第27話 悪の宰相は魔王の影武者を務める


 魔族と人間の共生をスローガンに掲げた教会要職の解散総選挙。

 現政権である俺とライラは『西の聖女領の更なる発展』とかいう適当なスローガンを掲げてなんら具体性のない目標を口走りながらちゃらんぽらんな街頭演説を行う。

 ちなみに街に出るのはライラだけ。俺が出ると皆が怖がるからな。


 街での黒い噂がモニカちゃんの優しさによるものだとわかった後でも、意図的に噂を流し続けてもらった甲斐があった。これなら、選挙で俺達が勝つことはないだろう。試合に負けて勝負に勝つ。これこそが、俺達の目指す選挙だ。


 もとより人気の高かったライラとクラウスが陣営を隔てたことに領民は困惑していたが、俺の黒い噂のおかげか『なるべくしてなった』という見解が次第に浸透していく。

 そして、ライラが誑かされているのではないかと身を案じる人々はこぞってクラウスの話に耳を傾けた。正義と秩序、平和と共生を掲げるクラウスはまさに街の人々の希望にして『光』。過ちに足を踏み入れているライラを救ってあげてくれ、とあたたかい声援が彼を包む。俺はその様子をほくそ笑みながら眺めていた。


(さすがクラウス団長だ。女だけでなく男も味方につけている……伊達に騎士団長を務めてきていないな。加えて、最近ではその愛妻ぶりが更に好感を抱かせている。向かうところ敵なし、と……)


「クク……予定通りですね……」


 俺は高みの見物だ。当事者だけど。


 教会の窓から視線を離した俺は、ベルフェゴールの寝泊まりしている部屋の戸を叩いた。


「魔王様、もう昼過ぎですよ?そろそろ起床された方が――」


 コンコン。


「…………」


 ……返事がない。


(あいつ……まさかここまで自堕落な魔王だったとは……)


 俺は呆れながら扉を開けた。


「魔王様、起きてください。そろそろ選挙も最終段階。宰相候補の選挙公約演説を行っていただきたいのですが……」


「…………」


 こんもりと膨れた布団が動く気配は無い。


(【怠惰】の魔王は伊達ではない、か……)


「まったく……僕はライラ様だけでも手一杯だというのに……」


 ため息を吐いていると、足もとからレオンハルトがすり寄ってきた。


「ふみゃ……」


 さっきまでベルフェゴールと寝ていたのだろうか。

 眠そうなその身体を抱き上げて挨拶をする。


「おはようございます、レオンハルト?」


「んにゃぁ……」


 ぺろぺろ。


「ふふ、くすぐったいですよ?そんなに舐めないでください。ざらざらする」


 ぺろぺろ。


「レオンハルト?魔王様を起こしてくださいますか?今日は大事なお話があるのです」


 そう言うと、レオンハルトはベッドに飛び乗った。ベルフェゴールに覆いかぶさるようにして美少女に変化して顔面を舐める。


「……むぐぅ……」


 ベルフェゴールは寝苦しそうな声を出して目を覚ました。もぞもぞと布団から腕をだしてレオンハルトの両脇を抱えてにょーんと上に伸ばす。


「……ミーシャ、重いぞ」


「にゃあ♪」


 ぺろぺろ。


「おい、やめろ……ざらざらする……」


 ぺろぺろ。


「……わかった。起きればいいのだろう?わかったから、やめろ……」


「ふみゃ。」


 『よろしい』といったように離れるレオンハルト。


(美少女に顔を舐められないと起きないとか。どれだけ贅沢なんだ、魔王……)


 半ば呆れていると再び布団を被りだす。


「……余は二度寝する。三時間経ったら起こせ、ユウヤ」


 いらっ。


(誰かあいつの鼻っ柱に――)


 そう思っていると、廊下の奥から騒がしい声がした。


「ベールーちゃーーーーん!!」


 駆け足で迫ってきたのは白い湯浴み着を纏ったアッシュブロンドの美女。着物の胸元からリリス並みの巨乳を揺らして部屋に飛び込んでくる。そして、布団の塊に飛びついた。


「おっはよぉ!あーさーだーぞー!昼だぞーー!!」


(…………)


