第29話 死神に憑かれた聖女


「この娘、『死神』に憑かれているぞ?」


 ベルフェゴールはそう言うとおもむろに病室の窓のカーテンを引いた。


「お前たち、そこで何をしている?姿


「――【余に隠し事とはいい度胸だなアンチ・ヴェール】」


「「――っ!?」」


 唱えた矢先、窓際に腰掛けてイチャコラしている男女の姿が浮かび上がる。具体的には、かなりお熱い感じにキスに耽っていらっしゃった。思わず固まる俺とライラ。そして叫びだす。


「きゃああ!クリスちゃん!?ヤダッ……♡そんな、病室でなんて激しっ……♡」


『ラ、ライラちゃん!?どうして見えて……!』


 足元に視線を向けるクリスなる少女。その足先は透けていた。そして、ベッドに横たわるの身体に視線を向ける。


『私、まだ死んでるよね!?』


「いえ。身体は生きていますので、早く帰って来てくださいよ。幽霊さん?」


 呆れがちに呼びかけると、クリスは白金色の髪をふわりと揺らし、隣にいた男に抱き着く。


『イヤよ!だって身体に戻ったら、もうオペラ様とは一緒に居られないじゃない!』


『ああ、愛しいクリス。僕の為にそこまで言ってくれるなんて。キミはなんてイイ子なんだ……!可愛い、可愛い僕だけのクリス……』


 うっとりとした表情を浮かべる紺色の髪の男は、ぎゅうっとクリスを抱き寄せて頬ずりをした。そのお熱い様子にベルフェゴールがため息を吐く。


「おい、娘。わかっているのか?そいつは『死神』だぞ?共にあることを望む限り、貴様は身体に戻れない。いつまでそこで死んでいるつもりだ?」


「待って、ベルフェゴールさん!それじゃあ、クリスちゃんは……!」


意識を戻さないかえってこない。そういうことだ」


 その一言に、安堵と不安の色を浮かべるライラ。


(つまり、クリスを説得すればライラの罪がひとつ消える……なんとかして、身体に戻ってもらわないと……)


 俺は思考した。そして、ベルフェゴールに問いかける。


「魔王様。クリスさんはライラ様のご友人です。何とかして生き返っていただきたい。手だてはありますか?このままでは、西の聖女領はライラ様の分の仕事をする人間が――」


「――っ!」


 『仕事が増える』。その一言にベルフェゴールの血相が変わる。


「ならん!それはならんぞ!」


 そして、何を思ったか自分の心臓部に手を突っ込んだ。


「「「「――っ!?」」」」


 そこからぬらり、と出てきたのは黒い刀身のな剣。持ち手の鍔には欠けた太陽を模した美しい細工が施されている。


「魔王様……それは……」


 念のため聞くと、ベルフェゴールはにやり、と笑った。


「《世界を喰いつくす魔剣エグゾーストカリバー》の一振り……【王冠の輝きを食みし剣クラウン・ソル・ロス】だ。いくら勇者の使っていた聖剣を改造した非公式な剣とはいえ、曲がりなりにも魔王の造った剣」


「つまり……」


「『神』を……殺せる……!」


 ベルフェゴールが魔剣の切っ先を『死神』に向けた。


「貴様、『死神』界隈では下っ端に見えるが一応『神』だろう?これを食らえばひとたまりもあるまい?」


『ちょ……!僕が何をしたっていうんだ!?僕はただ愛しいクリスといつまでもこうして睦みあっていたいだけで……!』


『やめて!オペラ様を殺さないで!』


 オペラと呼ばれた死神の間にクリスが立ちはだかる。ベルフェゴールはその様子を一瞥すると、切っ先をクリスに向けた。


「選べ。ふたり仲良く魔剣に囚われるか、その死神と共にある為に余の眷属となるか――」


『『え――』』


 『そんなことができるのか?』といった表情のふたり。ベルフェゴールは魔剣をぷらぷらと遊ばせながら話を続ける。


「霊体である貴様が死神と共にあるには、同じ霊体である必要があった。だが、余に血を捧げ、眷属となるのであれば余の力の一端である霊視の力を分けてやらなくもない」


『それってつまり……?』


「貴様は、生きた身体に戻った後もそいつの姿を視認することができるようになる。現に余の力を一時的に解放したこの病室では、ユウヤとライラが貴様らの姿を視認できているのが何よりの証拠だ」


『そ、そんなことをして私を生き返らせて、あなたは何が望みなの!?』


 その問いかけに、魔王は言い放った。


「余は、働きたくない」


『なっ――!?』


「余の統治する聖女領には故あって新しい聖女が必要だ。貴様には、その仕事をしてもらいたい。いや……『引き継いで』と言った方がいいか?」


 くくく、とライラを見やると、ライラはこくりと頷いた。


「クリスちゃん……私のせいで、本当にごめんなさい。身勝手かもしれないけど、私は今でもあなたを友達だと思ってる。だから、また一緒に手を取って、お話をして、お茶会をして……それで、それで……!」


『ライラちゃん……』


 青い瞳から大きな粒をぽろぽろと零すライラにそっと手を添えるクリス。しかし、その手はライラの手をすり抜けた。


『あ――そっか……私、幽霊だった……』


 その切なげな表情に、ここぞとばかりに畳みかける。


「クリスさん。あなたは今でもライラ様を友人だと思ってくださっている……違いますか?」


『それはそうでしょう?だって、ライラちゃんは私がこうなった後もずっと、ずーっとお見舞いに来てくれたんだから。『中央本部の近くに行くのはこわい』って、そう零してたのに。それでも、忙しい公務の合間を縫って、遠くから……』


