第28話 悪の宰相は魔王の映し身になる


 魔王の映し身とその理想像……

 『ミラー』を重ね掛けた俺に負ける要素は無い。

 クラウスの演説によりまだ見ぬ魔王へのは最大まで高まっている。俺の映し出す虚像は悪しき魔王とは映らないはずだ。

 期待と不安にどよめく群衆を一望すると、俺は静かに右手を上げた。


「「「……!」」」


 ざわつきが、緊張によって鎮まる。

 ゆっくりと告げるように、諭すように口を開いた。


「いかにも、余は魔王である」


「「「……!」」」


「ここに集まり耳を傾ける、理解ある者たちよ。長きにわたる争いに疲れているのは何も人に限った話ではない。貴公らが望むなら、魔族は人を襲わない、脅かさない。そして、貴公らが理解を示し、我らと対等に話せるというのなら、人ならざる力は時に重い荷運びに手を貸し、時によき隣人として寄り添おう」


「……ふみゃ」


 そっと合図すると、猫型のレオンハルトは俺に寄り添って美少女に化けた。さすがに演説中なので、めかし込んだ衣装を纏って貰っている。


「にゃ……」


 すりすり。


「「「……!」」」


 群衆の男たちが一斉に目を見張った。

 その表情が、『共生って……あんな可愛い猫ちゃんと、俺が!?』みたいな期待と羨望を物語っている。俺は微笑んだ。


「貴公らが望み、認めるならば救済と恩恵を。拒むのであればこれまで通り、我らは魔界にて暮らす。魔界に物資は少ないが故、そうなれば争うこともあるだろう。我らとて、生きる為には決断せねばならない時もある。……愛すべき、同胞の為に……」


「「「……!」」」


 切なそうな、憂いに満ちた表情を浮かべると、群衆の女たちは口元に手を当ててうっとりとした表情を浮かべる。これはアレだ。『なんて儚い魔王様なの……!?』『あんな方と争うなんて、私たちが馬鹿だったわ!?』『あんな魔王様なら……時に寄り添い、寄り添われたい!』的な乙女チック視線。


(…………)


 俺は内心でほくそ笑んだ。

 長きにわたる戦いへの憂いはこの街に住まう年長者であれば誰もが感じたことはある。故に、これまでのクラウスの働きかけとこの一言で、老若男女の票は全て魔王のものとなった。

 そして、俺が最後に取り出したのは一枚の『契約書』。


「ここにいる皆が我らと共に良き隣人であることを認めてくれるなら、余はこの『契約書』に判を押す。余はこの西の領土の発展と拡大、領民の幸福に尽力し、宰相……いや、良き為政者として君臨することをここに誓おう。契約が履行されない場合、余はそのいのちを以て貴公らに償いを行う」


 そう言って、俺はナイフで指を切りつけた。

 滴る血を見せるように、群衆に告げる。


「今この時、貴公らと違えぬ契約を交わそう……すでに答えは出ていると、考えてもよろしいか?」


 ごくり、と喉を鳴らす群衆。

 その眼差しが、この地に住まう民の想いを告げていた。


「…………」


 俺は『契約書』にサインした。その瞬間――


「「「わぁああああ!」」」


 広場に響く喝采の嵐。その喜びは渦を巻くように人々を熱気で包む。


(さすがは『ミラー』……の姿を見せてくれたようだな……クラウス団長に『期待』を煽らせるような演説をしてもらった成果が、ここでも発揮されたか)


「クク……」


 俺は零れるその声が聞こえないように、喝采に背を向けたのだった。


      ◇


 無事に選挙が終わり、結果は予定通り新宰相、もとい魔王の勝利となった。

 ただの付き人となった俺はもはや私服と化した形ばかりの宰相服の裾をまくってお辞儀をする。


「おめでとうございます、魔王様。さぁ、これでこの地はあなたのものです」


「うむ、大儀である。これで余は楽して――」


「……本当に、それだけですか?自堕落なあなたが地上に自ら赴き、領土を獲得したのが『楽するため』?いささか、矛盾しています」


 探るような視線を向けると、にやりと笑みを浮かべるベルフェゴール。


「……ほう?」


「魔王様、あなたはこの地上で何を為そうとお考えに?魔族と人の共生であれば他にも方法はある。あなたが自ら出てくる必要は無かったのでは?」


 その問いかけに、ベルフェゴールは零すように呟いた。


「余は……。今一度、この世界に『勇者』が必要なのかどうかを……」


「まさか、『勇者狩り』でもするおつもりで?」


「なわけなかろう。面倒くさ――」


「だろうと思いました」


 最後まで聞かずに即答する俺に、ベルフェゴールはジト目を向ける。


「貴様……わかっていて敢えて聞くのは性悪ではないか?」


「ふふっ……仕方ないですよ。僕は、悪の宰相ですから。となると、やはり『共生』する上で障害となる『勇者』のみを対象に?」


「――見極め、滅する。この世界は『勇者の異能』でなく、住まう者個々人の意思と命によって輝くべきであるが故に。その為の調和を乱す、大きすぎる『異質な力』は、排除する。積極的にではないが、余や魔族、その思想に対立し、刃を向けるなら受けて立とう」


