第30話 魔王討伐連合軍、接敵
――『勇者が、連合軍を引き連れて西に向かった』
その噂を耳にした俺はライラと魔王、
「リリス!クラウス団長を見ませんでしたか!?急いで迎撃と籠城の準備を――」
要職の集まる会議室にはリリスとモニカちゃん、そして魔術師団長の姿が。しかし、肝心のクラウスの姿が見当たらない。
(こんな時に何を……まさか……!)
ハッとしてリリスを見ると、にんまりした笑みが返ってくる。
「団長さんなら防衛戦線を指揮しに行ったわ?ほぉんと、仕事が早いっていうかなんていうか。あたしたちはこれから物資を持って後方に魔術戦線と結界を張ろうかと――」
言いかけた言葉を遮ったのはベルフェゴールだった。
「街を守る結界は余に任せよ。籠城戦は十八番だ。【
「あら♡頼りになるぅ~!」
「色目を使う暇があったら魔術師団を引き連れて攻撃と後方支援に回れ。余が出ては敵味方もろとも吹き飛ばしかねんからな。それに、余は眷属作成の儀がある。ユウヤに言われた通り、聖女をひとり増やすぞ」
「戦力的にもそちらは優先していただきたいのですが、クリス様は大丈夫なのですか?蘇りたてで対人戦闘など、無茶が……」
「だったら、クリスちゃんには私がつくわ。無事に眷属になれたのを見届けたら私も戦線に加わります」
「ライラ様……しかし、あなたはこの街の要。前線には――」
『危ないから、出て欲しくない』。しかし、決意に満ちた瞳が、続きを遮った。
「ユウヤ。私は聖女です。この街を守る聖女です。今この街は魔族と人間の住む新しい取り組みを始めたばかり。領民の出した結論を受け止め、その未来を守るのも私の役目です」
「しかし……!」
ライラはそっと俺の手を握る。
「ユウヤ?その顔だと、あなたは前線に出るのでしょう?ベルフェゴールさんの影武者として」
「……はい。魔王の姿に恐れをなしてお帰り頂くのが、最善ですから。それに、できることなら説得したい。防衛線はあくまで相手を話し合いの場につかせる為の最低限の備えです」
「だったら、私も行きます。必ず行きます。だって、ユウヤが死んじゃったら私死んじゃいますから♡」
「ライラ様……」
「――であれば、クリスなる小娘と死神の面倒は余が見よう。眷属にさせたら街の防衛と怪我人の回復に努めさせる。それでよいな?」
『……ひゃ、ひゃい!』
急な展開に目を白黒させていたクリスはそれでも一生懸命に首肯した。その様子に、目を細める死神。
『大丈夫。クリスは必ず死なせません。僕が刈り取るまで、クリスの命は僕のもの。誰にも渡しませんよ……』
『オペラ様ぁ……♡』
「ああ、こいつらは戦線に加えたら兵の士気を削ぎかねん。霊体のくせに所かまわずイチャつきおって……余に任せ、ユウヤはライラと行くがよい。儀式が終わったら余も様子を見に行こう」
「ありがとうございます。では、僕とライラ様はクラウス団長の様子を見に。リリスと魔術師団長は魔法剣士部隊と魔術師団を引き連れて後方へ。モニカ様は……」
「物資の錬成と籠城の準備を整えよう。グレルちゃんも儂に任せよ。グレルちゃんは教会の備品には人一倍詳しいから……のう?」
「はい!ご主人様とライラ様のお留守はグレルが守ります!お任せください!」
「頼りにしていますよ、おふたりとも?あぁ、それと……魔王様、『あの儀式』、準備をお願いできますか?」
「…………いいのだな?」
「……はい。僕は、この事態の責任を取ります。もう戦の矛先は誰にも向けさせない。僕で、最後にしましょう」
「……心得た」
ベルフェゴールが首肯したのを確認し、俺は一同に向き直る。
「皆さんには『あのこと』を話しておいた方がいいかもしれませんね……」
「「「『あのこと』……?」」」
一様に首を傾げる面々に、俺は『あのこと』を告げた。
ひょっとすると、皆と話すのはこれが最後になるかもしれないからだ。告げると、なんともいえないしんみりとした空気が流れる。そんな中、不意にモエがいないことに気が付く。
「モニカ様……その、モエは何処に……?」
「ああ、実は――」
◇
「どうしてモエが前線に!?」
俺は魔王の転移に見送りをされ、ライラと共に防衛線の前線にやってきた。先遣隊の部下に現状報告を受けていたクラウスが振り返る。
「宰相殿!?それにライラ様も……!?何故いらしたのですか!ここは騎士の戦線。おふたりの来るような場所では……」
「だったらどうしてモエがいるのですか!?」
「それが……連合軍の接敵を確認したとの報告を受けた際に私の近くにいたらしく、コンちゃん様を連れていつのまにやら来てしまいまして……」
「小さな子と狐一匹、どうしてつまみださなかったのです!?危ないでしょう!?」
「申し訳ございません。しかし、恐れながら私ではどうにも……」
苦しげに目を逸らすクラウス。その視線の先には、巨大化したコンちゃんがいた。首の辺りにちょこんと跨るモエが手を振る。
「あ!お兄ちゃ~ん!!」
「…………」
(ああ~……こりゃ無理だ。クラウス団長、怒ってすみません……)
その佇まいは、どう見ても【
(モエ……呪術師はやめたのか?)
