第26話 悪の宰相は魔王と手を組む
「では、交渉は成立……ということで?」
念のため問いかけると、魔王もといベルフェゴールはあくびをしながらこちらに近づき、手を差し出してきた。
「うむ。よきにはからえ」
「えっ……共に良き為政者として手を組むのでは?」
その一言に、鋭くなる眼光。さっきまでとは一変した冷たさを放って切り付けるように言葉を発する。
「は?余に働けと?」
ベルフェゴールの視線が殺気に満ちる。
「……答えろ」
「いえ、それは――」
あまりの圧に言い淀んでいると、足もとで猫が鳴いた。
「みゃぁ……」
(レオンハルト?いつの間に……)
ベルフェゴールの言いつけには無かったので、勝手に入ってきてしまったのだろうか。大事な商談の最中だ。お邪魔にならないようにとそっと向こうへ促すと、レオンハルトはてちてちとベルフェゴールの元へ歩っていく。そして――
「にゃぁ~ぉ!」
――美少女に、化けた。
「なっ――」
猫の時の毛並みを彷彿とさせるようなさらっとした銀髪の、白くて華奢な体躯の美少女。そして、ふにふにと揺れる……猫耳&尻尾。ベルフェゴールの首に両腕を回し、頬をすり寄せて『んにゃぁ』と懐っこく鳴いている。
ベルフェゴールは羽織っていたローブを全裸の美少女に着せると、感動したように口を開いた。
「ミーシャ!何処に行っていた!?」
「ふみゃ……」
すりすり。
俺は、思う。
(レオンハルト、
だが、今はそれどころではない。『おぉ、よしよし』なんて言われながら顎を撫でられているレオンハルトに目を向けると――にっこりとした笑みを向けられた。
「にゃあ!」
「……ん?こいつに拾われたのか?……助けられた?何故お前が人間などに負け――あぁ、相手が子どもだったのか。お前、ほんと子どもに弱いなぁ……」
耳元でふにゃふにゃと何かを訴えていたレオンハルトに耳を傾けていたベルフェゴールは『ふむふむ』と得心すると、俺に向き直る。
「何故早く言わなかった?」
「え――」
「貴様がミーシャの恩人だと知っていたなら、あんな試すような真似をせんでもよかったというのに。疲れさせおって……」
「それは――」
知るわけないだろう?レオンハルトが魔王の
というか……
「レオンハルト――いえ、ミーシャ様は、魔王様の……?」
「愛猫だ」
「……猫、ですか?」
「そうだ」
「それにしては何というか……麗しい容姿をしていらっしゃるので?」
混乱を極めた俺の口からはそれくらいしか出てこない。
(変身した?化け猫……?)
意味が分からない。懐っこい猫だったレオンハルトが――
だが、ある意味では納得か。
だってレオンハルトはコンちゃんを鎮めた。何かしらの力を持っていなければ、そんな芸当出来ないだろう。恐る恐る問いかける。
「魔王様……その方は、『何者』なのですか?」
その問いに、こともなげに答えるベルフェゴール。
「……猫だが?」
(…………)
「魔界の猫は、変身するので?」
「うーむ……皆が皆そうというわけではないが、まぁ、常日頃から余のような
「みゃ!」
「急に家出するから心配したのだぞ?ダメではないか~」
こしょこしょ。
「ふみゃ~」
すりすり。
「…………」
(ええ~……全裸の美少女が猫ちゃんと一緒って……)
魔王の
「ありがとうございます、ミーシャ様」
すると、レオンハルトは何を思ったか俺の方に近づいてきてぎゅうっとくっついた。
「――っ!?」
思わず動揺していると、耳元でもしょもしょと囁かれる。
「…………れおんはると」
「え?」
「……ふみゃ」
もの言いたげな視線から、その気持ちを察する。
「……そうでしたね、レオンハルト?」
「んにゃ!」
にこにことした、いい笑顔。
俺は、レオンハルトが猫であることを完全に理解した。
姿かたちが変わっても、レオンハルトはレオンハルトであり……猫だ。
その様子を満足そうに眺めるベルフェゴール。
しかし――
「まぁ、いくらミーシャが世話になったとはいえタダで動く余ではない。『冥界の門』が使いたければ、領土を明け渡せ」
――現実は、甘くなかった。
「そのことですが、考えがあります。一度西の聖女領までご同行いただき、実際に街を見て頂いてもよろしいでしょうか?教会内に滞在用の部屋を用意いたしますので……」
(いくら領民にとっても悪い話ではないとはいえ、さすがに俺の一存では決められないからな。一度ライラやクラウス団長、理解のありそうな大臣に相談を……)
その言葉に、ベルフェゴールの眉が動く。
「それは――」
(しまった、こいつに『働く』は禁句だ……!)