 朝からハーレムな光景に閉口していると、後ろから息を切らしたモエの声が。


「はぁ……待ってよぉ……コンちゃん、まだ身体拭いてない……」


「……モエ、おはようございます」


「おはよぉ、お兄ちゃん……」


 ぜぇ、ぜぇ……


「朝から大変ですね。人型のコンちゃんは世話が焼けますか?」


「コンちゃんね、まおうさまにマナ貰ってから元気がもりもりなの……一緒にお風呂入ってたのに、抜け出しちゃって……」


「お疲れ様です」


 湯浴み着の美女に再び視線を向けると、ベルフェゴールに顔を押しくられていた。


「天くぅ……!余の安眠の邪魔をするなとどれほど言えば……!」


「だってぇ!久しぶりに人型になれたんだもん!構ってよぉ!」


「イヤだ。お前疲れるから」


「そんなぁ!」


五月蠅うるさい……寝起きの頭にきんきんと……ミーシャ、なんとかしろ」


 言われたレオンハルトは猫に戻ってコンちゃんを殴りつけた。


「にゃっ!」


 ――猫パンチだ……


「きゃんっ!」


 一瞬で変化が解けて狐に戻るコンちゃん。苦々しげに『ケッ』と舌打ちするとモエの腕に抱かれに行った。ホッとしたように撫でるモエ。俺はモエの行く末が心配になった。


(悪い女狐に騙されなければいいが……)


 こうして同じ屋根の下で暮らし始めてみて初めてわかったが、どうやらレオンハルトは『闇属性』な猫のようだった。おまけに魔王の愛猫。道理でコンちゃんがやられるわけだ。

 黙って見ていると、レオンハルトは続けざまにベルフェゴールを殴る。


「うにゃっ!」


「うぐっ――!」


 猫パンチを食らったベルフェゴールはため息を吐きながらベッドから身を起こす。


「……わかった。ユウヤの言うことを聞けばいいんだな?」


「にゃあ!」


「……ユウヤ、どうした?」


「…………」


(……ようやく?毎度毎度このやり取り、いい加減にしてくれないか?)


 だが、今日はどうしても選挙公約演説をやってもらわねば困る。俺は口を開いた。


「魔王様?選挙も大詰めです。本日は選挙公約演説をやっていただきたく……原稿はこちらで用意していますので、読み上げていただくだけで結構です」


 ぼんやりとこちらを見つめる紫紺の瞳に訴えかけると、ベルフェゴールがもそりと呟く。


「……イヤだ。働きたくない」


「…………」


「貴様がやれ」


「――は?」


「ユウヤが余の影武者となってその演説とやらをすればよい」


(ちょ、いい加減にしろよ?)


 思わず口にしそうになると、ベルフェゴールは無茶ぶりを言い出した。


「ユウヤ、貴様『鏡』だろう??」


「いやいや。いくら僕が『ミラー』だからって、本物の鏡じゃあないんですから……」


 言いかけていると、ベルフェゴールは続けざまに無茶ぶりをする。


「『鏡』なんだ、


「え――」


(うそ、だろ……?)


 次の瞬間――俺の姿は、魔王になった。


「なんだ、やればできるではないか」


「いや、これは……どうなっているのですか?」


 わけがわからない。


 動揺を隠しきれない俺に、ベルフェゴールは事もなげに告げる。


「余が『鏡だからそれくらいできるだろう』と思ったからできたのだ。余は貴様をユウヤだと認識したのではなく、今この時に限っては鏡だと認識した」


「つまり……道具扱いですか?」


 ぴゅーぴゅー。


「下手くそな口笛で誤魔化さないでください!僕をモノ扱いしましたね!?働きたくないから!影武者にするために!」


「よいではないか。なかなか男前になったぞ?」


 くすくす。


「自分で言うなよ」


 お前の顔だろ?


 ぼそりと呟くと、ベルフェゴールはベッドに腰掛けた。


「演説とやらはこの後とか言ったか?」


「はい。僕の適当な演説の後に、ばっちり決めていただく予定ですが」


「では、余はその時間観劇でも楽しむか」


 イヤな予感がする俺に、魔王は告げた。


「ひとり二役……貴様の名演技に期待しているぞ?」


「…………」


      ◇


 その後、一旦自分の姿に戻った俺は宰相服を羽織ってテラスの前にスタンバイしていた。見下ろす広場には崇高な志に溢れる新しい宰相、もとい魔王を一目見ようと、大勢の領民が集まっている。俺はその前座、おまけに過ぎない。


(『ミラー』か……ベルフェゴールが『ユウヤを出せ』と言った瞬間に元に戻るんだからな……わけがわからない)


 だが、ベルフェゴール曰く『鏡は使わない時、布で覆ってしまっておくもの』らしい。そして、その布をめくれば再び姿を映し出す。つまり、ベルフェゴールはそのイメージを用いて『ミラーおれ』を使いこなしているのだ。

 となれば、本人である俺にできないわけが――


 そう思っていると、テラスから出てきたライラに呼ばれた。


「ユウヤ、出番よ?私、一生懸命にがんばりました!」


 ふんす、と拳を握りしめるライラに、『いつもそんな感じでは?』とは言えない。

 こう見えて、いつも頑張ってくれているのは知っている。


「領民の皆さんはなんて?」


「『だまされてますよー!』『目を覚ましてぇ!』って。ひどい!私は好きでユウヤに溺れているっていうのに!」


 ぷんぷん。


「ふふっ、それでいいんですよ?計算通りだ……」


 俺は宰相服の裾をあげてテラスに踏み出した。


「では、次は僕がちゃらんぽらんしてくる番ですね?」


「がんばって!」


(こんな俺に、そんな眼差しを向けてくれるのはお前だけだよ、ライラ……)


