、周囲をキョロキョロと見回す暗殺者アサシンの少女。おそらくは退路を探しているのだろうが、可哀想なことだ。前方には炎、後方には俺達……そんなものは無い。俺はいたって冷静に現実を突きつける。


「もうしまいだ、降伏しろ。雇い主の名を明かせば、命までは勘弁してやらなくもない」


「くっ……!」


「リリス」


「はぁ~い♡」


 リリスの口元が囁く。


「――【呪炎じゅえん愛ニ飢エタ火ノ神ノ無念カグツチのうしろがみ】」


 艶めかしい動きで焚火に向かって息を吹きかけたかと思うと炎が舞い上がり、少女に向かって蛇のように絡みつく。少女は瞬く間にあられもない姿で拘束された。少女が熱がる素振りを見せないところから、使役している炎の温度がリリスによって調節されているだろうことが理解できる。

 俺は様々なところに火の縄が食い込んでもどかしそうにしている少女の目の前に立つと、隣のリリスにジト目を向けた。


「誰が緊縛プレイをしろと?」


「だぁって。この子結構カワイイじゃない?ついイジメたくなって♡胸は物足りないけど、すらっとしててスタイルいいし、睫毛まで銀髪で瞳もキレイだし。色仕掛けならいい線イケたと思うのよ?」


「はっ。確かに、娼館なら高値で引き取ってくれそうだ。だが、相手が悪かったな?俺はお前より可愛い女に溺愛されている。それを一目で見抜いて刺殺に切り替えた機転は評価しよう」


「くっ……!こ、こんな辱めを受けるくらいなら!いっそ殺せ!」


「…………」


(初めて見た。生の『くっ殺』……)


 俺は密かに感動した。だが、まさか言われる側になろうとは。

 罪悪感と背徳感のなんとも言えない心地に悩まされていると、リリスは楽しげに指を振った。その動きに連動するように縄が少女を締め付けていく。


「ひゃんっ……!」


「ふふっ……イイ声で鳴くじゃない?クールな見た目の割に、まだ若い声ね?ライラちゃんの少し下くらいかしら?」


「う、うるさい!いいから拘束を――!」


「あんまり騒ぐと……その火、熱くするわよ?」


「――っ!」


 俺は黙り込む少女と目線を合わせるようにしゃがみこんで、護身用の短剣を取り出す。リリスに『手を出すな』と目線で合図すると、その剣先を少女に向けるようにして尋問を始めた。


「言え。お前を雇い、俺を殺そうとしている者の名を。知っているなら潜伏先も」


「教える、わけには……!」


「それくらいわかっている。だが、いいのか?このままではお前はその縄で火あぶりになるぞ?人間が焼ける匂いは臭いんだ。勘弁してくれ」


(……って。なんかのホラー小説に書いてあったな)


 無論、そんな物騒な匂いを嗅いだことなど一度も無い。できれば一生嗅ぎたくないと思っている。だが、顔色を変えずにそう言うと少女は目に見えて怯えだす。着ているベビードールの裾が捲れるのを気にもせず、じりじりと尻を引きずって後ずさる。


「おい、逃げるな。後ろは炎だ」


「うっ……こ、殺せよぉ……」


「雇い主の名を明かせ。お前の言うことを聞いてやる道理は無い」


 短剣の先を喉に当てる。

 もし本当に『殺せ』と思っているのであれば、少し首を前に押し出すだけで自ら貫かれることができるだろう。だが、一向にそうしようとしない少女。

 俺は再び笑った。


「お前、本当は死にたくないんだろう?」


「――っ!」


「この切っ先で喉が裂かれたら、さぞ痛いんだろうなぁ?」


「……!」


 びくびく。


「…………」


(まったく。なんでこんなビビリな少女が暗殺者アサシンなんてやってるんだ?異世界のジョブシステムには適正試験がないのか?)