「……なるほど。やはり、『勇者と異能』は『本来あるべき存在』でないと?」


「その通りだ」


「では、僕も排除対象に?」


 念のため、と思い問いかけると、ベルフェゴールは楽しそうにくすりと笑った。


「ユウヤ、貴様はよい。だって、からな?」


「ふふっ……そうでしたね?」


 やはり、魔王の狙いは『異能に頼らない世界を作ること』だった。人と魔族が争いをやめれば、世には平和が訪れ、戦闘力に特化した勇者の異能に頼る必要も自ずとなくなってくる。

 おだやかに、緩やかに、自ら手を下すことなく『』……

 それが、こいつの真の目的だ。


(ベルフェゴールはああ言うが……そうであれば、やはり俺もこの世には『本来あるべき存在』ではないのだろう……)


 それまでに、打てる対策は打っておくべきだ。


      ◇


 半月後。新体制となった教会の仕事も落ち着きを見せてきたところで、俺はベルフェゴールを外出に誘った。部屋から出るのを相変わらず拒んでいた彼だが、出かけ先が本部のある聖教都であることを告げると興味を示す。

 曰く、『噂のミルクレープをミーシャに買って帰りたい』と。レオンハルトはミルクレープよりシュークリームが好きだと告げると、『いずれにせよ行く』と観光気分で身支度を整えた。

 俺は自室でファッションショーをするライラに声をかける。


「ライラ様?そろそろお決めになってください。あまり待たせるとせっかく出した魔王様のやる気が削げてしまいます」


「あら、ユウヤ?せっかくのデートに可愛い恰好をしていきたいと思うのは当たり前でしょう?」


「さっきも申しあげましたが、今日はデートでなくて視察です。聖教都における人間の生活を観察し、より良き統治に役立てていただくのが目的ですから」


「でも、ベルフェゴールさんはお仕事しないんでしょ?」


「それはそうですが……いつまでも僕が代わりに仕事をするわけには参りませんので、第一歩です」


 そう言うと、ライラはしょんぼりと服の裾を握る。


「ユウヤ……本当に帰っちゃうの?」


「ええ。やはり、イヤですか?あの時した『ご相談』……考えてくれているのですね?」


 そっと目線を合わせると、ライラはこくりと頷いた。


「考えてるわ、ずっと。私、ユウヤのことが好き。でも……この世界の人も好きなの」


「あれだけの目に遭わされておいて、お優しいのですね?中央での人殺しマーダー・セイント呼ばわりやロイズ副団長の件、身に余る聖女の力……いいことばかりではなかったでしょうに」


「うん……」


 『それでも……』と言いたげな視線に向かって、俺は微笑んだ。


「ライラ様が人々を想う気持ちは大変素晴らしいものです。あたたかくて、優しくて……それに僕がどれほど救われてきたことか」


「ユウヤ……」


 だからこそ。俺はそれを手放したくない。


 この世界の住人には悪いが、今日はその点も含めて聖教都に用事があるのだ。

 俺はライラの手を取った。


「さぁ、行きましょう?そのままのワンピースでも、ライラ様は十分お可愛いですよ?」


「きゃっ♡ユウヤがそう言うなら♡」


(チョロ……まぁ、似合ってるのは本当だからいいか……)


 ベルフェゴールに言われた通り彼の自室に迎えに行くと、そこではよそ行きの恰好に身を包んだ魔王がやはりベッドでぐうたらしていた。メイド服を着たグレルに布団を引っ張られている。


「まーおーうーさーまー!シーツ替えるので、どいてくださいよぉ!」


「あと少しで出かける。シーツはその後にしろ」


「そうやっていつも出かけないじゃないですかぁ!お部屋に籠ってばっかりで!換気しないとカビちゃいますよぉ!もう騙されませんからね!?」


「……本当ですよ?」


「ひゃわっ!ご主人様!?ライラ様も!」


「おはよう、グレル?今日もお仕事お疲れ様です」


「ライラ様……!お出かけですか?ワンピース、よくお似合いです!」


「ふふっ。グレルもメイド服がよく似合ってるわ?」


「そんにゃことないですよぉ~♡でへへ……」


 すりすり。


(…………)