 テラスから出ると、群衆が一斉にこちらを向く。

 飛んでくるのは五月蠅いヤジと罵声。男からはライラを奪ったことへの嫉妬と羨望が。女からは乙女を誑かしていることへの憎しみの眼差しが向けられた。


(ふふっ。精々羨ましがればいい……これがライラに愛された証であるなら、こんな光景も、まぁ悪くないな?)


 冷ややかで優越感に満ちた瞳で群衆を見下ろす。


「悪の宰相め!ライラ様を誑かして、何が目的だ!」


 お前たちにそう思わせて、魔王を勝たせることだよ。


「ライラ様のご慈悲で生きながらえている異界のよそ者が!恥を知れ!」


 あーあー。そういう排他的な思想は魔族と共生するのに邪魔になるから、この後の領民向けのシンポジウムでリリスに『暗示』をかけられるっていうのに。おめでたいことだ。


「お前なんて誰が支持するか!悪魔め!」


 ふふ……それこそが、熱い声援にして成果。いったいお前の目には俺がどんな『恐ろしい存在』に映っているんだろうなぁ?


「私たちのライラ様を返して!」


「…………」


 それだけは、できない。


 俺は息を吸い込み、演説を始めた。


「クク……皆さん、お世話になっております。……如月キサラギ幽弥ユウヤです――」


 その後、俺は『この後もライラ様と仲良くがんばりますのでよろしくね~』『くやしかったらお前らもライラに愛されればいいんじゃない?たくさん納税する?献金ならいつでもカモン』みたいなちゃらんぽらんな演説をして適当にその場を去る。


 本番は、ここからだ。


 俺はテラス裏に来ていた新宰相陣営のクラウスにバトンタッチ。


「……頼みましたよ?」


「お任せください。必ずや、宰相殿の期待に応えて見せましょう」


 精悍な顔つきをしたクラウスがテラスに出るや否や。凄まじい歓声と期待に満ちた熱気が広場を包む。


(……完璧だ)


 ここまでは。後は、魔王おれがやるだけ。


 舞台テラス裏、観劇気分で椅子に腰かけるベルフェゴールに声をかける。


「魔王様、お願いします」


「んん……?」


「僕をあなたにしてください」


 そう告げると、ベルフェゴールは俺の心臓に爪の先を当てた。


「ユウヤ。貴様にはもうわかっているはずだ。『ミラー』の使い方が」


「…………」


「この世界で最も強いもの。それは『想い』だ。念じろ、映せ。貴様がそうありたいと願い、そうであると決めたなら、『ミラー』はそれを映すだけ。所詮は、能力など只の道具なのだから」


「それは……」


「……使いこなしてみろ」


「…………」


 にやり、と笑うその顔に、俺は全く同じ笑みで返した。

 その場にいたライラが、驚きに満ちた目で俺を見つめる。


「どうです?カッコイイでしょう?」


 その問いかけに、ライラはぶぅたれた。


「ユウヤの方が……カッコイイもん……」


「ふふ……」


 クラウスの応援演説が終わってテラスに出ようとすると、すれ違いざまに声をかけられる。


「ご立派です。宰相殿……」


「それは、お互い様でしょう?しかし、よく気づきましたね?僕がユウヤだと」 


「宰相殿は、独特のオーラを纏っていますので。静かな夜のように穏やかな……とても心地のいいオーラです」


(いくら鏡とて、『見る人が見れば』わかる、ということか……)


 だが――広場からテラスの距離ではオーラまで感じ取れまい。

 ふわりと微笑むクラウスに感謝の念を抱きつつ、俺はテラスに再び顔を出した。


 一斉にざわつく広場。目を見張る人々。

 魔王であるベルフェゴールは領民にとって初めて見る存在だ、無理もない。

 だが、元より端正な顔立ちをした彼を容貌で蔑視する者はいなかった。


 どよめきに混じって聞こえる黄色い声。クラウスが結婚したことで『クラウス・ロス』に落ち込む乙女たちには格好の的だろう。

 僅かに聞こえる囁き。『見た目はまるで俺達と同じだな?角以外』。人型の魔物は知性が高く、人前には滅多に姿を現さない。故に、この姿であれば共生を可能とより一層思わせることができる。そして……


 俺は念じた。


「鏡よ鏡……」


(さぁ、映し出せ……『』の姿を……!)

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