俺は慌てて訂正した。
「もちろん、魔王様が働く必要など微塵もございません!万事が万事、宰相である僕にお任せいただければ滞りなく――」
「滞りなく?」
「――街を、円満に明け渡してみせましょう……」
◇
俺は魔王ベルフェゴールとの交渉を終えて魔王城の入り口に戻ってきた。
残されたライラ、リリス、モニカちゃんはテーブルに茶器を広げてお茶会らしきものをしている。
「で?ライラちゃんは宰相君のどういうところが好きなわけ?何々?彼ああ見えてふたりきりだと結構ベタベタだったりするの?」
「え~♡」
くねくね。
「ちょっとぉ!教えなさいよ!うら若き乙女は魔女に恋バナを捧げるっていうルールがこの世界にはあるのよ!?」
「それはぁ……もぉ……全部ですっ♡」
「あ~ん!いいなぁ!あたしもそんな恋がしたぁい!」
「なんじゃぁ、付け入る隙は無いのかの?儂も歳じゃし、野暮な真似は――お、ユウヤ君!噂をすれば!」
(…………)
「なにしてるんですか……」
人が命がけで魔王と交渉してきたっていうのに。
ジト目を向けると、モニカちゃんはムフフと笑ってポシェットを広げた。その小さな指先に操られるようにして次々と収まっていくテーブルと茶器。全ての道具を片付けると、モニカちゃんはドヤ顔をする。
「女子会じゃ!」
(あんなん、アリかよ……?)
「四〇元ポケット、初めて見ました。それください」
ポシェットを指差すと、くふふといい笑顔が返ってくる。
「四〇元ポケット?どういう意味じゃ?」
「…………こっちの話です」
視線を逸らすと、ベルフェゴールが口を開く。
「こら。立ち話などしていないで早く案内しろ。早く座りたい」
その様子に、うきうきと目を輝かせるリリス。
「えっ!なに!?魔王くんこっち来るの!?」
「ええ。西の領土視察の為に教会に滞在していただく予定です。詳細はクラウス団長なども含めた場で改めて説明を。とにかく、今は――」
味方だ、と言っていいのだろうか?様子を伺うと頷くベルフェゴール。
「しばし世話になる。せいぜい過ごしやすい環境を整えることだな?」
「きゃ~♡じゃあじゃあ、部屋はあたしのところでもいいわよ?夜のスペシャルサービスしちゃう♡」
「余は一人部屋がいい。こう見えて寝つきが悪く、眠りが浅いのだ。相部屋などでは到底眠れない」
訴えるような視線に、俺はため息を吐いた。
「……当たり前じゃないですか。VIP部屋をご用意させていただきますよ。この淫乱魔術師の言うことには耳を傾けなくて結構です」
「……ふむ。心得た」
案外素直に言うことを聞いている様子に、ライラは落ち着かなさそうだ。物珍しそうにしげしげと眺めるモニカちゃんの視線を鬱陶しく思っているベルフェゴールにこれ以上機嫌を損ねられても困る。俺達は来た道を戻り、西の聖女領を目指した。
◇
聖女領に着いてひとまず信頼できるメンバーを集めた俺は、深呼吸をして話を切り出す。
「皆さんにお集まりいただいたのは、魔王様の崇高なる志に理解を示し、我ら人間が一丸となって協力を――」
言いかけていると、クラウスが遮る。
「宰相殿、話が見えないのですが……この方――ベルフェゴール殿は本当に魔王なのですか?」
椅子に座って猫型レオンハルトを『お~よしゃよしゃ』と撫でているベルフェゴールに視線を向ける。
「……一応、れっきとした魔王様です。クラウス団長の疑問も
「失礼致しました」
ぺこり、と頭を下げるクラウスをによによと眺めるベルフェゴール。
どうやら戦力を値踏みして楽しんでいるようだ。あの表情からすると、クラウスは中々に気に入られていそう。ライラを見たときもあんな表情を浮かべていたのを思い出す。
(てっきり魔王だと見た瞬間に斬りかかるかとも思ったが、クラウス団長はさすが、落ち着いているな。大人な対応だ……それともこれも『猫派』の恩恵か……?)