 俺はため息を吐いた。


「気に食わないな。死にたくないのに、安易に『殺せ』と口にするその浅慮も。生き残る道があるのに手を伸ばさないその姿勢も。手段を選ばず必死に生きようとしている者への冒涜だ」


「宰相君……?」


「おい、聞いているのか?なんとか言え」


 短剣の峰で顎をつつくと、少女は声を荒げた。


「いいから殺せ!ひと思いに!」


「ザクっと?」


「…………できれば、痛くないやつで……」


 刃先を光らせた瞬間にもじもじと視線を逸らす少女。俺は理解した。


(こいつ……馬鹿だな……)


 俺は短剣を収めるとため息を吐いて立ち上がる。怯えと怒りが入り混じった表情でこちらを睨む少女をよそに、リリスに声を掛けた。


「リリス、これ以上は時間の無駄です。殺さないように口を割らせる方法に心当たりは?できれば痛くないやつで」


 尋ねると、リリスはにやっとを唇を湿らせた。


「あるわよ……♡」


      ◇


 リリスが少女を小脇に抱え、『ベッド借りるわね♡』と馬車に籠ってから数十分。俺はうとうとと眠りこけるライラを膝に乗せ、ライラの両耳を塞いだままその様子をカーテン越しに眺めていた。一枚の薄い布の向こうからは、絶え間なく少女の悲鳴が聞こえてくる。リリスによって拷問を受けている、少女の声だ。


「あら、もうオワリなの?グレルちゃん?」


「ひゃっ……!もう、やめて……!」


「やめないわよぉ?あなたがマスターの名前を吐くまではね?」


「あうっ……!ダメ!言えない……!言ったらお仕置きされちゃう!」


「ええ~?言わなきゃあたしにお仕置きされるのよ?それとも……もぉっとお仕置きされたいのかしら?」


「はぁんっ……♡ダメダメ!そこダメっ……!」


「ええ~?聞こえな~い」


「あっ♡やめて、くだしゃい……!壊れちゃう!お腹が壊れちゃうぅ!!」


「あはははは!かぁ~わいい♡」


「あっ、やめっ……!やっ……!あはははは!脇は無理ぃ!無理だってばぁ!あはははは!」


「それそれ~♡」


「あはははは!お腹痛いっ!無理!あはははは!」


(…………)


「リリス、絶好調だな……」


 思わず感想をこぼすと、カーテンが開いて頬が紅潮したリリスが出てきた。右手には大きな鳥の羽根のようなものを手にしている。


「はぁ~♡たのしっ♡」


「存分にお楽しみいただけたようで何よりです。それで?成果は得られましたか?」


 後ろに視線を向けると、そこには手枷を嵌められ、足を鎖に繋がれた少女が腹を抱えてうずくまっていた。ベッドがぐしゃぐしゃなところを見ると、相当派手に暴れさせらたようだ。若干同情する。一方でほくほくとした笑顔を浮かべるリリス。


「んふふ。今のところわかったのは名前と生い立ち。あと、どこから来たのか。グレルちゃんっていうらしくて、西の街から来たらしいわ」


「西……というと、やはり教会内部か事業支援関係で僕に恨みを持つ者ですか……」


「マスターの名前を言って貰えるのが一番手っ取り早いんだけど、ど~してもそこだけは割らないわ。『お仕置きされちゃう!』って。どんな教育受けてたのかしら?」


「生い立ちは聞いたのでは?」


「ええ。孤児だった彼女を拾って住み込みでメイドをさせて育ててくれたみたい。けど、数年前に来た年上のメイドさんにマスターが夢中になっちゃって。仕事ができないとお仕置きされるんですって」


(異世界では、よくある話か……)


「お仕置きとは、その……性的な?」


「いいえ、それは無いわ。彼女、処女だもの」


「…………」


 『確かめたのですか?』その言葉を、俺は飲み込む。なんか聞いたらまずい――いや、面倒くさいことになる気がするから。リリスのことだ、どうせ匂いでわかるんだろう。そういうことにしておく。

 しかし、あれだけの美少女がマスターに飼われることなく暗殺なんて真似こんなことをさせられているのも不思議な話だ。もしくは、よほどその年上のメイドがマスターをたらし込んでいるのか。俺は首を傾げる。


「それで、メイドがどうして暗殺を?」


「十五歳になったから、ですって」


「は?」


「十五歳っていうと、女の子は結婚できる年齢でしょ?だから、それを機にグレルちゃんを家から追い出そうとしたみたいね。マスターは『色仕掛けでもなんでもして、こいつを殺してこい。できなければ、家には帰ってくるな』って、そう言ったらしいわ」


