第31話 仮初の魔王の想い


「はいはい、下がって下がってー。危なくなるからー」


 ハルは衛生兵と第一陣を手でぷらぷらと追いやると、クラウスとコンちゃんに向き直った。


「あ。魔法部隊だけは後方支援して?俺、あいつとは相性が悪いんだ。なぁ、『千年天狐』?」


「ううぅ……!ぎゃう!」


「うわっ。いきなり?」


 ハルはコンちゃんの急襲を事もなげにいなすと、つつい、とふたりを見やる。


「そう睨むなよ?今日はお前に用は無いんだからさ。でも邪魔するならまた封印するよ?あのときとはわけが違うんだから、対策くらい――」


「……させません。コンちゃん様は今や我らの同胞。後方にはモエ様がそのお姿を見守っておられます」


「……勇者おれとやりあうつもり?君の剣は燃えているのに?」


「家族を引き離すわけには、参りませんので」


「へぇ……君、いい奴だな?」


 言葉に反して、ハルが天羽々斬あまのはばきりを素振りしながらやってくる。


(まずい……!クラウス団長は丸腰だぞ!?)


 俺は、出た。魔王の姿を模したまま、クラウスの傍に歩み寄る。


「宰しょ……魔王様!?」


「もう下がれ。相手は勇者。剣が無くては話になるまい。そこな勇者よ。我らの望みは『安寧』と『繁栄』。どうか、放っておいてはくれないか?」


「その甘言に騙されて、今までどれだけの人が苦しんできたと思ってる……!」


(ハルさんでもダメか……これは、重症かもしれないな。


「やるしかないのか。気乗りはせんが……」


「でしたら、魔王様はライラ様のお傍に!」


「余が傍にいたとて何もできん。できるのは――」


 俺は心臓に手を入れるように見せかけ、懐から剣を取り出した。それは、ここに来る前に魔王に託された魔剣。

世界を喰いつくす魔剣エグゾーストカリバー》――【王冠の輝きを食みし剣クラウン・ソル・ロス】。


「これを、貴様に授けるくらいだ」


「これは……」


「神殺しの魔剣。勇者の神器相手にどこまでできるかわからぬが、燃えかけた剣よりは幾分マシだろう。名は、【王冠の輝きを食みし剣クラウン・ソル・ロス】。魔剣に反転する前の名は『輝きの剣クラウ・ソラス』。きっとお前になら使いこなせると――」


 ――魔王から、預かってきた。

 最後まで言わずとも、クラウスはわかってくれたようだ。


「……ありがとうございます。賜りました魔剣に再び灯してみせましょう。黒き『光』を」


 クラウスが受け取った魔剣を構える。だが、その様子を見る限り勇者を相手するには疲労とダメージが……


「無茶はするな。倒そうとせずとも、追い返せればよい」


「御意に」


 俺は急ぎ防衛線まで戻り、リリスに魔法師団による支援砲撃を要請しに行く。


「チッ、どいてくれ!俺の狙いは魔王だ!君には何の恨みもない!」


「しかし、我ら西の領民は魔王様と手を取り共生する道を選んだ。あなた方がそれを認め我らを見守ってくれればよいと思っていたが、こうも早く討伐隊を編成されるとは。……裏切られた気分です。ひとは、かくも融通の利かないものなのかと」


「それはっ……!魔王のしてきた所業を考えれば当たり前――!」


「ですが、それはベルフェゴール様の仕業ではない。個人の行いを『魔王』というひとくくりで認識すること自体が謝りです。誇大な妄想は『真実を見抜く目を狂わせる』。それは、宰相殿が我々に教えてくださったこと」


「ユウヤ君が……?」


「はい。ですから……その恩義に、応えます」


 クラウスの剣から殺気が滲み出ると、ハルは後方に距離を取る。


(勇者お得意の斬撃を飛ばしてくるつもりか?)


「クラウス!そいつは『光』属性の攻撃を得意とし、斬撃を飛ばす!遠距離攻撃を躱せないと思ったら、千年天狐の後ろに隠れろ!」


「きゃぅ!?」


「何をビビっている、天くぅ!憎き勇者の斬撃などお前の毛玉で吸収してしまえ!ええい、余が許可する!吸精して強化し、勇者を止めろ!ただし殺すな、絶対にだ!」


 指示を受けたコンちゃんは一瞬けたりと笑うと天高く吠える。


「そういうことする……!?ていうか、なんであいつが俺の弱点知って……まぁいいや。魔術部隊!妖狐に拘束術を!」


 ハルの合図で、後方から水と氷の魔法が飛んでくる。苦手な属性による拘束を受けたコンちゃんは苦しそうに悲鳴をあげた。


「ふぎゃあああ!」

「コンちゃん様!!」


 大きく膨らんだ毛並みがみるみるうちに萎れ、水に濡れた猫のようにしょんもりするコンちゃん。かろうじて大きさは保っているが、質量が半分以下になったように思う。


(くそっ……!コンちゃんをやられた……!)