唖然としながらもコンちゃんの足元に駆け寄る。てしてしと俺を踏みつけて遊ぼうとするコンちゃんに舌打ちしつつ声をかける。
「モエ!危ないから下りてきなさい!クラウス団長にご迷惑をおかけしてはダメでしょう!?」
「だって!コンちゃんが行きたいって!」
「こぉん!」
「コンちゃん、どうしてモエを危険な目にあわせようとするのです?イタズラでは済みませんよ?わかっているのですか!?」
叱りつけると、コンちゃんは九尾を振って俺をくすぐり、小ばかにした。
わしゃわしゃ。
「や、やめなさい!何を笑ってる、このダメ狐!」
けらけら。
叱られても一向にやめる気配のない狐。
だが、機嫌が良さそうで余裕綽々なこの態度……
俺は、気が付いた。
「コンちゃん……!あなたまさか、連合軍の兵士を吸精して勇者に復讐しようと……!」
けらけら。
(あああ、凶悪な笑み……!あいつ、やる気だ!)
「お兄ちゃ~ん?」
「モエ!今すぐそいつから下り――」
「伝令、伝令!連合軍の接敵を確認!」
「「「――っ!?」」」
(まじで、攻めて来やがった……!)
その場にいる全員がその伝令に耳を傾ける。
「その数およそ二千!我らが騎士団は後方の魔術師部隊、魔法剣士部隊を含めても150……!これはあまりに……!」
(十倍以上!?)
「戦力差が、ありすぎる……!」
絶望に顔を青くしていると、クラウス団長が肩を掴んだ。
「落ち着いてください、宰相殿。将がそんな顔をしては兵が不安になってしまいます」
「ですが……!」
「以前、私に『騎士団長がいつまでもその調子では、領民や騎士団の者を不安にさせる』とおっしゃったのは宰相殿でしょう?ですから、顔をあげてください。あなたの行き先は私がお守り致します」
「……!」
驚きに目を見張る俺に、クラウスはそっと告げた。
「あなたがお教えくださった新たな力で、必ずや民を、妻を、守ってみせましょう。ご安心ください。こう見えて私は……一騎当千なのですよ?」
にこりと微笑んだクラウスが剣を抜く。白銀の鎧と黄金の髪が太陽を受けて輝くその容貌。しかし、その
午後になり、傾きかけた陽ざしを受けてコンちゃんが吠える。
「こぉーーーーん」
「……連合軍、第一陣の接敵を確認。数およそ……三百程度ですか?ふっ、ナメられたものですね……」
「……クラウス団長?」
不敵な笑みを湛える横顔に問いかける。
「宰相殿、まずはご挨拶して参りますので、ここで待機していただいてもよろしいですか?」
「ですが、僕が魔王様となって姿を晒せば――!」
「いいえ。それは切り札としましょう。
「……今のところ、ありませんが――」
「その言葉を、待っておりました」
「……ですが、我々の目的はあくまで『共生への理解』と『平穏』。事を荒立てるのは魔王様の本意ではありません。
「御意に。我らが力を見せつければ、たまらず将が出てくるはずです。勇者が、伝承通りの心優しき存在であるのなら」
固唾を飲んで見守る俺とライラに、クラウスは再び微笑んだ。
「行って参ります。第一陣のその兵を……一撃のもとに半分にしてみせましょう」
◇
連合軍の第一陣と思しき兵がその歩みを止めた。たったふたりで現れたクラウスとコンちゃんの姿を確認し、一様に目を丸くする。大きなメガホンのようなものを構えたかと思うと、こちらに呼びかけてきた。
「その白銀の鎧は……聖女騎士団の者だな!?何故魔王に手を貸す!?」
「それは、魔族と人の恒久的平和のために……」
「何を余迷い事を!貴様も魔王と悪の宰相に唆されたのだな!?我々の目的は魔王の討伐と西の聖女の解放!そこをどけ!どかぬというなら、貴様も討伐の対象とするぞ!」
その呼びかけに、クラウスはため息を吐いた。
「何を言うかと思えば……あなたでは、お話にならないようだ。我らは誇り高き『魔王様の尖兵』。我らも西の領民も自らの意思で魔族との共生を望んだ。魔王軍とでもなんでも、お好きに呼べばいい。ですが、我らがここにいる限り……宰相殿には、魔王様には、会わせない」
クラウスが剣を構えるのを確認し、コンちゃんが口元に火を蓄える。
「「「――っ!?」」」
「将を出してください。我々の用があるのは、恐れに囚われない、『話し合いができる方』だ」
臨戦態勢を整えたふたりに、連合軍が矢を構えた。
「放てっ――!」
「こぉーーん!」
コンちゃんが矢を焼き払い、クラウスが天高く剣を掲げる。
「できないというのなら、立ち去れ……!」
「――【
「「「――っ!?」」」
「――――――――――――――」
太陽を受けて輝くその『黒』が一面を薙ぎ払い、大地に巨大な爪痕を残す。
第一陣の将が声を上げた。
「西の……!貴様が噂に聞く【
「だったらどうした?」
ゆらりと構え直したクラウスに目立った外傷はない。鍛錬の成果もあり、そこまでダメージを受けないで放てるようになったらしい。だが、驚くのはまだ早かった。クラウスが再び剣を構える。
「私が、ただの【
その剣先に、今度は『白』く神々しい輝きが集まっていく。
(これは……)
「お日様みたい……!」
その美しさに、隣のライラが思わず感嘆の声を漏らした。
(そうか、クラウス団長は『光』に高い適性が……!)