「ああ~……そういう……」


 なんだか、不憫な話だ。異世界に放り出されたときのことを思い出す。

 同情の眼差しをベッドの方へ向けると、銀の瞳と目が合った。呼吸を荒げながら、肩で息をしている。


「なんだ。もう復活したのか」


「はぁ……はぁ……♡私は、これくらいじゃあ……」


「そういうのは語尾のハートが取れてから言え。説得力が無い」


「くっ……!」


「ククッ……リリス直々の『こしょこしょの刑』。相当こたえたみたいだな?」


「こ、こんな辱めぇ……」


 ぐすっ


「拷問なんてハジメテだものね~?泣いちゃうのもしょうがないわぁ~?」


 くすくす。


「まぁいい。お前が俺を殺さないと家に帰れないのはわかった。口を割ればマスターにお仕置きされることも。そんなに怯えて、いったいどんなお仕置きをされるって言うんだ?」


「…………」


「言うつもりが無いのか?なぜ?それでマスターの身元が割れるわけでもないというのに――」


(……っ!)


 言いかけて、気づいた。

 『お仕置き』の内容がバレるとマスターの身元が割れる可能性があり、尚且つ暗殺者アサシンになり果てるほどに少女を追い詰める。そして、家に居られないと困る条件……

 恐る恐る、口を開く。


「グレル。お前……失敗すると『ごはん』貰えなくなるんじゃないか?」


「――っ!」


「あの家の『ごはん』を食べないと、居ても立っても居られなくなる……そういう『教育』を受けてきたのでは?」


「……っ!!」


 グレルの表情が青ざめる。


(やはり、な……胸糞悪い話だ)


 こんなの、海外もののサスペンスでしか見たことが無い。だが、こんな問題を領内に抱えているなど宰相の名折れ。俺はリリスの手から羽根をひったくると、毅然とした態度で立ち上がる。


「吐け。マスターの居場所を」


「ダメ……それだけはダメ」


「『ごはん』が貰えないからか?諦めろ。それはお前の為にならない」


「でも……アレが無いと、私は……」


「自分でもわかっているんだろう?ソレは薬物依存だと。今からでも遅くない、更生施設に――」


「イヤ!」


「聞き分けのない奴だ!そういう奴は――!」


 右手を振りかざすと、少女は手枷のついた両腕を頭上に掲げる。俺はその手を無視して羽根を耳に突っ込んだ。


「こうしてやる!!」


「ひゃうっ……!」


「ははっ!くすぐったいだろう?ライラも耳が一番苦手なんだ。手も足も出まい?」


「あはははは!やめて!やめてぇ!」


「へぇ……?ライラちゃんそうなんだ?ふ~ん……♡」


 少女を拷問する傍らでいやらしい視線をライラに向けるリリス。


「ちょっとリリス!?ライラ様を変な目で見ないでください!」


「宰相君がグレルちゃんに構ってる間に、イタズラしちゃおうかな~?」


「やめろっ!パーティ追放するぞっ!?」


「慣れてまぁ~す♡宰相君ってば口調が変わるほど焦っちゃって可愛い!そんな反応されると逆に、ね……えい♡」


 おもむろにライラを抱え上げて耳たぶに噛みつく。


「ひゃんっ!?」


 ライラが一瞬で覚醒した。その目に映るのは、大きな羽根で薄着の少女の耳をくすぐる俺の姿。そして、背後からの舐め回すようなリリスの視線。みるみるうちに顔が赤くなっていく。


「なっ、なっ――!ユウヤが……私の寝ている間に知らない女の子を……!」


「ライラ様……!?誤解です!」


 虚しいかな。やはりライラは、人の話を聞かない。


「馬車に連れ込んで!イチャコライチャコラ……!」


「誤解ですってば!?これはれっきとした拷問で――!」


「~~っ!?馬車の中で!!何してるんですかぁー!?!?」


「「「――っ!」」」


 この日初めてライラの口から出た正論が、『鬱々として湿っぽい森ダァクフォレスト』にこだました。

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