 思わず歯噛みしていると、後ろから声をかけられた。


「あらぁ?そぉんな苦しそうな顔、魔王様には似合わないわよ。バレたら解けちゃうんでしょう?ソレ」


「リリス……!」


「ねぇ、次はあたしがヤッてもいいでしょ?一度でいいから、団長さんをあたしの色に染めてみたかったのよ。あと――」


 にやりと妖艶に微笑む我らが呪術師団長。


「ハルくんの泣いちゃいそうな顔、見たいなぁ♡」


 ――目が、ガチだった。


      ◇


 リリスが黒のロングドレスを靡かせてクラウスに並び立つと、ハルは目を丸くする。


「リリカどうして!?ユウヤ君と一緒にいたからもしかして西に、とは思ってたけど……あいつは魔王の息子で……!」


 その一言を、リリスは鋭く裂いた。


「ハルくんうるさい。いつまでその名で呼ぶつもり?あたしはリリス。今はリリスなのよ?もうその名前は忘れてよ」


「忘れられるわけ、ないだろ……リリカは俺の、最初の友達なんだから……」


 その表情に、うっとりするリリス。


「なぁに?いつからそんな寂しそうな子どもみたいな顔するようになったの?それともあたしに未練あり?ふふっ……♡あたしねぇ、今は魔王様の女なの♡」


「リリス嬢!?そうだったのですか!?」


「それでもって宰相君の女♡」


「!?」


「あはは♡冗談よぉ!団長さんてば真に受けてるぅ~!か~ぁわいい!」


「う……驚かせないでください、リリス嬢……」


 リリスのペースに、クラウスはたじたじだ。そんなふたりの様子を見ながらも隙を見せないハル。リリスの実力を知っているからこその構えだろう。ハルに意識されているということに機嫌を良くしたリリスはおもむろに杖を構えた。


「ねぇ、団長さん?あなたのその剣……あたし色に染めてもいいかしら?」


「ご助力感謝いたします。『闇』か『太陽』であれば、ある程度対処できるかと」


「うふふ……そういえば団長さんもハル君と同じ『光っ子』だものねぇ?それとも、かしら?いずれにせよ、あたしの『想い』……乗せてくれる?」


 ふわりと杖を振ると、そこから薄紫のもやが溢れ、クラウスの魔剣に纏わりつく。


「これは……重た――」


 思わずそう口にするクラウスにリリスはにんまりと微笑んだ。


「ソレ、何かわかる?」


「?」


「――闇属性の……『愛』よ♡」


 クラウスは、笑った。


「……素晴らしい、『想い』ですね?」


「リリカやめろ!俺はリリカと戦う気はない!」


「ハルくんに無くてもぉ、あたしにはがあるの♡」


「くっ……魔法部隊!耐闇属性フィールド展開!リリカには光属性が有効だ、頼むぞ!」


 ハルの指示に応じてリリスを拘束しようと魔法が飛んでくる。


「だったらハルくんが来ればいいじゃない?あなたはあたしに効果抜群よ?」


「できないから指示してるんだよ!わからない!?」


「勇者様を援護しろ!拘束魔法第二波!放て!」


「なによぉ!あたしとハルくんの邪魔しないで!」


「――【呪煙じゅえん……】」


 ハルはリリスを無視して踏み込んだ。


「ごめん、暗黒騎士ダークパラディン。恨みは無いけど、気絶してもらう!」


「――【絶閃ぜっせん天橋立あまのはしだて】!」


「――っ!」


 ――キィン……!