 目を離したすきにライラとイチャつき始めるグレルを放り、俺は魔王に声をかける。


「魔王様?本当に聖教都へひとっとびできるのですか?」


 尋ねると、ベルフェゴールはもそりと起き上がって俺を指差した。


「ユウヤは行ったことがあるのであろう?」


「はい」


「余は、『一度行けば、その場所へは次から一瞬で転移できる』」


「すごいですね。聖教都へはいつ行かれたのですか?そのときも、今日のように帽子で変装を?」


 首を傾げる俺に、ベルフェゴールはしれっと言い放つ。


「余が自ら聖教都など赴くわけがなかろう?」


「……は?」


 じゃあ転移できないじゃん。


 言いかけていると、ベルフェゴールは再び俺を指差した。


「ユウヤ。お前は『鏡』だ。余を映せ」


「……?」


 言われたとおりにベルフェゴールに変身すると、続けざまに命令される。


「頭に聖教都を思い浮かべろ。両手を出して、余とライラの手を握るのだ」


「こう……ですか?」


 ぎゅ。


「よし、それでいい。復唱しろ。――【余は歩きたくないディメンション・エスケープ】だ」


「……?――【余は歩きたくないディメンション・エスケープ】」


 ――次の瞬間。全身を浮遊感が襲う。


 目を開けると、そこには聖教都の街並みが広がっていた。


「なっ――」


「わぁ♡ユウヤってばいつの間にこんなことできるようになったの?」


「いや、僕にもわけがわからな――」


 変身を解いて口を開くと、ベルフェゴールはにんまりとした笑みを浮かべた。


「言ったであろう?ユウヤは『鏡』だと。つまり、あの場には『聖教都へ行ったことのある余』が存在した。疑似的にだが」


「それはつまり……」


「余はユウヤを介して転移の術を発動させた。いわば鏡で魔術法則の目を欺いたのだ」


 くすくすと楽しそうに笑うベルフェゴールは、次の瞬間とんでもないことを口にする。


「ユウヤが余の姿を映す限り、余はユウヤを介して魔術が繰り出せる。つまり……ユウヤは余の一時的なコピーを演じることができるわけだ」


「え――」


 それって……チートじゃ――


 俺の根幹を揺るがすようなその発言に動揺していると、ベルフェゴールはべしべしと背を叩いた。


「はは。なんだ、その顔は?いくらユウヤが余の分身とて、魔術を使うのは余だ。貴様では魔術の作動法則は理解できんであろう?」


「ああ、そういう……けど、もし理解出来たら……?」


「知らん。使えるのではないか?」


「あなたと同じ魔術が?」


「さぁ?言っておくが、余は教えんぞ?面倒だからな」


「…………」


 俺の動揺は捕らぬ狸の皮算用だったようだ。ちょっと悲しいが、魔王の映し身スペアができるだけでも十分だと考えるべきか?


(…………)


 やっぱチートまおうはズルいよなぁ……

 あまり期待し過ぎないようにしよう。

 俺はため息を吐きながら二人に声をかける。


「さぁ、おふたりとも行きましょうか?今日の目的地へ」


「「……?」」


      ◇


 これといった場所を指定していなかった俺は首を傾げるふたりの先頭を行き、とある病院までやってきた。

 今日の俺の目的は――


 かつてライラが再起不能にした元・聖女候補生を目覚めさせること。


 ライラに聞いた話では、その子はもしあの時なにもなければおそらく聖女になっていたであろう友人だったそうだ。そのうえ……

 こっちにはハイパーチート魔王様がいるのだ。ダメで元々、試して損は無いだろう。


(もしうまくいけば……)


 西の領には魔王に計り知れない恩を持つ聖女が誕生し、力を貸してくれるだろう。

 そして……ライラはこの世界へのがひとつ無くなる。

 そうなれば、『相談』に対する返事は、より確実なものとなるだろう。


 俺は病室で寝たきりの少女を前にするライラとベルフェゴールに向き直った。


「ユウヤ、この子は……私の……」


 『罪だ』と訴えるその視線に、言わせまいとして笑顔で答える。


「――そうです。でしょう?」


「え……」


「僕としては、ライラ様がこのまま苦しい想いを抱えたままでいるのに耐えられません。この少女は元・聖女候補。もし目を覚まさせることができれば、きっと魔王様の力になってくれます。仕事しなくてよくなりますよ、魔王様?」


「ふむ……確かに、中々の素質を持った娘ではあるが……」


 その戦力を見極める紫紺の目が、興味深そうに光を灯す。


(さぁ……なんとかしてくれ、魔王サマ……)


 俺は問いかけた。


「魔王様?その少女……あなたの目にはどう?」


 探るように目を細めると、ベルフェゴールはため息をついた。

 そして一言――


「面倒なことになっているな」


「……と、言いますと?」


「この娘……『死神』に憑かれているぞ?」

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