猫好きに、悪い人間はいない。
内心で感心していると、ライラが控えめに手をあげる。
「あの、ユウヤ……?」
「なんです?」
「それで、ベルフェゴールさんの『目的』って……?」
おずおずとベルフェゴールに視線を向けるライラに、俺は落ち着いた声音で語りかけた。
「魔王様の目的は、『魔族と人間の和平と繁栄』です」
「「「――っ!?」」」
驚いた顔をしたのはライラとクラウス、グレルだ。
リリスとモニカちゃんは『まぁ、そんなこともあるか』的な興味半分の顔。
それよりも魔王の生態が気になって仕方なさそうだ。
モエとコンちゃんは話の半分も理解できていない。いや、コンちゃんはわかっているのかもしれないが。
「とにかく、魔王様に敵意はありません。魔王様が一声かければ我らの街を魔族が襲うことは無い」
「「「……!」」」
「僕としては魔王様の『無血和平』なる志に協力したい。これまで人間と魔族は長きに渡り争いを繰り返してきましたが、そろそろここらで終わらせましょう。その為に僕らにできることは……モデル都市の取り組みです」
「「「……モデル都市?」」」
「はい。僕らが率先して魔族と人間が共生できることを示すのです。全世界に、その身をもって。その為には領民の協力と思想教育が必要不可欠となりますが……そこで必要になるのが――解散総選挙だ」
「「「…………」」」
一様に俺の言葉を待つ皆に、俺は告げた。
「魔王様がより良き為政者であることを示す。その為に、魔王様には一時的に宰相の座に就いていただきます」
「なにっ!?それは話しが違――」
「ご安心ください、魔王様。あくまで就くだけです。
「私……ですか?」
驚きを隠せないクラウスに、にやりと笑みを浮かべたまま続ける。
「――はい。あなたの街での人気を考えれば、勝たせたい陣営に付けるのは当然。ですが、同じく領民に愛されているライラ様は僕に溺れていることで有名だ」
「……まぁ♡」
(……どうして喜ぶ?はぁ……まぁいいか……)
「そんなライラ様が僕側に就かないのは不自然だ。作為的なものを感じる人間も出てくるでしょう。なので、ライラ様には敢えてバカを演じていただきます。悪の宰相に溺れきって頭がちゃらんぽらんになった聖女と、現体制に疑問を抱いたクラウス団長の支持する新宰相。いくら魔王とはいえ、究極の選択を迫られた領民はそちらに靡くでしょう。いや、靡いてもらわなければ困ります」
「つまり?私はベルフェゴール殿を支持するように領民に働きかければいいと?」
「はい。街頭演説などを用いて、魔族と人間の共生を説いてください。正義感と信頼に溢れるあなたの言葉だ。領民は必ず耳を傾ける」
「待って!それじゃあユウヤはどうなるの?宰相を辞めちゃうの!?」
寂しげなライラの瞳に、俺はゆっくりと告げた。
「……はい。僕は宰相の座を降ります。これからは、ただの付き人としてライラ様のお傍に」
「そう、ですか……一緒にいられるなら、いいけれど……」
ライラは、『宰相』という肩書の無くなった俺の身を案じている。
元から街の嫌われ者である俺は、選挙のマイナスイメージも相まって今まで以上に厄介扱いされるだろう。だが、これもベルフェゴールを良き為政者として君臨させる為。そして、その暁には――
俺はライラににっこりと笑いかけた。
「ご安心ください。僕は、あなたといつまでも一緒です。あの時の『ご相談』……覚えていらっしゃいますか?」
問いかけると、赤くなるライラ。
――そう。俺の最終目的は『異界に帰ること』じゃない。
――『ライラと共に、帰ること』だ――
その為には……
(…………)
なんとかして、
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