「なっ――!」


 クラウスは、天から降り注ぐその一閃を受け止めた――いや、、受け流した。


「光の加護を受けているのはあなただけではない。そして、強い『想い』を持つ者が勇者だけとは限りません」


「君は……!」


「男であれば、リリス嬢の想いを――受け止めなさい」


 クラウスが二属性の使い手だと悟ったハルは咄嗟に風を纏って刀を振り下ろす。クラウスの手から魔剣を叩き落すつもりらしい。


「――【旋風せんぷう・花散らし】!」


 その剣先が手元に触れようとした瞬間。クラウスはふわりと懐に潜り込み、ハルの脇腹から斬りこんで――


「――【逢瀬ワルツ乙女の涙ジュリエット・カウンター……《殿方殺しトゥ・ロミオ》】!」


――心臓を抉り出そうとした。


「――【因幡いなば】!」


 ハルは跳躍して距離を取った。カウンターを躱されたクラウスはゆらりと体勢を立て直す。


「あぁ、ビビった……まさかこんな強い剣士が魔王側にいるなんて」


「残念です。リリス嬢の『想い』を、少しでも受け止めていただきたかった……」


「受けてたら死んでただろうアレ!?でも……」


 天羽々斬あまのはばきりを天高く構えると尋常ではないオーラを纏いはじめる。


「俺だって勇者だ。期待に応えない訳には、いかない……!」


「――っ!?離れて、団長さん!ハルくんのアレは……ヤバイわよ!狐も逃げなさい!吸収したらわ!」


「「「――っ!?」」」


 珍しく声を荒げるリリスに騒然とする前線。

 力を貯め続けるだけで一向に撃ってこないのがまた恐ろしい。だが、手にした天羽々斬あまのはばきりは刀身の何倍にも光の刃を纏って振り下ろされようとしている。その様子に、ライラが前に出た。両手を構えて精一杯声を張り上げる。


「私が皆さんを守ります!」


「ライラ!?」


「――【守護の女神ノ揺り籠まもって、めがみさま】!!」


「ライラちゃんダメっ!『光』の壁じゃあ抑え切れない!だってあの技は、ハルくんの最高威力の『光』だもの!!」


(――っ!?くそっ……!このままじゃあ全員……!)


 俺は咄嗟にライラを庇うようにして、放たれようとする光の奔流の前に進み出た。


「ユウヤ……!?」


「悪いけど、回復は聖女ちゃんにしてもらってくれよ……!」


「――【無ノ太刀・邪ナル者ヲ屠ル光】!!」


 大気を裂いて、地を抉る、ハルみたいに真っ直ぐな『光』を正面に見据えて、俺はお望み通り魔王の姿で立ちはだかる。


(『光』はダメだ!何か他に壁を……!俺がやらないと……!)


 強く、念じた。ミラーは鏡。

 映せ、映せ、映せ……!


 脳裏に浮かんだのは、魔王の姿と――誰にも侵されることのない、『強さ』。


(鏡の俺にだって、『想い』くらいある……!)


 俺は叫んだ。


「守れ!氷結結界――【絶対に家から出たくない余を守る氷壁ヴェイル・グランデ】!!!!」


 瞬間。光の奔流が一帯を覆うようにして顕現した氷壁にぶち当たる。


「くっ……再生しろ!誰にも壊されないように!」


「なっ……魔王が、庇って……!?」


 砕けていく氷の粒が光を反射してダイヤモンドのように輝く中、光の先、俺の目に映ったのは悲しげに剣を構える勇者の姿だった。


「勇者……!どうしてお前がそんな顔を!」


「だって……俺には、これしかできないから。皆を守る為には……これしかできないんだ……」


 ――『俺は、勇者だから』


 その顔が、これがハルの意思ではないことを告げていた。

 これは、群衆の意思だ。勇者に期待し、その背に託された希望と想い。

 『どうか、魔王を倒してくれ』と。

 それが、勇者にどんな想いを抱かせるかもわからずに。


「――っ!これだから!この世界は間違ってるんだよ!!」


 怒りに任せて叫ぶと結界が全ての『光』をはじき返した。


「ユウヤ……?」


 仮初の魔王おれが術を放ったことに目を丸くする皆。その驚きに満ちた顔をまた見ることができてよかった。守れて、よかった……

 安堵した瞬間。俺の姿はユウヤに戻ってしまった。同時に襲ってくる酷い倦怠感とその場に倒れこみそうな眠気。


(これが、【怠惰の魔王】の副作用……?くそっ……なんてダルさだ!こんなんで平然と暮らすなんて、ベルフェゴールめ……なんて奴)


 その疲労感はインフルエンザの比ではなかった。

 だが、今ここで膝をつく訳にはいかない。だって、俺にはまだやる事がある。

 例え魔王の映し身でなくなったとしても、それでも俺はなのだから。

 俺は心配するライラの頭をそっと撫でて向き直った。


「お久しぶりですね、ハルさん?まさかこのような場であなたに再びお会いするとは」


「ユウヤ君……そうか、『ミラー』……君は魔王を映していたのか」


「ええ。まさかハルさんを止めることができるとは思っていませんでしたが」


「俺も驚いてるよ。まさか君が……こんなことをするような子だったなんて」


「ふふっ……『こんなこと』とは?」


「魔王と結託し、あまつさえ西の領土を明け渡す。こんなの侵略の足掛かりになりかねない。俺達の世界を脅かすようなことだ」


 その眼差しに、俺は笑った。


「これは西の民の総意です。僕のしていることは、


 そして、後ろに控えている連合軍の面々に 俺は恭しくお辞儀する。


(さぁ、映せ『ミラー』……世にも恐ろしき……)


 『得体の知れない異能を持った悪の宰相が、お前たちの勇者に牙を剥くぞ』……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る