「クラウス……やっぱりあなたは、お日様がとってもよく似合います……!」
「私は、クラウス・フォン・シュヴァリエス・ソルグレイス。この地にて、古くから聖女様をお守りする騎士であると同時に、魔王様、宰相殿……そして愛すべき民の騎士だ。そこには、人も魔族も関係ない。そんな私が――」
「……!」
「
すべてを包み込むようなあたたかな太陽の陽ざしが――
「――【
「「「――っ!?」」」
――第一陣を焼き尽くした。
光に包まれた一帯が轟音と共に爆風を纏い、敵兵たちが吹き飛ばされていく。まるで、愛する人に誰も近づけないように。クラウスは再び剣を構えると敵陣に向き直る。
「……まだ、やりますか?」
「くっ……!我らがここで退いては、勇者様に顔向けできぬ!我らとて、尖兵の意地があるのだ!」
「……よろしい。見上げた兵です。私もその『想い』に応えましょう」
剣を構えたクラウスは、何を思ったかその剣先をコンちゃんに向けた。
「きゃん……?」
「コンちゃん様、その炎……少々いただいてもよろしいですか……?」
ふっと笑ったクラウスに、コンちゃんはにやりとした悪い笑みを受かべる。
「こぉーーーーん」
青い狐火を灯した九尾の尾先が剣を撫でると、クラウスの剣は青い炎を纏った。
クラウスは残念そうにため息を吐く。
「あぁ……結局三手になってしまいましたか……」
「皆の者!衝撃波が来るぞ!撃たれる前に動きを止めろ!」
一陣将の合図に応じて兵が詰め寄るが、その脚は震えているように見えた。それを見て再び笑うクラウス。
「あなた達は、何を恐れているのです?【
ゆらり。
「……!」
「ふっ……そんな
「こぉん!」
「コンちゃん様。この狐火は素晴らしい。消えても消えても燃え上がる……まさに、永遠の業火だ。そして何より、美しい……」
(ヤバい……)
あの炎に包まれたら、きっともう逃げられない。本能的にそれがわかった。
きっとあの炎は、コンちゃんが満足するまで燃え続けるに違いない。
クラウスが、ソレを構えた。
「もう一度言います。立ち去りなさい、今すぐに。我らは誇り高き魔王軍。望むは『安寧』と『繁栄』。その悲願を邪魔するようなら……」
「……!」
「……燃やし、尽くします」
「――【
「――――――――――――――」
蒼い蒼い炎が、辺り一帯を舐めるように広がっていく。まるで青空が地に堕ちたかのような『蒼』に、誰もが息を飲んだ。
それは天国のような、地獄のような……美しさ。
連合軍の第一陣はすべて、灰燼と化した野原に散り散りになっている。後方から衛生兵が駆けつけてしきりに手当てをしているようだ。クラウスとコンちゃん、もとい魔王の尖兵はたったの二騎でその場を収めた。
「くっ……」
反動で燃え盛る剣を落としてクラウスが膝をつく。
「きゃん!」
コンちゃんはその手に付いた炎を吹き消した。クラウスは礼を述べると再び立ち上がる。だが、その手にもはや剣は無い……
(退け……!連合軍……!)
祈るように見据えると、ぽつんとした人影が焼け野原の先に現れた。
「いやぁ、参ったなぁ……まさか【
(あれは……!)
紺の羽織り袴を靡かせ、白銀の長刀を携えた剣士。
「第一陣は様子見って言ったのに。頑張らなくてもいいんだよ?だって……」
(来たか……早々にお出ましとは……!)
「――『
――『
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