「クリスちゃん……!」


 ふえぇ……


 俺はべそをかきはじめたライラにハンカチを差し出しながら語りかける。


「オペラさん。高位ではないとはいえ、あなたは『神』だ。愛する人を魔王の眷属にさせたくない気持ちはわかる。ですが……、彼女の友人への気持ちとあなたへの想い……ふたつを叶えて差し上げる好機を逃す訳にはいかないでしょう?早い話が――」


死神ぼくに、魔王の軍門に下れっていうことか……』


「はい。……」


 念を押すように首肯すると、オペラはため息交じりにクリスの頭を撫でた。


『クリス……また友達と会いたいかい?』


『それは……』


『……うん。わかった。キミが望むなら……』


 言いかけたクリスの言葉を最後まで聞かず、オペラは窓際から降りた。そして、心臓部に手を入れるとそこから宝石のようなものを取り出す。


『僕の神格だ。魔王、キミにこれを預けよう。それでクリスが幸せになるというのなら、僕にできることはこれくらいだ』


「ほう……?これで、軍門に下る証とすると?」


『不足かな?けど、それを使えば僕の命はキミのものだ。そして、クリスに何かあればその神格が爆発してキミを道連れにする』


『そんな、オペラ様……!』


『ごめんね、クリス?本当は、キミが天寿を全うするときにプロポーズしようと思って渡すつもりだったんだけど……』


『ふえぇ……オペラ様ぁ……!』


 俺達を蚊帳の外に、再びイチャつきだしたふたりから視線を逸らしてベルフェゴールを見やる。


「魔王様?良いのですか?そんな危険な爆発物を身代わりに受け取って……」


 その問いかけに、魔王はにやりと笑った。


「構わん。むしろ好都合だ。余は死神の神格これを使って、『不死の聖女』を作る」


「え……」


(それって……)


「奴らの望みは永遠の愛。であれば、眷属化させた聖女を不死にすることで叶えてやることができる……くく……」


(…………)


 その笑みの意図するところを、俺は知っていた。


「魔王様……聖女を不死にして、一生こき使うおつもりで?」


「……なんのことだ?」


「それ……あなたが働きたくないだけでしょう?」


「ユウヤ。貴様のように勘のいい奴はときに五月蠅うるさいな?」


「…………」


 それ以上を指摘するのはやめておこう。いずれにせよ、これでクリスは生き返る。ライラは友人を取り戻し、未練を断つ。


「では、参りましょうか?お二方?」


『ライラちゃん……今まで身体に戻らなくてごめんね?』


「ううん、いいの。また、クリスちゃんとお話できるなら……」


『ライラちゃん……!』


 仲睦まじいふたりを見て、ベルフェゴールは魔剣をしまった。


「うむ。これでユウヤの目的は達した。余を働かせた分、次は余の目的に付き合ってもらうぞ?」


「……と、言いますと?」


「ミーシャへのお土産選びだ!」


 ふんす、と機嫌よさそうに鼻を鳴らす魔王に、俺は感謝の意を込めて首を垂れた。


「ええ、それくらいなら喜んで。仰せのままに、魔王様……」


 こうして新たにクリス聖女と死神のオペラを軍門に加え、俺達は病室を後にした。


      ◇


 そうして聖教都の街を散策している最中、とある噂を耳にする。



 ――『西の領が魔王の軍門に下ったらしい。全土を制圧されるのも時間の問題……ああ、こわい』



(別に、ベルフェゴールはそんなこと微塵も考えていないがな?)


「ねぇ、ユウヤ!あれ美味しそう!こっちこっち!」


「はいはい。ちょっと待ってくださいよ……」



――『どうしよう。各地の聖女様、教会本部はいったい何をしているんだ!?』



(俺とここでデートしてるぞ?ソフトクリーム片手に)


「あ~ん、お洋服にこぼしちゃったぁ~」


「もう、何してるんですか?しょうがないなぁ……」


「きゃっ♡冷たい!」



 ――『何故今、魔王が地上に!?まさか、勇者様への復讐が目的か!?』



(そんなわけないだろう?まぁ、長い目でみればそういうことに……?いずれにせよ、直接戦うつもりなんてあいつには毛頭ない……)


「おい、ユウヤ。アレはなんだ?」


「ああ、あれは綿菓子といって甘い雲のようなお菓子で……」


「ミーシャとじゃれたら楽しそうだな!」


「いえ、おそらく肉球がベタベタに……」


「なんだ、つまらん。ではアレはどうだ?ブーランジェリーの新作パン……」


「それでしたら、お喜びになるかと」


「うむ。このクロワッサンの芸術的造形……人間も良き仕事をするものだ」



 街の人々が思うほど魔王に害がないことに、誰ひとりとして気づく者はいない。

 ここまでくるといっそ呆れてしまう。

 そして、そんな俺の耳に届いた最後の噂は――



『遂に勇者様が魔王討伐部隊を編成したらしいわよ?北、東、南の連合軍……』


(え……)


『なんでも、地上に現れた魔王を討伐して西の領を取り戻すんですって』

『勇者様が自らご出陣なさるなら安心ね!』

『ええ、本当に。きっと今頃……』



 ――『西に向かってるわ?』



(なん、だって……?)

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